青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -135 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//01
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
部屋を借りたいと申し出たとき、敦子が、反対らしい反対もしなかったので、壬生清雪はむしろ、あやぶんだ。申し出を聞き取った須臾、ほんの数秒だけ敦子は目を細めた。すぐに「じゃ、」と、「どこ?…どこにする?」問い返す敦子は、その笑みのしたになにか隠していたにちがいなかった。2014年、2月。清雪が、ようやく十八歳になろうという卒業間際、すでに鷹の台の美術大学への進学は決まっていた。進路には風雅、その一族のいわゆる壬生の親父も、正則も、敦子さえも反対した。理由はそれぞれだった。結局のところ、とりたててなにを言うでもなかった瑞穂をふくめ、承諾らしい承諾はついになかった。だから代々木の、敦子の3LDKを出るというのは、更に容赦ない拒絶にあうものとばかり思っていた。その朝、清雪は眉を、さらにだに泣きそうにかたむけかけて、そして、ふと、そこに笑った。
「なに?」ささやきながら敦子は、見て見慣れ得ないあの、泣きながら笑ったかに見えた眉から目を逸らした。清雪の「…意外。なんか、」声を耳は「駄目って云われるって、思ってた」しっかりと「…ママが?」聞き取る。「なんでよ?」
「ひき止めなくていいの?」
「だって、学校、山の中じゃない?」
「山、では、ない」
「ここから、なに?たとえば、電車で?通うわけには、でも、行かないんでしょう?」
「心配じゃないの?」
「してほしい?」ふと、清雪の側頭を撫ぜようとした指先を、そのほほ笑みは自然に避けた。敦子はわれに返った。そんな年ではなかった。もう。そんなことは分かりきっていた。そんな関係でもなかった。もう。それも分かりきっていた。だから、そうに違いなかった。清雪はやや翳る敦子の瞼の、しかし翳りをは訴えない瞳孔の無機質に、…ありがと。そして、そのまま敦子をカーテンのあわい翳りに放置した。謂く、
にあうだろうか?
素敵なあなたに
せめて、しろい
花。花汁があなたに
百合。ゆれて
百合。たとえば風に
にぎりつぶして
花。花汁があなたに
謂く、
にあうだろうか?
ゆびさき。たとえば
覚えてる?
焦がれたように
素敵なあなたに
鼻先を、そっと
なにも。うしないさえもしなかったままに
眉を、しかも
にぎりつぶした
もてあそぶように
覚えてた?
なぞりかけた。爪
百合の花汁が
覚えてる?
忘れられずに
覚えてた?
忘れ得ないまま
覚えてる?
忘れきれずに
覚えてた?
忘れたくもなく
謂く、
覚えてる?
なんだろう?…ね。残酷とは
ほら。これ
傷みを、ふと
覚えてた?
一千回忘れても一万回思い出す
きみの、絶望。指に
あまやがさせた。瞼
覚えてる?
もっとも辛辣な、…ね。苛酷とは
咬みつき、たれる
まばたきのたびに
覚えてた?
涙腺。あなたの
乾くままだから
喉。あなたの
平坦だったから
莫迦馬鹿しいほど
晴れた日だった
いたましいほど
明るい日だった
謂く、
莫迦馬鹿しいほど
力つき、ようやく
言い淀まないで。お願い
ほほ笑もうとした
晴れた日だった
そこに、そっと
ふいに、唐突に
いまさら、そこに
いたましいほど
ね?笑ったんだね?
喪失の、鼻孔。お願い
ようやく、力つき
明るい日だった
その頬に
だから、ななめに
日射しが、午後に
その頬に
この頬に?
あなたは、その目に
日射しに、午後に
この頬に
謂く、
その頬に
あたたかな
いつでもきみだけ、しあわせでいられた
なんでもないんだ
だから、ななめに
ひかりが、ぼくらを
いま、しあわせだと
なおも、やさしく
日射しに、午後に
なにごともなく
決意したから
あたたかな
この頬に
ほんのすこし
すこしだけ、…ね?
見蕩れた瞬間。一瞬、そこに
あなたの睫毛が
払い落すまで
降り落とすまで
まばたきに
撥ね散らすまで
謂く、
ほんのすこし
傷い?無理?もう
いつでもきみだけ、ほほ笑んでいられた
窓の向こうは
見蕩れた瞬間。一瞬、そこに
くずれそうに
笑みが似合う、と
勝手にあかるい
あなたの睫毛が
やわらかに、頬が
決意したから
窓のそとだけ
撥ね散らすまで
覚えてる?
忘れられずに
夜ごと、朝に
朝ごと、昼に
覚えてた?
忘れ得ないまま
夜にも、朝に
夜を思っても
なにを見ても
唐突なふいに
どこにいてさえも
まえぶれもない
記憶のなかに
その黄泉返りに
あなたは翳り
翳りに翳り
覚えてる?
忘れられずに
覚えてた?
忘れ得ないまま
覚えてる?
忘れきれずに
覚えてた?
忘れたくもなく
謂く、
覚えてる?
しかも、声。声を発しさえしまいまま
だれ?影を
失踪するに似た
覚えてた?
とり逃したの、だれ?
踏んだのは。そして
あしもと。たしかに
覚えてる?
ななめに、視線が
散らしたの、だれ?
ふまれた翳りを
覚えてた?
すがすがしすぎた
晴れわたる。午後
冷酷に見えた
あきらかに。午後
謂く、
すがすがしすぎた
窓には百合を
花が好きだから
しろい花弁は
晴れわたり、午後に
百合が花だから
愛されるべき
蕊も、茎さえも
冷酷に見えた
花でさえあったのだから
花は花だから
冴えた臭気のぶ厚さを
あきらかな、午後に
その頬を
だから、ほのかな
朱。にごらせた
その頬を
この頬を
ぬすみ見るような
上目に、朱は
この頬を?
謂く、
その頬を
ちぎられかければ
花が好きだから
表皮。花弁は、綺羅に
だから、ほのかな
怯えただろうか?
愛されるべき
はじかけれたように
朱。まなざしが
しろい、その色彩のままで
花は花だから
綺羅をはじいた
この頬を
ほんのすこし
すこしだけ、…ね?
言いよどむ瞬間。一瞬、そこに
あなたのうぶ毛が
払い落すまで
降り落とすまで
くちもとに
撥ね散らすまで
謂く、
ほんのすこし
窓際に、きみに
花が好きだから
ほほ笑めるかな?
すこしだけ、…ね?
秘密めかして、つぶせば
愛されるべき
たとえば手のひら
言いよどむ瞬間。一瞬、そこに
花を。笑ってくれる?
花は花だから
百合の残骸に
あなたのうぶ毛が
にぎりつぶした百合の花汁が
せめて、しろい
素敵なあなたに
にあうだろうか?
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