小説《散り逝く花々のために》①…どうして、あなたを愛したのだろう?

ごく、短い短編小説です。

最近書いたもので、文章は多声的というか、心内発話含めて、

色々な文章が’乱れ飛びますが、そんなに読みにくくはないと思います。

物語とは必ずしも関係ない、言葉の、不意の連鎖を楽しんでもらえればいい、と、想っているのですが。


内容は、幼児虐待がテーマになっています。

とはいえ、親を一方的に悪くかいてはいません。

虐待する親が悪くないなどと言っているのではないですよ。

白黒はっきりつかないところまで、現実に切り込みたかったのです。


虐待されている少女が、花屋でであったアジア人留学生と《恋?》に堕ちる。

すくなくとも、留学生のほうは彼女に恋している。

そして、(少女がまだ十三歳なので)それが犯罪行為に過ぎないことも知っている。


....そういう物語です。


2018.5.29 Seno-Le Ma











散り逝く花々のために、

… for some broken brossoms












くすり指を立てる。


何のため?


…わかんないよ、と独(ひと)り語散(ごち)た、その自分の中だけの声が言い終わらないうちに、「痛い、」と、既に喉が言っていた。

美沙がまだ寝ているのを理沙は横目に確認する。自分の声が、まだ十歳の妹を起こしたりしないように。なぜ? と、理沙は思う、こんなにも、と、窓越しの陽光を。体中が痛みに燃え上がってさえいるのに、見た。理沙は、泣きもせず、まばたき、その逆光を。

なぜ? わたしは、自分の息を、…ねぇ、なぜ、聞いてる。いま、頭が変になってしまうわけでもなくて、息をひそめさえして、もう、熱くはない。…なんで?

その、パパはもう、出て行ったのに。さっき父親にアイロンで焼かれた背中は。もう、と、…そう、ただ、痛いだけだ。…だいじょうぶ。

外はたぶん、暑い。いま、夏だから。

千駄ヶ谷の築の古い、白くて美しい低層マンションの中は、事務所ばかりなので、昼間でもどこかで人の声がする。

…自転車? …車? ときどき、耳に意識されるかすかで、孤立した、孤独な音と、何を言っているのか聞き取れない声の音声のてざわりだけを、理沙は美沙の寝息を聞く。

まだ、この子にはパパは手を上げていない。どうするだろう? パパの怒りが、どうなるのだろう? この子に直接触れてしまったら? と、この子は?。板張りに床の上に垂らしてしまっていた、自分の唾液に理沙は、嫌悪した。











北浦和晃という名の、その父親ほど美しい男を理沙は見たことがない。一度だって、と、まるでフェミニンで綺麗な男という顔の理想型を、わたしに微笑んでさえくれなかった。かき集めて芸術的にならしたら…ママは。悲しい、こんなふうな顔になる。絶望的なほどに、悲しくて、か弱いママは。たぶんね。藤原圭輔が、和晃の顔をそう評したときに、「すげっ、」笑った和晃の顔は、「超…比喩センスやばいね」笑うときも泣くときも、怒り狂ったときさえも、同じような美しい崩れ方をする。理沙はそれを知っている。気付かれないように、何度も盗み見たから。

圭輔とはいつもつるんでいた。二人とも美容師だった。専門学校の頃からの付き合いだったが、世渡りは和晃のほうがうまかった。いつでも圭輔のフォローに回った。…けど、と、いつも和晃が言うのを、「こいつのケツ拭いすんの、かならずしも嫌じゃないからね、俺。」圭輔は知っている。

ほら、と、いつだったか和晃はワタ飴を買ってくれた。近くの鳩森神社の縁日で。痛み。大きくなったよな、お前、と頭をなぜられたとき、「…気付かないうちに、」泣きそうになった。「…お前。」焼かれた背中にこびりついて、もっと、ねぇ、もっと、と。離れない、その痛み。私は時に、嫌悪する。時に息を止めた。あまりにも、「…どうした?」わたしの、痛すぎて。この、物欲しげな目つきを。「お前、ピカチュウなんかほしいの?」…態度。…なんで?「バカじゃね?」パパをもっと。苦しめちゃいけないのに。笑って。「なんでピカチュウなんだよ」パパを悲しませちゃいけないのに「ホントお前、」ねぇ、なんで?求めるの?もっと、物欲しげに、お願いです。パパのやさしさを。笑って、「バカじゃね」パパ。その笑ってください。笑った顔が好き、と、水洗便器に顔を突っ込んで吐きながら、いつでも吐寫物に混じるようになった血の穢い色彩を確認して、絶望的な気分になる。死にたい、と、穢い…なぜ?私は穢いから、こんなにも…そう、理沙は思った。


和晃は覚えている。29歳になったいまも、子どもの頃に行った遊園地で手放してしまった風船が舞い上がって行った空の青さと、あの大きさを。目舞いがするようだ、とさえ思いながら、最早、頭の上の父親の怒声さえ耳に入らなかった。


十歳くらいだったに違いない。小学校の四先生のときの担当に、日記を褒められた記憶があるから。研二と久美子、いつも殴られてばかりだった両親の結婚記念日だった。手を握られて、早足の彼らに引きずられるようについて歩く。躓きかけながら。実感される、幸せと言う概念のリアルな実在に戸惑う。壊れちゃえ、どうせ、…ねぇ、あれ、風船。と、偽りなんだろ?帰り際に言ったのは久美子だった。壊れちゃえ、どうせ、…ほしい?指さされた風船を、壊れちゃうんだろ?…え?ほんとに?ほんと買ってくれんの?だましぬくことなんか出来ないなら、叫びながら久美子に飛びついて、嘘なんかつくな。子供だよな、…まだ。素顔を見せて、その、研二の声を背後に穢い腐った素顔を。こいつ。…やっぱ。聞く。研二が笑ってくれている気配を体中に楽しみながら。


久美子が風船売りから買って渡した風船の紐に手がふれた瞬間に、その、重さのないどうしようもない軽さに、吐きそうになった。重量の不在。


自分の視界がすでに見上げられた空の、とてつもない大きさと、青さとを捉えていることは知っていた。


本当に吐いてしまいそうだった。


吐いてしまったら、いま、ここに存在していた幸せという概念の実感が、その瞬間に壊れてしまうことは知っていた。守らなければならなかった。重い。…手が。と、僕の子どもらしい不注意のためにどうせいつかはこの手が放されて、手が…重い。と、風船はこの青空に吸い込まれ、失われてしまうに違いないのに。手を開いたことに気が付いのは、聞こえる?僕の声。すでに手のひらを開いた後だった。「…なにすんだお前。」壊れた、と、…ねぇ、聞こえる?思うまでもなく、「こいつ、わざよ、」研二の手のひらが振り下ろされたことにさえ「わざよ放したぜ、こいつ。」気付かない。…ねぇ、「こいつ、わざと…」見上げてもいない空に、手放された風船がどこまでも上昇し、青さそのものの光の氾濫の中に吸い込まれているのを見える?僕の声。知っている。研二も、久美子も、誰だって気付いていた。和晃が…ねぇ、いまも?わざと手を放したことくらいは。やめなよ、と、…ねぇ、耳元にささやいた久美子の音声を、ほら、見て。…なんだよ。世界は、聞く「何だよ。」叫ぶ。こんなにも、美しい。「見てんじゃん、周りの人」あまりにも孤独な小ささ。僕の…まじ、視界の中で、やめてくんない?青空の中の風船の大きさは。…バカじゃない?ただ、僕は、研二が息遣う、…死んでくれない?その美しさに曝された。鼻の音を久美子は聞いた。お前がなんにも教育しないからじゃないの?こいつがこういう出来損ないになったの?…違うの?研二の、舌をかみながらしゃべる早口の声。光。…七月の。


夏の。


その青空の光。


直射されたアスファルトのやけどしそうな温度の上に、うつぶせに倒れて、和晃はいつものように死んだ振りをしていた。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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