青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -165 //雨を。つぶを/水滴を/つぶす。ゆびさきに/爪。そこ。ふいに//03
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
「大親父、わるいの?」言った清雪の唐突さにか、楓はおもわず笑いそうになって、眼に崩れかけを押し留めた。睫毛がふるえた。「わるいもなにも、」と、その「今日、明日と覚悟しろ」快活な雅秀に流し目をくれ、…じゃ、清雪は「遺産問題、発生ですか?」風雅がひとり声を立てて笑う。「そんなもの、なにも」雅秀。「風雅の親父さんが、ひとりじめにしておしまいになっておしまいです、よ」
「でも、雪の下も権利者でしょ?」と、清雪は雅秀たちの別邸の地名に、彼等を呼んだ。それが、壬生の本邸の日常だった。息子はそっと身を逸らした。そして、サッシュのちかくに逃げた。ちょうど、風雅の離れたつきあたりになった。本人はそれに「…まさか」気づかない。「雪の下だって、お前、親父さんの所有権だろうよ」
「やり手だから、ね」
「ごくつぶしだよ。もはや」笑う雅秀に、風雅はなにも関知しなかい。…逢う?と、楓は清雪にささやく。頸をかたむけ、そのまなざしだけは、藤を見ていた。錯視があった。清雪に。いま、楓は藤に話しかけたのだと。共感?…と。思ってすぐに、ただの錯覚と自分で知る。「逢えます?」
「ひ孫でしょ?…血のつながった、ちゃんとした、」
「そうでもないけど」
「…ひがむな」正則が振り向きざまに云った。「彼女よ」楓。夫の横顔にまなざしを馳せかけ、「彼女さんのこと、気にてるの…」詮索。清雪は、あえてなにもあらがわない。「いい、…でしょ?」夫に、楓はしかも返り見ないまま、云った。いまや清雪を見つめるまなざしに、清雪は昏い情熱を嗅いだ。あるいは、楓は面会を拒絶されていたのかも知れなかった。するとすれば、ただひとり瑞穂にでも。「逢って、」と、清雪は「ぼくが泣いちゃう危険性がないなら、ぼく、」楓のために「逢ってあげる」上品に笑んだ。風雅がふと、声を立てて笑った。「傷つきやすいから、ぼく」楓は稀薄な、しかも昏い熱い分厚い笑みに、なにか言いかけ、言いださないまま、やがて雪崩れて清雪を先導した。謂く、
その女。彼女
そこで、だれよりも
老いぼれた、その
わかやぐ女は
その林檎。青
青りんご。ゆびを
覆いつくす、その
果肉に女は
謂く、
その女。彼女
いつ?いつ?
見捨てられて、そして
壊れたの
わかやぐ女は
あなたが、そのまま
完璧以上に完璧な
なんですか?
その林檎。青
正気のままに
残骸、と
破綻してるの
果肉に女は
かぶりつく。もう
果汁と音の
飛び散るのをも
考慮せず。もう
餓えたじぶんを
かくすことなど
ひそめることなど
考えず。もう
謂く、
かぶりつく。もう
いつ?いつ?
見限られ、そして
壊れたの
果汁と音と
やがて、もう、取り返しがつかないくらいに
極上以上に極上の
なんですか?
餓えたじぶんを
生きたままに
無視のうちに
破綻してるの
かくすことなど
咬む。咀嚼
手づかみに
咀嚼。咬む
眼に、テーブルに
のこる。物色
バスケット内に
物色。のこる
果物に、眼は
謂く、
咬む。咀嚼
いつ?いつ?
放擲。すでに。そして
壊れたの
手づかみに
あなたが、いっそのこと
絶望的以上にただ滑稽な
なんですか?
物色。のこる
薬漬けにされてしまうのは
異物、と
破綻してるの
果物に、眼に
まばたきもなく
咎めるものなど
ひとりも、だれも
言葉さえもなく
離れにそのまま楓が入り込んだのを清雪は不可解に思い、そしてじぶんを笑った。もはや瑞穂が死にかけの老人になにを気づかう筈もなかった。楓への虐めという名目でなければ。そしてすでに、瑞穂が虐めに飽きているらしいことも、家政婦に聞いていた。離れは褪せた匂いがした。なにが褪せたとも言い切れない。せめて無理やり謂えば、皮膚と肉の水分が、とでも?死臭なのか、老臭なのか、清雪は厭う。あきらかに、褪せた匂いは激しさをまし、あるいは前回の訪問のときにも、気付かれないままここにあった、そんな記憶をいま、植え付けた。鼻孔と口蓋に管をぶちこまれて老人は、目をひらいたまま失神していた。すくなくとも、清雪にはそう見えた。背後に、委縮する唐突な藤の、あやうい気配を清雪は倦んだ。後悔していた。「あら…」と、「かわらしい」秋子はまさか敦子とのことを知らない筈はなく、また、容易に忘れられるわけもない。瑞穂の狂態は悲惨なほどだったから。藤を見て、と見こう見の数秒にやがて、その故意の破顔に邪気はない。成功、と。清雪はその笑顔に思った。「…でも、ちょっとおさないかも、ね」ささやく。目を細め、そしてもの思う須臾を断ち切った声に「って、まさか」口もとをひとり「わたしが言えた義理もないか」明るませた。楓以外には来なかった。いまや楓は藤を返り見さえしない。階級の違いを教えとするかのような冷淡は、藤以外には気づかれないまま、楓がただその焦燥に孤立する。まよいなく近寄って、清雪は老人をのぞき込む。見る。ふと、匂いを嗅ぐ。しかも、なんら意図の明確はない。「…やばいの?」ちかづけた顔をそのままに、云った。「今日明日って聞いた」と、答えなかった。秋子は。気配に清雪は、表情もなく自分を見つめる秋子を感じた。ふと、秋子は、そのままの姿勢、目に涙をこぼした清雪に、まばたく。涙は、しかし、老人にはおちない。清雪の若い頬にただ水平にながれつたうから。謂く、
涙を?と
まどい、とまどい
なにも、すこしも
傷みのかけらも
涙を?と
まどい、とまどい
滑稽。だから
茶番と、わたしは
涙を?と
まどい、とまどい
ほくそ笑んでいた
しずかな涙は
嗚咽など
なにも、すこしも
息の荒れなど
すさみさえをも
涙を?と
まどい、とまどい
なにも、すこしも
傷みのかけらも
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