青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -172 //爪に蛇/夢に黴/花が散り/雨。そこに//02
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
タクシーは旧明治通り、その代々木八幡の向かいに止めた。そこから折れるべくも、先はもう、車体が煩雑なだけだったから。わたる横断歩道の背後、藤がふと、息を吐いた。見晴らしは良くない。だが、空間が広い。そんないつもの感覚を、藤は二度目に味わったのだと清雪は思った。八幡の角に入った右手、せりあがった石と樹木の冴えた翳りに染まった。やがてのぼるあくまでも緩い坂の最初の角、折れた左、そのすこしさき。そこが、敦子がいまだ住んでいるはずの低層マンションだった。あわい、くすんだベージュのタイルの落とした翳りをふんだ。渋谷らしく傾斜の複雑なそこは、三階ですでに高層の眺望を得た。代々木の森は、正面のさきに、雨の日ならば沈んで見える。晴れた日なら燃えあがって見える。そんな部屋だった。敦子を、訪ねた。インターフォンを使うべきか、一瞬、迷った。藤の気配に、結局は合鍵を使う。逡巡を、藤に見せたくなかった。普段をよそおい、清雪は室内に入った。敦子は、在宅ならもう、不意の清雪の侵入に、気付いていなければ可笑しかった。かならず清雪の衣擦れと、足音だけは気づく女だったから。リビングに、敦子はソファにもたれてひとり本を読んでいた。はたして、清雪の目には敦子のめざとさがそこにも証明されてあったのだとも見えた。すくなくとも、たじろぎもおののきもなかった。感情にざわめきを知ったのは、むしろ清雪と藤のまなざしだった。敦子は、髪を三分刈り程度に刈り上げていた。もの持ちのいい敦子特有の着古しの、しかし慥かにお気に入りではあったピンクの褪せた、スウェットすがたにその短髪は目立った。派手な女徒刑囚か、派手好きな介護人のいる病人のすがたを、ただそこに見せた。ななめのあやうい背後、ぶつかりかけて立ち止まる藤。鼻孔に吸われた息。その音。清雪は、それらを、知った。…ね、と。それ、なに?ささやきかけ、いまだ口をひろげかけもしない清雪に、と、藤にも、そこに敦子はほほ笑んだ。邪気もなく。「…めずらしい」と。「来たの」そして「…ね、」立ち上がる。数歩、近寄る。「座って。…」ささやく。うれしい…その、敦子はそこに、清雪に言った。すがる色はなにもなかった。敦子の目に。目じりに。側頭に。生えぎわに。情熱も。焦燥。まして瞋恚も。軽蔑も。または、愚弄も。ただすなおな笑み。そう思わずにいられない敦子。そのあかるい自然。清雪は、容赦なくひとり昏んだ。そっと、うしろから藤が、その右手を握った。傷めないように、やわらかに、あたたかに、しかも、たしかに。挨拶に、小首をさげた藤の気配を、肩ごしのななめの空気に知った。「びっくりした?」
「なんで?」
「髪?」敦子のまなざしが、ながれるように藤にそそがれていったので、清雪の眼は錯覚にぶれた。最初から、と。あなたは藤をこそ、見ていた。錯覚であること、その鮮明が、まなざしも記憶も意識もすべてを不安なゆらぎとしてただ、清雪に見せつけた。「病気じゃないよね?…そうなの?腫瘍?癌?白血病、とか?」
「だったら?」
「なんで、言わなかったの?」
「云ったら、…」すすめても、すわるもののだれもなかったソファに敦子は「清くん、」座りなおした。「いやしてくれる?」その、語。選び出されたことのもつべき固有の意味を、清雪は深みにさぐりかけざるを得なかった。仕掛け、と思った。笑った。敦子が。須臾の間もなく、そこに。「…噓。でも」…ね?「おもうところ、あって。…それで、じゃ、いいや。って。もう、いま、…ね?いまこそ?っていうか、いまで、もう、いいやっ」
「わかんない」清雪は「なに云ってるの?」口走り、ふと、羞じた。ぶしつけなじぶんのまなざしと声とを。「…だね。ごめん」と、数秒だまって、やがてくちびるは「修行、はじめたの」笑みのゆがみをのこして閉じた。「…修行、…って、じゃ、それ」
「尼さん。いわゆる、尼さん。比丘尼…」
「なんで?」と、あやうく声にだしてしまいそうになったその言葉を、清雪は奥歯にかみつぶした。もっとも、なぜ忌まれるべきなのか、清雪には理解しきれない。謂く、
病んだ、と。ふと
思った。ぼくは
病んだ、と。ふと
花を思った
謂く、
病んだ、んだ
そんな、か、かん
ぱっ、と。はっ、と
散った、と。さえも
った。と
感じ、だった。かな?
水滴が、ちっ
思った?
病んだ、んだ
な、かん、そ。なん
ぱっ、と。はっ、と
さえも。と。散った
っと、花を思った
例えば、薔薇を
青い薔薇。または
青白い、花
無数に蟻を
這わせ、しかも
喰う。喰わせ
喰わせ、喰われて
蟻が頸を
のけぞらせていた
日射しは腹の
下からも、いまも
横殴りのまま
謂く、
その薔薇を
は?なに?は?
似合うね、と
おびえはじめるまえに
青い薔薇。または
さわってあげよう
例えば、その頬に
刈ってあげよう
青白い、花
その色彩が
キスしたら、きみは?
は?なに?は?
無数に蟻を
病んだ、と。ふと
思った。ぼくは
病んだ、と。ふと
花を思った
謂く、
病んだ、んだ
そんな、か、かん
ぱっ、と。はっ、と
散った、と。さえも
った。と
あざやかだった、よね?
錯覚だったんだろう
も。傷みなど、も。なにも
病んだ、んだ
な、かん、そ。なん
ぱっ、と。はっ、と
さえも。と。散った
っと、花を思った
例えば、百合を
青い百合。または
毛まみれの花
おびただしくも
繁茂させていた
青い体毛に
青い顫動に
願った。そのまま
断ち切られれば
浮かべば、ゆらげば
その海。あやうい海面に
波が立つまで
謂く、
その百合を
は?なに?は?
そっちのほが、いいじゃんっ、と
とろけはじめるまえに
青い百合。または
見蕩れておこう
例えば、その額に
いじめぬいてあげよう
毛まみれの花
その色彩が
舌をあえてたら、きみは?
は?なに?は?
おびただしくも
病んだ、と。ふと
思った。ぼくは
病んだ、と。ふと
花を思った
謂く、
病んだ、んだ
そん、そ、そん、そ
だっ、と。らっ、と
散ったんじゃね?ね、ね
った。と
感じ、だった。かな?
水滴が、ちっ
思った?
病んだ、んだ
な、かん、ぞ。ぞん
ゔぁっ、と。うっ、と
ね、ね、ね?った。ちぃんじゃ
っと、花を思った
例えば、かすみ草を
青いそれ。または
青白い、花
いびつな肥大を
さらす。拳より
太り、丸まり
巨体。引き攣り
這いずり回り
へし折れた枝に
すがりついたまま
のたうちまわり
肥大しつづけた
謂く、
そのかすみ草を
は?なに?は?
莫迦なの?…と
繁殖しはじめるまえに
青いそれ。または
ふみつぶしておこう
例えば、その耳に
根絶やしにしてあげよう
青白い、花
その色彩が
鼻を差し込んだら、きみは?
は?なに?は?
いびつな肥大を
病んだ、と。ふと
と、ふと、と
病んだ、と。ふと
と、ふと、と
謂く、
んだっ、と。と
そんな、か、かん
ぱっ、と。はっ、と
った、ち。と。さえも
と、ふと、と
じ、った。だ。なか
ちっ。ち。ちっ
った?おも
んだっ、と。と
な、かん、そ。なん
ぱっ、と。はっ、と
さえも。と。った、ち
と、ふと、と
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