小説《■陵王》④ 魂は革命し、墜落し、そして覚醒する。
蘭陵王
やわらかい陽光が、車体のパーツに、それぞれに異なった反射光を与える。これらの放置されたままの光の点在が、そして私は目をしばたたかせ、いつどこで入手したのか雅巳が煙草に火をつけていた。病院の裏手の低い山が、朝方降った雨の水滴をまだ乾ききらせないまま、かすかに潤った色彩としてたたずみ、二日前、潤に会いに行ったとき、潤は実家の家の前に出ていて、私を出迎えてくれたのだった。「どうするんなら」私は雅巳に言った。潤は、両親が月三万円で借りている借家に身を寄せていた。「これから、どうするんなら?」潤が大学を出る年に、両親の建築会社は倒産した。持ち家の土地は売り払われ、潤はこっちに帰っては来なかったし、両親は自分たちの気配を消したまま、どこかへ引っ越して仕舞った。久しぶりに見かける彼らは、確かに年齢を加えてはいるが、面影はそのままだった。見間違えることもない。私は彼らをすぐに見留めたし、彼らもそうだった。あいかわらず誰にでも愛想のいい、ということは、明確な悪意もなしに裏表のある、ということではあったが、潤のその母とひとしきり再会の挨拶をかわして、潤に導かれるまま狭いDKに行くと、彼の父は介護用のベッドに身を起こして、私に微笑むのだった。りっぱねぇ、と母親が言った。
りっぱねぇ、と振り向き見乍ら彼女は言ったが、自分で起きたんじゃね。偉いねぇ。お客さんが来られる言うから、がんばったんじゃねぇ、潤の父親は笑った。彼女は、他人の子どもにかけるようなやさしい声で、潤の父は数年前に脳梗塞で半身不随になったと言っていた。そのわりには、はっきりした口調で私に言葉をかけ、潤の母がリハビリをしっかりさせていたのに違いない。お元気そうですね、私は寝癖が着いたままの太ったベッドの上の男に声をかける。動かないからねぇ、と、肥えて肥えて困ります、母親が言って、彼の膨らんだ腹を撫ぜた。うるさい、と彼は英語のRの発音で、戯れて言った。潤が十三歳のとき、潤は深夜私を起こした。私の家の外から、私の部屋の窓に石を投げたのだった。まるで、ロミオとジュリエットか、古典的なむくわれないラブストーリーのように。1980年代の終わりごろで、正確に逆算すれば、87年、ということになるその日、小さく不意にひび割れた窓ガラスの音響に驚き、目を覚まし、私はそこに窓を見上げる潤を見つけた。窓ガラスを割ってしまう、不器用なロミオ。私たちは上と下で、しばらく茫然と見詰め合っていたが、ややあって、隣の家の庭木を伝って部屋まで上がってきたとき、私は潤に、どうしたんなら?声をかけようとしたが、「お父さんが俺を殺しに来ちゃって」と潤は言った。悪びれもしないその言葉の正確な配列は、既に失われてしまった。私は思い出す。何度か思い出し、それはそのたびに、それ自らの言葉で記憶そのものを塗り替えていく。それはすでに、今、私の固有の記憶に過ぎなかった。「お父さんが?お前の?」私は言ったのだった。何で?彼が寝ていると、その母親が飛び込んでくる。部屋の中は、薄暗い夜の光を散在させていたに違いない。私は知らない。彼女は言った。確か美恵と言う名前だった記憶がある。子がついたかもしれない。彼は何度か目をこすったには違いない。彼女の言葉は、聞き取れなかったはずだった。彼はまだ、今、目を覚ましただけだ。彼女は言った。私は記憶していて、彼は目をしばたたかせさえしたかもしれなかった。私は思い出す。彼は美恵の荒い息遣いと、鼓動する心拍数を肌で感じた気がした。君は記憶しているだろうか?今も、私と同じように。彼は恵美の頭を撫ぜてみせた。長年連れそった妻には違いない。もう、七十歳近いのだろうか?窓越しのやわらかな日差しの中で、彼の流儀で、いい子いい子をするように。不随ではないほうの手で、半ばひらいたままのドアから不機嫌な彼の父が部屋を覗き込んだとき、恵美は小さい悲鳴のような声を喉の奥に立てたが、順次は何も言わずに、ややあって、すぐに立ち去った。それが彼の父の名前だった。若い頃の空手が、未だに彼の腕を丸太のように太く仕立て上げているままだった。どこかへ、順次が車で出て行ったことを、窓の外からその音響が伝えた。どうしたん?潤は言った。わからん、と、わからんが、恵美は言った。何にも、わからんが。錯乱した、彼女の起きぬけの夢だったのかも知れず、現実だったかも知れない。気配で身を覚ました気がする恵美の視界の中で、恐ろしいような無表情な顔をした順次が立っていたと彼女は言うのだった。手に刺身包丁を持っていたという、それはまるで、どこかで聞いたことがあるような話だ。鉄の、長い、少しだけ錆のある。母親は何でもない、夢じゃったんじゃろう、と言った。打ち消された言葉が、無意味に潤に絡みつき、いずれにしても、彼にできることなど何もない。君は、頼みもしないのに拒否され、飼ってくれとも言わないのに捨てられてしまった気がした。恵美が彼のベッドで寝付いてしまうと、いたたまれなくなった潤は、思えば、そのとき美恵はたぶん今の私とほぼ同い年だったはずなのだが、潤は近所と言うわけでもないそれなりに距離がある私の家に辿り着くのだった。まだ夜が明けるには時間がある。潤は、あのころ、ようやく舗装され始めた公道に、まばらに街灯設備が整備され始めた地方都市の、当時としては当然の発展途上の空間の中をかいくぐって来たに違いなかった。私は思い出した。暗さと明るさの共存した不均衡な空間を。「よく来てくださいました。」順次が言っていた。それは美恵の頭から手のひらをはずした瞬間に、だった。彼は長男のはずだった。なぜ、名前に次がつくのか、理解しかねた。そんな記憶があった。小学校のときの、青年消防団の名簿を見たときの記憶だった。「何もありやしませんが、どうか、ご遠慮なくの」丁寧に頭を下げてみせる障害を抱えた夫を、美恵は、お客さんなんか、もうずっと、来ないもんですからねぇ、すっかり、かしこまってしもうてからにね。何か哀れな目をして、口先で笑っているのだったが、小学校のホームルームで「お父さんの名前言える?」先生が私たちに言ったので、みんなはそれぞれにはいと手を上げながら返事をするのだが、それじゃあ、という先生が指したのは、手も上げずに先生を見ているだけの潤だった。潤君は、言えますか?「じゅんじと、みえです。」漢字は書けますか?まだそのころ、日本人の名前は当たり障りのない普通の読み方が当てられているだけだった。じゃあ、と、その先生、吉田先生と言う名の、五十代の独身女性が言った、おとうさんは、ご次男さんなんじゃね。長男です、と潤が言った、実は、五年ぶりなんだ。彼は、もはや標準語以外しゃべれない「こっち返ってくるの。父が、こんな風になったのは知ってたけど、遠くてさ」あまりにも「遠いって、どこが?」ベトナムだよ「ベトナムにいたんだから、ずっと」私はそれを思い出した。彼の父には、兄がいたのかもしれない。例えば生まれてすぐに死んでしまった兄が。彼らが生まれたのは1950年代だから、あきらかに、まだ、いわゆる戦後と言う時代のさなかではあったはずだ。とはいえ、疎開地でこそあれ、空襲もなかったこのあたりは、それほど逼迫した生活でもなかったはずだった。食事情が貧しかったにしても、それと、町ごと燃え尽きてしまい、あとには瓦礫しか残っていないこととの間には、遠い距離があった。少し離れたところに落ちた原爆を除いては。地方の地主の娘だった私の母の家には、建て直される前、土間の先の二十畳近くの部屋の壁のぐるりに、戦死者の遺影と賞状とが交互に飾られていた。
英霊という、その当事者の家族たちに於いては、取り返しようもない喪失感と悔恨とともに呟かれてはしても、誇りも政治的正当性も一切帯びることのできなかった、この苦し紛れの概念が、その額の群れの列にだけ、張り付いて目覚め続けていた。ただ、沈黙し、沈黙を強制しさえして。その空間の中で、無関係な無数の言葉が飛び交い続けたものだったことをも、私は知っていた。無用の戯れ語と日々の言語の消費。いまや、地理的な問題として消滅して仕舞った被差別部落への陰口として、よっつぁんと言う言葉があった。私の父は酔っ払って機嫌がよくなるたびにその言葉をあおるように繰り返したものだった。再開発の流れの中で、一つの部落が鉄道の線路のために消滅した。市役所の人間にとっては、それは大きなビジネスには違いなかった。市役所づとめの祖父に言われて、父はよっちゃんたちに、自分のものとは言えない金銭をばら撒き、自分のものとは言えない土地を買収し、父はいつだったか言っていた。よっちゃんいうたら、ごうつくばりじゃけぇ、いちえんでもくれぇいうて、骨までしゃぶろうとするけぇなぁ。ありゃあほんまにあんごうでぇ、その地方鉄道が開通するまでに、結局は三十年近くがかかった。私はそれを知っている。地方史のなかで、もっとも大きな事件に他ならないそれは、そして父によっつぁんと呼ばれた彼らは少ないとはいえない金銭を口座の中に振り込まれ、新しい土地に散っていった。あるいは無償で提供された団地に。なぜか、非論理的で、かつ、ありがちな嫉妬とともによっつぁんマンションとよばれたそれ。潤が言った。「父は、酒を飲めないからね」庭に連れ出した私に、缶ビールをあけてくれながら、「飲めなかったっけ?酒豪じゃ言うて、よく飲まれとったんじゃないん?」「いや、脳梗塞で」確かに。彼の言うとおりだ。今、彼の父はテレビを見ていて、その妻は彼女の夫の介護ベッドの縁に腰かけて干した小魚のお菓子を時に口に運んでやる。テレビの音声は、ここまで漏れては来ない。庭に置かれた、何の意味があるのか、小さな木のベンチにすわって、この家のオーナーの趣味だろうには違いないが、この庭の装飾の目玉、だったのだろうか?雨に打たれ、白いペンキのほとんどを剥がれさせて仕舞っているそれは、「ベトナムには何年おった?」私が言った。なぜ、私は彼女を殺して仕舞ったのだろう?「十年ちょっとだね。」彰久の姉を?その前は東京じゃろ?うなづき、「大学で行ったからね、東京には。大学出るときに、ちょうど、親父の会社が」知っとる。なぜ、あんなことが、俺に可能だったんだろう?大変じゃったろう?「彼らにとってはね」潤は、私の缶に、乾杯して見せた。彼らにとっては。私は、顎をしゃくって窓の奥のほうを振り向き見る彼を、俺はそこにはいなかったからね、そう、けど、何回かは帰ってきたんじゃろうが、お前だって、いや、俺は、いや、一回くらいは?、一回も?、いや、うん、一回、うん、そう、ただ、俺の問題じゃないから、なかったから、なんか、彼らの、両親の問題で、なんというか、いや、わかるよ、いや、誤解しないでよ、変な意味じゃない、いや、立ち入れなかったんだよ、うん、息子としては、いや、わかるよ、わかる?潤の顔の半分は、まるで皮膚を一度はぎ落として、新しい腹部かどこかの皮膚を新たに貼り付けたような、人間の顔の原型というか、奇妙に個性を削ぎ落とされた風な崩れ方をしている。崩れてはいない。うまく言えない。失われた顔、とでも言うしかない。その失われた半面と、残された反面にはおそろしいほどの差異があって、同じものとは思えない。と同時に、それらが同じものであることを明示してやまない。まるで、仮面をかぶっているように見えるが、どっちが面だとも言えない。美しい反面を見れば失われた反面が面に見え、失われた半面を見れば、美しい反面が面に見える。しずかにはりついたらいの反面は、例えば日本の、意図された照明の下の能面のように、光の中で細かい陰影を刻む。あるいは、粗く削られたままいまだ仕上げられずに放置されている能面の、この表面に、いつから?ん?と、潤が、これ、いつからなん?ハンセン病じゃろ。隆志が言うとったで、一度、どちらからともなく口ごもりつつ、しかし、けど、ああ、と、あー、…ね。潤は何かを思い出したように言った。「あいつ、同窓会のとき、一度も俺と視線合わさなかった。一度も、見向きもしない」爆弾じゃないじゃろ?《Bomb ! って、それだけ》わしも平和ぼけした日本人のひとりじゃけどな《記憶も何も吹っ飛んで》それくらいはすぐにわかるで《気付いたら》わかる、な、あれから、何やってきたのか、《どろっとした、血まみれ》知りたいんだろ?いや、《目の前に草原が見えた》わかるよ、いつから?《痛みは、気がついた後から襲ってきた》ややあって、「あれって、いつから?」私は言い、そのややかすれた声を私は聞く。潤とともに。一応大学は出たけど、とりあえず食わなきゃいけないから。大学院に行くつもりだったから、就職活動もしてなかったからね。水商売やってた。東京で。思わず私は声を立てて笑い、似合わんな、女になんか興味ないくせに、とはいえ、と、私は思う、適職には違いない、あれほど女を片っ端からとりこにしてしまう彼なのだから、とっさに、釣られて潤は笑い乍ら、他にできることなんかったから、とっさではあるけど、まあ、なんとか、まだ90年代だね。歌舞伎町はもう少し面白い町だった。まだしも、あのころから、つまらない退屈な町だったけど、まだしも、ね。ちょっといかがわしくて、雑然としていてね。あの有名なビル火災があって、あれから一気にそういう雑然としたところが粛清されていった。あとに残ったのは、薄汚れた発砲事件と、自分勝手な噂話だけだよ。今と変わらない。ネットでね、あの火事だって、中国人マフィアの抗争だの、そこの店長がわざとやったとか、人身売買やってたとかね。その抗争だの、隠蔽だの、その筋の人間からの情報だって言い乍ら、ぜんぶどうしようもない噂話なんだけど、話してる奴は本当の気がするんだ。話してる間は。いつの間にか、けど、有力な情報のひとつになってしまう、…けど、何?…え?けど。お前にはそう言う場所は似合わんで?そう?活花の先生とか?お琴の先生とか?言って、笑った、私は、そして、潤は笑い乍ら言った。うまくやってたぜ、それなりに。お前が?そう、マジで、ふつうにね、ほんとかよ、それなりに、だよ、もちろんね、ただ、つまらなくなって。何がってわけじゃなく、なんだろ?つまらなくなって。外国行こうかなって、どっか、で、ベトナムじゃったんか?いや、最初はフィリピン。歌舞伎町の、闇カジノの奴の紹介と言うか、関東連合のね、で、カンボジア行って、ベトナム行って、最初は、ボランティアの仕事がメインだったんだけど。カンボジアは。ボランティア?日本語教師。NPOの。なにそれ?おかしいだろ?笑える。ボランティアで、カンボジアで日本語教えてるんだ。あの頃の。ノストラダムスの実現しなかった予言の数年後。教科書も買えない子どもに。今日のパンが欲しい子どもに。日本的ボランティア精神の日常風景って感じ。NPOがつれてくる団体が金は出す、俺はただ、教えるだけ、みたいな。なぜ?って感じ。日本語を教えれば彼らは救われるのか?日本語は福音書なのか?自分で、自分のやってることがおかしかったな。ベトナムだってあの頃は、まだまだ貧しかった。第三次インドシナ戦争って言うのか、中越戦争って言うのか、カンボジア侵攻っていうのか、なんだか、あの、そういう戦争がおちついて、それほど日が経ってない。いくつもの。いくつもの戦争。ブノンペンからバスでサイゴンに入るとき、周辺の、ただっぴろい平原の風景が、今でも忘れられない。何回も行き来したけど。なぜか、そのたびに、そのたびの風景が、忘れられない。いやでも、何度も見なきゃならない風景なのに、だから?だからこそって?いや。いやでも、忘れられなくなる。明確な記憶さえ残らない。だって、何もないんだから。地平線さえ、遠くの樹木のぎざぎざに邪魔されて見えない。空と地面の接触面ってだけ。何もないというわけじゃない。そこにいて、そこにある、あらゆるものが、そこで目覚めている。バス休憩所に止まって、俺たちはそこで水を飲む。店の主人が飼い犬のわき腹をなぜか蹴り上げる。白人もアジア人も一緒くたになって、それを眺めてはいる。犬が甲高い悲鳴を上げる、やや遅れて。息が一瞬できなかったんじゃないか?空が美しい。とてつもなく、と、潤は言った。日本語教えてるのか?私は言い、ボランティアでね。たまに。ボランティア、と言いかけて、笑った後、人身売買っていうのがある。現実に、今も。知ってる。知ってる?ネットで見たことがあるの、いつか、そう、東南アジアでは、いまだに。書い手は、中国人だよ。ここ十年くらいそうらしい。私は潤の抑揚のない声を聞き、カンボジアでも、彼も同じ声を聞いているのに違いなかった。ベトナムでも。ベトナムのようなところでさえ、むしろ最近、山間部の貧困層の間で頻繁になってきた。そうなんか?親が娘を売る場合もあれば、娘が親を捨てる場合もある。そう。その両方が成立している場合もある。唯一確かなのは、売られる人間がいて、売る人間がいて、買う人間がいるということだけだ。お前が?そう、仲介。そう。ベトナム人たちと、一緒になってやってる。カンボジア人もいたな。二人、か。いい奴らだよ。陽気な。マフィア?その言葉の定義による。俺たちはイタリア移民じゃない。マーロン・ブランドも出てこない。血まみれの馬の頭も。信じられないな、ちょっと。何が?お前の今の話を疑ってるわけじゃなくて、お前は、と私が言いかけるが、私は記憶をよび覚まそうとし、あらゆる記憶が、まるで枯渇しきったかのように、散乱するばかりで、それは何の形姿さえおびないまま、今も?今も。ずっと?ずっと。ついでに言うと、潤は言った、「たぶん、これからも」そうか。そう、…
「日本が一番いい。やっぱり、住み慣れた国がね。そうだろう?」不意に潤は声を立てて笑っていた。潤の母がつまみに、と、野菜を炒めた小皿を持って来たのだった。「あんまり、飲んじゃあ、だめで。」言う。微笑みながら、彼女は知っているのだろうか?「あんなふうになるよ。お嫁さんが泣くよ」窓越しに彼女の夫を指し、彼女は知っているのだろうか?彼の現実を。「遺伝で?」潤は笑う。どんな現実を?確かに、彼の顔だけ見ればそれは彼固有の特異性そのものなのだが、両親と見比べてみれば、彼らを掛け合わせて成立したグラデーションの中の一点に過ぎなかった。すくなくとも、その美しい反面は。一人っ子だった。なぜ人類がDNAシステムの発見にあれほどの時間がかかったのかが疑われるほどに、目の前に、それは明らからなロジックだった。雨上がりの庭に残った水滴が細かく、薄く、日差しの中にきらめき、乾きかけの大気の濡れた青草い臭気さえ伴って、初夏にはまだ早い。なま暖かさだけが皮膚を包む。彼も、これを感じているに違いない。ある女の子に会った、と潤は言った。まだ、十三、四だろう、たぶん、日本でいう、中学生くらい?山間部の、けど、キン族の子だね。ベトナム最大のマジョリティ。声をひそめさえし乍ら、潤がほとんど空いていない私のグラスにビールをそそぎ、その猫の手をのばすような手つきを、「悲しいくらい貧しい家庭だった。と、Quyênクイン が言ってた。彼女を、連れてきた仲間がね。(彼は今逮捕されてる。どうなってるか知らない。誰も教えてくれないから)その少女は、やせた、(面白い奴だったよ、Quyênは、)特にかわいくもない少女だった(派手に遊ぶんだ、いつも)けど、安い(サイゴンの外れで)それ以外には(もっとも)何のとりえもない(一人の人間が遊びで出来ることなんて高が知れてるけどね。騒いで、馬鹿みたいに金遣って、それで終わりだ。時に何人かが犠牲になる。殴ったりはしない。みんな、こう、フレンドリーだから。小規模な、ちっちゃい、すこしだけの…)笑っちゃうくらいに取り柄がないんだけど、買い手はすぐについたな。売買のアジトになってるホー・チ・ミン市の外れの一戸建ての家にも、仏間があるんだよ。日本で言う観音様が飾ってある(ベトナム語でなんていうか忘れたな、けど)祭壇があって、それに(漢字の訓読みに近い。つまり)売人たちは毎日線香を(越南漢字って言って)立てて《長い、》出て(むかし)行くんだ、(漢字、《長い、線香だ》使ってたからね、)仕事に《その、長い線香が(…ベトナムも。)あるんだ。(住んでると)本当に》それは(唐突に、親しみやすい言葉にでくわす)ずっと細かい(漢語由来のベトナム語に、)煙を静かに上げ続ける《棒切れみたいに(…ね。)長くて、》みんな、ね、いたわりあいながら《日本の小さな短い線香とは違う。ね、変な話だけど、》ね、生活してた《宗教の厚みの違いを感じたことがある。》少女たちも、売人たちも《間違っても、俺たちは仏教徒じゃないし、》俺は彼らの中で《ブッディズムなんて、》特別な存在だった。だって《知りもしない他人の文化なんだよ。》変だろ?《俺たちにとっては》人身売買やってる日本人なんて。ね、イメージじゃないだろ?」潤は小さく声を立てて笑った。確かにその通りだろう。お前は美しい。異形ですらあるほどには。お前は特別な存在だったろう、誰にとっても。目が覚めるほどに、そして、いまさら、らい病などに冒されている。「彼女は最初、物も食わない、最初、彼女は、おどおどしているばかりで、遠慮してるんだよ、物も食わない。怖いんじゃない、おどおどしてるばかりで、遠慮してるんだよ、彼女は最初、気を使って、遠慮がちな目で、小さくなってる、物も食わない、遠慮してるんだよ、最初、つつましく、彼女は、おどおどしているばかりで、遠慮がちな眼差しで、物も食わない、遠慮してるんだよ、多くの少女たちがそうだった。いつも、四、五人の少女たちがいて、買い手がつくを待つ。共同生活し乍ら。その子も、最初はずっと、遠慮してるんだよ、物も食べずに、遠慮してるんだよ、四、五人の少女たちがいて、売れたけど、その子もすぐに、売れたけど、物も食わない、買い手がつくを待つ、おどおどしてるばかりで、最初はずっと、その子も遠慮してるんだよ、すぐに、その子もずっと、売れたけど、その間に、ある女の子の誕生日パーティがあって、Quyênは律儀な奴だったから、俺たちのためのビールと、彼女たちのためのジュースと、お菓子とか、ケーキとか、買ってきて、わかるだろ、パーティだよ、Bia Sai Gonって言って、地元のビール。氷で割って飲むんだよ、地元のビールなんだけど、ある女の子が言う、Tiềnティエン っていう子、勝気な子でね。飲めもしないのに。ベトナムなんて、ビールなんか飲む女の人なんて珍しいのに、しかも未成年だからね。実家じゃ毎日飲んでたって、嘘を言う。食えない奴が、どうやって、ビールなんか毎日飲む?だろ?潤はベトナムの乾杯のジェスチャーをして、早口の、何、みんなの仲間になりたいだけ、それだけなの、早口に、彼らの会話の、喉と、舌とが音程とリズムを細かく刻んで、わかる?(刻まれたそれらが、俺の耳を打つ、正確な語彙の意味など知りもしないそれらが、それらの意味を撫ぜるように伝える。何を言っているのかわからないが、彼らが何をしゃべっているのか、彼にはわかっていた。彼らは、いつでも無防備だった、私が何もわかっていないと思って。私は聞いた、盗み聞くように)気付いたときには、Tiềnは誰かのビールを奪って、自分で口に運んでいた、みんな、とめたけど、一気飲みしちゃって。みんなも囃し立てたし、でも、機嫌がよくなったのは一瞬だけ。酔いつぶれちゃって。何を言っているのかわからないし、そのくせ寝つきもしないし。俺たちは笑った(何が楽しいのかなんて)楽しかったな(わかりもしないくせに)思い出す。次の日、(みんな笑うんだ)彼女はみんなに謝って回ってたよ、ごめんなさいって。みんな、彼女を見つけてはお尻をひっぱたいてみせてね、彼女は媚を作って、彼女が言ったことがある、俺に、わたしがこんな風になったのはあなたのせいだって、ほんとは中国人のお嫁さんになるのなんかいやだけど、オッケーしたのはあなたがいい人だからだって、笑い乍ら、何の屈託もなくて、本当に、それが、少なくとも、そのときの、彼女にとっての論理だ。彼女には選択の余地などなかったのだ。あの痩せた少女は。そんなときも、ずっと、少し離れたところで、何も言わないままに、俺たちを見ているだけだった、あの痩せた少女は、遠慮してるんだよ、物も食わない。怖いんじゃない、おどおどしてるばかりで、遠慮してるんだよ、彼女は最初、気を使って、遠慮がちな目で、小さくなってる、物も食わない、遠慮してるんだよ、つつましく、彼女は、おどおどしているばかりで、彼女をタンソニャット空港に、他の二人と一緒に連れて行ったとき、中国に渡る日にね、そう、お別れ会のあとで、彼女たちはみんな綺麗に化粧されていた。したのは俺だけどさ、俺と、俺の妻、彼女たち、はにかんでね、彼女たちのひとりが言ったよ、ね、『謝謝』って、ね。そしたら別の子がたしなめる、違う、この人は『ありがとう』の人だって、ね。痩せた少女が、割り込むように私の目の前に来て、…ね、俺は見つめた、綺麗に化粧されて、あいかわらず綺麗とはいえない彼女の顔を。不意に、ね、彼女は目に涙をいっぱいにためて、ひざまづくようにして、俺の手をとった。彼女は外国人風に、俺の手をとって、自分の頬に当てた。さびしくてしょうがないんだよ、とTiềnがみんなに言った、この子、さびしくてしょうがないんだよ、とTiềnが、さびしくてしょうがないんだよ、この子、昨日も、また、いつか、中国の旦那さんからお金をもらって、ここに帰ってきていいかって、聞いてたものって。旦那さんはいい人だし、お金持ちだから、大丈夫だと思うって。いいよって、みんな言う。いつでも帰ってきなよ、ここにいると思うよ、つかまらない限りはね、Tiềnが言って、みんな笑った。彼女だって、すぐにいなくなるのに。次の便で。泣き笑いの声がやまない。忘れられない。あのときの、名前さえ覚えられなかった少女の頬の柔らかさと、」潤は右手を差し出した。「体温が。」彼女が触ったのは、その手なのだろう。「お前、ベトナム名ってあるんか?」あるよ。何?レ・ハン、「自分でつけた名前じゃない。みんながそう呼ぶだけだ。ベトナムの神道というか、月の神様が流した涙、だよ。Lệ Hằngつまり」潤が上方を指すのを、私は「雨。美しい名前だ」見た。「お前が、Lệ Hằngだったんか」
古い自転車が家の前に着いた音がした。反対側だから、見えはしない。家屋の中で、彼の母をも含めた複数人の足音が立って、聞きなれない声の存在を耳が確認しきる前に、開いたサッシの向こうには、若い小柄なアジア人女性がいた。この世界には苦痛など一切存在しはしないとでも言いたげな、そんな表情をしている。宗教的な表情ではない。あくまでも、現実的な現実認識として「妻だ。紹介するよ。結婚して二年になる。」彼女は日本人の母に、大げさに後ろから抱きしめられ乍ら、「とってもええ子なんよ。もう、わたしの娘です。かわいがってあげてぇなあ、」彼の母の言葉を、微笑み乍ら、彼女は頭上に浴びていた。逆光の中で、かすかに目をしばたたかせ乍ら、《ネオ・リュウキュウ》の軍隊が、日本政府に致命的かつ大規模なサイバーテロを仕掛けたのは、彰久が彼の家族を殺して仕舞った翌日だった。いつまでも彼女は微笑んでいる。世間は、もはや、地方の惨殺事件の一つなど、目に留める前に忘れて仕舞っていた。わたしは知っている、と、彼女の目は語る。その日付は、偶然の一致に過ぎない。苦痛など存在したことさえない、と。雅巳は、《ネオ・リュウキュウ》の決定に対して、間接的な責任をしかもたない。苦痛など、この世界には。彼は、その国家の設立者ではあったが、その国家は何ものかに制御されているわけではない。あらかじめ、いかなる独裁も不可能なのだ。対話する双子AIによって管理された徹底的な多数決装置。エレガント過ぎる民主主義のなかで、それはあらゆる加盟者を疎外する。直接的な決断者など存在しない。間接的な、疎外された声の群れが自己決定したのだとしか言いようがない。《民意独裁》と雅巳が呼んだシステムの決定を、覆すことなど彼個人にも出来ない。不服なら、独立すればいい。決定に従わなければならない強制など何もない。強烈なヴィルスが官庁街を支配した。あらゆる既存のセキュリティーシステム自体に寄生し、それを極端に強大化し、自分以外のあらゆる外部を侵入者とみなしたセキュリティーシステム自体は、システム内部を占領し、孤立化し、接続されるあらゆるネットワークを無差別に破壊する。救いようのない殲滅が、起動しさえしないパソコンの内部で行われていた。同じ日の午後、自衛隊の一部、メディアが《異端派》と呼んだ主流派によるクーデターが国会を占拠し、既存政府に《ネオ・リュウキュウ》の国家承認および通商条約の締結を強制した。何人の防衛系高官が射殺されたかわからない。自衛隊の一部の《国民》たちにとっては、《非領土国家構想》はほとんど、宗教的なテーゼなんだよ、と、雅巳は言った。既存国家の唯一の存在要件であるところの《軍人》である彼らは、彼ら自身の《アウフヘーベン》を、今、論理的に夢見てさえいる。それは彼らにとって、自殺、自裁以外の何ものでもない。どうしたって、熱狂的な、情熱的な、宗教をさえ帯びざるを獲ない。それこそが、彼らに《西和輝論文》が支持された最大の理由なんじゃないか?と、…たぶんね、雅巳は言った。《異端派》以外の自衛隊は沈黙した。彼らに出動を命じる命令主が不在化したとき、軍隊に他ならない自衛隊は空洞化せざるを得ない。とはいえ、彼らにとって、それらはほぼ想定内のことだった。
非領土国家が地表上を多い尽くすまで、さまざまな紛争にまみれるはずだ。全既存国家の非領土化支配が終わって仕舞えば、それ以降は、本質的には戦争行為自体が成立しなくなる。意志としての平和主義ではない。それは、戦争行為の単なる不可能性としての永久平和の実現だった。すくなくとも、彼らのAIの予測においては。私は何度か雅巳のLineにメッセージを送ったが、結局のところ、私に言えるのは、何やっとるんなら?という短いフレーズと、そのさまざまなヴァリエーションの羅列以外にはなかった。今、日本は内戦中で忙しい。もっとも、一方的に制圧されただけだったが。大変な事態であることは知っていた。アメリカも中国もなにも、黙って静観するしかなかった。彼らにとって重要なのは、仮想国家サークルが彼らの国内にも存在する以上、彼らの国内問題だったし、そもそも、日本で何が起こっているのが真実なのか、理解不能だったからだ。少なくとも今のところは。これが、ある猶予期間であることは事実だった。誰も、今、何もわからない。経済的にも、極端な混乱が起こっていた。日本と呼ばれた国土の中での政治になど、手出しする暇がないほどの混乱が。私は思い出す、記憶の中で、私は思い出し、奥さん、日本語、できるんか?私の言うのを潤は聞き流し、彼女の頭を撫ぜてやり乍ら、できない。英語。潤は言った。にこりともせずに。やがて《東京陥落》と呼ばれたクーデターの日の数日後、私は、You Tubeに、ある雅楽団体の画像をアップしていた。それは私も参加した、即席の団体だった。私はあの時、潤に言ったものだった、でも、と、お前のやってることは、犯罪以外の何ものでもない、と、その団体の演奏は、あまりにも録音に問題がありすぎて、何の雰囲気をも伝えない。束なった龍笛は篠笛に聞こえ、篳篥(ひちりき)はオーボエのようだ。お前は正しい、潤は言った。その通りだ。どうしてなんだろう?俺は罪を告白しているのに、どうしてそれが、平和な、牧歌的なものにしかならないのか、自分でもわからない。俺だって知っている。それが、過酷な現実であることくらいは。その過酷さくらいは。龍笛は、もっと、空間を引き裂くように鳴るべきものだ。篳篥と、笙(しょう)はもっと、潤は言うのだった、まるで自分の無罪化をはかっているように俺自身にも聞こえる。けど、そんな気は、俺にはない。彼女たちについて語るとき、俺は、むしろ過酷な現実を語ってるんだ、俺にはいたたまれない、怖いくらいに、私は、彼のことを考えていた。彼は、今、何をしているのか?彼、雅巳は?今、お前の国家は、現実の国家を支配下において仕舞った。声明らしい声明さえなく。もう、取り返しがつかない。お前の連絡網は遮断されていた。単に、お前自身が何も返信していないに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、お前との連絡は何もつながらない。放棄されることさえないままに、放置され、お前は今どこにいる?私はYou Tubeに画像をアップし乍ら、不意にスマホが鳴動し、その未登録の番号は、それは雅巳からだった。「会えない?」雅巳は言った。私の戸惑いは、なぜ、何に対してのそれなのだろう?元気?私が言うのを、雅巳は向こうで聞いている。この声を。何しとるんなら?元気だよ、それなりに。私が、あのヴァリエーションのひとつを繰り返したのを私は聞く。「会えんか?久しぶりに」久しぶりに?確かに、「いいよ。どこで?」言う。「どこにいるんなら」久しぶりなのかも知れない。或いは「…俺の店。」入れるんか?「たぶん」ちょっと前まで、警察が来とったらしいけどな。何で?知らん。もう、帰った。暇なんじゃろ?私は思い出す、…やることなくて。あの時も、彰久の病院の中でも、誰も私たちのことなど知らないようだった。まるで、今、深刻なクーデター下にある国家の中の風景とは思えなかった。とはいえ、テレビで、それが燃え上がっているのは現実だった、自衛隊の《異端派》と呼ばれる主流派が新宿都庁を占拠した。私たちはまるで、単なる見舞い客に過ぎなかった、病院の中ですれ違う人々にとっては。雅巳は、それをどう思ったのだろう?今、この国は戒厳令下にあった。インターネットは遮断されたようなものだった。外部と接続することには、どうしようもない度胸が必要だった。それは今、単純に、火のついた爆弾以外の何ものでもなかった。ヴィルスは端末固体を焼き尽くし、それは自衛隊員が隊員以外の国民を片っ端から虐殺しているのと同じことだった。自衛隊《異端派》は永田町を制圧し、彼ら以外の隊員は命令系統を遮断され、守ることも攻撃することも許されないまま、結局、何をしているのだろう。律儀な隊員たち。下された命令は、待機、それだけだ。テレビでコメンテーターが言った、命令されない軍隊は、軍隊ではない。単なる武器庫の管理者に過ぎない。
病院の中で、私は耳に重なる人々の話し声を、まるで外国語の会話のようにして聞いていた。例えば、空港の出発ロビーの中での。私は目をこらし乍らそれらを聞く。巨大な、饒舌な音声が素通りしていくままに、私はそれらのなかをかいくぐって歩く。窓越しの清潔な陽光をあびて、シャツについたコーヒーの汚れに気づく。かすかな薬品の匂いが鼻を打ち、あるいは、そして。彰久は言ったのだった、よう来てくれたね。車で来たんか?大変じゃったろうが?まあ、座りゃあええ、そこに、何も気にせんでええで、自分の部屋のように、まるで、彰久が指したのは、自分のベッドの傍らだった。潤とその妻は、まるで、すべてがそうであって、すべてがそうでなければならない自然さで、時にじゃれあうように寄り添っていたものだった。彼らは幸せなのに違いない。今、あの半身の崩壊ですらも、自然な、当たり前のことに過ぎない。疑問の入る余地もない、お前は嘘をついている、と、思った、私は、誰が?本当のことを言ってくれ、何を?彰久は、いつ?彰久が声を立てて笑い乍ら私の手をかるく二、三度うったとき、その差しのばされた手の甲に差す陽光を、彼の笑い声は空間に渇いた残響を残した。確かに、あの時、彰久の妻は首を吊る。彼はそれを茫然と見上げた。なぜ彼女がそうしたのか?なぜ?まだ彼にはわからない、今も、その死さえ、すでに忘れているに違いなかった。それを見出した彼の父は息をひそめていた。何があったのか?彼にはわからなかった。彼はしかし、何かを守らなければならなかった。何を?彼は、今、この目の前にいる生命の生命を守るために、何から?それを迫害したそのものを削除しなければならない。何を? 彼は自分に刃物を向ける代わりにその刃を、彼は正に彼ら自身を守るために、向けられた刃先から母は逃げ惑った。母親は。彰久の、その、そして戸惑いながら、何事が起こったのか理解できない彼女の抵抗はわがままな戯れのようだ、と、彼は思った。彰久の父は、そして身もだえするように、あるいはその守護の刃が彼女の肉体を刺したとき、その生命機能が危機に落ちたことをも知っていた。自分の手の中で、彼は知る、奪い合いになった刃物が時に自分をすら傷つけるのを。痛みをその身体が知覚すらし乍らも、息の絶えかかった母親を守るために正気づいた娘が、彼女を守るために彼に突進してきたとき、それは私を守るために、この私を、彼女は今、私に向かって突進しているのだ と、彼は思っていた。彼は刃物を振りかざし、彼女に加勢する。彼女が守ろうとした私を守るために振り上げた刃が、娘を突き刺していく。息子は既に死んでいた。彰久は何も、最早知覚さえしていない。そこにいるだけのフレッシュな死体の沈黙。娘に奪われ、奪い返された刃物は、誰かを傷つけ、誰を? そして、私を、彼女を、短い一瞬だけの叫び声を間歇的にあげ乍ら彼女は、さまざまな刺し傷が、すでに、もう生きられないことには気付いていた。彼女だって、私だって、彼だって、気付いているに違いと、彼女は知っている、「これからどうするんなら?」私は雅巳に言った。彰久は誰も殺さなかった。父の躯体がついに、崩れ落ちるように倒れ、これから、どうするんなら? 彼はすべてを殺し尽くしてしまった苦痛を、その神経の中にさえ、怒号のように聞き、それは連なって響き乍ら、「決まっとろうが。」と雅巳は言った。醒めた意識の中で、彰久は意識を失っていた。記憶さえも。「戦うだけじゃ」雅巳は言った。「一緒に。彼らと」触れ合った瞬間、それが記憶としてあり得た瞬間に、それが記憶である限りにおいて一気に忘却されなければならない。ある任意の一瞬に於いて。「この命、つきるまで、な」雅巳は言った。「どこへ行く?送って行くど」私は答え、病院の駐車場の穏やかな風の中に、その音声は穏やかに消えうせ、もはや大気のかすかな震えに過ぎず、病院を出ると、その駐車場はこれほど人気のない町にもかかわらず、ほぼ満車状態だった。百台近くの車が止まっている。それは奇妙な光景にさえ見えた。やわらかい陽光が、車体のパーツに、それぞれに異なった反射光を与える。これらの放置されたままの光の点在が、私は目をしばたたかせ、いつどこで入手したのか雅巳が煙草に火をつけていた。病院の裏手の低い山が、朝方降った雨の水滴をまだ乾ききらせないまま、かすかに潤った色彩としてたたずみ、「送らんでええ。」雅巳は答えた。どうするんなら?私は答え、ロックをはずしながら、タクシーでも呼ぶからええわ、雅巳が答えた。手間じゃろうが、私は答え、雅巳は声を立てて笑い乍ら首を振り、雅巳は私と別れた後どこへ行くのかをすでに彼は知っていた。雅巳は私の車が立ち去ったあと、雨上がりの初夏の、かすかに暖められた大気の中で、そのまま歩き出し、ただっ広い道路には不思議なほど人影はない。戒厳令下だからではない。もとからそうだった。とはいえ、誰もいないわけではないことなど、雅巳は知っていた。ここにいないだけだ、この視界の中に。どこかで誰かが生きていて、それを私は目にしなかった。 彼はいくつかの通りを通り過ぎ、この皮膚のかすかな汗ばみのうちにこもった熱のある湿気を忌々しく、ときに、人とすれ違うが、身をこわばらせるまでもない。かわされる日常的な挨拶か、無防備にかわされる視線。どこかでタイヤのこすれる音がした。空間に点在するさまざまな音響を、彼は知覚したものだった。事実、空間は静かに、ざわめきに満たされていた。彼は歩いていた。田中公園の横の道を入って、その庭園の樹木の葉々のこすれあう風の音を、彼は息をつき、角を曲がり、広い大通りに出る。雨の気配を完全に乾かせきって仕舞っていた路面の上に鮮やかに光が反射し、白いきらめきが、そして彼が警察署の前の階段を上りながら、まるで俺は犯罪者のようだ、と思った。自分の罪を(見よ)告白する(いずこを?)犯罪者のように(いずこを?)今(いずこを?)その(我らの罪を。)階段を上っていく。我らの罪を。ドアを開けると、Seht取り立てて彼にWohin ? 何か用があるわけでもWohin ? ないといった風に、どこを?彼をWohin ? 不機嫌そうなauf ansre Schuld 婦警が一度どこを? 見たが、どこを? 彼は彼女を呼びとめ、見よ、雅巳は言った、我らの罪を「すみません。お騒がせしている、《ネオ・リュウキュウ》の扇動者なんですが、ご担当の方はいらっしゃいますか?」婦警は顔を上げ、はい?尻上がりのなまりで言って、雅巳は小さく会釈し乍ら、「お手数ですが、すみません。」さあ、起きなさい。「自首と言うか、投降に来ました」花婿が来ますよ。夜になってすぐに明は布団の中にもぐりこんだが、見張り塔の上から、声がした。起きなさい。Wachet auf, それはruft uns die Stimme ねむかったからではないし、ましてや、花婿が来ますよ。疲れていたからでもない。婚礼の朝ですよ。叔母たちの見せる執拗なやさしさが息苦しく、単純に一人になったほうがマシだったからだ。眠くはないから眠ることはできず、他に取り立ててやることもない以上、眠るしかない。それは京都の大学に行っている従姉のお姉さんの使っていた部屋だったが、整然と彼のために整理しなおされ、とはいえ、未だにあの女の人の体臭さえ残っていそうな気がする。自分の体臭以外の、さまざまな匂いが群れになって固まっていて、それらはここが自分の部屋ではないことを意識させてやまない。彼はここにいる。何故だろう?思う。彼にはそうするしかないから、彼はここにいる。ややあって、寝苦しいような気がして身を起こし、明かりをつけて仕舞えば、たちまち誰かに、自分が嘘をついて眠ってはいないことがばれて仕舞いそうで、茫然と部屋の中を見回してみる。いたたまれずにカーテン越しに窓を開ければ、気をつけているのにもかかわらず、耳障りなかすかなノイズを立て乍ら、それはゆっくりと開いていく。風はないが、今、肌は大気に触れているのを自覚していた。
彼は、長い間呼吸さえしていなかったかのように、長く、深く、息をすいこんだ。小さなベランダに出て、室外機を避けてもたれかかる。わざとその隙間に入り込み、それは窮屈なだけだ。不意に、ここから地面に飛び降りれるものかどうか、考えてみる。可能なはずだが、時には不可能に思える。つまり、どちらなのか?それはここからの逃走をも意味するはずだが、それはそれであって、今はどうでもいい。ちゃんと地面に着地さえ出来れば、それは着地が成功したということだ。片足くらいは捻挫するかも知れない。両足は勘弁してほしい。歩けなくなるから。この上、さらに両足捻挫でベッドに縛りつけられてみろ、悲惨だぜ、明は迷い、とはいえ、試してみればいい。死にはしない。死んだって何だ?おばあちゃんや、おじいちゃんのようになるだけだ。たいしたことじゃない。手すりの上に立って、その成功率をはじき出そうとするが、いつまでも明確な数値がはじき出せないので、両手を広げてバランスをとりながら立ちずさんだまま、長い長い時間が過ぎた気がする。ひらめきのままに明はベランダを越えてぶら下がると、一気に地面への距離は近くなり、最初からこうすればよかったことに気付く。それは、何かとてつもない真理の発見、或いは発想の転換だった。自分だけで声を立てて笑い乍ら、あっけない地面との接触に足元は小さな音を立て、彼は息をひそめてみる。例えばアサシンのように。伝説の、復活したアサシンは身を曲げ、オーラを消しきって、猫のように地面を駆ける。お前のサイコ波動を極限までひそめろと、マインド意識体の声がインサイドに語りかける。そうすれば、もう、お前は誰にも見えない。地球にだって気付かれなくなるから、空さえ自由に飛べるようになる。さしあたって、アサシンはその力にフィールドという名前を与え、彼の中のソウル神に誓いを立てる。戦士として、しずかに、威厳をすらたたえて。フィールドの風に乗るのにはまだ早い。ゆっくりとアサシンは歩き出し、アサシンは身を潜めるが、さしあたって、自分に何の目的地もないことには気付いていた。それは喪失感をすら感じさせたが、空いた穴は埋めなければならない。アサシンはどこに行くべきなのか?最終型人類最強の暗殺戦士は?かつて人類最後のラスト・ホープと呼ばれた師の遺志とともに。アサシンはその華奢な指先にバイオ・ソードの青白いレーザー光線を存在させたが、それは空想ではない。むしろ現実だ。学校か、空き地か、友だちの誰かの家か。誰もいない学校には、フィールドとはまた別の世界観の、現実として取り返しのつかない祟りがありそうなので、行かないほうがいい気がする。誰もいない空き地は、単なるヴォイド空間であって、もはや何の意味もない。友達の家に行けば、その親に叱られるのに決まっていた。消去法で決められた父のいる病院は、しかし、考えてみれば、限りない可能性を感じさせた。病院の中で、どんな陰謀が繰り広げられていることか。彼らが大量のバイオ・パウダーと大量のゾンビたちを地下倉庫に隠しているのは、事実だった。迷わず下した選択にしたがって、アサシンが辿り着いた病院は、かならずにも、想像どおりとはいえない。そこは明々と照明を湛え、寝静まってはいても大量の人の気配で充満されたそれは、むしろ、彼の落胆さえ誘ったものだったが、いずれにせよ、それはヴァーチャルソードのジャネジーが見せた幻覚に他ならないことに気付くのに、時間はかからなかった。そこは、例えば、バイオウォーターの中にキメラ師の遺体が沈められていて、その向こうの無数のガラスチューブで守られた美少女イブが覚醒した瞬間、世界は崩壊しなければならない。あるいは、最強のフィールドを手に入れるか。その究極の選択は、彼の興味を引いた。次回に続く。アサシンはぐるっと回って、裏門から忍び込む。クライマックスはまだ先だ。暗殺者は壁に身をこすりながら見上げ、頭上に薄らべったく並んだ窓のサッシを見上げながら、暗殺者は最も合理的な解決に気付いた。彼は悟られないように、悲しげな顔をして正面ロビーから入り、小さな声で看護婦を呼んだ。受付にすぐに顔を出した彼女は、あわてて駆け寄ってきて、「どうしたの?こんな時間でしょう?どうしたのかなぁ?」暗殺者は泣きそうな顔をして、「お父さんに会いに来ました」とかすかに口の中で呟いた。彼の名前と、入院している父の名前を聞き出した看護婦は、すぐに何かを察した顔をするが、彼女が内線ごしに誰かと相談しているのを彼は見ていた。「今回だけ、特別よ」なぜか標準語で看護婦は言った。彼の頭を撫ぜ乍ら、彼女が病室に案内するままに彼は従った。ここには初めてくる。数回のノックのあと、喉を鳴らすような人声のノイズが聞こえた。
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