青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -146 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//12
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
藤はすでに、清雪のあしもとに横たわっていた。仰向けて、頸を向こう、窓のほうに、そして無防備に。ほんの数時間前にはじめて出逢った男のまえに素肌をさらしているという事実を、その藤は清雪にも忘却させた。ずっと、ふたり、そんなふうにして生きてきた日々があって、その持続のなか、もはや倦怠をさえ感じているしかなかった、そんな。だから錯覚とは気づかれない錯覚の当然のなかに、ふたりはいた。とぎれとぎれに藤が告げた。藤は一人っ子ではなかった。姉がいた。父は実父だった。母も実母だった。親戚とも疎遠ではなかった。ものごころついた頃には、藤は素肌をさらした自分がひとりたわむれるのを追う、実父のカメラを知っていた。レンズに、なにかの反映する白濁。つめたい?やわらかい?とまれ、ゆらぐ白。いつからという記憶はなかった。八歳か九歳の頃、その裸を撮られるということが口外してはならないなにかなのだと、ふと、気づいた。だれに咎められたという記憶もない。十歳の頃には、倦みはじめていた。一時間ちかくにも及ぶ、週に一度程度の撮影は、あきらかに藤から時間の自由を奪っていた。そう思った。ときに、友達との約束さえすっぽかさなければならなくなったから。多くの場合、リビングのソファで藤は、そのまま身を横たえた。じぶんの体をゆびさきがなぞべきことを、あるいは自然に知った。または知らされた。どちらという、明確な記憶はない。姉は見ていなかった。四歳上だった。部屋に籠る時間が増えていた。母親は見ていた。撮影に、ときに助言した。翳りもない、あかるい笑い声を聞いた。藤に、あくまでも不快というべき不快の明確さはなかった。たとえば、不快の因子に不快にあらざる因子がぶつかり打ち消し合ったその、均衡を見ている、と、そんな。実父の手のひらが、さわった。ぶしつけに、しかもおもわせぶりに、ときになつかしむように、やがてはなにかを表明するように。そうして、日々がすぎた。十一歳の時も、部屋は姉と共有だった。二段ベッドのままだった。その日、家族のだれにも極端に冷淡だった姉が、寝ころんだままに下から声をかけた。変なことしてるでしょう?と。藤は答えられなかった。汚いから、やめて、「…ね」みんな、知ってるから、「…ね」そう言った。言われながら、藤はそれが何を差すのか、すでに知っていた。そして汚いという実感が明確ではなかった事実を、はじめて知った。同時にいま、自分の肌も環境も行為も存在もすべて、穢いという事実の赤裸々に、藤はあきらかに咬みつかれた。見出された事実のまあたらしさに、藤は怯えた。実父の目と指先を恐れた。母親のやさしい容認を叱咤、忿怒、軽蔑と解釈した。知らないうちに、知られきっていたらしい周知という事実に羞恥し、事実そのものへの不可触を藤は、当事者における異様な事実として戦慄した。十二歳の時に、中学校の男友達から言われた。お前、やばいよ、と。発言の意味がわからなかった。だから問いただした。そのときに藤は知った。自分の画像が、ある種のポルノとしてネット上に売買されているということを。男友達は情報の出所を告げなかった。厭いと憐れみが、彼のまなざしに共存しているのを、藤は見て取った。インターネットカフェで、仄めかされたとおりに検索し、または自分で調べながら、その複数のウェブページに入った。ちいさなアイコンの、目を隠された顔写真はたしかに自分だった。その頃にはすでに、肉体は実父のものになっていた。母親も知っていた。実父に抗えば、母親が詰められた。実母が詰められれば、その不安と悲嘆は藤に向けられるしかなかった。姉は両親に逆らえるタイプではなかった。柔順で、そしてやさしかった。家庭に、その風景が荒れた時には姉はかたくなに沈黙した。こめかみに硬直があった。藤とはもはや口も聞かなかった。嫌惡があったにちがいなかった。眼もあわせなかった。やさしさと嫌惡がかさなりあった。いつか藤も、それを模倣した。ネット上の闇売買を、藤は実父に糾弾しはしなかった。知っていた。家庭の風景がせめて穏やかであるためには、犠牲者が必要だった。荒廃を望むことなど須臾にもなかった。藤は自分になされるすべてを、ただほほ笑みのうちに容認した。事実、だれも惡人とは言いきれなかった。そして唐突な限界に、藤は家出した。限界の理由は、このときには言わなかった。清雪も問いただそうとはしなかった。いずれにせよ、それが三日前だった。スマホは家においてきた。GPSが怖かった。町をあるくのにも、恐怖があった。コンビニにも、カフェにも、それら監視カメラのレンズのこちらで藤は「だから、」あまりに「いま、」無防備だったから。「安心。…すっごい、」
「怖くない?」
「怖い?」われに返った藤が、あしもとに「…なに?」ささやく。清雪はまばたいた。藤がふと、目を細めた。聞いていた、その清雪の「…なにかが」声を。吸い込む。息を。藤は「…って、」そして「怖くない。いま、…ね、壬生さん」そこに、頸にくっつけられた顎が「壬生さんは、いい人でしょ?」皴んだ。「藤、…ね?」清雪は「わかるよ。だって」吹き出す。遅れて「女の子は、さ。いつも、」藤もようやく「やっぱ、敏感だもん」笑った。その日から藤は道玄坂に泊まり込んだ。謂く、
射して、差し
さしこむひかりが
昏く、あきらかに
暗いそこでは
謂く、
射して、差し
見てる。きみの
な。な。な、なにも
なぜ、だ、ろうね
さしこむひかりが
虹彩が、そっと
言わないよ。い。い
ぼくらは無能に
昏く、あきらかに
ある種の、…喜び?軽蔑的な
な。な。な、なにも
傷つけあったり
暗いそこでは
それでも猶も
肉体が昏く
あるべき必然を
ささやきかけはしなかった
あかるい夜に
夜があかるみ
そのあかるみに
昏い暗さは
謂く、
あかるい夜に
睫毛がふるえて
勝手に吐かないでください
ささやき声は
夜があかるみ
ふるえて、そして
吐瀉の飛沫が
波動。波立ち
そのあかるみに
きみが、沈黙を
靄がかります
塵りにふれ、散り
昏い暗さは
あかされたままに
寄り添うように
その声のひびき
暗い虹彩が
散らす。白濁
綺羅めき、ゆらぐ
にじむ。ほのめかす
無言。あくまでも
謂く、
散らす。白濁
いたたまれずに
ゆびさきが、きみの
目のまえで
綺羅めき、ゆらぐ
叫んでみなよ
きみに、ためらいを
きみの、眼。見つめ
にじむ。ほのめかす
耳を、ふさぐから
その二の腕を這う
ぼくは、…ん?まだ、見つめられたまま
無言。あくまでも
射して、差し
さしこむ翳りが
色を、あきらかに
かたちを、そこには
謂く、
射して、差し
ささやきに、きみの
な。な。な、なにも
歓喜を!唐突に
さしこむ翳りが
不穏な、そっと
見えなかったよ。み。み
やや自虐的。かつ
色を、あきらかに
かみ殺すような、…なに?
な。な。な、なにも
嗜虐。歓喜を!
かたちを、そこには
それでも猶も
肉体が昏く
翳る沈鬱を
消し去りきりはしなかった
あざやかな夜に
夜がただ昏み
翳る色彩に
眩むまなざしは
謂く、
あざやかな夜に
鼻孔が、なぜ?
ひそかに鼻をすすらないでください
あ。…と、いま
夜がただ昏み
ひろがる。そして
悲鳴じみたひびきが
うぶ毛に、目じりの
翳る色彩に
唐突な、ふるえ
渦をまきます
綺羅めき。ささいな
眩むまなざしは
あいまいなままに
蘇るように
その肉のかたち
隈取りの冴えが
あばく。さらけだす
いぶき、息づかう
肌。骨。かたむく
頸すじ。それでも
謂く、
あばく。さらけだす
いたたまれずに
髪の毛が、きみの
目のまえで
いぶき、息づかう
わめいてみなよ
きみに、突然の覚醒?
きみの、眼。なにも
肌。骨。かたむく
耳を、削ぐから
その肩を垂れる
なにも聞かないで。ぼくの、な、見つめられたまま
頸すじ。それでも
まるでなにも
なにも見出しは
見出しなどは
しなかったかにも
まなざしは、ふと
不確かに、不可視
不可視を、慥かに
まなざしが、ふと
謂く、
まるでなにも
自傷的事象
意味が。なんの、なに?
空間がゆがみ、自傷的なゆがみに
見出しなどは
事象は、あるいは
きみの過去。および
重力が生じた、そんなふうにして
不可視を、慥かに
ただ明白な自傷としてそこに
過去をきみが語る、その事象
惹かれあう、とか?
まなざしが、ふと
あしたは、きっと
晴れるだろうと
豪雨の予感を
もてあそびさえも
まるでなにも
なにも見出しは
見出しなどは
しなかったかにも
まあざしは、きみを
見つめて笑んだ
笑んで、見つめた
見つめて、笑んだ
謂く、
まるでなにも
走りださない?
意味が。なんの、なに?
眉間がゆがみ、自傷的なゆがみに
見出しなどは
ぼくらは、みんな
きみの未来。および
わななきが生じかけた、と、ふいに。そんな
まなざしは、きみを
ただしあわせを探しだすために
語る。きみが、未来を。その事象
ひび割れあう、かな?
笑んで、見つめて
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