青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -169 //雨を。つぶを/水滴を/つぶす。ゆびさきに/爪。そこ。ふいに//07





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





流れる血もそのままに、久遠と翔に甲をむけ、清雪はそっとソファにすわる。藤はいつか起き上がり、座り、顔を両手でおおっていた。いた、と。…いたんだ。清雪は。そこにその、ふるえる肩を。藤を傷つける気は、なにもなかった。悔恨があった。意外だった。久遠は清雪を、いまや慎重に、なんらの興奮もない顔をつくって、見つめていた。あまりに素直に興奮していた。眉と睫毛のあやわらかな間に、思い詰めた高揚があった。清雪は、そう思った。翔はただ、あられもなく瞼をふるわせた。「狂った?」言った。そのとき、久遠が。だから、清雪は返り見た。気づいた。久遠は。自分がいま、見つめられてあることに。だから、まさに、われに返った。久遠は、だから見つめなおした。清雪を。そこに、ずっと見つめ続けていたおなじ視線に。清雪が、——ぼくは、と、笑った。超克?思う。傷みを「大したことない。…もう」あまりに鮮烈に「おびえないで。だって」ここに「傷ついたのは」感じながらも「お前じゃない」フレッシュ、に。笑った。久遠。ふいに。大げさに声を立てて、…抜ける?清雪が「莫迦?…壬生って、」お前は、こうして「まじで、さ、…なに?」きみはばっくれる、と。そこに「莫迦なの?」そう確信されたことには気づかずに。「たんなるマゾの頭おかしな変態野郎じゃん。ちがう?」

「…ね?数年前、地震あったろ?」

「東北の?」と、はっとした翔がいきなり言ったので、久遠はすこし、身をのけぞらした。「洪水?」

「津波でしょ」笑った。久遠が。「お前、日本語ネイティブ?」

「あのときに、お前たち」清雪はただ「思わなかった?」しずかに、上質にほほ笑んだ。ひだりの小指に爪がふるえた。「なに?」翔。

「人工地震とか?米軍?自衛隊?なんかいまさらの陰謀論もあったけど…ってか、陰謀論。いいね。いいひびき。表面的に見えてる愚鈍な政府行政の愚鈍はあくまでも表層であって、どこかに冴えた叡智があるのだ、と。…いい。イルミナティだか影の政府だか宇宙人だかしらないけど、彼等の叡智の、愚劣政府は傀儡にすぎない。落ち着く。いい。だいじょうぶ。世界は莫迦じゃない。むしろ抗えないほどに計算され切った、整然とした謀略の世界なのだ、と。その、すさまじい安心感…その叡智が選挙権無視主権在民放棄で勝手に定めた方針が好きか嫌いかだけの話。とまれ、人間知性は今日も勝利しつづけているよ、と、ね?かた一方であのとき、そういう安心感にすがる動きが在って、同時に、陰謀論にはもう振り切れちゃった眼も実は見てたんだ。いや、しょせん、ホモサピエンスはたんなる莫迦のその場つなぎの狎れあいよ、って。莫迦ばっかじゃん、と、ね?違う?」

「なんの話?」翔。

「ともかく、…陰謀論。なつかしい、いとおしい、おれたちの夢。そしておれたちみんなのまなざしのなか、見ているそこで、死んだ。叡智は。影の政府は。死んだ。いま、すべては表面に愚鈍をのみさらす。その愚鈍の表面で、ぼくらのあけすけな愚鈍は愚鈍人類すべての愚鈍を刺す。つぶす。殺す…殲滅だよ。オッケー。一度、全部クリアにしない?白紙にもどさない?老害旧弊腐り掛け壊れ掛け、オッケー。だから、一回ぶっ壊そう。焦土化し、更地に戻し、そこから始めてみよう。おれは、なにも関与しない。するつもりもない。破壊するだけだから。破壊は、おれがしよう。あとは、勝手にやればいい。…と。それがこのクーデターの根本的な意義と、おれは知る」

「お前、病んでる?」

「お前たちはあまりに莫迦だから、莫迦なお前たちに暗示してあげる。…暗示だよ。あくまでも。本気にしないで。おれが精神とつぶくとき、おれの眼はただ肉体を見ていた。肉体とささやくとき、精神を見ていた。二元論ではない。二元論とは、仮定的な梯子にすぎない。あなぐらの底に、見上げられた高みにたしかに価値は見出された。ところで、だれが見出す?梯子ごときに。たとえ、梯子なくして高みなど見切れなかったいしても、だよ。…ね?暗示として、聞けばいい。真なる天皇制の完璧のために、いま阻害する最大のものはなにか。…お前、知ってるか?」言葉を切った清雪が、ふと、翔をはじめて返り見た。翔は、すぐさまに久遠を見た。その、もはや冷淡にさえ見えた高揚の喪失に、清雪は唐突に哀れみを知った。その、憐れみの理由に、清雪はしかも思いあたらない。「なに?」久遠。清雪は、そのまま翔の、横向きの睫毛に言葉を「天皇そのもの」かけた。やさしいささやきを以て「天皇の存在そのものが、」清雪は。「十全たる天皇制を阻害している。歯車に咬んだボルトのように。だから、その肉体を撃つ。携挙する。...rapture、いわゆる妄想の高天原に、彼等をラプチァーする。…ポアする、でも、いいよ。極東の野蛮な超越論的拝金主義のブッディズムじみてみたければ、ね?たとえば、これがクーデター。その全貌を、おれはいま、ただ、暗示しておいた」

「ワンチャンもなくね?」久遠。

「あるよ。…」そして、「見てて。あるから」清雪はまばたく。ゆっくりと、その網膜を、舐めるように。謂く、

   ね、きみは

   怯えてる?または

   ふりしてる?きみに

   やさしいひかりが


   ふりそそいでいる

   顔を、あげなよ

   かなしいよ。そばで

   ぼくが、きみの

謂く、

   やさしいひかりが

      いま、ぼくに

    だれ?れ

     稀薄は、すさまじい

   きみに

      すべては、ただ

    だれかな?きみを

     密度としてさえ

   やさしいひかりを

      稀薄をさらした

    傷つけたのは

     さいなんだ、から、…さ

   ぼくは


   ね、きみは

   聞こえてる?または

   ふさいでる?きみに

   やさしいひびきが


   したしんでいる

   息を、吐きなよ

   さびしいよ。そばで

   ぼくが、きみの

謂く、

   やさしいひびきが

      いま、ぼくに

    なに?に

     喪失は、おそるべき

   きみに

      すべては、ただ

    なにかな?きみを

     厖大を見せて

   やさしいひびきを

      喪失を告げた

    追い詰めたのは

     ささげられていた、から、…さ

   ぼくは


   ね、きみは

   無視してる?または

   閉ざしてる?きみに

   やさしい気配が


   おびえかけている

   頬を、ゆるめなよ

   不安だよ。そばで

   ぼくが、きみの

謂く、

   やさしい気配が

      いま、ぼくに

    ふと、と

     滑稽という、叫ばずにはいられない

   きみに

      すべては、ただ

    だれかな?きみを

     耐えがたさが

   やさしい気配を

      滑稽をあばいた

    傷みはじめたのは

     充満していた、から、…さ

   ぼくは


   痙攣しそうな

   肩を、頸を、また

   手首を、ぼくは

   盗み見ていた

翔はさきに退室した。アルバイトの時間だった。神宮前の三丁目の路地のどこかに、店舗を構えたタトゥーアーティストの助手をしていた。本人の体にはまだ、右の二の腕に技巧的なミステリーサークルの図柄が地味にあるだけだった。とりあえずの応急処置に、清雪の左手を切り裂いたハンドタオルにしばったのも、翔だった。しばりながら、言った。おれ、…と、「ついていけないかも」いいよ。喉の奥にだけささやき、その無言の清雪の、見上げたほほ笑みの冷淡を、そっと翔は盗み見た。…逃げないよ。清雪は、きみは。思った。にげるように、すみやかに翔は、ひとり出て行った。残った久遠は、沈鬱をそこにさらした。壁にもたれも、椅子にすわりもせずに、窓を、清雪をあやうくとおりぬけ、ひとり、見やりつづけながら。清雪は「お前は、…」と、翔が出て行ったあとのほんの数秒後、久遠に「帰らないの?」ささやいた。ソファに、すわりこんだままに。かたわら、藤の肩が猫背に、そこにふるえつづけた。ふと、何度めかにわれに返って久遠は云った。しかも「お前、…」まなざしは微動だにもせず「おちょくってんの?」ひかり。たぶん「…ね?お前、」いま、そのまなざしは「なんで?…ってか、」ひかり。あやうく「それ、さ。おまえの」垣間見られた「それ、さ、…なに?」空。そして反射。そこ。「なんの仕返し?」鉄筋コンクリートの。清雪は「おれ、」笑った。「おれら、なんかした?」だれも傷つけはしなかった。…と。そこに清雪は、おれを、だれも。ささやき、喉もとにだけいぶいた声を、舌は叩き出しはしない。笑む清雪を、だから久遠は返り見た。「なんか、莫迦馬鹿しくなっちゃった」やがて、見つめつづけたまなざしのままに久遠は言った。「おれ、ずらかっとくわ」謂く、

   と、きみと

   ふたりっきりに

   なったりしたのを

   口実に、と


   と、ふと、ぼくと

   さがすのだろう

   ささやきあうべき

   言葉たち。それを

謂く、

   と、ふと、ぼくと

      衝動。ふいに

    見てよ。ほら

     血のにじみ

   さがすのだろう

      匂い。血の

    爪。そしてゆびさきの間に

     生地に。そしてぼくは

   ささやきあうべき

      嗅ぎたくない?

    血がかたまろうとして

     瞳孔をしぼる

   言葉たち。それを


   ん。…なに?

   なんか、いま

   いいかけた?

   ん。…なに?


   と、きみと

   残されたっぽい

   空間の存在を

   いいことに、と


   と、ふと、きみと

   さがすのだろう

   ささやきあうべき

   言葉たち。それを

謂く、

   と、ふと、ぼくと

      渇き、が

    いま、きみは、ふと

     くすぐったいんだ

   さがすのだろう

      なぜ?…喉。その

    忘れてない?ぼくが

     ひだり耳。髪

   ささやきあうべき

      やや奧のほうに

    猶もきみを思っていたこと

     ぼくの、じぶんの

   言葉たち。それを


   ん。…なに?

   なんか、いま

   黄泉返りかけた?

   ん。…なに?


   と、きみと

   ぼくたちを、そこに

   巻き添えてさえも

   唐突に、と


   と、ふと、ぼくと

   さがすのだろう

   ささやきあうべき

   言葉たち。それを

謂く、

   と、ふと、ぼくと

      ようやく、傷みは

    細胞たちが、もう

     ね?なんか、さ。なんか、おれ、いま、さ。おれ

   さがすのだろう

      やっと、あきらかに

    気づいた?なにも知らない顔をして

     聞く。きみの

   ささやきあうべき

      ぼくに、ぼくだけに、ぼくだけを咬んだ

    加速する。もう

     吐く。その、…慎重。息

   言葉たち。それを


   ん。…なに?

   なんか、いま

   きざされかけた?

   ん。…なに?


   まだ、怖いから

   見ない。きみをは

   ぼくのしろ眼は

   まだ。まだだから









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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