青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -149 //その、唐突な/まなざし。そっと/猶も、ふいうち/まばたきあえば//01





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





四月、五月、そして六月になっても、壬生清雪は美大には顔を出さなかった。入学手続きはした。それで終わりだった。そもそも、最初から顔を出すつもりはなかった。進学するという、だれにも当然に思われていた空隙を、仮りに満たしてやったにすぎない。美大なんか、飯も食えないやつが飯も食えないやつを生み出すためだけにある拷問装置だ、と。そう言ったいつかの正則にむしろ、清雪は同調したかった。職業画家になる気もなかった。武蔵小杉にも、あの引っ越し初日から殆ど顔を出さない。敦子が、それでもタワーマンションの27階で毎日、寝泊まりしていると思っているのかどうか、案じないでもなかった。まさか叱られるが嫌さではなくて。敦子が、なにをしでかすか知れない気がしたからだった。一週間以上、雨は降らかった。ここ数日の降りそうで降らない空に、梅雨の時期が穏やかに快癒してゆく、そんな気配を感じさえしていたことが馬鹿莫迦しくなるほどに、前日からの雨は降りそそいだ。月末近くの火曜日、清雪は道玄坂を、喫茶店に下った。そこに、嘉鳥と待ち合わせたから。その下の名は螢悟。ケイゴと読む。もうすぐ五十代に近くなる。国会の、議長席側に席を置く政治家の秘書官だった。映画館の二階の喫茶店に入るなり、嘉鳥が手を振った。「やめてください」ささやく。清雪は「恥ずかしいから。そういうの」椅子を音もなく引きながら「昭和流儀ですか?」

「平成流儀。あくまでいまふう。昭和のほうがエレガントでさえあったかもよ。なに飲む?」

「水でいいです」

「つまんねぇ奴な、おまえ」嘉鳥が笑った。「女、元気?」

「女?」

「連れこんだらしいじゃん?」嘉鳥はハオランの取り巻きのひとりだった。白雪革命集団と名乗る、一応は革命結社の構成員として、ハオランに二十年以上すがりつづけていた。「ハオさんから聞いたんですか?」

「彼女の部屋、…そのうえの。占領したって」

「いいじゃない?だれも使ってない。…怒ってないでしょ?別に」

「妬いてた」

「まさか」なんですか?唐突に、問い返した清雪に、嘉鳥は完全にふいを衝かれた。「なに?なにって」

「なんで、呼び出したの?」

「会合、あるから。おまえも、」

「また?ハオさんとこで?」

「来る?誕生日」と、そのときにようやく、清雪は汪黃鸎と名乗る老婆の誕生日が六月だったことを思い出した。白雪の、あるいは設立者でありそして、かたち上は主謀者だった。目を細め、そして嘉鳥を見た。嘉鳥はそこに、あくまで自然に笑み、そして、清雪をふとうかがっていた。その陰湿を、清雪は須臾、軽蔑した。「いつ?…いつ、ですか?」嘉鳥は思わず、声をたてて「…ごめん」笑った。云った。「あした」

「また。…なんでそう適当なんですか?」

「ってこともない。二週間前から、」

「準備なんてしもしないじゃないですか。嘉鳥さんたちは。迦虞夜が当日、ちょっと飾りつけるだけ」

「料理も出るよ」

「あの国籍わからないやつ?嘉鳥さんたち、つねに放ったらかしじゃない?というか、むしろ莫迦にしてます?ぼくを。どうせ、おまえ暇だろ的な、」

「事実じゃない?」

「そうでもない」…行きますよ。清雪は「どうせ、行かなかったら、」つぶやいた。「また、ハオさんから電話かかってくる。…でしょ?」

「知らないよ」その声の「ハオのことは、さ」不用意な、しかもあきらかな不遜を「ハオに聞け」清雪はそれとない軽蔑ととった。謂く、

   うつくしい、と

   しょ?…ね、でしょ?

   そうだったんでしょ?

   うつくしい、と

謂く、

   うつくしい、と

      わざ、と。聞こえは

    やや、とおく

     その耳に

   そうささやかれたに

      聞こえはしない、そんな

    あやうい背後に

     ふれてしまいそうなぎりぎりを

   そうであったに

      声。そっと

    かたむいた眼に

     過ぎ、とおり過ぎさせ

   違いなく、もう


   朽ちてゆく

   とめどなく

   枯れてゆく

   軽蔑。くちびる

謂く、

   朽ちてゆく

      まるで甲殻に

    知ってる。あなたは

     咬む。耳たぶを、舐め

   枯れてゆく

      とじこるように

    他人とは軽蔑。その

     幸あれと、咬みつきながら

   そんなくちびるに

      生き延びようと?

    対象。留保なき

     つぶやいても、いい?

   せめて軽蔑を


   笑った声を

   その声を

   声。いま

   澄んだ声。声を

謂く、

   笑った声を

      舞う。あまい

    唐突な嫌惡、という

     あ。莫迦っぽい

   耳障りでさえも

      やさしい、声

    その感情の、いわば

     翳り。ひだり眼が

   ありえない、澄んだ

      ん。夢っぽい

    理論的根拠をぼくらは知らない

     なぜ?いまさら

   声。声を


   日射し。ななめに

   射し込み、そこに

   獲得された

   醜さ。あるいは


   端正。もはや

   喪失された

   赤裸々に、そこに

   むしろ恥を知るがいい

謂く、

   日射し。ななめに

      歯に、爪を

    舐めて。そして

     あなたほど華麗に

   射し込み、そこに

      じぶんの。…ね?

    しゃぶって。しかも

     立ち回ったものなど。とても

   赤裸々に、そこに

      こころみてごらんよ

    咬んで、ちぎって

     聡明だったから

   恥を知るがいい


   たくましい、と

   しょ?…ね、でしょ?

   そうだったんでしょ?

   たくましい、と

謂く、

   たくましい、と

      ふれあいそう。そんな

    やや、昏く

     見捨てる

   見蕩れられたに

      あぶないすれすれ。しかも

    恍惚に近づく

     いくつか、いくつもの女たちを

   そうであったに

      ほのめかす、肌

    盗み見の直視

     冷淡。それは無防備な挑発

   違いなく、もう


   衰えてゆく

   すべもなく

   皴み、枯れてゆく

   侮辱。頸すじ

謂く

   衰えてゆく

      おびえて。ひたすらに

    あなたにとって、侮辱とは

     弱者。…ね?耳たぶを舐め

   皴んでゆく

      気弱に。あまりに

    恩寵だった。他人に投げて

     幸あれと、咬みつきながら

   そんな頸すじに

      被害者。あなたは

    与えた、…憐憫

     つぶやいても、いい?

   せめて侮辱を


   笑った声を

   その声を

   声。いま

   冴えた声。声を

謂く、

   笑った顎を

      ゆれ。フラットな

    無能も、愚鈍も、…だから自分の

     あ。こすりつけるに似た

   荒れはじめた肌を

      心地よい、声

    そんなのぜんぶ、もう

     ゆびさき。その

   高く、冴え切った

      ん。拡散。優美な

    知ってんだ。あなたは

     なに?不穏なあそび

   声。声を


   日射し。ななめに

   翳り。這う。そこに

   消し去れなかった

   醜さ。あるいは


   端正。もはや

   破綻しかけた

   赤裸々に、そこに

   恥辱にだけにまみれたがいい

謂く、

   日射し。ななめに

      背骨。痙攣を

    口をひらいて。そして

     あなたほど不遜に

   翳り。這い、そこに

      へしおれるほど、…ね?

    瞳孔をひらいて。しかも

     じぶんを、いちはやく見捨ててしまったものなど

   赤裸々に、そこに

      やってみてごらんよ

    のけぞり、わななき

     つややかな眉

   恥を知るがいい


   あなたの無能に

   容赦ない無慚に

   容赦なく日が

   あたためた肌に


   ぼくは無言の

   あなたに、侮辱を

   抉り出しちゃえば?

   双渺を。ぼくの

謂く、

   ぼくは無言の

      空虚。…と

    もう、終わっていたから

     ささやかない

   侮辱をささげた

      あなたはそっと

    ぼくが大人を辱めるべき一時期は

     なにも。その

   抉り出せばいい

      ほほ笑んで見せな

    すでに、手のひらは

     耳のちかくには

   ぼくの双渺を


   あなたの堕落を見てるだけだから

   あざわらいさえ

   悼みさえ、ぼくは

   憐れみをさえ









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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