青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -167 //雨を。つぶを/水滴を/つぶす。ゆびさきに/爪。そこ。ふいに//05





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





壬生を辞す。辞して六本木の交差点まで歩いた。藤が、このあたりに疎遠なことは知れた。ないかぐずれば、タクシーを止めるつもりだった。藤はなにも言わなかった。麻布を抜けて、町がしだいに下卑はじめたときに、…やばいね。言った。「あんな人たちの、おぼっちゃまなの?」

「おれは、…」

「やばい」

「そうじゃない」…やばい、と、三度くりかえしてしかし、いきなり明るんだまなざしに、翳る気配はなにもない。まして、損得計算し始めた陰湿も。ドンキホーテの手前、そば屋のはす向かいでタクシーを止めた。時間はもう、すぎていた。南から入って、骨董通り、小原流会館のまえで降りる。左手の小路に入った。そのつきあたり、シャトー東洋という古いマンションが、拠点だった。雅雪の安藤が、もとここに住んでいて、現金化としようとしていた雅雪から清雪は借りうけた。古いマンションだった。アスベストが使われてる。そう、鍵をわたすときに安藤が言った。「気にする?」

「アスベスト?」

「知らない、か。年代的に、使われてなかったら逆にあやしい建物だってこと。…飛散しなきゃ、どうでもいい」もの思わしげに、安藤は笑む。…って、「いま、処理し終わってったっけな?」

清雪はそのまま、4階にあがった。前面通り沿いが、ネオルネッサンスの事務所だった。骨董通りに入ったときには、藤は行き場所に感づいていた。メンバーたちの、もの下卑た好奇なまなざしを思い、藤は眉を翳らせた。藤川久遠と戸田翔が、それぞれに順に、清雪たちに返り見た。謂く、

   その土地。土地に

   固有の匂いを

   嗅ぐ。ぼくたちに

   だれの記憶を


   匂わすのだろう?

   無縁のままの

   だれの、いぶきを

   ほのめかしてたの?


   月は、今日、月は

   下弦でしょうか

   上弦でしょうか

   満月でしょうか

謂く、

   今日、月は

      つちの、うすい底で

    蝕ですか?

     蝶の羽根

   下弦か、な?

      あるいは、幼虫は

    ただの蝕ですか?

     撥ね、むしったの

   上弦か、な?

      燃えあがっている

    蝕ですか?

     だれ、かね?

   満月か、な?


   その土地。土地に

   固有の息吹きを

   知る。ぼくたちに

   だれのまなざしを


   教えたのだろう?

   未知なるままの

   だれの、気配を

   ほのめかしてたの?


   熊は、今日、熊は

   ご機嫌でしょうか

   仮眠でしょうか

   冬眠でしょうか

謂く、

   今日、熊は

      ゆびさきに、すくわれて

    仮死ですか?

     猫に羽根

   ご機嫌か、な?

      あるいは、めだかが

    死んだふりですか?

     撥ね、つきさしていたの

   仮眠か、な?

      悲鳴をあげている

    仮死ですか?

     だれ、かね?

   冬眠か、な?

独身の安藤が住居として使っていたそのままを、清雪たちは使っていた。デザイナーらしく、凝った仕上げのフローリングを多用された室内は、まるでデザイナーズカフェかデザイナーズリノヴェーションのサンプルじみた。単なる自分用だったから、造作の細部につめの甘さが散見される。褪せたモノトーンのリビングに、残置物たる巨大な作業台に、ふたりはパソコンを並べた。「待った?」笑いかける清雪に、久遠はまなざしをすべらせた。逃げるような須臾に、思い直して久遠は返り見る。笑む。翔はモニターから顔をあげない。「…べつに」その「慣れてる」久遠のことさらに狎れあいを矜持した声のいびつを、清雪は笑った。窓際のソファに、藤は身を投げる。軋む。跳ねる。…やばっ。笑った。ひとり、「やっば。ホームだ」大げさに。翔が顔をあげて、そして清雪を見た。たちあがりかけなら、「終わったよ」

「決起文?」

「確認する?」翔が清雪に席をゆずったのに気付く。翔はいつでも素直さと自然さを欠く。いちいち、キッチンにフレッシュジュースを取りに行く擬態が、それだけの挙動に必要だった。「いいよ」言った。「お前的に、完璧?」立ち止まり、翔は「…だったら、」答えない。「それでいい。任せたことだから」はす向かい、唐突に久遠が吹き出す。あざやかな、失笑。侮蔑もなにもなく。「…まじ?って」と、息を吸い込むなり「いまだに思う。まじかよって」言った。「なに?」

「だから、国家転覆」

「まじじゃなかったら、なに?」

「だから、」…妄想とでも?そう、清雪は喉の奥にささやいて笑う。…不可能じゃない、さ。ささやきながら、藤の下腹部あたりに座り込む清雪の、あいまいな背後に藤はスマホでゲームをしていた。音声をそこに、そのままに。謂く、

   唐突に、きみは

   自由になれる

   だから、きみは

   唐突に、あかす


   束縛の過去を

   過去の束縛を

   唐突に、きみは

   はっ、と。その息を

「まだ、聞いてない。…詳細を」久遠。「詳細?」

「日本をつぶす。洗浄する。最少人数でのクーデターによって、国家体制を空洞化する、と。それはいいよ。で、そのプランの詳細はなに?」

「知りたい?」清雪の「どうしても、知りたかったら、…」もってまわった声と顔の演劇じみる気配に、久遠は懐疑しながら目を細めた。謂った。「知りたい」…教えてよ。「言え」

「秘密」言って、清雪が笑う前にはすでに、翔が立ったそのままに笑った。謂く、

   きみが、それをただ厭うから

   あげる。ぼくは

   きみに、嘲弄を

   くれてやった、よ


   きみが、屈辱を咬みしめるから

   あげる。ぼくは

   さわやかな、笑顔を

   くれてやった、よ


   ね、ね、ね

   すこしだけ、頭、いたいんだ

   なんでかな?みぎが

   ね、ね、ね








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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