青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -154 //その、唐突な/まなざし。そっと/猶も、ふいうち/まばたきあえば//06





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





失神するように脱力し、事実そこに藤は、事実として失神していた。しかも抱え込んだ腕のなかで、藤の全身は嗚咽しつづけた。人間の肉体の全身的な筋肉の連動を、清雪ははげしく知った。抱きかかえ、そのままベッドに寝かせた。涙もなく、ただ鼻水と唾液だけをこぼしながら、藤の嗚咽はやまなかった。左うでが、腕を以て目をおおいつづけた。右の眼窩は傷むに違いなかった。かたわら、絨毯にすわりこみ、ベッドのふちに側頭をあずけて清雪は、ひだりの窓がひだりの隅に明けを知っても、そのわななきをひびきに聞きつづけていた。謂く、

   ある?…ね、ね

   ある?たとえば

   ね。その海さえ

   燃えあがってしまえばいいと


   願う。なぜ?

   切実に。だれ?

   火をつけたのは

   だれ?そして、なぜ?

謂く、

   ね。その海さえ

      どろを、もう、だれにも

    真摯に。ぼくは

     自爆。まるで

   燃えあがってしまえ、と

      ぬらないでください

    ぼくは。願った

     じぶんで華麗に

   火をつけたの

      ぼくたちは、だから

    願った。真摯に

     吹っ飛んだかに

   だれ?ん。なぜ?


   いいんだ。もう

   世界は勝手に滅びてくれる

   いつでも、ぼくらを

   見捨てさえする


   ある?…ね、ね

   ある?たとえば

   波。ひと粒さえ

   砕け散ってしまえばいいと


   願う。なぜ?

   切実に。だれ?

   叩きつけたのは

   だれ?そして、なぜ?

謂く、

   波。ひと粒さえ

      泣かないで。泣かないで。だれにも

    ぼくは。願った

     自爆。まるで

   砕け散ってしまえ、と

      代わりに、ぼく。ぼくだけが

    願った。真摯に

     優雅な旋回

   叩きつけたの

      ぼくたちは、だから

    真摯に。ぼくは

     唐突に、そんな

   だれ?ん。なぜ?


   いいんだ。もう

   きみさえ勝手に滅びてくれる

   いつかは、ぼくを

   見捨てさえする


   ある?…ね、ね

   ある?たとえば

   水。粒子さえ

   完全崩壊してしまえばいいと


   願う。なぜ?

   切実に。だれ?

   滅ぼしたのは

   だれ?そして、なぜ?

謂く、

   水。粒子さえ

      傷みを、もう、だれにも

    願った。真摯に

     自爆。まるで

   完全崩壊してしまえ、と

      ななめに、…だれ?自然発火を

    真摯に。ぼくは

     不可逆的に

   滅ぼしたの

      ぼくたちは、だから

    ぼくは。願った

     溶解ししかも棘を出したかに

   だれ?ん。なぜ?


   いいんだ。もう

   ぼくは勝手に滅びてあげる

   いちども、ぼくを

   返り見なかった


   花。百合の茎で

   頸をしばって

   放置してくれ

   見放してくれ

明けた朝、昏いまましらむ窓越しの光線に惹かれて、清雪はバルコニーに出た。遠く、重いみどりの神宮の森が、まなざしにむしろいたいたしい印象をのこした。攻撃的な棘の密集、と。または捨て置かれた寂寥、と。ただっぴろい中央に、見上げた。曇りがちで深刻な雲母を沈滞させた上空を。今日、雨は降らない、と。そこに清雪は思った。藤を起こさなかった。腕に目をふさいだまま、まるで寝たふりをするような、微動だにもしない肉体にそこに、ひとり寝息を立てていた。七時をすぎたばかりだった。寝汗をながした清雪は外に出た。一時間は眠っただろうか。心許なかった。六月二十八日の、日の出の時刻は知らなかった。松濤公園ですこし時間を潰した後、電車で番町に行った。千鳥ヶ淵は、曇り空に色彩を深め、そして色に複雑は極まった。みなもは手当たり次第の物影の反映の渦となって、もはやなに色ともなんの色とも言いあらわせない。モネは狂喜するかも知れない。狂気のうえ放棄するかも知れない。いずれにせよ、しろかった。時間は九時をすぎていた。ハオランの部屋をノックした。同時に、勝手に入った。室内は、廊下からしてすでに、贈答花の群れで埋まっていた。いつもに似ない花だらけのリビング、そのソファに、いつものようにハオランは孤立していた。周囲には、迦虞夜さえいなかった。「あの子は?」挨拶もなく、そう問いかけた清雪を、ハオランは咎めない。ひとり、あきらかな倦怠に倦んでいた。「迦虞夜?」

「あの、ダウン症の…」

「おう、」と、やや間が在って答えたハオランの少女のくちびるに、錯覚。ふと、おとこ言葉に承諾のオウを聞いたか、と。気づいた。すぐに、汪、と。そして、誘惑にさいなまれる。いま、その可憐で、いかにも薄幸なくちびるのあやうさに、男のオウを、はっきりつぶかせてみたい、そんな。清雪は、じぶんをあざけた。「なに?」

「ハオは、」

「ぼく?」

「なんで、ここに?」…じゃ、と、ようやく身を起こして「壬生くんは、」ほほ笑んだ。ハオランは、そして「なんで?」

「ここにいるって、思ったから」笑う。その声。声の無邪気を、ふと清雪はさびしく思った。ささやきを聞いた。「どうでもいいんだ。もう」

「なにが?」

「だから、…あれでしょ?誕生日」

「恩人じゃなかった?」

「どっちが?…彼女の、——自称、偉大なる孫文同志の隠し子たる汪黃鸎女史、日本名英子さん。彼女の、もう、朽ちかけの生誕祭…アホくさい。もう、飽きた。本人なんか、忘れてるよ。とっくに」

「拾われたんでしょ?でも、汪さんに」

「あるいは、ね。また、事実としては、ね」

「難解ですね。嫌われる。それに晦渋さって無能の同音異義語だよ」

「日本語間違えてない?…愛嬌?」うわ眼に、故意にたくらんだ笑みを浮かべた清雪を、ハオランは見やった。「…彼女にとって、ぼくは使える人材だったよね。ずいぶんと」

「あなたの、いわゆる不死が?」

「ぼくたちの。…複数の、だから唯一の、ぼくの。…無慚な生態。結局、革命って、善意と惡意の戯れだと思うわけ。…違う?善意というにもひとしい惡意。惡意というにもひとしい善意。なにがなんだか分からなくなった、自分でも意味不明な使命感。…情熱。ねぇ、思うんだけど、もし仮りに福音書どおりの物語をゴルゴダでイエス氏が生きたとして、まさかそんな事は唯物論的にはありえなくとも、もしそうだったとして、だったら彼もそんな情熱に突きうごかされたんだと思うよ。聖セバティアヌス含め、さまざまな殉教者たちを彼なりに模倣して、ね?」

「バチカンでそれ言ったら、あなたも磔刑だね」

「アメリカの田舎でも、フランスの田舎でも、フィリピンの田舎でもそうじゃない?…違いはない。しろいアメリカンが見下すとともに憐れむフィリピン貧困層と、そのしろい富裕層と。一緒。見てる風景は、おなじ。そして、変わらない狂気を倫理と名づけた…」

「世界を敵にまわしたい?」

「中国かソ連合に亡命するよ。どうも、その、世界といま名ざされたそれのなかには含まれないらしいから。どう、…壬生くんも?」清雪は、ハオランのために肩をすくめてやった。「ぼくのおかげで、…ぼくという極端な異物のおかげで、彼女はいままでさんざん楽しめた。汪、は。…ね?彼女好みの容姿端麗な男をあつめて、そして革命思想をもてあそばせる。…右翼思想とか?ともかく、彼女ごのみの極端な傾向の極端な切っ先。…切っ掛けなくて、言葉遊びに暮れてるだけだけどね」

「軽蔑してる?」

「別に。ぼくは僕自身以上に軽蔑するべき対象を知らない…ね。どう?」

「なに?」と、清雪はもう、必死になって吹き出しそうな笑いを堪えるハオランに、なしくずしに頬をゆるめしかなかった。やがてはくちもとも、目じりも。「壬生くん、」惰性に。「どう?その切っ掛けになってみない?」

「って、なに?」

「暗殺してみたら?」

「あなたを?」

「違う」

「汪さん?」

「まさか」

「だれ?」

「首相とか、さ。天皇とか、さ」あきらかに、あるいは本気の、あるいはからかいの挑発をしかも曖昧にあかしたハオランのほほ笑みを、清雪は見ていた。ふと、清雪はじぶんの頬が、いつかハオランのための上質な微笑をわすれていたのに気づいた。もったいづけすぎたハオランの言葉遣いのまどろっこしさに、眉間はすでに翳ってさえいた。そのままだった。いまさら笑みなおすのも莫迦らしかった。ふと、清雪は本気の「…あ、」と。じぶんの声に、と、驚く。口は早口に、すでに口走っていた。「分かった。いま」

「なに?」

「嘉鳥がぼくを無理やり召喚した理由」

「あいつが、…」

「ハオ。きみのせい」ふいの懐疑をすなおにさらす、ハオランの捨てばちなすなおを、清雪は「ぼく?」笑った。「あなたを、おもりする。…おむずがりしっぱなしだから」ハオランはやがて、遅れてひとりで笑った。謂く、

   不思議だった

   花。花。花たち

   厖大な、そこに

   いないひとのために


   捧げられていた

   花。花。花たち

   氾濫を、そこ

   と、いたたまれない


   目舞いをさえも

   感じた。ぼくを

   嘲弄したかの

   残酷さに於き

謂く、

   花。花。花たち

      いつまでだろう

    惨死体、と

     解き放て

   厖大な

      せめて、あざやかで

    なぜ、そう呼ばないの?

     蜂を。あるいは茎に

   花。花。花たち

      かろうじて、そこ

    ぶった斬られた

     突き刺してしまえ

   氾濫を


   不可解だった

   花。花。花たち

   大量に、そこに

   他人のために


   断ち切られていた

   花。花。花たち

   横溢を、そこ

   と、異様でしかない


   錯乱をさえも

   感じた。ぼくを

   辱めたかの

   冷酷さに於き

謂く、

   花。花。花たち

      花粉が、いつか

    惨殺現場、と

     解き放て

   大量に

      ぼくの素肌を

    なぜ、そう呼ばないの?

     蜂を。あるいは床に

   花。花。花たち

      ころげまわって

    仮死。不仮死。非仮死

     踏みつけてしまえ

   横溢を


   見出さなかった

   一輪の花さえ

   たしかには

   ぼくは。須臾さえ


   記憶しなかった

   一輪の名さえ

   あきらかな

   色。香り。群れ

謂く、

   見られなかった

      ささや。や。こ。こうか

    花たちに、そこ

     花を憎んで

   一輪の花さえ

      聞かれないうちに

    支配された部屋で

     枯れないうちに

   一輪の名さえ

      花にひそんで

    ぼくたちは、ただ

     きみの頬になすってやろうか

   知られなかった


   鼻孔が苦痛を

   訴えたのに

   色彩さえも

   訴えていたのに


   すべての花。花

   名なき花

   すべての花。花

   すがたなき花

謂く、

   花のすべては

      辛辣に。そこに

    水を。茎

     狂暴に

   名なき、なに?

      赤裸々に

    えぐるように吸う

     無謀なまでに

   花のすべては

      あざやかに

    茎。水を

     苛烈に。そこに

   すがたなき、なに?


   すべての花。花

   花なき名

   すべての花。花

   花なきすがた


   両目があえぎを

   もらしていたのに

   香りらさえも

   もれていたのに








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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