青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -136 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//02
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
二日後の夜、壬生の親父と、一族の誰からもそう呼ばれる壬生風雅の本邸を尋ねた。麻布台、桜田通りの手前。ロシア大使館を過ぎかけて、タクシーを降りた。小路にまがる。二十七日。気温は急激にゆるみはじめていた。朝、ひさしぶりに降った雨は、もう匂いさえのこさなかった。大使館の横、アメリカンクラブの裏にある本邸は優雅の名のもとに、改築されつづけた和洋折衷のでたらめを見せた。本館入ってすぐの、ヴィスコンティ侯爵まがいの来客用ティールームに時間をつぶす正則を見つけた。巨体の頸と肩をねじって、スマホにかがみ込む上半身がいたましく見えた。四十を過ぎて、まだ何年もたっていないはずだった。年にいちど顔をあわせる雅雪を基準にすれば、もう五十を過ぎてさえ見えた。さらに年のはなれた敦子に比べれば惨劇にすぎない。清雪は、不安。ふと、凡庸、と、じぶんにさえ滑稽に想えた不安を咬んだ。自分も、あるいはこのように醜く老いさらばえる時期が来るにちがい当然が、あやうく実現されることを感じて。しかし、そうとは思えない。故の、あいまいな違和がおなじ時に、おなじ場所にひろがった。自分はそんな年齢にまでは生きていないだろう。確証もなく、確定として不安は迂回されてしまう。正則にその須臾、声をかけなかった。正則がひとり、気配に顔をあげた。見た。清雪はすでに立ちどまっていた。そして、慎重に頬を、正則はゆるませた。清雪の笑みに、陥ったかに。「清、か…」ゆるみがようやく笑みらしいかたちを作りかけて、「ひさしぶり、…です、よね?」耳は清雪の声を聞いていた。あかるい声だった。腹立たしいほどに。十五、六歳。その、ほんの数年まえにいちど自分に殴りかかったときにさえその喉に、声はおなじあかるい、しかし冷淡なあかるさを散らした。ごくみじかい罵声の「…そう?」挑みとして。「そうでもない。…たぶん、…ほら」
「お正月に、」
「そう。…そ。親父に?」うなづきもしない。清雪は。その頸をふりさえも。冴えた笑みは正則に、ただ不穏なだけだった。少年が唐突に荒れた時期が、すでに過ぎ去っていて猶も。「お前、独立するらしいじゃない?」
「部屋、借りるだけ…」
「買う、だろ?」
「買う、の?」と、背もたれにのけぞる。正則。そして指先。ふと、こめかみをいじりかける。「聞いてみな。親父に」
「そう、云ってたんですか?」
「…と、おれは」ふと、「解釈した」正則が翳らせたまなざしの意味を、かならずしも興味のないまま清雪はさぐった。謂く、
豪奢。絵空事。その
華麗さのなかに
赤裸々。孤立。その
よるべもなさに
かたむいた顎に
反映が。グラス
クリスタル。ゆれる
影。ふるえ、頸に
謂く、
かたむいた顎に
しずけさ。まるで
孤独であったことなど
この町に住んだ
反映が。グラス
傲慢なほどに
いちども。あなたは
のけものたちであるかにも
クリスタル。ゆれる
町。しずかすぎた町に
あなたでさえも、たぶんなかったから
住民たち。そこに
影。ふるえ、頸に
瀟洒。他人事。その
不遜さのなかに
無慚。冷淡。その
犠牲者のように
まがった指に
水滴を。グラス
クリスタル。おちる
綺羅。ながれ、ふいに
謂く、
まがった指に
稀薄さ。それが
不幸であったことなど
この町に住んだ
水滴を。グラス
濃密なほどに
いちども。あなたは
彼等をつつんだ。まるで記憶を
クリスタル。おちる
町。しずかすぎた町に
あなたでさえも、たぶんなかったから
奪われたに似て。そこに
綺羅。ながれ、ふいに
ぬらしてはならない
大理石。朽ち
すぐ、水に
朽ち果てるから
霧雨のなかに
大理石。滅び
綺羅も、すでに
濁りを知った
謂く、
ぬらしてはならない
霧のように、霧
不思議だ。いつも
雨は、ぜひ
霧雨のなかに
靄がかるに似て
思った。雨が、この町に
ななめ。やわらかに
濁りを知った
霞のように、雨
似合うと。なぜ?
ふりそそいでいて。ぜひ
朽ち果てた
老いさらばえた、と
だれもがささやく
抜け殻、と
憐れむ。思わず
妹が死んで
その子が死んで
あなたも死んだ
ひとり残った
謂く、
老いさらばえた、と
知ってる。あなたは
あるいは、豪雨の
夜に、うすい
だれもがささやく
孤独じゃないから
その厖大な飛沫に
体毛。くちびる。その
抜け殻、もはや
不幸じゃないから
あなたが朽ちれば
周囲に芽吹き
ひとり残った
残らなかった
なにも。傷みだけ
もう、かなしみさえ
残らなかった
ひとり残った
頬に、くぼみが
朽ちたあなたは
不幸じゃないから
抜け殻、もはや
ふと、不穏。そしてゆるいささいな焦燥を。その
苛烈な日射しに
孤独じゃないから
だれもがささやく
笑んでさえ、そこに
あるいは、真夏の
知ってる。あなたは
老いさらばえた、と
謂く、
ひとり残った
あなたも死んだ
あの子が死んで
妹が死んで
憐れむ。思わず
抜け殻、と
だれもがささやく
老いさらばえた、と
謂く、
朽ち果てた
ひかりは、ぜひ
似合うと。なぜ?
悼んでいたかに、晴れ
濁りを知った
思わず叫んでしまいそうにも
思った。あなたが、この町に
靄がかるに似て
霧雨のなかに
やさしすぎて。ぜひ
不思議だ。いつも
霞むに想える、青
ぬらしてはならない
翳りを知った
綺羅も、すでに
大理石。滅び
霧雨のなかに
崩れ去るから
すぐ、水に
大理石。すでに
見る影もない
綺羅。ながれ、ふいに
クリスタル。おちる
水滴を。グラス
まがった指に
謂く、
綺羅。ながれ、ふいに
奪われたに似て。なに?
あなたでさえも、たぶんなかったから
しずかな目じりに
クリスタル。おちる
だれに?なにを?まるで記憶を
いちども。あなたは
濃密なほどに
水滴を。グラス
捨てさせられたかのような
不幸であったことなど
稀薄さ。それが
まがった指に
犠牲者のように
無慚。冷淡。その
不遜さのなかに
瀟洒。他人事。その
謂く、
影。ふるえ、頸に
住民たち。そこに
あなたでさえも、たぶんなかったから
不用意な睫毛に
クリスタル。ゆれる
のけものたちであるかにも
いちども。あなたは
不遜なほどに
反映が。グラス
気配を感じさせないままで
まさか。孤独であったことさえも
まばたきが。綺羅、と
かたむいた顎に
影。ふるえ、頸に
クリスタル。ゆれる
反映が。グラス
かたむいた顎に
よるべもなさに
赤裸々。孤立。その
華麗さのなかに
ひとりあなたが忘れらてゆく
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