青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -168 //雨を。つぶを/水滴を/つぶす。ゆびさきに/爪。そこ。ふいに//06
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
「言う気は、ない。いちいち、お前たちに」ささやく、その…そういう、と。笑んだ清雪の、ややはなれたななめ、「いきがりかた、やめない?」翔。「おれたちも、結構犠牲にしてんだけど」
「もっとしろよ。生贄レヴェルまで。腕の一本でもぶった切ったら?」藤は、男たちの会話にいちいちささくれ立ちはしなかった。関与の気配、そもそも関心の微細さえも。清雪の声があくまでもたわむれじみていたから。ふと、ややってようやく久遠が不穏な失笑をえがく。目じりに。故意に。云った。「…で?」
「で、って、なに?」
「これ以上、なにをしろ、と?」
「ネットいじってるだけじゃん。今のところ」ふざけんな、と。翔が云った。「違う?だって、そうじゃない?」
「曖昧なの。妄想なの。現時点では。お前の言ってる、そういうぜんぶ」
「だから、…わかる?秘密。いまは」
「なにそれ?」と、これみよがしに顔をそむけた久遠に、ことさらに清雪はほほ笑んだ。…勘違いしてる。ささやく。「なに?」まなざしのそと、翔だけがむしろ、清雪に答えた。「お前たちは、」
「勘違いって、なに?」
「おれが煮え切らないから、おれが沈黙してると思ってる。…つまり、実はからっぽなんだろって。じゃない?違う?でも、実際はお前たちが煮え切らないから、おれは沈黙してる。おれのせいじゃない。要するに、」
「なに?」
「莫迦すぎるからだよ。お前たちが」聞いた瞬間、翔は舌打ちした。いどみかかろうとする気配はない。それが、清雪の軽蔑をさらに掻き立てた。清雪はそっと、立ちあがっていた。「聞きたい。…お前たち、命、惜しい?」
「お前は?」久遠。
「お前に聞いてる」
「お前から言え」
「莫迦。…」せせら笑おうと、口元はたくらむ。うまくその表情を、これみよがしに挑発的にえがきだすまえに、清雪は思わず吹き出した。すなおに「ごめん」あやまる。「なんだよ」
「埒あかない。こいつと話してても」翔があえて清雪から目を逸らしたうえで、そう言った。さだまらない視線がさまよい、窓を迂回し、そしてふと、顔をあげた藤のまなざしを見た。自分を素通りし、清雪を?藤は。「無駄」
「聞きたい」ふたたびささやく清雪は、左手にすでにアイスピックを掴んでいた。キッチンの、シンクの下の棚の下から。飲食店でアルバイトをしている久遠に買って来させたものだった。来たるべきクーデターに、必要な武器はこれだけだ、と。右手のひらを二、三度たたいて、「怖い?…死ぬのが」そして清雪は頸をかしげた。…どう?かさねてささやき、見つめられた久遠はふと、沈黙をさらした。「お前は?」と、そう言いかけた時にはいまだ目が、捉えないうちに「嫌だ」翔はつびやく。むしろ、決然をだけかんじさせ、押さえて。「嫌?」
「お前は?」
「嫌って、なぜ?」
「答えろよ」
「なぜ?」言いかけて、とりやめて、翔はあらためて清雪を見た。見て、そして数秒、見た。眉に焦燥があった。虹彩が、清雪を見つづけていた。ようやく、言った。「無駄死にって、正直、嫌だろ?」
「なぜ?」
「おれがいない世界がどうなったって、おれには関係ないじゃん。…あたりまえ。でもそれって、ある意味究極の、」
「精神的な、意味。…ね?で、肉体的には、どう?」
「肉体?」
「ようするにさ、肉体の死…」
「おれが消滅するってこと?」
「それ、いわば精神的なってやつじゃない?じゃなくて、単純に、傷い、苦しい、つらい、その他」
「…莫迦?」叫び掛け、あわてて声を微弱音につぶし、翔は言った。そして、いまさらにくちびるをゆがめた。「いい加減にして。どこまでおれら、おちゃくられてる?」
「傷いの、翔はオッケー?」
「だから、お前」莫迦?と。くちびるが口走りかけたときには清雪は、アイスピックをその鼻さきに突き出していた。睫毛。網膜。その、あやうい、至近に。翔が逃げもかわしもしなかったのは、ただ口走っていた喉が反射をにぶらせたからにすぎない。飛び退く余裕がひらけたときには、まなざしはただ、手遅れをだけ見た。そして圧倒的な危機を。委縮はしない。ただ、静止している以外に、如何なる可能性もなかった。「だったら、いま、これ、突き刺してみな」ささやく。清雪。…違う。と、気づいて笑みなおし「目につき刺せとは、言わないでおく。…まだ、視力は必要だから…どこでもいい。すきなところ、突き刺せ」その、睫毛のすれすれに直角の、尖端はふいに傾いた。そして、ピックは翔に手渡されていた。謂く、
傷み、を
感じるよりも
さらにも、もっと
すばやい、突起を
破壊、を
さらけだすよりも
さらにも、もっと
深い、悲惨を
なにか、を
知らせきるよりも
さらにも、もっと
苛烈な、速度を
滅び、を
実現するよりも
さらにも、もっと
赤裸々な、殲滅…と
最初、手のひらはその柄を握ろうとしなかった。拒絶しているたのではなかった。それが握らるべくそこにあることに、気づかなかったのだった。握りかけた。やめた。やめうとし、力がこめられかけ、二秒に満たない逡巡に、…莫迦?翔はやおら顔をあげ、向いた眼に清雪に激しくわらいかけながら、言った。「お前。莫迦だよ」
「莫迦以外、言葉、忘れたの?」ささやく声は、翔に屈辱を与える隙もなく「自分以外でもいい。…できないんでしょ?おれ、久遠、安藤。すくなくとも、お前の肉体以外に三つ、存在するわけでしょ?いいよ。だれの、どこでも」久遠は、なんの反応もしめさない。とはいえ、どうせ清雪とふんでいたわけでもない。危機に赤裸々に、久遠のまざしには、自分の肉体さえもたしかに親近していた。おもわず、まばたいた須臾、そして清雪のたてた不用意な笑い声がふたたび久遠を正気づかせた。「なに?」云った。そこに、まるでいま、だれかに呼びたてられていたかのように。「…いいよ」清雪は、「思ってない。おれは」やさしく「お前たちが、できるって」鳴らした。喉に、声を。「見てて」云い終わるまえに、清雪はテーブルに手をつく。その甲に、ピックを突く。刺しはじめた。きっ先にふさがれ、しかし血は、飛ばない。謂く、
さらにも、もっと
ないよ。狂って
いやっ。はっ。は
傷みはすぐに
すばやい、突起を
すこしも。肉体は
いたっ。たっ。た
飛び散るとともに
さらにも、もっと
合理的、です
いやっ。はっ。は
激しい麻痺を、激しさもなく
深い、悲惨を
さらにも、もっと
いいよ。叫んで
いやっ。はっ。は
辛辣なくらいにやさしげな笑みを
苛烈な、速度を
ためらいは、なにも
いたっ。たっ。た
ぼくはすぐに
さらにも、もっと
きみの口は叫ぶために、さ。あるんじゃね?
いやっ。はっ。は
その口もとに
赤裸々な、殲滅…と
作業台に置かれた左手。その甲を、筋をきっ先に確かめさせているにも見せて、アイスピックはゆっくりと、いわば這うなめくじさえ高速に見せる。あるいはいたぶっていたかにも。清雪はそっと、翔を見ていた。傷みはむしろ、手首の骨格の連結部を焼いた。そう感じた。こういうものか、と。清雪は思った。皮膚したに汗を感じた。ただ、傷かった。あきらかだった。逃げ出さない翔を、せめて、と。走って逃げる度胸くらいあれば。笑う。しかも、熱狂した頭部の不均衡な一部の冴えたどこかの不可解などこかに。久遠と翔は、こめかみに汗を薄く知りながら、猶も冷淡な清雪に、孤立した。それぞれに、じぶんの皮膚はひたすら熱狂の辛辣に咬みつかれつづけていたから。…やめて、と。久遠は耳にするじぶんの声が、現実の鼓膜をふるわせないその理由をさぐった。あえて、懸命に、透明な幕一枚向こうの、赤裸々なあかるい濃霧のどこかに。テーブルをつき刺すまで、清雪はしずかな力をゆるめない。緩慢なうごきは、痛みをより加熱する。すりきれそうだ、と、ひとり思った。そこに、冷静なまま清雪はふいに、右手のアイスピックごと、手をもたげた。手のひらをつきやぶり、きっさきは突き出して翔の眼の前にあざやかな色彩をさらす。赤。銀。白。綺羅。閃光。そして、ようやく翔はくちばしる。「いたっ、」と。しかし、だれも笑いはしなかった。清雪はピックをひき抜いた。そのゆらぎが、はじめて手の甲の素通りされた骨格に傷みを知らせた。知った自由に、血が溢れだした。そのまま床に水平に、流れるままに清雪はまかせた。…ぼくは、と。「克服したんだ。もう、傷みは。恐怖も。だから、死も。…ね?」噓。清雪は、わらいだしそうな自分と深刻に葛藤しつづけ「真似しろとは言わない。…でも、お前たちは知るべきだろう。傷みなんか超克されてしまう、と、ね?」と、「…ね、」
「なに?」とおく、むしろ久遠が答えたのを、清雪はそこに翔のそれと錯覚していた。だから、翔に「人間は、」ささやいた。「恐怖とともにあった。死滅への、不幸への、神への、惡魔への、下層階級への、上層階級への、自分への、未来への、過去への、貧困への、闇への、死、病、醜悪、その他、あらゆる、恐怖。…超克を、いま、お前たち、見たろ?人間とは恐怖するホモサピエンスの生態にささげられた名称だったと、そうであるならその限りに於て、いま、」と、そこに「人間は、死んだ」清雪はそっと、奥歯を咬んだ。例の葛藤の深刻のせいで。謂く、
ほらほら、これが
ぼくの血だ
生きた肉体に
殺された血だ
謂く、
ほらほら、これが
そろそろ、ヒトが
故郷の小川に
厖大なしげみに
ぼくの血だ
滅びそうだね
草たちは
いぶく。細菌が
生きた肉体に
腐れば喰えるね
増殖していた
宿主をさぐる
殺された血だ
光沢と色彩
ざわめきたって
味覚と匂い
さわがしすぎて
耳を、ふさげよ
ぼくは、ふさげよ
轟音だよ。もう
すさまじいんだよ
あざやかすぎて
失笑と傷み
あきらかすぎて
軽蔑とかなしみ
ほらほら、これが
ぼくの血だ
生きた霊魂に
殺された血だ
謂く、
ほらほら、これが
鳥が、ふいに
匂い立つ雨の消えた水たまり
厖大なノイズに
ぼくの血だ
まるで空中で絞殺されたかに
空たちは
まばたく。わたしは
生きた霊魂に
ひらっ、と、さ
反映されていた
ひだりにかたむく
殺された血だ
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