小説 op.3-01《花々を埋葬する/波紋》⑤…真っ白く、滅び去って行く世界。
わたしたちは驚いたのだった。世界の終わりが、まさか東アジアなどから来るなどとは。あんな、世界の周縁から。日に日に白んで行き、純白に近くなるわたしの視界が捉える世界の中で。Cảnh は時に思い出したに違いない。彼が無意味な放火をした日、夕方帰ってきた Cảnh が不意に、上半身裸で眠り込んでいた Anh の首を絞めようとしたときに、Phậm はそれを制して、彼女は言った。どうして?、と、なぜ、みんなの幸せをあなたは壊してしまおうとするの? Anh の体臭を嗅ぐ。振り向いたすぐそばで、Phậm の呼吸さえもが彼の皮膚に触れ、彼女は涙さえ流しながら、なぜ? 問いを返した Cảnh に彼女はしゃくりあげながら言った。なぜ、なにもかも奪い去ろうとするの?なぜ、と Cảnh は思った。涙はいつも薄汚れていて、みじめったらしいのか? 目を背けたくなるほどに。逃げ出していく Cảnh を振り返った眼差しの中に捉えた一瞬に、彼女はもう彼は二度と戻ってくることはないだろうと思った。それは間違いだった。ややあって、忘れた頃にその日、彼はガソリン入りのペットボトルを手に帰ってきたのだから。Phậm が、Anh を愛していたとは思えない。行為が終わるたびに体を執拗に洗い、自分の性器の中に指を突っ込んでまで、すべてを洗い流そうとせずにはいられなかったのだから。寝たふりをしたまま、目を閉じたままの Anh は思い出す。彼女は言った、彼女が初潮を迎えたことを知った彼の愛撫が明らかに、それまでとは違う気配を持ったことに気付いた彼女は、あなたは、することができる、と言った。複雑な命題のように。ついに、命令が下されたように、彼は彼女の男になることを許した。Phậm は知っていた。それを許可する以外に、自分が為すべき事など既に失われていたことを。まったき事実の一つとして。何ものによっても正当化などできないことなど既に知られていたにも拘らず。時に、雪のような白い破片が降ることがある。
それが放射能の影響なのか、何なのか、わたしにはわからない。雪が降るように、しかし、一切の潤いを持たないそれは、なにかに触れた先からすぐに崩壊していく。死の灰と呼ばれるものなのか、何なのか、わからない。本当のそれは、何年も前に既に降りしきった後だった。18歳になった Yên が、2029年の10月、朝の早い時間に尋ねてきたとき、Yên は振り向くと、不意にわたしに口付け、はにかむように声を立てて笑った。四十歳を超えたわたしは、年齢的にも、身体の現実としても、すでに老いさらばえていた。呼吸をすることさえ、既に身体を酷使する行為に他ならないわたしは。Yên が何を求めているのかくらい、わたしにだってわかっていた。もはや、彼女は完成された女だった。わたしは、明らかに彼女の初恋の人間であって、彼女が恋から冷めていないことくらいは、誰もが知っていた。Lệ Huệ は市場に買い物に行っていた。長い間、彼女が帰ってこないことは知っている。いつでも彼女の買い物は時間がかかる。わたしは思い出した。自分の結婚式に来た Anh を、糾弾するような目つきで Phậm が追い出そうとしたときのことを。つかみあげたビール瓶で、殴りつけるそぶりさえしたものだった。どの面を下げて、いま、ここに、と。人々は、彼女をなだめるのに精一杯だった。わたしは遠くで目を伏せた。Yên はわたしの胸顔をうずめて、わたしは彼女をベッドに寝かせると、彼女はわたしのそれを手のひらに包んでもてあそんだ。彼女も知っているのに違いなかった。わたしのそれの現実を。おしゃべりな Lệ Huệ から耳打ちされて。わたしたちの知っていた現実を裏切るように、勃起したそれが何度かの試みの後に彼女の身体の中に入ると、やがてわたしが射精してしまうのに時間はかからなかった。文字通り、あっと言う間に。まるで、初めて女を知ったような気さえした。
Yên は、すべてに満足した表情をみせた。幾重もの裏切りの感情だけが、わたしを苛んだ。Lệ Huệ も知っていたかも知れない。彼女が彼女の男を知った、明らかな優位性を、Yên は身振りのうちに表現し続けたのだから。誰もに膨らんでいくおなかを指摘されながら、その父親が誰なのかは誰にも明かさないままに。ときに、その母親になじられさえしながらも。いつものように、朝、Lệ Huệ と近くの川岸を散歩し、見慣れた、荒みかかった風景の中に、今日も《雪》は降って、樹木を、建築を、造築物を、路面を、《雪》の群れ。それらは一瞬だけ指先に触れてはすぐさま崩壊し、あとには何も残らない。あらゆるものが、今や、見えない力にしずかに破壊されつつあるのは知っている。《雪》はハン河の泥色の水にも触れて、消滅していく。Lệ Huệ が倒れ掛かるように寄り添って、彼女を抱きしめていたときわたしの視界には、名前を知らない白い樹木の白い葉の先に咲いた白い、あるいは、白く見える小さな花々さえもが風にゆれる。今日も、わたしたちは試すに違いなかった。わたしたちの子どもを作るために。わたしたちだけの。もう既に十分知り尽くしている結果をは、十分予測されていたにも拘らず。白い樹木が白ずんだ大気の中に、向こうの青空さえ白い。
2017.11.28.-11.29.
Seno-Lê
Ma
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