青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -158 //その、唐突な/まなざし。そっと/猶も、ふいうち/まばたきあえば//10





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





ハオ・ランは、我に返ったかに清雪を払いのけ、すでに返り見ていた。清雪は、それに屈辱を感じる須臾もない。安藤と玖珠本あやういかさなりのむこうに、ハオ・ランはいかにも陽気な声を「迦虞夜。…」かけていたから。「ね。どこ、いっていたの?」

入口に、丁寧に靴をぬぎそろえながら迦虞夜は、ひとりの長身の男をつれていた。一瞬、季節を錯覚させる薄着だった。タンクトップと、しかも黒いスウェットのパンツだったから。さらされた肌は、ひたすらタトゥーに埋め尽くされていた。もはや、いったいなんの図柄か察知できないほどに。「お散歩」安藤が、なぜかふてくされて答えない迦虞夜のかわりに、ひとことだけささやきかけた。ハオ・ランは、ただ、無条件に笑んでいた。「紫陽花丸と?」

「別名、クソ麻呂くんとだよ」笑った。玖珠本は、その安藤の声に。「腹、へったか?」いきなり安藤が、声をかけたので清雪は「なんか作ってたよ。迦虞夜が」まばたいた。「なに?」

「見なかった?あいつ、…入口の、——ほら。大量に作って、ユニットバスにぶち込んでたよ。…床。ここ、置くとこ、ないから」

「空き部屋くらい、あるんだろ?…ここ。そこつかえばいいのに」九鬼。

「ないんじゃなかった?そっちのほう、木村でしょ?賃貸運営?…じゃ、ないけど。窓口は。意外に、ぜんぶ埋まってるっぽい、」

「ここが?」

「安いから。それに、場所。しかも駅ちか」

「神泉じゃん。でも、なんか文句言ったら木村さんに脅されるんでしょ?居住者。ひとり、外人かなんか殴ってなかった?となりのビルの奴だっけ?訴えられるよ。あのひと、そのうち」

「訴えそうなやつには、殴らないの」

「金つかますの?」

「ケツ、更に蹴りあげるんだよ」紫陽花丸と、そう呼ばれた男のことなら、話には知っていた。ハオ・ランに拾われた、嘉鳥いわく異常者だった。白昼の家屋を訪ね、迷いなく殺し、金品を奪い、ときには家屋を一時占拠しながら、西の方から列島を徒歩で縦断しかけた、と。渋谷のどこかでハオに捉まった。公園で行き倒れていたのだった。龍笛の名手だ、と。そうハオ・ランは言った。そして、表情のない、澄み切った巨眼に、笑みのまま鞏固に硬直した口元を振って、紫陽花丸は周囲を見回しつづけた。言葉は発さない。ふれたまま、ゆびさき。清雪。そこ、あ、と。だから、濁音つきのア音が聞こえ、清雪はそこに汪黃鸎がいることに気づいた。そして、あわてて、ふれたままだった指先をはなす。くちびる。まるで、汚物にふれる過失に気づかなかった人だったかに。謂く、

   タトゥーを、と

   永遠の、不死の

   少女が云った

   いつか、ぼくも、と


   いつか、耳もと

   微笑。ななめの

   窓を見ていた

   ぼくも、タトゥーを、と

謂く、

   タトゥーを、と

      とおくに、雨を

    その日が、せめて

     もうすぐ、陸は

   少女が云った

      集中豪雨を

    晴れやかであれ

     すべて沈んで

   微笑。ななめの

      感じながらでも

    きみのためだけに

     なるから。な。海に

   窓を見ていた


   冗談だとは

   知っていた

   猶も、思った

   きみに、思い描いた


   たとえば昏い

   紅蓮のきみを

   たとえばまばゆい

   漆黒のきみを


   あるいは傷い

   きみの真っ青を

   たとえばはかない

   むらさき。きみを

謂く、

   冗談だとは

      むしろ、きみをは

    眼をも。眼。激怒の

     埋葬のように

   知っていた

      花。まっしろい

    眼をも。眼。絶望の

     ただ、しろい花

   猶も、思った

      散華で、埋めよう

    眼をも。眼。微笑の

     きみのすべてを

   きみに、思い描いた


   タトゥーを、と

   数千年の

   少女が云った

   いつか、ぼくも、と


   いつか、こめかみを

   息に、すぐそばの

   くすぐりかけた

   ぼくも、タトゥーを、と

謂く、

   タトゥーを、と

      ゆびさきに、雨つぶを

    その風が、せめて

     もうすぐ、空が

   少女が云った

      戦後最大規模集中豪雨を

    さわやかであれ

     海につながり、宇宙はきっと

   吐息。こめかみを

      そのひとつぶ、つぶす

    ぼくのためにさえ

     なるから。な。海に

   くすぐりかけた

やがて、紫陽花丸はひとことも言葉を発さないままに、汪黃鸎の前にあぐらをかいた。咎めるものもいなければ、求めるものもいない。左手ににぎりしめていた笛袋から、橫笛をとりだすと、「…さ、」玖珠本が眉を「うるせえぞ。…」しかめ、そして軽蔑として、笑んだ。その対象をは、玖珠本は明示しない。背後、清雪はユニットバスでたった、乳幼児じみた歓声をあげた迦虞夜の声を聞いた。紫陽花丸が、笛を吹いた。切り裂くような、あくまでも遠鳴りの笛は、あきらかに部屋に収まり得なかった。笛のひびきの乱反射の容赦なさに、空間があげた悲鳴としか聞こえない。…知ってる、と。清雪は、思った。紫陽花丸の、微動だにしない背中。頸。頭部。拔頭、と。清雪はその曲名を、舌のうえにころがした。笛がなりはじめてからずっと、老婆は凄惨な拷問にあうかに、赤裸々な苦悶の、声もない顔を、ゆがみ散らした。謂く、

   なにを?結局は

   ぼくらは、きみを

   この今日が

   だれのなにかさえ


   記憶さえ、きみは

   ぼくらに、眸を

   ふるわせていた

   ここがどこかさえ

謂く、

   この今日が

      あ、…と、その

    息をする死者、と

     さらす

   だれのなにかさえ

      須臾に、目が

    そんなふうに、ぼくらは

     白濁。にごりを

   記憶さえ、きみは

      見開かれ、眼は

    そこに、そのひとを

     瞳孔にはりつけさせして

   眸をふるわせ


   知らない。きみは

   知らなくていいよ

   唾を飲み込んだ

   かたむいた顎に


   きみの生存は

   処罰に見えた

   きみの安穏は

   供犠にも見えた

謂く、

   きみの生存は

      知性。そして

    奇妙。なんか、もう

     混在。その顎に

   処罰に見えた

      狂い。不可解な

    奇矯なくらいに

     歓喜?…と、または

   きみの安穏は

      虹彩のなかの攪乱

    奇妙。もう、なんか

     容赦ない拒絶

   供犠にも見えた


   なにを?猶も

   なに?ただの

   嘲笑。微笑

   ぼくらは、きみに


   なにを?猶も

   なに?なにも

   嗜虐。嘲弄

   ぼくらは、きみに


   なにを?祝いを

   なに?せめてもの

   ささげ得るなにも

   思いつかずに

謂く、

   嘲笑。微笑

      よ。聞け、よ

    見てたんだ。あなたを

     ひび。び

   ぼくらは、きみに

      よ。滅びかけの耳に

    あなたに、あなたの

     罅を。び。ひび割れた

   嗜虐。嘲弄

      空間が、よ。いま

    不在を擬態させてしまいながら

     なめらかな日々を

   ぼくらは、きみに


   わずかな笑みに

   きみは、不安に

   きみを、無防備に

   翳りに放置し


   やさしく捨て置き

   きみだけが、その

   ひん剝いた眼の

   ゆがむ虹彩を

謂く、

   わずかな笑みに

      無理。きみは

    その硬直に

     鳴る。鳴り

   きみは、不安に

      のけぞりさえも

    その痙攣に

     鳴った。耳。その内側の至近

   ひん剝いた眼に

      それ以上、もう

    白眼にさえに

     鳴る。鳴り

   ゆがむ虹彩に


   見て。きみが

   叫びそうだよ

   かすかな開口

   きみが、見て










Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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