小説 op.2《サイゴンの雪》④…熱帯の町に、雪が降るとき。恋愛小説
Fallin' Snow
ở Sài Gòn
サイゴンの雪
暗がりの中で、その表情の細かい部分の一切を、濃い影が塗りつぶして仕舞いながら、巨大な仏壇のクリスマスツリーのようなライトアップが微かに壁という壁、天井という天井に細かな色彩の光と色づいた影を明滅させる。いつかの雨の日、沈黙のまま、私の問いかけに応じない彼女に向けて、私はホテルの花瓶を叩き付けたものだった。使い物にならない、ただの声帯の震えに過ぎない英語。今、彼女は横寝に向かい合って、私と見つめ合い続けながら、彼女の黒目は震えるように細かく動いてやまないことを私は知っていた。私もそうなのかも知れない。あの時、彼女は私の次の暴力に身を構えて見せながら、花瓶の水で体を濡らし、逃げようともせずに、ただ、私を振り向き見ていた。立ち尽くしたまま、なぜ、君は不可解な沈黙を時に、くれるのか?彼女との会話など不可能なことは、しかし、私は何か話しかけようとして、話すべき言葉など日本語でさえ見つからないことにはもう気付いていた。発されるべき言葉など、話されるべき何かなど何もないにもかかわらず、私たちは、何かを話し合うべきだった。愛と呼んだ感情に触れるために。《人間》になるために。彼女に話しかけたかった。それは純粋に、性急なまでの欲望だったが、出口などどこにもない欲望が、燃え盛る端からくず折れ続け、むしろ彼女を今ここで裸にして、彼女の肢体そのものにうずもれたいというすでに燃え盛っていた欲望そのものよりもはるかに、痛みすら伴って私をなぶり続けるが、最早それらに差異はない。屈辱にまみれる。寝静まった人々の息が聞こえる。見つめあう彼女の息遣いも、Sao anh khóc vậy ? 彼女のその声は、あのやわらかいアルトで、確かに、私は泣いていた。私の乱れた息遣いを、君は聞いていた。それを私は知っていたし、驚きもせずに、彼女は私のまぶたを指先で拭ってみせ、Thành がまだ眠ってはいないことを私は知っていた。彼女もそうかも知れない。むしろ、私以外のことなど気にも留めていないのかもしれない。ほかにも、何人かの取り巻きたちも目覚めているには違いなく、どうですか?
いま、あなたは...
どう感じていますか?そんなことを話したいのではない。君は、と思う、私を饒舌にさせる。なにも話すべきことがないにも拘らず、強制された沈黙のなかで、空っぽの饒舌をかきたてては焼き尽くしてしまう。なぜ?タイサオ?聞き取れない彼女に たいさお? 私はささやきを繰り返す。Tày sào ? … 共通言語があったとして、Thay xau… 何が違うのだろう? Tai Xấu ...「Tai sao ?」彼女は呟き、私はうなづく。なぜですか? 彼女が微笑むのを私は見て、私は微笑んだ。なぜですか?「Tai sao ?」そう言った少女の身体が目の前で息遣い、熱帯の夜の大気の中で汗ばんでいるのを私は知っている。微かに開いた唇から呼吸が吸い込まれ、一度滞留した後、
―Tai sao ? ゆっくりと吐かれたとき、どうして、泣いているの? 彼女はあなたは、ふたたびいま。何かを言おうとしたには違いない。私が彼女の鼻先に指を近付けて、その呼吸を指先で感じるのを彼女は見つめ、立ち上がった彼女は仏壇の花瓶に手を伸ばす。…Mệt quá, 言い訳するように彼女は呟き、私を振り向き見、….Khạc quá, ささやき、引き抜いた白百合を床に無造作に投げ捨てるが、花は音さえ立てない。花瓶を口に当て、その水で喉を潤すのを私は見つめる。雨が降っているのは知っていた。不意に振り出した夜の雨がトタンの屋根を叩いて、静かな騒音で大気を満たしていた。足元に衣服を脱ぎ捨てた彼女の四肢を、夜の暗さの中に存在するあらゆる光源が、やわらかくうつしだし、接近した彼女の鼻先が、私の体の匂いを嗅ぐ。目を覚ましていた Thành が身を起こし、壁にもたれかかって、うなだれるように視線を外したまま、私は彼女の髪の毛の匂いをかいだ。Thành は目線を合わせない。乳臭い、醗酵したその匂いの向こうに、彼女の体は相変わらず微かに、うすく、汗ばみ、
彼女は未だ帰って来ない。Thành さえも。彼らのみすぼらしい部屋の中で、時間すら経過するのをやめてしまったように。ただ、ドアの外で遠くにさまざまな生活音が耳をつく。ベッドの上に投げ捨てられたままの姉弟の寝巻きらしい薄手のTシャツや短パンに触れてみる。日本人はみんな「におんじんわみんな」クリスチャンなの?「くぃすちゃんじぇすか」と Lan に不意に尋ねられて、いいえ、と私は言ったが、殺される二日前の、ホテルのロビーで外出の準備をしている笹村を待ちながら、石造りのベンチにもたれかかるように腰掛けて、Budhist です、言いかけるが、必ずしもそうとは言えないことくらいは、私だって知っている。少なくとも、仏教国のタイやベトナムのような、仏教国ではない。なぜ、そんなことを聞きますか? Lan は上目越しに私を見つめ続けたまま、笹村さんは Christian ですか?問いかえす私に、何も言うわけでもなく、ただ、瞳孔を開かせた黒目がちの、ほら穴のような目で見つめたまま、あなたは、ハンサムですね。思い出したように言うが、声を立てて笑い、「笹村さんはいつも十字を切ります」さじゃむらさんいちゅも ひざまづいて、Amen、…ね? 彼女の腹部のすれすれに顔を近付けて、その皮膚の匂いを嗅いでみる私に、少女は何の抵抗もしないまま、その視線はついに、壁にもたれかかったままの Thành の姿を捉えたかも知れない。少女の褐色の肌は、灼けたような匂いがする。腹部の、呼吸するたびに微かに波打つその息遣いを、私の接近しすぎた視界はついに何も捉えきれないまま目を凝らす。「彼は言います」さじゃむらさんわいーます 私は彼女の音声に耳を澄ます。何を?発情した雄犬のような眼差しを私に向けたまま、Lan は、何を?唇を開きかけて、笹村はまだ降りてこない。「どうして信じられますか?」どしてしんぢらりますか 私の体の上に、身を丸めた猫のようにまたがったまま、彼女は私の性器に指先をのばして、茂った陰毛をもてあそぶようにその微か上に左右させながら、小さく声を立てて笑いさえするのだが、そのしぐさの持つ滑稽さに、私も微笑んだまま、体温を移して私にもたれかかった彼女のその髪の毛の先に指先を触れる。少女が息遣うたびにちいさく私の皮膚のさまざまな部位に吐きかけられた彼女の呼吸に、私は目を閉じる。「自分で殺したのになぜ信じられますか」じふんで、Kill, Kill, …しましたがじょして 彼女の唇の動きに、そして私はその音声に唯、耳を澄まし、開かれた聴覚の中を静寂の中に立つ波紋で満たしながら、少女は口付けようとして唇を接近させたまま、口付けないままの至近距離で止まって、私を見つめるのだった。「…ですが、信じています、どうしてですか?笹村さんは言います。」じょしてと、さじゃむらさんはいーます 体温の存在。彼女の皮膚の温度を私は私の皮膚に感じ続けながら、何か言葉を探しながら、探し得ないことなど知り尽くしてしまっていたにもかかわらず、振り向くと、Thành は私を、何の感情も感じさせない清んだ視線の中に捉えてはなさい。あるいは、彼の姉を。「笹村さんは、時々、クリスチャンのように見えます」彼女は私から視線を離さないまま、私は彼女の息の音を聞き、雨が降り止まない。これらの騒音が、空間を満たし続け、窓の外のあらゆる風景は水浸しになっているに違いない。なぜ?笹村を殺してしまった Lệ Hằng に、私は言ったものだった、あの、明け方の薄暗いホテルの私の部屋の中で、どうして、彼を?「一目見たとき、私は彼を愛しませんでした。私は、あなたもそうだということを知りました。」彼は微笑みながら、「ですから、彼は生きられないんです。わかりますか?」土砂降りの雨の中で、Lệ Hằng は言ったのだった、「私にできることは何もない」あとに残され、傷ついた Lan は、数日後、Lệ Hằng がよく行っていたカフェで、彼にすがるように寄り添いながら、彼女は Lệ Hằng を見上げていた。美しい彼に、女たちがよくする、瞳孔を開ききらせて、思考の中に発熱したヴィルスをばらまいたような眼差しの中に、タクシーの中からの通りすがりにその雨の中の彼らを見留めて私は、今、Lan が彼に癒され、救われさえしていることに気付いた。今、この時に、傷つき果てた彼女は、Lệ Hằng なしでは生きてさえいけない。周囲の多くの男たちが Lệ Hằng を、彼を射すくめて放さないような視線の中で捉えていた。なしうることは、傷ついたものを癒そうとすることだけだ。時に息さえ潜め、彼の呼吸と、気配を確認し、その意向を伺いながら、何も傷つき得はしなかったのだから。今、Lan は、彼の身体をさえ求めて、彼女は耐えられないその欲求に耐えているに違いなく、残されたものが、ただ、立ち去ったものを失っただけだ。彼女は、彼を必要としていた。Lệ Hằng もそうだったとは思えない。私の嫉妬がそう思わせたかもしれない。土砂降りの雨の中で、「雨が降っています」窓の外を眺めながら、彼に蹂躙されるような彼とのセックスの後で、疲れ果てたようにベッドの上にうち捨てられたままの私に、私の存在などむしろ気にも留めてはいないように、初めて会った日に彼は言った、あのカフェで、これからどうしますか?私は Lệ Hằng を見つめ返し、会社に帰らなければなりません。Nam はこぼれるような笑顔を Lệ Hằng に投げかけ、私たちの足元をこの店の家猫が一切音を立てないままに横切ろうとして、不意に立ち止まる。私たちには聞こえないどこかの音響に耳を澄ませて。そうですか、忙しいですね、と君はいい、私に微笑み返すが、今、この瞬間にこの足元の猫を蹴っ飛ばそうとしても、この猫は身軽に避けてしまうに違いない。その自由な警戒心のなさで、猫ずわりに座ったまま足で顔を撫ぜて見せ、ですが、今日はもう疲れましたから、会社には帰りません、その私の言葉に Nam と Lệ Hằng は声を立てて笑った。私はすでに失脚した人間だった。会社に居場所はなく、笹村の話し相手になるのは、初日の十五分ですでに飽きて仕舞った。ここに来てまだ二週間にしかならない私は、この国に受け入れられてもいないし、受け入れてもいない。知るべき多くのことがあり、知ったところで意味もない。私は肩をすくめ、これからどうしましょうか?私には午後の予定はありません。何かを思いついた Lệ Hằng は、Khạc sản anh ấy ở đầu ? と、Nam を見やって Lệ Hằng は言い、彼の答えを足を組んだまま頷きながら聞いた後で、じゃあ、ホテルまで私が送りましょう。取り巻きの一人の YAMAHA のバイクの後ろに私を乗せた彼が、Nam に笑って言った Chào, Tam biết の声を聞いて、私は、チャオと言う言葉が別れ際にも使われることを初めて知った。行きましょう、また雨が降り始める前に。彼は言うが、それを日本語の間違いとして聞いたものだった。そのとき、雨上がりの空は晴れ上がって、濡れぼそった地上から目を逸らし、見上げれば雨期の気配さえない真っ青な輝く空だけが広がっていたのだから。ホテルについて、部屋に入り、私がエアコンをつけた瞬間に、Lệ Hằng はレース地のカーテンを開け放って、部屋中に光線をなげいれるが、あれから十分も経っていない空は急速に白みを増し、光を失って、窓の外の植物の葉々がまだ光を失いきれない曇り空の下で、いまだ鮮やかなままに、鮮度をうしなった暗示された色彩として、しずかに、その残された気配だけを際立たせる。まるで高山の上や、台風が吹き荒れた直後の一瞬に差すようなこのおだやかな光線は、すぐに土砂降りの雨が来ることを明示してやまない。
「雨が降っています」Lệ Hằng は窓の外を眺めながら、言った。私は、彼の日本語を修正しようと思った。まだ、雨は降っていません。あるいは、雨がこれから降ります。mừa rồi 彼の傍らに接近して、すれすれの距離の中で、mừa rơi chưa 窓の外の向こうの遠くに明らかに雨が降っているのが見え、Mừa sẽ rơi それが一気にあらゆる空間を飲み込んで接近し、Mừa rồi 雨の轟音はしずかに立てられた怒号のように、群れて、窓の外を飲み込んで仕舞うのだった。窓ガラスをさえ雨は叩きつけ、流れ落ち、私は Lệ Hằng の体が立てる甘く醗酵させたような香気を、気づかれないようにひそかに鼻腔に嗅ぐが、未だ消え去らない微光の中に、すべての植物が雨に打たれ、浮き上がらせられた色彩をすら喪失させられないままに、これは、日本語で何ですか? Lệ Hằng が指さした先のテーブルの上に置かれたマンゴーを、私の「マンゴー」と言う言葉に声を立てて笑う君に、「日本語ではありませんが」私も笑い乍ら答え、あの日、Cảnh の結婚式の後で、初めて彼女を抱いた後、うちつけ続ける雨音の中に、私はマットレスの上に疲れ果てて横たわったが、眠りはまだ訪れない。行為が果てたすぐ後の、肌もまだ汗ばんだまま、彼女は身を丸め、私にしがみつくようにして横たわるが、私はThành が座り込んだまま寝たふりをしていたのを知っている。多くの人間が立てる寝息の音声があって、誰かも他に目覚めているのかも知れないし、すべて、寝込みきったままなのかも知れない。私は目を閉じたまま、私がまだ笑いやまない前に Lệ Hằng は不意に振り向きみて、上目越しに私を見つめたまま、私は彼の唇が、私の唇に押し当てられるにまかす。目を閉じるきっかけをさえ失った見開いたままの視界に、彼の、私を見つめる茶色がかった黒目が、瞳孔をさえ開かない凝視の気配の中に、雨がすべてを飲み込んで、のたうつように降りしきっているのを私は、そして知っている。空間のすべてがその音響に満たされて、微光の中に、やがて、身を起こし、素足の、音も立てない猫のようなしなやかさで近づいた Thành が彼の姉にまたがるようにかがみこみ、その頭を撫ぜてやると、姉はまだ子どもながら何かを教え諭そうとするように一度指先を立てようとしたが、私の口に差し込まれた Lệ Hằng の舌が、ゆっくりとお互いの唾液をさえ混ぜ合わせていく。唇に濡れた触感があり、確かに、唾液で濡れているには違いない。彼の腕が私の背中を撫ぜるが、その胸部が押し当てられている私の腹部に、奇妙な違和感がはなれない。Thành は、当然のように、慣れた手つきで、姉を引き剥がすように抱きしめると腕に抱き、ほとんどふくらみのない彼女の胸を片手にまさぐり乍らむさぼるように口付け、私は身を起こし、目を開ける。一瞥をくれた Thành は、しかし、すぐさま自分の行為に没頭した。姉は、一応の気のない抵抗を試みようとしてはすぐに飽き、身を任せ、目を閉じたまま、唇を離した Lệ Hằng は、違和感の去らないままの私を見つめた。ややあって、不意に短く何回かうなづいた後、ためらいもなく衣服を脱ぎ捨て始めた時、彼の胸のふくらみを固いスポーツブラが押し固めているのを見たとしても、私はもはや驚きさえしなかった。隠しているわけではありません、ただ、と、彼は言った、「動くにくいですから」さらしのように固めたスポーツブラをはずすと、むしろ意外なほどに豊かな胸の曲線のその美しさに息を飲み、Thành の慣れた愛撫の手つきが、二人にとってそれが最早当たり前の行為だったことを明示してやまない。少女は目を閉じたまま、私から顔を背け、やがて無造作に短パンだけずらした Thành のそれが彼女のそこに差し込まれた瞬間に、長い詰まった息を吐きながら弟の背中に手を廻されるが、彼女は目を閉じつづけていた。私の右手をとって、自らの胸に触れさせ乍ら Lệ Hằng は言った。驚きましたか?彼に抱きしめられたさっきに感じていた腹部の触感で、すでにわかっていたとも言えて、それが今まで未知だったのか、既に知られたものであったのか、思いあぐねる。私が Lệ Hằng の胸をなぞるように指先を這わしていくのを、彼は何も言わないままに見つめながら、その指先が彼女の灼けたように黒く、尖り立った乳首にやわらかく当たった瞬間に、飽き足らないように自らの手のひらでそれを包んだ。包んだ手のひら越しに、自分で愛撫するかのように揉みしだかせて、十四歳になったばかりの Thành に自らの上で腰を振り続けさせながら、弟は、そして少女はあらく息遣い、その聞き取れないほどにかすかな音響が私の耳の中を占領する。姉の足は苦しげに彼の腰に組み付いて離れない。私がそれを見つめ、息を殺して息遣い続けるあいだに、胸焼けするほど甘い醒めた高揚は私の神経の中に氷のように冷たくとぐろをまいて、目の前で起こっていることを理解しようと努めた。理解しきれないまま意識が散乱して行くのだが、私の両手が彼の胸を手のひらにもてあそび続けていることには私だって気づいていた。不意に一瞬無表情になって、しかし視線の中に私を捉えたまま、私はどうしようもない不安のうちに彼の視線の向こうを追い、Lệ Hằng は微笑みながら、彼の華奢な生地のパンツを脱ぎすてたとき、現れた、彼の美しいあの顔や、やさしく、微かに巻きのかかった長い髪の毛や、上半身の曲線の、意識を昏ませてしまうような美しさを破壊するためだけに存在しているかのような、濃い剛毛に埋め尽くされた強靭な下半身に息を飲み、私は彼の前にひざまづく。その下着を押し上げて、上部から少しだけはみ出してさえいる、勃起しきった彼のそれに、一度、私は瞬いた後で指を触れる。向こうの柔道家のような体躯の男が一度目をさまし、姉弟の行為を見留めるが、それは彼の興味をは引くことさえなく、彼は背を向けてすぐに眠り始めた。無為のまま、弟の背中から落ちた腕の指先が私の腕に触れたとき、不意によみがえった記憶に一瞬指を硬直させた後、彼女は私の腕を確認するように撫ぜ、探し当てられた私の人差し指と中指とは握り締められるが、なぜ?彼女は目を閉じたまま、私に下着を脱がせられるにまかせ、Lệ Hằng はいつか、私の頭を子どもにするように撫ぜていた。彼の下半身のそれをためらいとともに指先に触れようとするが、むしろイヌ科のそれ思わせる、包み込んだ皮から尖出した赤黒く、長いその亀頭に、彼は私の顔を強制するでもなく押し当てて、私はそれを頬にうずめる。けだものじみた荒々しい温度に頬を占領させながら、彼女の握り締めた手のひらが、隠しようもなくこの少女が今まさに私だけを愛していることを伝える。私には、何かが、何も、理解できてはいないまま、故郷の Đà Lạt、あの高山の上の空中都市から遠く離れたビンジュンで、いずれにしてもこの姉弟が二人だけで、こうやって生きてきていたことには間違いない。ついさっきまで私の腕の中で私の体を抱いていた、あの、大人になりきれない痛ましいほどに幼い肢体が、まるで子どもの肢体に馬乗りになられて、交尾され続け、欲望のままに自らの腰を振る彼らの行為を、捨てられた子猫同士の愛撫のようにさえ錯覚しながら、私は彼女に手のひらを指に握り締められたまま、向こうの手で彼女が弟の、彼女の唇をむさぼってやまない Thành の頭をきつく指先につかんだときに、射精した Thành の肢体がくず折れるように彼女の体を押しつぶす。慣性の中でまだ腰を動かしやめずに交尾し続ける Thành の、その唇に押しつぶされた下で、彼女が目を閉じ続けているのを、私は、彼のそれに唇を当て、知っている。唇を開き、私の舌が彼のそれに触れて、その触感とかたちを確認しながら這わされたときに、あなたはどちらを望みますか? Lệ Hằng は言った、吐息を吐くように、私の手のひらが、彼の毛むくじゃらの鹿のような太ももを撫ぜ上げ、男性のそれですか?彼は、そして、愛撫する指先は急激な流線型の果てに、あまりに女性的な、ゆたかな、ふくよかな臀部にたどり着くが、女性のそれですか?彼は言った。彼の睾丸をまさぐって、指先に触れたときに、不意に小指が触れた、そのすぐ近くの、肛門とは別の明らかに女性のそれの存在の湿り気に気付いていた私は、彼の言うことをすぐに理解したが、私は選択する自由を持ちえない。ただ、彼を見上げて視線の中に捉えるしかない。彼の腰の動きが眠りつくように止まってしまうのにあわせて、少女の手のひらと瞳はゆっくりと開き、彼女はふたたび開かれた視線の中に、私を捉える。開かれきった手のひらに放たれた指先が、彼女の手のひらと、その指先を撫ぜ、冷めやれない弟に未だに口付けられ続けながら何も言わないまま彼女は私を見つめた。その行為は、彼らにとって必要なものなのに違いなかった。姉にとってなのか、弟にとってなのか、お互いにとってなのか、ややあって、まるで自分の部屋のように私をベッドルームに誘って、選択できないでいる私の戸惑いによく気付いていた Lệ Hằng は、仰向けに寝かせた私の上にまたがって、彼女の女性のほうに、私のそれを誘う。彼女の中に、めり込むようにして入った瞬間に、土砂降りの雨が立てる騒音を私は一気に耳の中に思い出す。雨がすべてのものを打って、叩き、濡らす、雨期の、そして彼女は私をその視線に捉え続けたままに、私が床の上の服を取って立ち上がるのを見る。弟が未だにやめられないでいる猫が鼠をもてあそぶような愛撫をその全身に受け入れたまま、ほとんど彼が何かをする暇さえもなく、とめどない戸惑いと感情の混濁の中で、彼の彼女の中に射精してしまった私を Lệ Hằng は咎めることなく、硬直の解けないでいる私のそれを指先でもてあそんでみたあと、言った。あなたも私を受け入れればいい。私を見つめ続けるその眼差しが私を誘惑し、Lệ Hằng の男性のそれが私のそこに差し込まれた瞬間に、彼の下腹部に臀部はやわらかく押しつぶされながら、私は惨めな声をさえ上げ、彼の、長い、執拗な行為に蹂躙されるに任せるほかはない。夥しい快感と、吐き気さえする高揚の中で。
「雨が降っています」君は言った。君に蹂躙されて、疲れ果て、ぼろくずのようにベッドの上に捨てられたまま、その視界の向こうで、Lệ Hằng は美しい。私に背を向けたまま Lệ Hằng は、窓の向こうの雨に包まれた白ずんだ色彩を見ているのには違いない。その、華奢ながらにあまりにも豊かな上半身と臀部の曲線と、そこから生起する獣じみた足のたくましい太さとのあざやかな対比に、私は呼吸さえ忘れて、君がわたしの体内に残したその、Lệ Hằng の若い精液が、やがて私の肛門からしずかに垂れていったのを私は知っている。降り止まない雨期の、熱帯の雨の中で、私は、未だに帰って来ない姉弟の部屋の中のベッドに身をうずめながら、晴れ上がった午後の強烈な光がドアの向こうを照らし、光の直射の中では、あらゆる皮膚は灼かれ、あざやからブラウンの色彩を染み付かせて仕舞うに違いない。熱帯の光を遮断した部屋の中の薄暗さの中に、その、ドアの向こうのそれはあざやか過ぎる色彩として、もはや色そのものを喪失してしまい、唯の光点でしかない。いつ?「笹村さんは、死にました」君は言った。思い出したように、どうしてですか?彼のすれすれに近付けられた唇が私の唇にやがて触れるのを無意識の内に期待しながら、それでも、何があったんですか?そのすれすれの触感の予感が私の唇を満たす。「わたしが殺しましたよ。」微かな笑みの吐息が私の唇にかかったが、ホテルの窓の外は降りつける雨の水滴の中に、ただ、かすんでいく白さとして、その過剰なまでの白色の氾濫に窒息さえしている。君は何でもするだろう、Lệ Hằng、美しい君は、君の望むことを、常に、君が君の望むことをしないなどなど「どうして?」ありえよう、美しい君に「私には愛せなかったからです」君は笑ってそう言い、たとえ世界は君に蹂躙されきったとしても、私は知っている、「私は彼が好きではありません」世界は君ほど美しくなどあり得ない。君が望むなら、「そのためだけに?」世界は滅びてしまえばいいのだと、「そう、私は望まない、」なぜなら、君の美しさは、それを、それ自体として、「私の」そう「愛し得ないものが存在しうることを。」確信させる。「私は愚劣な人間です」月の涙、Lệ Hằng、月が流した涙よりも美しい、「生きる資格さえない。」Lệ Hằng、吐き捨てるようにそう言い、初めて彼が私を抱いたとき、そして彼は振り向いて、未だベッドの上で身を起こしさえできないでいる虚脱した私に微笑みかけながら、テーブルの上から奪うようにして手に取ったマンゴーの皮を器用に剥き、何気なく捨てられた黄色い皮は床のタイルの上に、撥ねる。音もなく。目を閉じて、私は雨の音だけを聞こうとしたものだった、その時に、不意に押し付けられた唇が、私の口の中にマンゴーの純粋に唯甘い果肉を流し込み、嗅ぎ出された果物と彼の体臭の交じり合った匂いの中で「おいしいですか?」君は言い、私は彼を羽交い絞めするように抱きしめ、再び求め始めたものの、Cảnh の家の小さな内庭に出る。あの日の夜、夜の空が見上げればあまりに隔たった距離としてそこにあって、あの姉弟はまだあの部屋で身を寄せあっているの違いなかった。Lệ Hằng を探すが彼の姿はどこにも、気配すらない。Cảnh の犬が目を覚まして、眠った姿勢のまま私を目で追っているのは知っている。わずかな樹木がしずかに茂り、今、どこに行くのも自由だが、どこにも行くべきところはなく、私は立ち尽くすでもなく、唯、立っている私を、戯れるように Thành は後ろから抱きしめた。雨が上がったばかりの日差しの強烈な存在を肌に感じながら、そのとき、私はホテルの前でタクシーを待っていた。空港に荷物の手配の確認に行かなければ為らないが、スタッフが既にやっているので、私に取り立てて仕事があるわけではない。ホテルの警備員が手配したタクシーはなかなか来ないし、警備員は赤いプラスティックの椅子に腰掛けたまま、私に手を広げて笑う。どうしようもないよ、来ないんだから。私は Thành の頭を撫ぜてやり、この少年は小さい拒否の声を上げながら身を離す。彼の微笑みに崩れた表情に光が直射するが、真っ白い彼の肌は白く反射光をその肌に這わせ、むしろ、私のほうが日に灼けてさえいた。姉は、まだホテルの部屋の中にいるに違いない。彼女が毎日渡す少しばかりの金銭のために、掃除係も、警備員も、何も文句を言うわけでもない。
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