青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -161 //その、唐突な/まなざし。そっと/猶も、ふいうち/まばたきあえば//13





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





タクシーを止めようかと思った。たまたま道玄坂に、その瞬間一台の通行もなかった。徒歩に道玄坂をくだった。藤は、とおりすがりの人々と店へ、思い付きの戯れ言をならべた。清雪は不快とさえ思わなかった。東急の映画館の向かいを通り過ぎる時、壬生のだれもに実父と見なされた雅雪のことを、藤に話して聞かせてもいい気がした。うっとうしかった。やめた。かわりに清雪は、自分の戯言にたわむれる藤のために、顎をかたむけて笑んだ。敦子には連絡を入れなかった。あえてというべきか、当然というべきか、清雪は言葉の選択をおもいつかない。代々木のマンションは、数か月の不在にくすんで見えた。麻布の本邸に、おとずれるたびに感じた気配をひとり、眼に見た。不在だった。スペアで、そのままリビングにあがった。あるいは、藤は戸建て暮らしだったに違いなかった。マンションを、そのリビングだけものめずらしげに見て回る藤を、清雪は赦した。あるいはその臆病な腰を。ベーゼンドルファーが藤の気を惹いた。もともとは、敦子が自分のためと、清雪に媚びながら設置したものだった。こちらのほうが新しい。敦子は業者に設置されるその巨体を、ただひとり満足げに見てふと、うで組みをした。正則の頻繁な挙動を思い出させながら。その経緯も知らず、だからなにも記憶しない藤はソファに寝そべり、清雪にあかるくうながした。清雪はすこし藤を見つめた。目線をながした。と、藤のためにショパンを引いてやった。藤にも、音楽と理解できそうなものを。ドアが開けっ放しになっていたことを、清雪は忘れていた。だからそのみじかい練習曲を弾き終えて、窓の向こうに投げ捨てていたまなざしを藤に返した時に、そのだらしく投げ出した四肢のまま硬直した藤のかたわら、そばに立っている敦子に気付いた。敦子は無理をせず、しかもしずかに、そっと、笑っていた。「…ひさしぶり。…じゃない?」

「ぼくが?それとも、」

「ピアノが」そう、敦子は言った。気にせずに、そして藤のつま先のほうに「清くん、」座った。「来てたんだ」

「…から、ママはいま、ぼくを見てる。どこ、行ってたの?」

「部屋。いたよ。ベッドに。ちょっと、頭がいた、…彼女さん?」

清雪は答えなかった。敦子は藤を返り見なかった。ゆびさきさえ、膝から動き出さない。しだいに、藤のまなざしにあった怯えが、醒めた不遜にすりかわりはじめるのをまなざしが、捉えた須臾のその須臾ごとに確認した。立ち上がった。清雪はそして、敦子にちかづいた。あらがわない。受け入れられているという実感も、清雪に与えない。「逢いたかったでしょ?」

「わたし?」

「ちがう?…だから、」と、陽気。清雪。どこか、滑稽を仕掛けたたくらみをかくせない声の陽気を、「…莫迦」敦子の「あたりまえじゃん」冷静な声の優美は、悲痛にのみ、押しつぶす。「どれだけ、さびしがらせたと思ってるの?」…やめなよ。清雪は云いかけ、そして言い淀むともなく、そこに言葉を喪失する。すべて、ささやかれるすべてはいま敦子を傷つけるためにのみ存在してしまう、と。ふと、敦子に絶望を、思った。「帰って来てほしい?」

「ぜんぜん」不思議だった。耳はあきらかに知った。敦子の声はあくまでもしずかだった。冴えて、平穏に、しかも、こころには悲痛と落ちた。顔はあくまでも清雪に、したごころもなくまっすぐに笑んだ。清雪は眼を「…じゃ、」細めた。「ママは」

「いいよ。彼女さん…何歳?…でも、反対は、しない。ぜったいに」安心して、と、敦子。彼女は言おうとした。そして言い切れなかった。そんな須臾が、いまぼくたちに喪失されたと。清雪はそう思った。息を吸い込んだ、鳩尾に。「なんで?」

「もっと子供でも、わたしは、賛成。わたしなんかよりもっと、もっと、二倍も年上でも。だって、清くんが選んだひとだから」

「なぜ?」

「清くんが、すきなひとと、すきなように、…ママ、しあわせであること、願ってる」

「ママは、僕が、たとえばママを」

「…知ってる」敦子は、清雪のことばを切った。藤のためではなかった。自分のためと清雪に知れた。「ママは、知ってる。それが、噓だっていうこと。あのときに、あなたが言って、で、…ね?わたしに見せてくれた景色。あれは、きみがくれたまぼろしだから。いたずらだから。彼も、わたしも、清くんはかならずしも傷づけたいわけでもない。でも、傷しかうまない、でも、…わたしは、」

ふいに言い淀む敦子を、清雪は追い込む気になれなかった。しかも「…なに?」ささやく言葉が、敦子から「云って。ぼくに」逃げ場所も場所も奪い、かつ「ママの、いまの」追い詰めつづける残酷を、清雪は「ほんとうの気持ち。それ」他人のことのように、しかも切実な「聞かせて」傷みのなかに、「お願い」聞いていた。「あれは、わたしが見た夢だから」

「夢?」清雪は、そして「わたしだけが見た、夢」だから、と、「行こう」その最後のほうを聞きもせず「…立て」藤に、笑んだ。立ちあがりかけ、もたげたつま先に思わず敦子の脇をこすった藤は高慢だった。たちあがり、ふと清雪を返り見た藤は、翳る複雑な感情に、複雑に、ただ口元をだけ翳らせた。謂く、

   その女。腰の

   くぼみ。ふくらみ

   その翳り

   少女が、ひとり


   眉をひそめた

   ひそめられたまま

   ゆれかけ、眉は

   停滞していた


   その曖昧を

   きみの臆病と笑うべき、かな?

   ぼくは、あるいは

   眼の前で。きみの

謂く、

   少女が、ひとり

      まるで本当に

    ありがと。きみは

     閉じられそう、だよ

   眉をひそめた

      きみに、恋していたという、そんな

    恋人のふりを

     ふと、女。その

   笑うべき、かな?

      事実があったかに

    すこしはにかんで

     瞼が、そこに

   眼の前で


   その女。腰の

   翳り。迂回し

   額に、ひかり

   少女が、ひとり


   頬をゆるめた

   ゆるめられたまま

   ふるえかけ、頬は

   静止をまもった


   無意味なそれを

   きみの逡巡と笑うべき、かな?

   ぼくは、あるいは

   眼の前で。きみの

謂く、

   少女が、ひとり

      まるで本当に

    ありがと。きみは

     ふさがりそう、だよ

   頬をゆるめた

      ぼくに、愛されていたという、そんな

    存在価値があるふりを

     ふと、女。その

   笑うべき、かな?

      一瞬があったかに

    すこし照れかけて

     鼻孔が、そこに

   眼の前で


   その女。ひかりの

   直射。綺羅めき

   髪の毛に

   少女が、ひとり


   痙攣しかけた

   瞳孔。しぼられた

   ひらきかけ、眸は

   いぶくだけだった


   その動揺を

   きみの脆弱と笑うべき、かな?

   ぼくは、あるいは

   眼の前で。きみの

謂く、

   少女が、ひとり

      噓をつかないで

    豪雨でしょうか。きみも

     くぼみはじめそう、だよ

   痙攣しかけた

      ぼくたちが、幸せであったという、そんな

    ぼく。だれも

     ふと、女。その

   笑うべき、かな?

      事実があったかに

    耳のかたわらが

     くちびるが、そこに

   眼の前で。きみの


   突然、きざした

   勝利者。きみの

   さらした顔を

   知ってる。きみも


   知ってる。だれも

   どこにも、なにも

   勝利の気配も

   あり得ないことは










Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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