小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》中(三帖) ④…地の果てで、君と。









シュニトケ、その色彩

三帖









息が、出来るのだろうか?私は案じていた。あの、土ぼこりの下で。あんな、汚染された大気の下で。Trang と、ハナエ・ホアは。

あの子、ハナエ・ホアは。

はたして?

まばたく。

陽光、私の背後の頭の上から差す陽の光が、照らす。

何を?

惨状を?

何の?

コンクリートと、もつれ合った鉄筋の残骸の?









愛が、尻だけを突き出してうつぶせ、荒く

息をつきながら、もう 聴く。助かるはずもない その 死にかけの

痙攣するような 議員の一人の 肺の 頭を

わざと …ノイズ。踏んでみせる。

壊れかけの、気付かない振りをして。その。

カンボジア人が射殺した死体だ。…たぶん。

愛の、その、どこかで無邪気な仕草と、振り向かれた

無意味な笑顔が一瞬、私を

笑わせた。背後に、皇紀の発砲する、機関銃の掃射の

音が響く。

ミシンを鳴らす音にどこか似ていて、確かに、それは

もうすこしヴォリュームを絞れば、

滑稽な音響でさえあったに違いない。


一瞬、逃げ出そうかと想った。

いまだに静まらない、瓦礫の山の、巻き上がった砂埃の、…どこへ?

後ろを向いて。

どこかへ。

一瞬だけ、逃げてしまおうかという逡巡が、そして、その一瞬が、矢継ぎ早に連鎖し、頭の中に充満して。痛みがある。頭の中に。眼球の奥に。そして、重さ。

何かの、鈍い重さが。

眠い。

むしろ、いま、すぐに、ここで。

眠ってしまえるなら、どんなに。


国会議事堂の中を、戯れるように、愛が、必要もなく身を

隠して見せながら、駆ける。

愛の笑い声が立って、

地味なスーツを着た死体が、あるいは

死にかけの破綻した身体が、呼吸を

困難にさせ乍ら、自分勝手に床の

上に散乱し、うめき、痙攣し、匂う。

火薬と、血と、肉の?

言ってみれば、生肉の匂い。血の

腐敗は、驚くほど早いのっだろうか?すでに、

腐り始めたような臭気が、空間に、斑に

点在していた。


大通に立ち止まったバイクの、夥しい群れが大通の交通を麻痺させる。5階建て分の高さくらいは建築されていた、その、砂煙をなかなか落ち着かせない跡地。数回も、バイクと車にに轢かれそうになりながら、渡った。

道を。

私は。






なぜ、言ったのだろう?

「いいよ」

顔を上げた皇紀は、

…ん?


お前だろう?爆破したのは。あの

ビルを


「いいんじゃない?」

なに?


お前たちが、あのビルを、そして

発破したんだろう?


「ぶっ殺そうぜ」

誰を?


狙った? Trang も巻添いにするために?

例えば


「血に染めてやろう」

私は言った。


景気づけの余興のようなものとして?

お前たちが


「世界を」


皇紀が、一瞬、何を言っているのかわからない顔をした。


その瞬間に、皇紀が、わたしを彼らの

新しいクーデター計画に誘ってから

十分と少したっていたことを想いだした。


私は見ていた。思いあぐねたような、皇紀の儚げな戸惑いの眼差しを。


一瞬の間があって、

その間、皇紀の眼差しは

かすかな黒眼の震えを、Trang のように

そこに一秒だけ刻んだのだが、

Trang が、ときに

「いいですね。」

不安げに、そうして見せたような

「やっと、」

空気が震えたような

「やる気、出てきました?」

あの。


あるいは、

その。









どこにいる。

Trang は。

探す。見つけ出す気もないくせに、実際には、すでに、諦めていたことを気付かない振りをして。

倒壊したビルの残骸の、砂煙の中を歩いた。

誰よりも、自分自身に隠そうとしていた気がする。諦めを。その理由などわからない。

煙にむせた。

興味もない。…廃墟。


目の前には、真新しい、出来立てほやほやの、廃墟。


…確かに、と。

そう想ったのだった。

一方的な皇紀の話し声に

聞きもしないで感覚的に

打った相槌がときに

タイミングを外しているのにも

私自身は気付いていた。

皇紀自身は、気付いていないにしても。

何を話していたのだろう?

あのとき、

あの

皇紀は?

どこからどう見ても女にしか見えない

男装の皇紀は。


まばたく。


クーデターが失敗することなど、馬鹿でも

知っている。自衛隊が、議事堂の

あるいはそれは、成功していたのだった。すでに、

国会議事堂に突っ込んで

周囲を取り巻く。首相さえ

銃殺されたいま、彼らは何の

すべてを破壊して回り始めたときには、

すでに

権限を持って、国を守ろうとしているのだろう?あるいは、

誰の権限に於いて、発砲しようと

皇紀たちは勝利を収めていた。たとえ頭上で

核弾頭を

しているのだろう?文字通り、政府が存在しない

いま、彼ら自身も無政府ゲリラ以外の

吹っ飛ばされて、なにもかも吹き飛んでしまったとしても、

あるいは、(…むしろその瞬間にこそ?)

何者でもないはずだった。あるいは、不均衡な

武力バランスで勃発した、ゲリラ集団同士の内乱こそが、

その瞬間にはすでに、もう、なにもかもが手遅れの正確さで

皇紀たちは

私たちによって体験されていることの

実態なのだろうか?

勝利していた。いま、国家は完全に崩壊させられ

ただ

蝶を追うようなた易さで、皇紀が

死体の数を数えたが、三十七までで、飽きた。

曝されたのはその残骸に過ぎない。

彼女は中断した。


叫べばいいのか?と想った。人だかりを、半ば殴りつけながら侵入した廃墟の左端の、隣のビルの陰と陽だまりの、その、ちょど境界線にまたがった、Trangの頭部。

叫ぶ?…疑問だった。何を?この期に及んで。

何を叫べばいいのか?

自分が、意味不明な日本語でわめき散らし続けていることくらいは意識していた。すでに。何を言っているのかさえ、わからない。記憶する前に、いちども触れられることさえなく、忘れ去られて仕舞っていたのだった。それらの言葉は。私自身にさえ。


ギィさん、と、確か皇紀は呼んでいたミャンマー人の

頭部が、どこから侵入したのか誰も

気付かなかった銃弾によって、横殴りに

吹き飛ばされたとき、愛が大袈裟に驚いたのを、

この世界の終末が、いまさらに到来したことに恐れ

私は

おののいた眼差しで

うざったく感じた。次の瞬間、私の至近距離で

鼻をすすった愛を殴り飛ばして、息を詰まらせた

愛が一瞬、白目を剥いた。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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