青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -145 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//11





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





敦子が、武蔵小杉の室内に、いちいちアトリエを切ってやる必要はすでに、なかった。清雪は道玄坂のそこを自分のアトリエにしてしまっていたから。ソファは、おかれていたそのままを使った。ベッドはシーツをだけ替えた。雅雪の絵は手もふれず、置きっぱなしだったイーゼルだけ使いまわした。残された筆はすでに使える状態ではなかった。色付きのまま硬直したそれらはそのまま、捨て置かれていた。部屋の中で、藤は言われるまでもなく、その数週間の常として、部屋の真ん中に肌をさらした。床は、絨毯がしきつめられていた。千鳥ヶ淵のそれに似た。類似にひとり気づくたび、清雪は、あるいはハオ・ランの趣味をそれに見た気がした。壁に背をもたれた。絨毯に足を投げ出して、すわりこんだ清雪は、そこ、藤が好きなようにポーズをとるのを見ていた。指示は出さなかった。ガラス戸は閉められなかった。バルコニーから、だから醒めすぎた風が部屋を冷ませた。まだ、寒い。十度もない。藤の肌を、鳥肌が病ませた。藤は気にしない。自虐を、清雪はひとり、そのけなげに見ていた。いつもの例として、藤は最初の数分こ慣れない。見つめるまなざしへの緊張があって、こわばりがあって、いまだ桜も知らない春の冷気に、より骨格と筋を痙攣させる。最初の一日以外、…寒くない?清雪は「窓、しめよっか?」気をつかうのをやめている。藤の拒絶は知っている。藤がかたくなに、清雪のために大気の凍えにさらされていたいなら、その固有の幸福に彼女を引きはがす趣味はない。初日、…ね?「裸、見せてよ」そう、清雪が返り見ざまに言ったのは、あるいは探りを入れたにすぎなかった。切迫した興味ではなかった。または、肉体に見出された価値のせいでも。瘦せて、瘦せすぎたそれ。云ったあと、仮りに素材的なそれとはいえ、じぶんに興味があったらしい事実に思い至った。藤は一瞬、清雪を見上げた。腑に落ちない色があった。戸惑うまではいかない。餓えてないでしょ?と。そんな、気抜けした問いかけの無言を、清雪はただ風景として流した。すぐに、肌をさらした。藤は。脱がせれば、そこに、複雑な肉体だった。清雪は、そう思った。仕掛けるでもなく、たぶらかすでもなく、清雪はふと、照明を消した。藤は怯えなかった。ひだり眉をだけ、かすかにいちど跳ねさせた。夜。間接光。その曖昧のなかにだけ、おうとつのほとんどない肉体の貧弱は、華奢と過剰と饒舌をすさまじくひけらかした。ギュスターヴクールベ。あの肌。あの極端な繊細を、清雪はいまさらに思った。たしかに、肌とはこの、その、あのようなものだった。翳りとも、光りとも、なんとも名づけられない不可解が、ふくらむとも、くぼむともなんとも名づけられない不可解とともに、炎もなくただ、燃えあがった。藤は脱力の、その立ち姿のまま、清雪を見おろしていた。ふと、思い出したように見かけた清雪は「…いいの?」

「したいの?」

「恥ずかしくないの?」

「いいよ」

「なぜ?」と。言ってはじめて、その声のむれが尋問じみていたことに気づく。茫然としているに違いない。そう、清雪は思った。あるいは自分の顔も。藤は、ただ誘惑するかに笑む男のうつくしさを、夜光のなななめ見ていた。と、「知りたいですか?」笑みにくずれて藤は言った。「ぼくの、なに?身の上、ばなし?とか?…理由?…とか?」かさね、言葉をさまよわせるたび、藤はひとり勝手な困惑を眉に濃くしていった。「…別に」と。ややあってささやき、清雪はそのあしもとに胡坐を「きみの、」あらためて「好きにしたら?」かいた。謂く、

   羞恥。…と、いうより

   自虐。…と、いうより

   恍惚。…と、しかもついには

   不安に翳り


   せめてほほ笑み

   頬。その頬に

   笑む。その努力に

   頬は、あやうい


   ゆれを。くちもと

   まぶたも。そっと

   眉間。焦眉。ほら

   あやういばかり、と

謂く、

   羞恥?…ん、自虐?…え?

      まるで、ほら。もう

    見出し、語り

     抜け殻。それに

   恍惚。…あ、あるいは不安に

      立ち去ったものたち。その

    騙る。かたよる

     喪失のあとで。あとの

   眉間。焦眉。ほら

      抜け殻。そこに

    語り、見出し

     祭りに。ほら、いまも

   あやういばかりに


   矜持。ふいに

   ななめ。かたむき

   その肩。鎖骨に

   曖昧な、翳り


   と、なにを?と

   思わず問いかけ

   つぶやかれかけ、ん?

   喉。閉じ、なぜ?

謂く、

   矜持。ふいに

      敗残者。もう

    少年。そして

     比喩的に。だから

   その肩。鎖骨に

      破れていたひと。その

    少女は、そこに

     あやふやな、あくまでも

   なにを?と

      傷みをさらした

    と。まるでぼくは、ふと

     比喩のひとつ、と、して。…ん?

   喉は、なぜ?


   絶望。すでに

   胸もと。ひらきなおり

   あばらの波立ち

   ぶれつづき、翳り


   と、きみは、と

   ふとこぼしかけ

   つぶやかれかけ、ん?

   喉。閉じ、なぜ?

謂く、

   絶望。ふいに

      疲労。赤裸々な

    少年。そして

     比喩的に。だから

   胸もと。あばらに

      疲れきったひと。その

    少女は、そこに

     あいまいな、あくまでも

   なにを?と

      倦怠をさらした

    と。老いさらばえた男のように

     比喩のひとつ、と、して。…ん?

   喉は、なぜ?


   傷み。そこに

   黒点。ちぢこまり

   不用意なふくらみ

   おぼつかない、翳り


   と、いつ?と

   思わず云いかけ

   つぶやかれかけ、ん?

   喉。閉じ、なぜ?

謂く、

   傷み。ふいに

      過ちに、滅び

    少年。そして

     比喩的に。だから

   突起。黝ずみ

      滅ぼされたひと。その

    少女は、そこに

     あてどない、あくまでも

   なにを?と

      過失をさらした

    と。見出すのだった

     比喩のひとつ、と、して。…ん?

   喉は、なぜ?


   羞恥。そこに

   あばら。脇に

   せりあげた、骨に

   責められて、翳り


   と、もう?と

   なぜ、失望しかけ

   つぶやかれかけ、ん?

   喉。閉じ、なぜ?

謂く、

   羞恥。ふいに

      残存。ただ

    少年。そして

     比喩的に。だから

   その脇。あばらに

      のこりの日々を、そこ

    少女は、そこに

     しかも、執拗で明確な

   なにを?と

      生き延びるだけの

    と。すでに、もう生きられて

     比喩のひとつ、と、して。…ん?

   喉は、なぜ?


   悲嘆。いぶきに

   腹部。ふくらみ

   陥没。唐突に

   孔。昏い翳り


   と、オッケー、と

   ささやきはじめかけ

   つぶやかれかけ、ん?

   喉。閉じ、なぜ?

謂く、

   悲嘆。ふいに

      死滅した。もう

    少年。そして

     比喩的に。だから

   臍。いぶき

      ぼくたちは、その

    少女は、すでに生きて

     しないで、本気に。あくまでも

   なにを?と

      肉体。みずみずしさにさらけだしていた

    生きられ、生きられつくして

     比喩のひとつ、と、して。…ん?

   喉は、なぜ?


   羞恥。…と、いうより

   自虐。…と、いうより

   恍惚。…と、しかもついには

   不安に翳り


   咬む。ほほ笑み

   かくしきれない

   頬は、かたむき

   きみに見られない


   不安を。その眼と

   そのゆびさきと

   眉間。焦眉。ほら

   あやういばかり、と

謂く、

   羞恥?…ん、自虐?…え?

      まるで、ほら。もう

    見出し、語り

     亡骸。それに

   恍惚。…あ、あるいは不安に

      死滅したぼくら。その

    騙る。かたよる

     破滅のあとで。あとの

   眉間。焦眉。ほら

      亡骸。そこに

    語り、見出し

     祭りに。ほら、いまも

   あやういばかりに


   ほら、あしもとに

   昏い孔さえ。昏い

   開口。ふかい

   陥没。つめに


   いざないの息に

   吹きかけながら

   開口。すでに

   陥穽。ぼくらは


   飲み込まれる、よね?

   たぶん、破滅しか

   しないひと、だから

   ひき込まれる、よね?

謂く、

   飲み込まれる、よね?

      だれも、たぶん

    知ってる?少年。そして

     捨て置かれることを

   たぶん、破滅しか

      救わないから。ぼくたちは

    少女より、もう、老いさらばえた

     むしろ、選んだ。だから

   だから、破滅しか

      見捨てられることを

    いきものなんて、なにも

     捨て置くことも

   それで、いいよね?


   ほら、まんなかに

   ぼくらの、あいだに

   開口。ひろい

   遁れようのない


   惹き込みの息に

   あたためながら

   つま先。すでに

   舐めはじめながら










Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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