青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -141 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//07





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





慣れない路線に清雪は迷った。じぶんに知る唐突な無能に清雪は笑った。思ったより時間がかかって、渋谷に辿り着いた。時間はすでに午後七時を回った。道玄坂をのぼる。そして、ハオ・ランが使用を赦したマンションの高層階へ、エレベーターに入った。以前、そこに雅雪が入り浸っていたことはハオ・ランから聞いた。ほんの数語のほのめかしにすぎなかった。あえて探りを入れようとしなかった。かならずしも興味もない。だからこそハオ・ランが、口をすべらしたに違いないことも清雪は、ひとり感づいていた。部屋のドアを開けた。少女の、籠った体臭を嗅いだ。汗に甘味を濁らせたに似た、あまやかでためらいのない臭気。安藤藤が住み着いてからの数週間で、思春期の体臭はどうしようもなく充満した。清雪は、じぶんのそれをは嗅ぎ出さない。部屋はだだっぴろいワンルームにすぎない。ドアを開ければ右手にバストイレの壁面があって、左手に使われたことのないキッチンスペースの、その一応の仕切りがあって、やや正方形の正面にそのままべッドが見える。藤の姿は、そこに見えなかった。気にしなかった。居室スペースよりもひろい、北側斜線のいびつなルーフバルコニーへのガラス戸がひらいていた。むこうは当然、昏い。いつものことだった。清雪はふるい冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出すと、ペットボトルの半分を一気に飲んだ。謂く、

   ふと、唐突な

   失語感。ぼくが

   感じたことなど

   きみは。たぶん

謂く、

   ゆれる。ゆれ

      もっと、もっと

    ノイズを。そこに

     見上げただろうか?

   ゆれた。それ

      もっと、やさしく

    ななめに、耳の

     きみは窓越しに

   ガラス戸。しかも

      吹き荒れたなら

    やや、かたむいた

     あの夕焼けを

   ささい。ささやかに


   ふれる。ふれ

      髪をみだして

    どこに?サッシュが

     感じただろうか?

   ふれた。それ

      その髪に、頸を

    繊細に、しかも

     きみは、ひとりで

   しろ壁に。そこ

      くすぐられたり

    暴力的な、…ね?

     たとえば、悔恨?

   鳴り、ささやかに


   外は、風

      もっと、もっと

    ノイズに、ぼくは

     思っただろうか?

   上空の、風

      もっと、やさしく

    聞き耳をたてていようか?

     きみはベッドに

   風が、時には

      吹きあげたなら

    きみが聞きはしないから

     あの夕焼けに

   ふいうちにふいて


   ふと、唐突な

   目舞い。俊敏な

   そのまばたきなど

   きみは。たぶん


   ゆれる。ゆれ

      もっと、もっと

    吐く息。そこに

     返り見ただろうか?

   ゆれた。それ

      もっと、乾いた

    至近に、耳が

     窓越しのむこうに

   ガラス戸。しかも

      風であったなら

    聞きはしなかった

     気配もつたえず

   ささい。ささやかに


   ふれる。ふれ

      その乾燥に、きみも

    ふと、止めた。息を

     見ていただろうか?

   ふれた。それ

      やがては、ぼくも

    いきなりに、吐く

     きみは、横目に

   しろ壁に。そこ

      干からびきって

    その音を…ね?

     せめて、横顔を

   鳴り、ささやかに


   外は、風

      もっと、もっと

    錯覚。ぼくは

     見出してはいなかった

   上空の、風

      もっと、苛酷な

    聞き耳をたてていた。そこに

     ぼくは、たぶん、バルコニーに

   風が、時には

      風であったなら

    きみが聞きはしないから

     立ち尽くすきみを

   ふいうちにふいて


   ゆれる。ゆれ

   ゆれた。それ

   ガラス戸。しかも

   ささい。ささやかに


   ふれる。ふれ

   ふれた。それ

   しろ壁に。そこ

   鳴り、ささやかに


   とおい。物音は

   騒音は、とおい

   下方にひびき

   ひびきあがった

謂く、

   とおい。物音は

      翳りに、まるで

    むしろ、なにも

     見つけないで。まだ

   騒音は、とおい

      かくれんぼ。ほら

    ささやかれないそこで

     見ない。わたしは

   下方にひびき

      そんな気もなく

    ぼくたちは

     きみを見ないから

   ひびきあがった


   かすかさは

   ときにかさなり

   ささやか。ささい

   鳴った微弱な

謂く、

   かすかさは

      あかるみ、まるで

    むしろ、なにも

     見つけない。まだ

   ときにかさなり

      おにごっこ。ほら

    感じとられないそこで

     見ないから。きみは

   ささやか。ささい

      そんな気もなく

    ぼくたちは

     見られないから

   鳴った微弱な


   ひびき。耳。耳に

   ひびき。髪。髪に

   ひびき。頬。頬に

   ひびき。こめかみに

安藤藤とは、東横線のホームで出逢った。ホームの一番どんづまりに藤はひとり、電車を待っていた。清雪は改札をくぐったばかりだった。いちばん手前、歩きながらそこ、その女は立ちすくんでいるのだと思った。その時、そのまなざしは女をむしろ、清雪より年上に見ていた。あやうい、と、須臾、思った。女は、うなだれているのでもない。また猫背というわけでもない。まして髪を掻き毟るでも。ただ素直に伸ばされた綺麗なすじが、逆に女に決意を感じさせた。飛び込むに違いなかった。関係なかった。…ね、と。至近、とおりすがりの左手から声をかけたとき、返り見た彼女に目を疑った。清雪は、おもわず笑いそうになる。自分よりあたまひとつぶん、女はちいさかった。そしていまや鼻に狎れあわなくなっていた思春期の肉体の臭気が、そこ、肌の周囲に陰湿な籠りを見せた。未成年者だった。だから少女は、頸をかたむけた。なんですか?と。そう喉に問い返すかわりに。思えば、終点のこのホームで飛び込む人間などいるはずもなかった。よほど譫妄状態でなければ。その瞬間、清雪はその少女にこそ、じぶんの数秒のあきらかな錯乱の根拠をもとめた。それが、安藤藤だった。藤。その、十四歳になったばかりの頬が、うちとけた笑みなどにくずれるべくもない。ただ、すなおな茫然に、やわらかな恍惚をそえた。虹彩に綺羅がにじんだ。謂く、

   明確な翳りを

   光線。しかも

   複雑な、そこ

   ふたえ、みえ、よえ


   あきらかな色を

   肌は、ふと

   なにかを、そこ

   ふたえ、みえ、よえ

謂く、

   明確な翳りを

      たぶん、いちども

    みずみずしい。あくまでも

     昏い、まるで

   光線。しかも

      綺麗とは、きみは

    うるおいを、きみは

     咬みつきそうな。そのくせ

   あきらかな色を

      だれにも。きっと

    うっとうしそうに

     ただ、自虐しか知らない

   肌は、ふと


   たとえ、眼の前で

   きみが、そのとき

   飛び込んだとして

   ぼくは、…ね?なに?


   思わず、なにを

   つぶやいただろう?

   例えば声にも

   なりはしないまま


   声。ことば。声

   口に、唾液が

   声。ことば。声

   まばたきかけて

謂く、

   声。ことば。声

      錯覚。なぜだろう?

    悲鳴!と

     きみは、そこに

   口に、唾液が

      知ってた。もう

    背後に、だれか、だれ?

     やさしく、ぼくに

   声。ことば。声

      なにも起こりはしなかった

    女。声。悲鳴!

     見つめられていることを

   まばたきかけて


   明確な翳りを

   光線。しかも

   あきらかな色を

   肌は、ふと

謂く、

   明確な翳りを

      たぶん、いちども

    すがすがしい。あくまでも

     素直。まるで

   光線。しかも

      かわいらしいとは、きみは

    ためらいのなさ。眉は

     被虐者じみた。そのくせ

   あきらかな色を

      だれにも。きっと

    眉だけが、そこに

     ひとり嘲けているかに

   肌は、ふと


   たとえ、眼の前で

   きみが、血まみれに

   轢きちぎれたとして

   ぼくは、…ね?なに?


   思わず、なにを

   見出しただろう?

   例えば声にも

   叫びかけていた


   声。ことば。声

   口に、唾液が

   声。ことば。声

   まばたきかけて

謂く、

   声。ことば。声

      錯覚。なぜだろう?

    叫喚!と

     赦した。きみは

   口に、唾液が

      知ってた。まだ

    周囲に、だれも、炸裂

     ぼくが、見つめることを

   声。ことば。声

      なにも起こりはしなかった

    声。声。絶叫!

     ほほ笑むことも

   まばたきかけて


   明確な翳りを

   光線。しかも

   あきらかな色を

   肌は、ふと

謂く、

   明確な翳りを

      たぶん、いちども

    まぬけっぽい。あくまでも

     脆弱な、まるで

   光線。しかも

      いい子とは、きみは

    なにかを、きみ。口は

     くずれ落ちそうな。そのくせ

   あきらかな色を

      だれにも。きっと

    欠いていそうに

     ただ、憐れみを呼ばない

   肌は、ふと


   たとえ、眼の前で

   きみが、そのとき

   さらした死屍

   ぼくは、…ね?なに?


   思わず、なにを

   見せたの?その顔

   例えば声をも

   かけられないまま


   声。ことば。声

   口に、唾液が

   声。ことば。声

   まばたきかけて

謂く、

   声。ことば。声

      錯覚。なぜだろう?

    悲惨を!もう

     赦した。きみは

   口に、唾液が

      知りながら、ぼくは

    赦し難い、そこ。惨状

     ぼくに、見つめられることを

   声。ことば。声

      笑いかけていた

    混乱。声。悲痛に

     ためらう自分も

   まばたきかけて


   明確な翳りを

   光線。しかも

   あきらかな色を

   肌は、ふと

謂く、

   明確な翳りを

      たぶん、いちども

    その眼。あくまでも

     絶望?まるで

   光線。しかも

      守られたりは、きみは

    きみの眼。唐突に

     陰湿さのない、そのくせ

   あきらかな色を

      だれにも。きっと

    雪解けじみたあたたかみを。そこに

     ただ、未来を見せない

   肌は、ふと









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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