小説 op.4-03《愛する人/廃墟の花》③…世界が滅ぶまで、君と。

誰にも無視された数度の叫び声の後に、不意にドアが開く。長い時間が経過した後で、なぜ?と、開かれるドアを見乍ら、いまさら何を?訝りさえした。この期に及んで?と、ただ。

実際には五分もたっていなかったに違い。疲れ果てた神経はもはや何の驚きも示さない。マットレスに、その崩壊した《それ》に背を向けて、のけぞるように身を横たえたわたしが、駆け寄る四、五人の男たちの足音を聞く。






彼らの姿を視界が捉えたが、何の知覚もされず、一瞬たりとも記憶されないままに、すでに最初から忘却されていた。音響と、匂い。渇いた布と、湿った有機体の臭気の混交した匂いが、そして、彼らがわたしを引きずるようにして連れて行ったのは、無意味に大きいエレベーターを上がった二階のシャワールームだった。

あるいは、殺菌室と呼ばれるべきなのかもしれない。

広い。衣類は剥ぎ取られる。彼らが、もはや何の抵抗をすることもないわたしに、何度かしてみせた舌打ちの意味はわからない。

純白の細かいタイルが張られた50メートル四方の空間の中央に投げ込まれ、不意に、どうしようもない屈辱感にまみれる。なぜ、彼らは舌打ちをしたのか。なんども。彼らは壁際に退避して、わたしを見やる。一番右端の男が慰めるような目つきをしていた。彼らは五人だった。わたしの体にふれた腕には、四人分の記憶しかなかった。わめき散らしながら、彼らに殴りかかろうかと決意するより先に体が立ち上がりかけた瞬間に、上方から大量の水が降り注ぐ。


わたしはわめいた。


水には臭気がある。


叫んだ。

口の中に入れることをためらわせる薬品臭い臭気。殺菌剤交じりのシャワー。あるいは洗浄液入りの。口の中に、あるいは吸い込まれた鼻の中に何度も混入しそうにるたびに咳き込み乍ら吐き出す。少しの液体さえ、体の中に入れたくなかった。遅れて、その水の冷たさが、皮膚の内側の温度の存在を感じさせる。凍りつく寸前まで冷やされきったその水温が、心臓を明らかに脅迫していた。皮膚が凍える冷たさに震え、筋肉が骨ごと痙攣したさなかに、血管の中にだけ熱気が生まれている。不意に水流が停止した、それを認識する暇も無い一瞬、そのあとに、温水が叩き付けた。匂いはない。身体の硬直が一気に崩壊してさる。息が荒れる。湯が止まった後、タイルも、わたしの体も未だにその湯気を、うすく漂わせていた。


何か、あの、右端の男が言った。

わたしにではなかった。彼の友人たちに言ったのだった。彼らの着ている、軍服らしい衣服。彼らのそれは、薄い黄色だった。右端の男に、答えるものは誰もいない。さらに彼は何度か、口を利く。人間がデザインする軍服はどれも似通っている。なぜだろう、と思った。わたしを見つめたままの視線が、にも拘らず、彼の言葉が決してわたしに対して発されてなどいないことを明示している。わたしは彼らを見つめる。真ん中の男が呟くように何か言い、その瞬間の、哀れむべき犠牲者に掛けられたような短い言葉。左の男が床のホースを手にとって、彼らの手にはゴム手袋が巻かれていた。透明なそれ。わたしは気付く。わたしが、汚物、ないしは汚染物として処理されているに他ならないことに。たしかに、と、わたしは思った。汚染されているに違いない。《それ》が、目の前で崩壊して、砂になってしまった瞬間に、と、想起された記憶がわたしに軽い悲鳴を起こさせそうになったが、どうして?思う。

短く。

何の回答も期待しないままに、なぜ、それが怖かったのか。

あるいは、本当に怖がっていたのか。

悲鳴は何故立てられるべきだったのか。

何を感じて叫ばれたのか、あの時には、と、わたしのふたたびあげた悲鳴が耳から、わたしはついに、わたしが叫んでいることを認識した。彼らはわたしをホースの水で洗浄していた。強烈な水圧は、わたしに立っていることをさえ困難にした。諦めて背を向けて、ひざまづいて丸まりながらそれを受ける。回り込んだ彼らはなぶるようにわたしを洗浄する。わたしがした失禁を、それごと水流は洗い流す。誰も気付きはしなかっただろうことが、意識のどこかでわたしに安堵を与えた。善意なのか、悪意なのか、最早それらは認識の対象ではない。ただ、この暴力的な洗浄作業がおわることだけを祈った。


わたしの洗浄を終えた彼らが、ゴム手袋を外して、ホースからの水で戯れるようにし乍らお互いの手を洗いあっている風景は、思わずわたしを微笑ませた。早口の言語がお互いに発話され、口笛さえ吹かれそうなのだが、一仕事終えた彼らも笑っていた。一人がわたしに声をかけ、もう一人に笑い乍らののしられたのは、こいつに話しかけてもわかるわけ無いだろう?彼はそう言ったに違いない。こいつ、外国人だぜ。


そうだな。…


もちろんだよ、ばか。もうひとりが、不意にわたしに振り向いて言った。おそらくは、…ごめんな。笑い声が立つ。自分の体を腕に抱えてうずくまったままのわたしは、のどで短く声を立てて笑い、手を振った。彼らに。口笛が吹かれた。こいつ、ばかなの?あるいは、こいつ、いいやつなんじゃないの?あるいは、こいつ、だいじょうぶ?そんなことを、壁際の男が言った気がする。一人だけ長めに髪を伸ばして、横に撫で付けていた。薄毛に悩んでいるわけでもないのに。彼らがばらばらに、わたしに手招きする。脱ぎ捨てられた手袋は床の上に、放り棄てられたままだった。誰が片付けるのだろう?だれが処分するのか、それとも、そのままそこにおかれたまま放置されることになるのか。そういう習慣なのか、規則なのか、ミスなのか、なんなのか。床は未だ濡れていた。息が荒れていた。かすれた音さえ立てて。わたしの息だけが。横に広い、天井の高くない通路のすぐ横に入って、与えられたタオルと医者の手術着のような、薄く青い色の衣類に腕を通す。タオルをわたされたときに、あの、わたしを哀れむような眼でみた男は、わたしの股間を指さして、ひゅっ、と口を鳴らした。仲間たちに。笑い声はたたない。うんざりした目つきで彼を背後から、長髪の男は見ていた。












長い廊下をぐるっと周り、エレベーターに乗る。その内部は非常時のように、赤い照明しかついていない。地下7階らしい階でとまった。最下層らしかった。

地上には3階までしかない。あれほど高い天井を持っていたのに?まるで、50階建てくらい高層ビルの壁面を見上げたような、あの。

ふたたび通路にでて、ながい距離を歩く。壁は白一色に塗りこめられていた。照明のまでもが白い。横手に、おそらくは最上層階まで吹き抜けになった回廊のような巨大な空間が通って、その百メートル以上の幅を、照明とは違う優しい光が、幾何学的に、斜めに差し込んでいた。静かだった。天井の採光口から差し込んでいるらしい光の筋が、なぜかその壁面部のコンクリートに何度も反射し、群れた直線のあざやかな屈曲を空間の中に重ねて、平面と、空間に複雑で、単純な光の映像を描き出した。舞い上がっていたほこりが、光に細かく差されてきらめきながら空間を推移した。何度か、その回廊を横切る。建物のなかに、その回廊は、規模の若干の差異はあれ、4本以上通されているに違いなかった。回廊は、この巨大な地下空間を何棟かに分断しているに違いない。

中央部分らしいの棟の部屋の中に入る。右手にシャワールームがある。指を差され、わたしはもう一度裸になって、シャワーを浴びる。自動的に温水は流れ出し、あたたかな温水。頃合で、自動的に止まる。あたらしい着替えが用意されている。同じ種類の、新しいそれ。いちども肌を通されていないらしい肌触りがあった。男たちは外で待っていて、笑い乍ら顎をしゃくった。

ドアがあった。

それは自動ドアにいなっていて、男たちは一つ目のドアまで同行した後、目の前の二つ目のまえで、行けよ、一人で。眼で合図した。哀れむような眼をしていた男が、笑い乍らウィンクをくれた。…じゃあね。わたしはその二枚目の自動ドアをくぐる。


電子音が何度もなる。現地語で何かが警告される。純白の空間。アラームが長い音を立てて、不意に何も聞こえなくなる。瞬間、ガスが噴出し、それが、除菌のためのそれであることはすぐにわかった。何もかも除菌しなければきがすまない潔癖症的な気配が、この空間にはすでに漂っていたから。執拗なほどに。最初の洗浄は数秒で終わって、短いアラームの後数秒、そして再度噴射。それを三回繰り返し、アラームの無い無音空間の、数秒の持続が、除菌の終了をわたしに察知させた。OKです。

いいよ。

だいじょうぶ。

…終わりましたよ。

おわったぜ。

おわったよ。

おわたってば。向こうの、三枚目の自動ドアをくぐる。待合室らしい、100メートル平方の空間がある。純白の空間。中央に三人がけの赤いソファーがこちら向きに並べられている。十メートル間隔で四つ。何の意味があるのかわからない。それ以外には何もない。照明は部屋を横断した床のガラス板から差し込まれ、無数のその連なりが向こうまで縞模様の光のかすかなグラデーションを描きだす。とりあえず、突き当りまであるく。ところどころの壁際に、ちいさなサボテンと観葉植物が、忘れた頃に設置されている。白い引き戸が突き当たりの壁にある。自動に違いないと、そのまま足を進めると、それは果たして、予想を裏切らなかった。











「早かったですね」彼は言った。

その横に長い空間の左手の奥の、休憩室のような空間の中で、彼は、薄い青色のソファに座ったまま、水を飲んでいる。極端に洗浄された純粋に透明なガラスのコップ。彼が飲む水は、沸騰された後何度もろ過されたもの違いないと、わたしは察知した。「遅かったけど。…無菌室に入ってからは早かった。」


彼は、黒いタートルネックに、白く、長いフードを身にまとって、素足のまま靴は履いていない。わたしも素足のままだった。彼は、華奢で、小柄な、スキンヘッドの東洋人だった。一度も日差しに触れたことなどないような透き通るような肌のきめ細かさを持っている。その肌の色が、日差しを冒涜するかのように、ただ、白い。そちらへ、と何メートルか隔てた黒いソファを指さす。

彼の手は医療用の白い手袋が隠している。向かいの黒いソファーは、来客用に違いない。薄汚れた来客のための、特別なそれ。彼自身はいちどもそれに触れたことさえないに違いない。

「一般的に、あの、」と、少し早口に彼が言う。「赤いソファの部屋があるでしょう?あそこで行きあぐねて、時間をかけてしまうんですね。普通は。…何これ?どうしようかなって。けど、あなたはそのまま直進されましたね…」


「見てたんですか?」

「ええ。」彼は傍らのテーブルのパソコンを指差したが、キーボードには白い布が掛けられていた。直接、汚染源であるキーボードに手を触れなくともよいように。何重もの警戒。居心地のよい、あかるくて清潔な空間のここは、彼の無菌の要塞に他ならない。それが、あらゆるものに明示されていた。うるさいほどに。

ビニールに包まれた通信機器。

透明な水差し。

静かに音を立て続ける空調の音。

片隅の小さな白い装置からのスチーム。

何に手を触れるにしても、彼の許可が必要なはずだった。空間の帝王にして、独裁者である彼の。あるいは、そこまでしなければ彼が彼の健康を維持できないのだとしたら、彼は寧ろ、この空間に閉じ込められた捕囚に過ぎないのだった。

「監視カメラが。…この施設のすべての監視カメラはここで見ることができますが、…ほとんど、使いませんけどね。用があるとき以外には。」

「用?」

「誰かを呼び出す、とかですよ。わたしだって、誰かと冗談でも言いながら、お茶を楽しみたい時だってあります。もちろん。…わたしが飲むのは水ですが。

 …そう。あなたは?」

「わたし?」

「ええ」

「なにを?」その瞬間、彼の顔にわたしの知性を疑った、懐疑と軽蔑が入り混じった表情が浮かんだが、すぐに思い出したように笑って、「お茶を。」


「お茶?」

「そう。お茶は、飲みますか?あなたは。お茶は?」

「…あなたは、」と、言いかけた瞬間に、わたしはすでに自分が何を言おうとしたのか忘れてしまい乍ら、不意に、彼と自分が共通言語でじゃべっているのに気付く。

日本語。

わたしは、少なくとも、日本語を話す人間なのに違いない。それが、所属する国籍を現すとは限らないとしても。彼も日本人なのかも知れない。「日本人ですか?」わたしは言った。最初に言おうとしたこと、それとは、まったく一致しないはずだった。

違和感があった。「いいえ。中国人ですね。残念ながら。7年間、日本に留学していたので。…ここでは、日本人として、生きています。」

「なぜ?」

「彼らが日本人だと思っているからですよ。…日本語ができる人間が、何人かいたと思いますがね。…まだ。

 ここに来た、初期の頃には結構いて、ベトナム語は彼らに教わったんです。」

「ベトナム語?ベトナムなんですか?ここは」

「旧、ベトナム。まぁ、いわゆるベトナム。早い話が、ようするに、ベトナム」すわったら?彼は言った。わたしは、彼のそれを無視した。「もう、そんな国は崩壊していますけどね。あるいは、国家という観念…概念?…自体が、ね。あなたは、…」彼は、微笑み続けていた。許す。いいよ、許してあげる。そう、耳元で呟き続けるような、微笑だった。

それはわたしを不快にした。

無根拠なみじめさを植えつけるからだった。「本当に、なにも覚えていないんですか?」善良な彼のために、善意を持って咬み殺して上げなければならない、そんな不埒なみじめさ、…と、心のどこかで認識して仕舞う彼に対する許し難い不快さ。「最初に眼を覚まされたときに、少し、覚えてらっしゃったようですけどね。部分的な記憶喪失のはずだと。もっとも、日本語を解さない人間の所診なので、感覚的…感性的?…直感的、…な、診断に過ぎないし、あなたが何を話していたのか、わたしたちには現状、最早、誰にもわからないのですが。…身近に、日本語を理解できる者がいなかったので、ね。

 あなたは、それは記憶されていますか?」

「最初に、眼をさました?…初めて?…

 それは、いつ、…ですか?」

「最初の記憶は?」

彼が言った。


わたしは口籠った。もはや、それは、あまりにも感覚的で、断片的な記憶、ほとんど印象のようなもの、にすぎなかったので、自分にもよくわからないのだった。

音響の記憶。ほんの、一瞬の。「…一番、古い、記憶は?」沈黙した、というよりも、単に何も言えないでいるわたしを、一瞬、離れた距離のままで覗き込むようにして、「…困難な状況ですね。」彼は言った。「非常に、心配です。」


表情は一切変わらない。あの、懐かしい微笑みが、常に「…非常に。」…許す。と言っている。すべてを。

…あなたの、すべてを。不意に、どこかに堕ちるように停滞した沈黙の一瞬のあとで、「多くの日本人が、…もっとも、あなたが本物の日本人かどうか知りませんが。今のとこは、…ね?…

 こんな人がいた。非常に礼儀ただしく、わたしたちに協力的で、友好的な日本人がいた。60歳くらいですか。異変種の兆候も無かったので、」

「異変種?」

「…なるほどね。それも忘れたんですね。…まあ、いい。」彼の顔には、「突然変異の一種です。」頭にも、体毛というものが無い。「そういう種類の人間が発生したんですね。ちょっと前に。」それが、彼の整った顔立ちに、「…大量にね。」一種、凄惨なほどに抽象的な美しさを与えていた。

人間の顔の祖形を見るようだった。個性という名の、ある穢れた屈辱にまみれる前の抽象的な祖形。そして、すぐに、それが錯覚だということに気付く。それは彼の身のこなしが与えた錯覚に過ぎない。事実、彼は「次の第三種という進化した身体を持った人間にいたるまでの。突然変異的な、なにか、ばらばらな個性。」眼が切れ長に過ぎる。「これは、進化も変異もしなかったわれわれの命名であって、彼らは別の言い方をしたはずですが。…そう、かつての差別用語ですが。…異変種、…第三種、…いずれにしても、まあ、普通のいい人の日本人の叔父さんがね、いたんです。とてもいい人です。信用できませんが。ちょっと裏表があって。

 …自殺しましたよ。」


「あなたは、…」不意にわたしは、忘れていた最初の質問を初めて思い出して、「失礼ですが、…いいですか?」言った。

「お名前は?」彼は噴き出し、声を立てて笑い、「すみませんが、あなたの…」なかなか笑いやまない。

わたしはソファーに座る。座った瞬間に、この明らかな、外から来た穢れ者専用のソファーに座ることを許してしまった自分に対する、自虐的な軽蔑にさいなまれた。

「すみません。わたしの名前は、」彼はもう笑っていなかった。「レ・ハン。」中国名ですか?わたしの質問に、いや、と彼は言い、ベトナム人たちが、私のことをそう呼ぶから、これを名乗っているだけです、言った。その、鼻にかかったアルト。男声として、明らかに甲高い部類に入るそれ。「納得しました?…名前は?」彼の眼差しを見つめる。

「あなたは?」

微笑を絶やさないそれ。わたしは自分自身に対して沈黙する。…名前は?

「覚えてないでしょうね。まぁ、そうでしょう。…心配です、非常に。」空中にさまよわされたレ・ハンの左の薬指が、不意にわたしは、彼は左利きなのに違いない、と思った。空間に、不可解な線形を描く。蝶をかたどるような。

「浜崎庸一というお名前の方だったんですが、その方のなくなり方は悲惨でした。精神疾患の兆候は、あったのかもしれませんが、言語の不自由な交換がその表現を隠蔽してしまって…おそらくね。英語で話していましたから。そして、彼の英語はよくありませんでしたから。非常に困難な英語でした。」

「どうなったんです?」

「ここで作った妻を殺人して。自分も死んでしまいました。F-45のWater poolの近くで。…残念でした。ほかにも、4人くらい。日本人は、みんな、順応、…対応?…適応?…できませんでした。犯罪を犯したり、そして、処刑したり、逃走しようとして、事故で死んで…」

「されたり?…処刑されたり、ですか?」

「そう。で、…すね。…そう。うん、文法的にはね。」レ・ハンは一瞬、何を聞かれたのかわからない顔をした。

レ・ハンが思い出したように、声を立てて笑った。「いずれにしても、あなたは《重度汚染地区》で発見されえました。放射能の、です。そこで、」

「放射能?事故ですか?原発の?」

「げん…なに?それ。知らないな。英語だと?…いや、…わかりやすく言うと、」彼が、話に飽き始めていたのにはすでに気付いていた。最初から「戦争があったんです。」飽きていたのかも知れない「戦争という言葉の意味は時代によって違う。わかりますね?戦争行為の意味は、常に定義され直さなければなりません。…そういう事で、大きな深刻な戦争がありました。世界は核で汚染されました。洗浄[戦場?]の不可能です。世界は、それ以前の世界の様子を基準にすると、滅亡しました。あなたは、いわゆる日本で発見されました。ここに彼らはつれてきました。彼らは、いまもそこでベトナム人を探しています。日本のベトナムの留学生は大量でしたから。」わかりますか?レ・ハンは言った。「わたしは心配ですが、あなたは心配はいりません。みんな、歓迎していますよ。…彼らは。」

「彼ら?」

「ここの人間たちです。生きている人間が発見したことは、よろこぶべきですから。普通に、自然に、仲良くすればいい。」

「なにを?なにをすれば、」

「何もしなくていいんですよ。」レ・ハンがコップを手に取り、それを口につける。それを見た瞬間に、自分がなにか禁忌を犯した気がした。

彼が眼を伏せ、恥らうように横を向き乍ら、水を、口を浸す程度にだけ、口にしたからだった。

ながく息をつき、彼は言った。「だれか、気に入った女性でも作って、子供を作ればいい。生まれることはいいことです。歓迎します。わたしたちは滅びかかっています。それは、滅亡に抵抗しますから。彼らは喜びます。もし、生まれた子供が壊れていたら、残念ですが、」その瞬間にだけ、彼は微笑を意図的に消した。「処理は彼らがします。」

帰れ、と彼は手でわたしに合図した。彼は、突然、いま、みじめなまでに疲労していた。






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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