小説 op.2《サイゴンの雪》⑤…熱帯の町に、雪が降るとき。恋愛小説









Fallin' Snow

ở Sài Gòn

サイゴンの雪









Anh đi đầu ? と、 Thành は言い、私にこぼれるような笑顔を見せた。少年は気が向いたときに私の部屋に転がり込み、飽きればどこかに行ってしまう。今、彼はここにいたいからここにいる。私はそれを知っている。Đi ở đầu ? 彼が私に聞き取らせるためにゆっくりと言った発音は、もちろん、私には唯の音声にすぎない。少し鼻にかかった、むしろ姉よりも甲高い彼の音声が、この少年が男として彼女を愛しているのだとはどうしても思えない。この美しい少年のそばには、いくらでも女が息をころしながら、彼に幼い、露骨な流し目を送っていた。姉のように自由にはならなくとも、或いは、彼ならもっとた易く彼女たちを言いなりにしてしまうはずだった。素手で美しさに直面したとき、既存倫理などついには無力だ。









思わせぶりな、切れ長の目で、どこか貴族的な気配を漂わせた、まともな教育も、或いは最低限の倫理観すら持たないかも知れない、動物的な、と言えばむしろ動物たちの知性に対して失礼にあたるこの美しい存在は、手を伸ばしさえすれば、無数の果実を手にすることができ、かじりつき、舌の上に転がし、吐き捨てることさえも自由だったはずだった。彼は彼の不確定な論理と、直感的な倫理と、忘却のうちにすぐに消滅してしまう知性が見出した絶対的な正解にしたがって、そして、私たちは慣性に任せるように歩き出し、やや離れた薄汚いカフェに入った。目の前に座ってスマホをいじる彼に視線を投げるが、サイゴン風の、シェイカーで振った甘いコーヒーは私の唇を濡らし、その香りが口の中を少し濡らした程度に過ぎないながら、のどの奥にまで甘さに満たされて仕舞う。いつか、彼と中心からやや離れたホーチミン市の路地で道に迷ったとき、Thành はややあって立ち止まり、地面を指差して、ここにいろというジェスチャーを繰り返す。何度も念を押し、近くの雑貨屋の中に姿を消した彼は、そしてその奥から、一瞬、短く暴力的な、硬い、やわらかい、にぶい、複数の衝突音の一塊がたったあとで、傷ひとつなく戻ってきた彼はタクシーを止める。息を切らしさえせず、そのくせ、わずかばかり胸元をだけ上気させて。顎をしゃくって私を乗せ、乗り込んだ彼は、その奪ったばかりの釣り札の束から十万ドン紙幣を適当に何枚か引き出して、運転手に渡し、早口に彼に指示を出す。僕に任せればいい、心配するな、と彼の目が言う。明確な、誤解不能な言語として。まるで保護者のような彼の視線の中で、私は一瞬声を立てて笑い、彼は私を守り、私の行きたいところまで私を連れて行くに違いない。私の笑い声に彼が戸惑ったのを私は気付いていた。ホテルのベッドの上で、やがて目を覚ました私はすぐ隣の彼らの息遣いに気付いていたが、目を開けるまでもない。彼女との行為が終わったあとに浅く眠り込んだ私の傍らに、帰ってきた Thành が彼女に求め始めたには違いなかった。いつものように、彼女は拒絶するわけでもなく、弟のなぶるような愛撫を受け入れた。まだ浅い夜の、開け放たれたカーテンの向こうの光に照らし出されて、姉のあざやかなブラウンの肌の上に、Thành の白い肢体が動く。私が彼女の肩を突き飛ばしたときに、彼女は何の非議を訴えるでもなく、ただ、私を見つめたものだった。そのとき、Thành はただ、嘆くような眼差しを私に向けていた。私は彼らのその息遣いと、こすれあう肌の音を聞きながら、混濁した汗の匂いと、そして目を開けて、ベトナム風の、高い天井の縁を飾った緑色の木材の装飾を眺める。私は知っていた、私の問いかけに答えなくなるときに、彼女はいつも耐えられないほどの悲しさか、痛みか、怒りのような感情に貫かれていたに違いない。言葉の問題ではない。多くの場合、言葉などなくとも彼女は何を言おうとしているのか、すでに知っている。私がそうであるように。Thành は姉の上で飢えたように腰を振り、彼女は弟のそれを受け入れた体内に広がっていくその感覚に身を任し、埋没しながら、体を離れたときの彼らの、淡々とした希薄な距離感を思い出すとき、彼らが求め合っているとは思えない。愛しているものへの感情的な性欲に飢えているなら、あの距離感は成立しないはずだったが、今、二人は明らかにセックスの中に埋没していて、とはいえ、始めて仕舞えば、目の前の体に飢え、求めない限り、それは成立しない。それをする限り、彼らはそのとき、飢え、求めている。私と彼女がそうであるように。強制ではなく、当然の条件にすぎない、そのどうしようもない希薄な当たり前の性欲の氾濫の中で、姉は時に喉から声を立てて、彼は、彼女の唇に彼の唇を押し当てる。彼女の目はいつでも閉じている。私のときと同じように。彼女の饒舌なしぐさの不意の沈黙が、私をどうしようもなく暴力的にし、私の暴力がときに彼女をふたたび沈黙させる。私は、愛している、彼女を、愛している、私を、彼女は。私は知っている。射精した後の、慣性の中でゆっくりと動きを失っていくThành の肢体を、姉はきつく抱きしめさえするが、やがて疲れ果てた彼女から身を離したThành は私の体の上に身を投げ出して、いつの間にか眠ってしまう。私が彼女を突き飛ばしたとき、紙のようによろめいた彼女の身体がテーブルを殴打し、叩き割れた花瓶が立てた音の向こうで、私は、自分がわめき散らしているのを知っている。私は、そして見つめた彼女は、ややあって私を見上げ、涙すらない泣き顔で見つめた。唇をかすかに切って、血をにじませながら。私を。Thành が、そもそも女を愛しているとも思えない。Thành の行為は自分勝手な強姦のように見える。あるいは彼女の行為も。私の行為も?私たちは強姦しあっている。誰を?私は Thành の頭を撫ぜてやり、息遣い、笹村の部屋に Lan が通いこんでいるのは知っていた。結局のところ、彼女がやっているのは、売春以外の何ものでもない。彼女はバイクで乗りつけ、警備員にいくらかのベトナム・ドン紙幣を手渡し、部屋を訪ねると、笹村に抱かれ、いくらかの金銭を手にする。時には外貨両替されないままの日本円や米ドルで。とはいえ、そもそも彼女の日本語にかかったはずの教育費を考えると、彼女の現状がそこまで金銭に困窮しているとは思えない。体を売らなければならないほどに困窮している人間がた易く支払えるほど教育費は安いわけでもなく、独学でできるほど日本語は簡単なわけでもない。そして、彼女は笹村の部屋に通い、彼に抱かれた後、時に、ロビーの外の木立のなかで、身を丸めて嘔吐する。精神的な障害なのか、身体的な疾患なのかは知らない。姉弟の寝息を背後に聞きながら、ベランダで外気に触れているとき、人影がホテルの庭を這うように走っていって、あの常緑樹の木立の中にうずくまる。それが Lan だということはすぐにわかる。彼女は身を丸めて、あのレタントンの店の前でしていたように、派手に喉を鳴らしながら吐く。胃そのものさえ口から吐き出してしまいそうなほどの、生理的な苦痛をさえ聞く者にあたえる、悲鳴をあげる身体に、私は耳を閉ざしてしまいたいほどに思いながら、部屋を出て、非常灯以外の照明のすべて消されてしまった廊下をおり、彼女のそばに歩み寄ると、もたげた顔の晒した惨めにすがるような一瞥のあと、しかし、すぐに彼女はふたたび吐き始めた。









口から何かが出るわけでもない。何もかも吐寫されきった後なのかも知れない。私にできることは何もなく、傍らで彼女のうずくまった背中を撫ぜてやったとき、彼女の背中に私の手のひらが触れたその一瞬、Lan は四肢を一度痙攣させた。鳥肌が立ち、彼女の皮膚の表面は極端に冷たく、汗ばんでいる。あきらかに病んだ身体が、振るえ、痙攣し、どうして、こんなことをしているんですか?彼女に言い、一瞬聞き取れなかった彼女は、発作の終わった後の胃液に濡れていた唇を、乾いた後まで何度も手の甲で拭いながら、私は繰り返す、どうしてこんなことをしているんですか?一瞬、沈黙し、あの、女たちが一様に私に見せる、瞳孔の開ききった目で、絡娶るようにみつめ、長い沈黙になりかかった瞬間に声を立てて笑い、微笑み、愛してるの。笹村さんを。言う。さじゃむらじゃんの その日本語のあいしていますから 意味はあきらかだったが、彼女が語彙を間違えている可能性もあれば、彼女が単に嘘をついている可能性もあって、目の前に転がっている言葉は、無数の可能性を明示させてやまないままに、結局のところ、私の指先にさえ触れ得ずにこぼれ去っていく。私は、無根拠に自分の認識を信じるしかなかった。彼女は、やがて、息を深く吸い込み、不意にこぼれるような笑みを見せて、恥らいを潜めた媚態の中に、あなたは、とてもいい匂いがしますね。みゆさわさんわにおういいです 私から目を離さないままに言い、日本語、変ですか?

間違っていません。

いいですよ、私は答えたが、蠅が私たちの足元を揺らめくように旋回し続けていて、肌に時に触れながらも、すれすれの距離感の中に、それは空間を泳ぐ。私は目を伏せ、彼女の肩を撫ぜた後立ち上がり、部屋に帰ると目を覚ました Thành がシャワーを浴びている水音が微かに立っている。照明の付けられないままの暗がりの中に、彼女もベッドの上に身を起こしていて、未だ衣服をまとわないままに私を見つめた。Đi ở đầu ? 私のすれすれに身を寄せたとき、彼女の汗ばんだ体臭が、鼻腔にながれ込む。体を洗い流す気さえなく、そのままに、少女はあの、開ききった瞳孔に中に私を絡娶ろうとし、私はその吐き出される息の、私の首筋にかかるのにまかせる。しずかに、やがて急激に振り出した雨の轟音が室内を満たし、この雨の中に、Lan は打たれているのだろうか?あるいは、逃げ去り得たのだろうか?土砂降りの雨が再び彼女の発作を誘発したかも知れず、雨の中にうずくまって止まない嘔吐に身をよじるのかも知れない。雨のなかに、そして彼女は何も言わないまま、私を見つめ、たしかに、共通言語のない私と少女は、言葉もないままに、意味を探り続け、探り当て続け、触れ合い続ける。微かな瞬きと、黒目の振るえさえもが強烈で、鮮明で、明確な意味そのものとなって反響し、乱反射の中で、ついに、その意味を明示しきることなく、何かが隠されていて、或いは、そもそも意味などあったのかさえわからないそれらの無際限な意味の束が、私たちを突き刺しては、消滅していくのを、彼女もそれを知っていた。さまざまな、あきらかに、指先に触れることさえなく目覚め続ける鮮明な断片に刺し貫かれながら、それらの当然の、すぐさまの喪失が、彼女のまぶたを震わせ、私の黒目に微かな振動を与えて止まない。シャワーを浴びた弟は、部屋を出て行く。こんな夜更けにも、誰かが彼を待っている。姉は声すらかけない。振り向きざまに見せたやわらかい微笑が、その残像だけを私に残して、下のほうでバイクの音がする。私は瞬く。彼女の唇が何か言おうとして開きかけ、くずれ、微笑みに落ちていく。私との行為が終わったあとの汗ばんだままの彼女の体に、弟は、そして、私の目の前に隠されることさえなく曝されている彼女の、弟の行為を受け入れ終わったばかりの汗ばんだ身体は、その体温をさえ残したまま息遣い、私が彼女の鼻のかたちをなぞろうとする指先に、軽く目を閉じて、笹村は、Lan がいつも執拗なほどに体を洗うのだ、と言った。行為が終わった後で、時にまだ彼女の上に覆いかぶさっている彼の体を押しのけて浴室に駆け込み、半開きのドアの向こうから彼女の嘔吐する音が聞こえる。或いはその行為の最中にさえも。笹村はただ、それを聞きながら、その発作がおさまるのを待つ。私は、そして仕事の後で、彼らと食事をしたときに、笹村は彼女の頭を撫ぜた後、言った、日本に連れて行って、病気を治してやりたいんだけどね。「何か、疾患が?」問いかけに、すぐには答えず、思いあぐねた後、知らない。どうなの?彼女に問いかけるが、Lan は何も答えられずに、微笑み乍ら首を振るしかない。会社の中の専制君主は今、声を潜めながら、彼女への惨めな執着を語外に語る。ぼくのことが嫌いなんじゃないの。そうじゃないよね? Lan は私に、色づいた流し目を送った後、笹村に視線を逃してうなづくが、スタッフたちが見たら、どう思うだろう?彼女、ぼくのこと、すっごく好きなの。笑うだろうか?彼らの、言葉さえ通じない理不尽な鋼鉄の専制君主。いつも笹村はベッドの上に身をもたげ、彼女の嘔吐音に聞き耳を立てながら、なすすべもなく、Lan がベッドに帰って来るのを待つ。手洗いに立ったLanの不在の椅子を指先で指しながら、どう思う?笹村は言った。彼女、本当に僕のこと、好きだと思う?笹村は照明の消された夜の室内の中で、彼女を待ちながら、その音にだけ耳を澄まし、やがて聞こえてくるシャワーの水が彼女の身体を殴打する音が耳を打つ。どう思う?嫌いじゃないんだよ、絶対、だって、彼女は体中を掻き毟るように洗っている。いつも、いつもの嘔吐と入浴の後には、まるで笹村がつけたかのように、体中に引っ掻いた赤い爪あとを曝して、彼に覆いかぶさっては、彼に口付ける。まるで、まだ、今日何の行為もされはしなかったかのように、彼女は彼の体中を愛撫し、唇を当て、匂いをさえ嗅いで、腕に抱き、微笑む彼女の手を握って、笹村は言った、どう思う?Lan は瞳孔の開ききった目で、誘惑についに陥落したかのような扇情的な目で、私を見つめて放さない。Seri は言った、反原発の歌作ったのね。彼女が今、私を、欲しがっているのを知っている。性欲の問題ではない。Lan は今、私が欲しい。セックスしてしまえば思いが遂げられるというわけではなく、かつ、あくまでも性欲に支えられているにすぎない、つまりは、それ自体解消不可能な欲望が、彼女の瞳孔を見開かせ、私は彼女が笹村を単純に愛してさえいるのを知っている。彼が一文無しに今なったとしても、彼女は気にも留めないに違いない。好きなんです、わたし 、笹村さんのこと。彼女は口の中で呟くように言った。すきじぇしから。私を さじゃむらさんが 見つめてはなさないまま、微笑み、まるで私を誘惑し陥落させようとするかのように、「結婚したいんです」あきらかに、彼女の、心まですべて含めた身体そのものが、胸焼けするほどに私を求め乍ら、「日本に、奥さんがいます」彼女はただ、笹村だけを愛している「悲しいけど。」









…奥さんはね、もう、名目だけだから。私に弁解するように笹村は言い、眼差しには嘘のない同情があった。けど、なかなか別れられなくてね、熱にうかされたように彼が Lan の手を取って、自分のひざの上にのせてさえも、彼女は私から目を離さない。ランランに、すごい、さびしい思いさせてるの。それは、事実、と、笹村は言った。反原発の歌作ったら、お父さんってさ、すっごい悲しげなの。何も言わないけど。Seri は言い、一度息をついてみせ、けど、正しいことだと思うのね。瞳孔の開いたままの目に私を捉え続けたまま、少女は私のすれすれに伸ばされた指先が、彼女の鼻の形になぞるのを受け入れる。指が曲線を描いて、彼女の息を掛けられながら、その体温を感じ、唇のかたちをなぞっていくが、行為を受け入れたばかりの、疲れ果ててさえいる身体が、いつものように息づき続け、夜の深い、やわらかい光の中で、褐色の肌はむしろ、ただ黒い影になって、光の反射を這わせた。何をも描き出さない。目を凝らされた影と影の境界線の中に、呼吸が、そして、そこに私を見つめている彼女の身体の存在を、私は知っている。半開きにされた唇から、舌を微かに出して、私に指先で触れようとする、その至近距離の体温を、私は何にも触れないままに感じる。私は思い出す。想起された記憶がその記憶のすでに存在し続けていたことを主張してやまず、やがて私は記憶に飲み込まれながら、私は記憶していて、私は思い出す。なにかんがえてるの Seri は言った。何、考えてるの?芹沢薫と言う名の、その女は、渋谷のカフェで、そして彼女はシンガーだった。歌を歌っていた。「お父さん、原発推進派だからさ、地元の」シンガーソングライターで、さまざまな小さなライブハウスで歌い、「でも福島とか、何ていうの?未来の子どもたちっていうか」私は知っている、彼女は、そしてこのまだ私が日本にいたときに、「大事じゃん?イノチ、守るの。」松涛と原宿の狭間の、どちらでもあればどちらでもないどっちつかずの希薄な雰囲気だけが満たしている道路の両脇は、「じゃない?」何かに落ち込んでしまったように人通りも少なく、何、考えてるの?彼女は言った。日本語ネイティブは、常に、極端な早口で、長い文をぶった切り乍らしゃべる。機関銃のようにシラブルをたたみかけ、話されるのは長い長いうねるような音程を持ったフレーズだ。私も含めて。彼女は私をわざと覗き込み、ねえ、今、暇なの?「何で?」暇そう「知らないよ。どうして?」笑いながら私は、てか、なんか、彼女は不意に髪をかき上げるしぐさを見せて、グラスの中の氷をストローでかき回すが、半分以上飲み残されたままのミルクコーヒーは、かろうじてそのブラウンの色彩を保持しているにすぎない。なんか、ひまそう。彼女は、そういうの、なんか、やなんだけど。「なにが?」もっとさあ、なんか、飢えてほしかったりしないこともないなっておもったりもする。彼女が《ファン》に刺されて重傷を負ったことを「何に?」きまってんじゃん。わたし。私はベトナムで知った。「どうして?」がるうって。Yahoo Japan のエンタメ欄で。がるうってさ、してくんない?なんか、ひまそうなんだもん、いま、じゅんくん。ずうっと。声を立てて笑う私に彼女は一瞥をくれるが、てかさ、なんか、わたしのことかんがえながらじぶんでしたりする?「じぶんで?」やーんって。なんかいろんなさぁ、やらしいことかんがえちゃったりして、どうしようもなくなったりしてさぁ、あえないひとかに、ひとりでやったりする?「しないよ」しなよ。てか、しようよ。

「もう、別かれたじゃん」

「いいじゃん。別に」

すき?「すきだよ」ほしい?「ほしいよ」うそ。て、いうか、いま、めっちゃやらしいことかんがえていい?「どんな?」すっごいの。ぎったんぎったんで、ぐっじゅんぐっじゅんなかんじで、いろいろ、そうぞうしちゃっていい?「すればいいじゃん」そっか。じゃぁさ、じゃあじゃあ、するね。いい?彼女はひじを付いて、あからさまに私を見つめた後、目を閉じ、彼女は考え、想像する。やわらかく私を見つめ返し、開かれた瞳孔の中に私を絡娶りながら、半開きにされた唇が媚態を作り、意識された、そして無意識のままのそれらは、自分勝手に自分をだけ発情させた彼女が、蜘蛛の巣のように張り巡らした誘惑の糸を私の周囲に散乱させたまま、ややあって、目を閉じ、再び開いたとき、すっごいの、そうぞうしちゃった。「どんなの?」やばいよ。もう。じゅんくって、やばいね。すっごかった。さんかいくらいいっちゃいそうになった。えーぶいみたいに。やーんって。「どんなの?いえよ」ひみつ。声を立てて彼女は笑い、「てか、発情しちゃった?」したよ。三回くらい射精しちゃった。「嘘」きみのコウノトリ、という名前の曲があった。彼女の歌だった。彼女の地元の、駿河の歌で、中学生じみたラブソングだった。コウノトリは綺麗な川でしか生きられない。澄んだ、綺麗な川でしか。そして命を運んでくるの。僕と君のところにも。駿河は、コウノトリの生息地として有名なのだと彼女は言った。駿河、福井県、いくつもの巨大な原発施設でのみささえられた、原子力都市。駿河の地方局の地方番組でタイアップが取れたの、すごくない?彼女は言ったすっごいきれえなとこだよ。「その歌で?」

「うーん。違う歌。」きてみればいーのに。「…だからさ、原発ソング、ネットにもあげられなかったりする」声を立てて笑い、その時がくれば、近寄ることさえできず、「ばれたら、ちょっとやばいよね」人類固体の生命期間をはるかに超えた不可視の炎を燃え盛らせるもの。かわのみずとか、すっごくきれいで。彗星がブラックホールに手を伸ばそうとするようなものだ。その指先に触れようとして。ほんとに、くうきもめっちゃおいしいの。目の前のそれは、単なる鉱物に過ぎず、その可能性のひとつを実現さしめたとき、やっぱさ、過去世の学びって言うか、生まれてくる子どもたちに残したげたいじゃん、綺麗な自然とか、日本文化とか。それって、大事じゃん?それは、そして、私は彼女の髪の毛に顔を近付け、その匂いを吸い込みながら、雨期の雨が轟音を立て続けたまま、少女の幼い身体は疲れきっている。終わったばかりの、弟との行為に汗ばんだまま、私は彼女の体の匂いを感じ、にもかかわらず、私はこの少女をもう一度抱くだろう、と思った。我慢できずに、耐えられずに、絶えることなく、私は、失われた言葉をいくつも頭の中に想起し、彼女を見つめ、結局のところ、私は最初からなにも言うべき言葉も、言いうる言葉も、私は彼女を抱くだろう、私は知っている。彼女は疲れ果て、未だ、ゆっくりと、深い呼吸でその肺を満たしながら、感情は明確な行為をとって、感情自体に明確な形姿を与えてもらわなければならない。やがて、私は彼女を押し倒すはずだった。深く疲れ果てた、ついさっきまで、そして弟が彼女の上に覆いかぶさって、腰を振り、弟はわざと私から視線を逸らすように姉の唇をむさぼって、彼が射精したあと、ゆっくりと静まっていく腰の動きを不意に拒絶するかのように、彼女は両手のひらに彼の尻を抱いたまま、下から腰を動かして、姉は目を閉じたままだった。彼は彼女の唇を相変わらずむさぼりながら、姉は執拗に、足を絡めたまま、腰を動かし、彼女はそれを望んでいる。弟はやがて、再び、そして、もう一度、あの執拗な行為が続く。姉は尻から、背中まで、彼を抱きしめて離すことなく、射精してしまえば、弟は力尽きてもたれかかるが、私は知っている。姉はもう一度、下から腰をくねらせ、愛の対義語は憎しみではない。動かしながら、もはや応答もないままに、やがて彼女も力尽きてしまった。その語はいかなる対義語さえ持ちえてはいなかった。私は勃起さえしないままに、私が彼女を今、求めているのに気付くが、私は彼女を抱くだろう、自分自身さえもが疲れ果てていることにすら何の関知もなく、私は、目の前に彼女の身体が合って、その温度と、感じさせる潤いが私にそれを抱くことを命じているかのように、強姦するように。強姦されたように。彼女は何でも知っている。この十五歳の少女は、そして、その弟も、この世界にかかわるあらゆることを知っている。仮に、知識の量があまりに貧しかったとしても。私は思い出す、水も分子構造も世界地図の形さえも知らなかったとしても、十代前半の時期、確実に、私もすべてを知っていた。私はすべてを知っていたし、彼女はすべてを知っている。この世界の美しさも悲惨さも絶望的なまでの強度で、あらゆることを知り尽くしながら、私たちは知っていた。「笹村さんは私が殺して仕舞いました。」









「笹村さんは私が殺して仕舞いました。」Lệ Hằng は言った。





Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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