青空に、薔薇 ...for Jeanne Hébuterne;流波 rūpa -137 //ふれる。それ/いま、そこに/きみの瞼に/あおむけの//03





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





天井のうえのどこか、ななめに鳴る物音のかすかは、楓のそれと知れた。正則を捨て置き、壬生風雅の部屋を尋ねた。奧の和室だった。襖を開けに声をかけようとした時、その色を散らした和紙が勝手にひらかれた。鼻さき、微風とも言えない微風が、しかし、するどい。風雅の妻、瑞穂がわらいながら出てくるところだった。ひとり面食らった瑞穂が息を飲んだ。いかにも大げさに。最近、いつでも瑞穂の挙動は演技じみる。清雪は笑うしかない。息子の翳りとうらはらに「もう、…」老いてさらに「びっくりした。清ちゃん、」過剰に「…声くらいかけてよ」花やぐ。清雪がなにも答えないうちに、返り見た。夫にその、すでに目にあきらかな来訪を告げた。すべて、少女じみた。そして体臭を厖大な香水と化粧品の匂いが覆った。髪に、薬品の匂いがした。日ごとに違うそれら匂いの集合を、清雪は瑞穂の匂いと認知した。かたわら、はしゃぐ瑞穂がさわがしい。和室はひろい。二十畳程度ある。とりたててなにに使われるということもない。事実、箪笥ひとつない。空間以外には、なにも。衾に、風雅は自分で書と水墨の絵を描いた。張り替えのたびに、新たに書かれる。書きたくなれば、だから張り替える。あるいは、それだけのための部屋にすぎなかった。突き当り、衾八面の向こうに、実用の夫婦の寝室がある。いまや畳を板に張り替え、ベッドを持ち込んでいるはずだった。三年前の自損事故から風雅は左足を悪くしていた。ひきずるほどではない。雨の日に、日野のカーブにバイクを滑らせたのだった。そこから、骨折したまま自分で麻布まで帰ってきた。爆発しそうな車体に乗って、庭に人を呼んだ大声を瑞穂は笑った。およそ無駄肉のない長身の男は、敷かれた畳の中央に立って、表情もうかべずにただ、清雪を見ていた。清雪の耳に、空間をさわがす瑞穂の嬌声がいまや、遠く聞こえた。と、風雅は手招きした。妻のとめどない嬌声には「よう来たの。おまえ、」答える気もない。「へぇってけぇや」言われるまま、室内に入る清雪を見た。もっとも、座れとも言わない。言ったところで、畳に胡坐でもかくより他ない。胡坐をかけば、巨体を徒刑囚じみて見上げるしかなくなる。「聞いたで。ええつから。部屋、出るらしいの?」そして、風雅はとりあえずの「なんでじゃ?」笑みさえも「敦子が、」うかべる気づかいはない。「嫌か?」

「遠すぎますよ」

「どけぇに?」

「学校に」ほ。…か、と。風雅がひとり勝手にすわり込めば、清雪もしたがわないわけにはいかなかった。瑞穂は飽きない。声はあやうい頭上に散らされつづける。「どこらがええん?」

「武蔵小杉とか、いいかなって」

「あっかぁ駄目で」

「でも、いま」

「開発しょうても、あっかぁ駄目で」

「じゃ、」

「あっこがええん?」思わず清雪は、「別に、…」声を立てて笑った。「ぼくに、こだわり、ないですよ。どこでも。でも、」

「ええよ。じゃけぇど、マンションにしとけ。戸建てぁいらん」それだけ云うと風雅は手を振った。すなわち、行け、と。とりたてて用があるわけでもない清雪がひとり立ち上がる。風雅はもはや、眼にも追わない。ふと「あとで、」至近、「送っちゃる。敦子に、」瑞穂が「物件を、の」

「…あまいから」耳打ちした。鼻に「パパ、…ね?」匂う。複雑な「あなたにだけ、」匂い。瑞穂の「…ね?もう、」と、…あまいから。その殊更に媚びたあまい声に、清雪は倦む。謂く、

   夜。たとえば

   たとえ、こんな

   夜。今夜さえ

   たとえ、たとえば


   花散る夜も

   乾いた夜も

   さいなまれたの?

   言葉もないまま

謂く、

   花散る夜も

      たぶらかすように

    ひらら、ら、と

     ひとり。老いぼれ

   夜は、今夜さえ

      いたぶるように

    不穏に、いびつに

     匂う。臭気。その

   さいなまれ

      へばりつきかけ

    おくれ毛が。ほら

     混濁にしずみ

   言葉もなくも


   沈痛なふりを

   そのまなざしに

   ささげておくよ

   せめて、ななめに


   あなたが見ない

   背後の翳りに

   踏んだ。あなたの

   三重の翳りを

謂く、

   沈痛なふりを

      翳り。そこ。しかも

    いま、複雑に

     あきらかだった

   そのまなざしに

      かさなりつづけた

    うえから、そして

     きみたちの失敗のあやういかさなりに、ぼくは

   踏んだ。あなたの

      かすみさえしない。むしろ

    ななめ。よこから

     笑うのだろうか?

   三重の翳りに


   朝。たとえば

   たとえ、こんな

   朝。明けにさえ

   たとえ、たとえば


   花腐る朝も

   粉砕の雲にも

   なぶられていたの?

   望みもないまま

謂く、

   花腐る朝も

      からまるように

    びひひ、ひ、と

     朽ちる。華やぐ

   朝は、明けにさえ

      絞めつけるように

    不潔に、しめりに

     異臭のなか、その

   なぶられつづけ

      へばりつきさえ

    毛が。ちぢれ。肌

     惡臭にしずみ

   望みもなくも


   憐れむふりを

   そのくびすじに

   ささげておくよ

   せめて、正面に


   あなたに見えない

   背の真ん前に

   避けた。あなたの

   三重の翳りを

謂く、

   憐れむふりを

      ひかり。そこ。しかも

    いま、いく重にも

     あきらかだった

   そのくびすじに

      明確のないまま

    はすに、かたむき

     きみたちの失敗を、いつか

   避けた。あなたの

      疑い得ない、猶も

    あやうく、どこから?

     笑うのだろうか?

   三重の翳りを


   咬むふりを

   あなたを弑する

   そのふりを

   むしろあなたへの


   やさしさとして

   いたわりとして

   いつくしみとして

   やいばを向けて

謂く、

   弑殺のふり

      なぜ?ときに

    まばたきの、ふいの

     よろめきの手前

   むしろ、あなたへ

      足もと。その不用意な

    あさい闇。いつか

     そこに踏みとどまるというでもなく

   気づかいとして

      ふみはずしかけ

    思いましたか?あなたは、自死を

     なぜ?ときに

   傷み。野蛮な。やや唐突に


   姉の死。あの

   死。死がすべて

   すべてを壊して

   すべてが、と


   敦子は云って

   云って、そう、ふと

   しかも云いかけ

   まよいかけ、そっと

謂く、

   あの姉の死が

      笑いそう。けど

    いま、わたしは

     願ってる。あなたに

   すべて、壊した

      苛烈だったから。ぼくがひとりで

    息を殺す。そこに

     愛。美。幸福。あるいは

   そう云って

      笑ってあげない

    老醜をうかがった

     そしてやすらぎを

   ふと、まなざしが


   姉の死。あの

   死。死がすべて

   すべてをさらして

   すべてが、と


   云って、敦子は

   そう云って、ふと

   云いかけ、しかも

   まよいかけ、そっと

謂く、

   あの姉の死が

      右のほほだけに

    いま、わたしは

     願ってる。あなたに

   すべて、あばいた

      なぜ?引き攣けが。ひとりでぼくも

    息を忘れた。そこに

     愛。美。幸福。あるいは

   そう云って

      笑ってあげたら

    嗅がれた匂いが、ふと

     そしてやすらぎを

   ふと、まなざしが


   流れ、目をそらす

   とどまらず。しかも

   さだまらず。なおも

   流れ、かたむく


   子供の頃には

   ママは清楚で

   つつましく、そして

   あでやかで


   ちいさい頃には

   ママは不幸で

   しあわせで、そして

   なにか必死で

謂く、

   つつましく、そして

      あした、晴れたら

    見せないで

     大きな口。…ん

   あでやか。不幸で

      万が一にも

    わずかにさえも

     雲を飲み込み、ぼくらはそして

   しあわせで、そして

      晴れわたったら

    見せないで。わたしに

     絶叫を、むしろ

   いたましく。必死で


   あの死。あの

   傷みのあとに

   滑稽なまでの

   華美が加速し


   あの死。その

   華美の周囲に

   滑稽なまでの

   饒舌が散りかい


   轟音のように

   轟音のなかに

   わたしは生きた

   生き延びたように

謂く、

   轟音のように

      あしが、腫れたら

    見ていないで

     口。大きな、…ん

   轟音のなかに

      万が一にも

    須臾にさえも

     咬みちぎり、しゃぶる。咀嚼の歯には

   轟音の雨に

      腫れ爛れたら

    見つづけないで。わたしを

     絶叫を、むしろ

   溺れたように、と


   云って、敦子は

   そう云って、そっと

   云い澱み、猶も

   云いたらず、舌が


   ささやきを。そこ

   ささやきを、その

   無言に舐めた

   敦子は舐めた









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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