青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -147 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//13





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





藤は、そしてこ慣れた。色気を出した藤は、無理やり四つん這いに背筋をのけぞらせた。胸郭筋さえ、そこに苦しいにちがいなかった。引き攣りながら、頸をそむけた。毎日道玄坂に通い、そして藤に食事をさせてやり、しかも素肌をさらさせながら清雪は、ゆびさきをさえふれはしなかった。また、筆か木炭を取ることも。ただ、藤のポージングが好き勝手に骨格をあばき、ふるえ、筋力の限界のさきに、やがてくずれた。笑い始める。その、藤に笑んだ。はじめて道玄坂に藤を連れこんだ時、滞在がやがて倦怠にふれかけて、気づけば夜の十二時をまわりかけた。藤に、紙幣を数枚渡した。藤は礼も言わなかった。卑屈もさらさなかった。ただ、鼻先に差し出されたゆびさき、紙幣の曲がりの微妙を見ていた。絨毯に、だから清雪は置いた。まだ電車があるかもしれなかった。終電時間の正確な記憶はない。そのまま松濤の脇を抜け、歩いた。代々木の部屋の鍵を開け、キッチンで水を飲んでいると、抜け目のない敦子がいま、たったいまもの音に起こされたかに、背後に近づいた。清雪は「どうしたの?」と、その声のななめに、うすい汗のにおいを、「今日は、なんか、」嗅いだ。心配しすぎて「おそいじゃない?いつもより」眠れなかった?そう、返り見ざまに言ってやったら、敦子はそこにどんな顔をしただろう。清雪は「…ごめん」自嘲した。「打ち合わせ」

「なんの?」

「卒業パーティ」

「ママも、」敦子は「喉、かわいちゃった」清雪の胸のすれすれに手を伸ばし、器用なゆびにペットボトルを取った。「コップ、使っていい?」水をコップにそそいでくれる清雪を、敦子は見ていた。ふと、「いつ?」

「なに?」

「パーティ」

「知らない」

「…って、」

「まだ決まってない。あいつら、決断力ないから」上手になった、と、敦子は、…噓が。思った。ことさら巧妙に、敦子は笑んだ。あるいは、すくなくともその努力はされていた。「がんばってね」ささやいた。その自分の言葉に、清雪を愛する自分をいまさらに「ママ、…ね」知った。「応援してる」

「ね、…」

「もう、寝る」どうしもうないいたたまれなさに、敦子はすでに耐えがたかった。流しではなく、敢えて清雪の手にコップを戻し、そして、「ママちゃんは、…さ、」慎重に「眠れないん、だ。最近」笑いかけた。「どうしたの?」

「片頭痛?…じゃ、ないけど。それの予兆的な、重いやつ」

「めんどくさいね。女って」

「いいな。男は」そして「じゃ、」踵を「…ね」かえした敦子を清雪はうしろから抱きしめた。まさに、そこに餓えた、焦燥の若い男がたっているかに。清雪は「…駄目」知っていた。そうしてやらなければ「やめて。清くん、」敦子がひとり「いまは、もう」眠れない夜をすごすことを。焦燥のない声に、「駄目だから…」そしてゆるめた腕を、奇妙に馴れきった腕が、払った。清雪は、敦子が振り向き見るまえに、俊敏に目を逸らした。床に、敦子の影を見た。「ごめん」ささやいた。敦子が。尽き果てそうな「…ごめんね」声で。噓だよ、と。数秒見つめたあと、早足に自室に逃げ込む敦子の足音に、ぜんぶ、噓…と。清雪は喉につぶやいた。あなたが見たおれも、見なかったおれも。鳩尾の底にそうつぶやきかけて、つぶやきおわるのをまたずに清雪はふたたび水をながしこむ。ペットボトルから、口に。垂れる。くちびる。その脇。そのままに。謂く、

   言えない。あなたを

   愛さなかったとは

   言えはしなかった。猶も

   愛していたとも

謂く、

   言えない。あなたを

      ささやきを

    愛という語彙に

     まるでひとつの

   愛さなかったとは

      いつも、耳は

    定義。正確なそれを与えきれはしなかったままに

     悔恨のように。逡巡、あるいは

   言えはしなかった。猶も

      ふと、ささやきを

    ぼくらはほら、愛しあえてる

     喪失のように

   愛していたとも


   つめたい、ね?ゆび

   ゆび。ゆびさき

   ゆび。爪さえも

   なぜ?つめたくて


   ささくれだって

      きざしてた。もう

    信じて、いいよ

     ほほ笑みを

   ささくれだてない

      あなたにだけは

    傷つける、とか。そんな

     きみに。無条件の

   あいまいなままで

      たとえば、苦悩、…と?

    そんなつもりじゃ、ぼくはなかった

     ほほ笑みを

   ささくれはじめ


   なぜ?つめたくて

   ゆび。爪さえも

   ゆび。ゆびさき

   つめたい、ね?ゆび


   あなたが、至近に

   そして、至近に

   その至近だけに

   捨て置いた、…なに?

謂く、

   あなたが、至近に

      ただきみの幸せ。その

    かくし通そうか

     まがった、指

   そして、至近に

      そのためだけに、と

    あなたの思いは

     ゆびが、なぜ?いま

   その至近だけに

      ぼくは、ふと

    あなたにだけは

     眉間にふれかけ

   捨て置いた、…なに?


   肌をよごした

   体液の?うすく

   ね、ね、知ってた?

   汗。にじむ


   大気をよごした

   体臭の?うすく

   ね、ね、気づいた?

   息が、吐かれる

謂く、

   肌をよごした

      むしろ。…ね?

    ぼくの、すべてを

     ね、…お願い

   大気をよごした

      生まれたことを後悔しててよ

    ぜんぶ。もう、ぜんぶ

     赤裸々なただ、ひたすらなただ、…なに?

   ね、ね、知ってた?

      ね、…お願い

    すべてを、ぼくの

     せめて、…ね?

   ね、ね、気づいた?


   あなたが、至近に

   そして、至近に

   その至近だけに

   捨て置いた、…なに?

謂く、

   あなたが、至近に

      知って。せめて。ただ

    さらけだされた

     まがった、指

   そして、至近に

      きれいだよ。きみは

    たとえば昼間の

     ゆびが、こめかみに

   その至近だけに

      すべて。だれよりも

    ひかりのなかでも

     硬直しかけて

   捨て置いた、…なに?


   つめたい、ね?ゆび

   ゆび。ゆびさき

   ゆび。爪さえも

   なぜ?つめたくて


   ささくれだって

      轟音。もう

    抱くたびに、ぼくは

     おだやかな舌が

   ささくれだてない

      すべては。きみの

    咬みつぶす。たとえば

     ぼくの名を舐めた

   あいまいなままで

      まなざしの周囲に

    比喩的に謂えば、あるいは渇き

     無音のままに

   ささくれはじめ


   なぜ?つめたくて

   ゆび。爪さえも

   ゆび。ゆびさき

   つめたい、ね?ゆび


   あなたを抱いた

   あの夜にさえ

   あたたかみ。肌は

   あざやかすぎて


   わたしを。肌

   まだ、肌をさえ

   あたためながら

   すれちがうようで

謂く、

   あの夜にさえ

      ぼくたちは

    しゃくりあげ始めるかもしれない予感が

     なすりつけること

   あざやかすぎて

      しだいに、ずっと

    喉。きみの

     あるいは、きみが

   まだ、肌をさえ

      怪物じみて

    こわい、と。ぼくは

     厭い、また、望み

   あたためながら


   あたたかいとは思えなかった

   あたためられたと

   あたためていたと

   あなたは、そっと


   あなたの喉に

   せつない声を

   切実な息を

   あなたのわたしのためだけに

謂く、

   切実な息を

      夜明けちかく

    つぶす。す

     壊されたものなどなにもなかった、と

   あなたのわたしのためだけに

      唐突な気づき。きみに

    息を。お、え?あ

     燃えた屈辱

   あなたのわたしのよろこびに

      あげるべきものなどなにもなかった、と

    つぶす。す

     冴えた朝焼けに

   ささげた息を


   あなたのわたしのよろこびに

   ささげた息を

   醒めたこころに

   あなたの喉を


   ふるわせ、けなげな

   ふぞろいのあえぎ

   不吉なまでに

   ふたしかな痛みは

謂く、

   ふれそうでいながら

      きみの突然の

    過失、と

     流れたのだろうか?

   まだ、肌にさえ

      まばたき。その

    すでにあなたは知って知りぬいていたのだろう

     時間は、どこに?

   あの夜にさえ

      不用意に

    過失、と

     ね、本当に?

   あたたかみ。肌は


   すれちがうようで

   ふれそうでいながら

   まだ、肌にさえ

   わたしには、肌


   あなたを抱いた

   あの夜にさえ

   あたたかみ。肌は

   あいまいににじんで


   つめたい、ね?ゆび

   ゆび。ゆびさき

   ゆび。爪さえも

   なぜ?つめたくて


   ささくれだって

      ないんだ。噓は、な

    あなたが、ただ望んでいたことを

     屈辱。傷みを

   ささくれだてない

      だから、ないんだ

    まるで、ぼくは

     咬ますしかないというなら猶もなぜ

   あいまいなままで

      噓。一秒さえも

    ぼくが、ただ望んでいたことと

     愛と、それを尊重するの?

   ささくれはじめ


   なぜ?つめたくて

   ゆび。爪さえも

   ゆび。ゆびさき

   つめたい、ね?ゆび


   あなたに、あげた

   あげたよ。そっと

   大量に、しかも

   絶望も孤独も


   傷みも望みも

   希望。破綻も

   あなたが、なにも

   くれなかったから









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000