青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -152 //その、唐突な/まなざし。そっと/猶も、ふいうち/まばたきあえば//04





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





早世した壬生高子と、清雪は如何なる思い出もない。また、顔の記憶もない。写真の類はすべて、最初の入水事件の直後、壬生風雅に焼き捨てられたと秋子に聞いた。敦子は高子との思い出をかたらない。まるでそんな人物などいなかったかにも。まして正則は語らない。焼身自殺とともに、骨どころか存在もろとも消滅したのだ、と。そもそもその存在は、正月、花見と秋につどう一族のだれかしらの口、宴席のはずれにふと、漏れた嘆息のいくつかからにすぎなかった。亡き高子そのものを悼むではない。どれもが一様に謂く、あれから正則は老け込んだ、と。衰弱を歎く前提そのものとして、ほのかに、うっすらと。清雪は、雅雪から聞いた。厳島の精神病院に入れられた、と。そして潮の満ちた神社から、海に入水したと。死にきれなかった。大鳥居をつくるほどの宏大な遠浅さにすぎない。狂言とさえも、一族のみならず島の人間からさえ言われた。やがて、身を焼いた。海辺で。なんか、…と、「変な奴とつながったのさ」

「つながる?」

「できちゃったの」ふと、雅雪は十三歳の清雪に、肩をすくめた。これみよがしに、大げさに。だから「おれは、たぶん」思う。あなたは、いつでも「親父だと思うよ。それから、」繊細過ぎる、と。そして他人を「…正則」傷つけないではいられないほどに。そこにうかべた清雪の笑みが、嘆息ではなく軽蔑の結果にすぎなかったことに、雅雪はすこしも気づかない。「正則さんも?」

「片思い程度。…というか、強烈かつ激烈かつ猛烈かつ情熱的な」

「それって、…程度?」

「手は出してないはず。そういうの、できる玉じゃない。けど」

「親父なら?」

「やってる。ともかく、だれかと、近親同士でなんかなってんのさ。おれは、そう読むね。あの、壬生のそっけなさは。おれも、内部じゃないから。麻布じゃないから。所詮、代々木に」

「くわしくは、あくまでも」

「原宿だから、さ」

「知らない、と」…きれいなひとだったっぽいぜ。ふと、眼の前で雅雪はそう言った。毎年の春の喫茶店で、そんな話がでた、その頃だった。ちょうど、敦子と例の秩父宮の末裔との縁談が、さわがしくなりはじめていたのは。雅雪のために、思春期をむかえた少年のうぶを上手にさらしてやりながら、清雪は思い出した。風雅が、たしか二年ばかりまえの秋の茶会で言っていた。雅とは、…と、「けものになるゆうことよ」それは、風雅の兄の息子のだれかと、狩猟の解禁時期について話しているときだった記憶がある。かたわらで清雪は、早熟なこどもらしく笑うことに、ひとり慣れている。「雅、優雅、風雅、とな。なんでもええけれぇどな、そういうことよ。じゃけぇどが、原っぱ野ざらし山林原野でけものになってもただのけものじゃろうが?ちがうんよな。華麗豪奢瀟洒しゃしゃしゃな人工の、な?屋敷んなかでええべべ着てから、けものになるのよ。人工香水、人工ごちそう、人工美術に人工教養よ。そがぁあなどまんなかで、ほれ、がおぉよ。肉、咬みちぎぃいての。それがみやび、な?風雅の技法、よ」と、そしておもわせぶりに、風雅は笑った。聞き役はただ、忠実にほがらかに意味もわからない相槌をうつ。あなたが、その気なら、と。清雪はなやましげな雅雪の眼の前で、ふと、軽蔑を咬んだ。そこにいない、敦子を思いながら。死にかけた秀則の離れを辞して、本邸にふたたび楓を見かけたとき、清雪はその壬生高子の話に唐突な、あざやかな瞋恚を知った。もし、雅雪の読みがただしいのなら、高子はまぎれもなく犠牲者だった。風雅は、実子をひとりむさぼり殺したに違い無かった。いまさら、風雅に怒りなど感じない。風雅に、そもそも知性も倫理ももとめてはいない。なら、なぜ、と。話しかける楓の相手をしながら清雪は、…藤。思う。藤。「…じゃない?いつ?」

「ぼく?」

部屋に残してきた、その

「もう、麻布台なんかぜんぜん、放ったら」

「結構、来てるよ。だって」

少女を、清雪は

「いっつも、抜き打ち。わたしが」

「いそがしくない?いないんだもん。四回のうち、」

鮮明な、屈辱のある

「ね。…ピアノ。あの、清くんの、」

「もう、それは、さ」

激怒とともに、ふと

「名手。…って。お母様も、めずらしく他人」

「ながくて。ブランク」

思った。もはやただ敵もなく、

「ね。約束。ね?」

「なんで?楓さん、」

抽象的でしかありえない、「ね、ね、ね、」忿怒。追い詰められてる、と。清雪はひとり高揚していく眼の前の女の、しずかな睫毛の急激なふるえに、そう思っていた。謂く、

   宏大な、そこ

   リビング。そこを

   あえてちいさく

   見せていた


   ふたつめ。それが

   ベーゼンドルファー

   わたし以外には

   弾かれなかった

謂く、

   宏大な、そこ

      なぜなんだろ。ね?

    飢餓、を。だから

     調弦は、もう

   リビング。そこで

      わたしたちはただ、焦燥したのだ

    唐突なきみが、唐突に

     壊れただろう

   わたし以外には

      なんのせい、…かね?

    性急、に。だから

     歪んだだろう

   弾かれなかった


   敦子がふと

   耳のそばに

   鼻をちかづけた

   指が叩いた


   鍵盤だけを

   こめかみすらに

   息がかかった

   意図を思った

謂く、

   指が叩いた

      誇るのだった

    笑ってよ。もっと

     ふむ。影に

   鍵盤だけを

      いつも。あなたがひとりだけ

    それ以外には、取り柄がな

     ピアノの、ぼくの

   息がかかった

      ぼくの翳りに

    もっと。笑ってよ

     うえを、ふみ

   意図を思った


   なぜ?だれに

   傷めたのだろう?

   指を、鍵盤に

   執拗に、なぜ?

謂く、

   なぜ?だれに

      誰が?なにを

    演奏行為が孕む矛盾をは

     四分音符さえも

   ねぇ。なぜに?

      なにが?誰を

    超弦さえも

     スパゲッティ状に

   指を、鍵盤に

      誰は、誰?

    結べないだろう

     分散してゆく

   執拗に、なぜ?


   瑞穂がふと

   屋根の影に

   喉を鳴らした

   ハンマーが打った


   弦の一部を

   ゆびさきすらに

   震動がふれた

   眼を閉じた

謂く、

   ハンマーが打った

      信じがたい、と

    さわがしいんだ。雨?

     ゆびさきが、そっと

   弦の一部を

      その目を、耳を、なぜ、あなたは

    きみの沈黙も。流し目も

     支棒を、そして

   震動がふれた

      信じられない、と

    まるで、轟音。豪雨の

     なぜて下に落ち

   眼を閉じた


   なぜ?だれに

   傷めたのだろう?

   鍵盤を、指に

   幾度も、なぜ?

謂く、

   なぜ?だれに

      誰が?なにを

    弦の震動はいちども人称をもたなかった

     休符さえもが

   ねぇ。なぜに?

      なにが?誰を

    所在も。しかも

     ひとの言葉に

   鍵盤を、指に

      誰は、誰?

    それらすべてが明示されたまま

     論考を語る

   幾度も、なぜ?


   じぶんためではなかったことを

   それをだけを

   屈辱。無知と?

   軽蔑。愚かと?


   なぜ?だれに

   聞かせたのだろう?

   なに?なにを

   聞いていたのだろう?

謂く、

   なぜ?だれに

      誰が?なにを

    あなたのために

     破綻ではない音楽が

   だれも、いちども

      なにが?誰を

    ぼくは、ぼくだけの

     一音たりとも

   なに?なにを

      誰は、誰?

    音楽を鳴らすよ

     存在したのか?

   なにも、いちども










Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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