アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -107 //ふれていたのだ/あなたの目覚めに/その唐突な/沙羅。だから//06





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





謂く、

   傷いですか?

   いいえ。傷いだけです

   じゃ、死にますか?

   はい。死にましたから

そのまなざしがそこに、そっと横滑りしていった。ほぼ水平に。だからタオはまるで、わたしを忌んだかのように。しかも瞳孔はただ恍惚と自己陶酔のみをさらして。わたしはたしかにタオを見つめていた。不穏だったから。不用意なタオの挙動。そのひとつひとつが。そらされたまま、前ぶれもなくまなざしだけが翳った。そして、タオはささやく。彼女たちの言語で。わたしに。理解している。ささやきかけたのがわたしだという事実だけは。理解しない。それ以外には。なにも伝えないひびき。切実。ほんの、十にも満たない音節。彼女たちの言語としては、ややながいものの。なに?と。わたしが、そしてひびきかけるまえには、躊躇が。なに語で話せばいいのか、わたしは知らない。共通言語など、だから沈黙におちいりかけて、笑った。タオは。そこ。遠慮もなく声を立てて。もはやせせら笑いにすぎない。不快はなかった。むしろ笑んだ。ただ、愛想わらいとして。そして知った。中断を。タオの。わらう声。まるで、そこでわたしの無声の笑みがあくまでも場違いだったかのように。わたしに近づいてくるタオを、見ていた。あやうさがあった。たとえば目じりに。理由はわからない。すれすれにとまる。と、そしてタオはつま先で立った。くちづけようとした。避けた。だからひとつの条件反射として?わたしは。その須臾、なにも想っていなかった。ランの面影さえ。気づいた。すぐさま、その挙動は過失だったと。のけぞったわたしの、やや頸を圧迫していた顎。タオは呆気に取られて見つめた。虹彩に、やがて色彩が戻った。ゆっくり、ややあって急速に、タオ。恫喝と、警戒と、悲嘆と、懐疑と、それらさまざまな気配をからませた複雑すぎる色に、タオはひとり濁った。あくまでもそれぞれに原色の鮮明さで。タオが口を

   睫毛に

      ん?

ひらいた。声は

   猶も

      …っと

なかった。

   綺羅。しろく

      汗?

咬みつく?

   眉じりに

      手首

ちがう。

   あやういこめかみ

      ん?

ささやく?

   猶も

      …っと

ちがう。

   綺羅。しろく

      汗?

なに?謂く、

   傷いですか?

      絶望の?

    うつくしい

     顔。過剰なまでに

   いいえ。傷いだけです

      顔。それ

    たしかに。その

     血なまぐさいほど

   じゃ、死にますか?

      絶望の?

    顔さえも

     うつくしい

   はい。死にましたから

謂く、

   もろいですか?

   いいえ。もろいだけです

   じゃ、ぶっ壊しますか?

   はい。ぶっ壊れましたから

わからない。なぜ眼の前にタオが口をひろげたのか。歯が光っていた。唾液を感じた。匂いはなかった。ひらききって停滞する須臾もなかった。タオはすぐに目を閉じた。あくびに失敗したかの印象を残した。そうでないことはあきらかだった。タオがもう、赤裸々な軽蔑をだけわたしに向けているのに気づいた。恋などもう、醒めてしまったと?そしてあざけりのみが残ったと?だから、そこに見る男の無能。じぶんに口づけることも、受け入れることさえもできない、家畜じみたいくじなしの無能。おしつげがましいまなざしにだけ、タオはせせら笑う。きびすを返すと、奥に消えていった。それを見た。立ち去るのだと思った。右に曲がれば仏間に出る。だから、庭に出て、そのタオは自然に外に出て行ける。左にまがった。キッチンしかないはずだった。はずどころか、事実そうだった。わたしは、安堵した。なぜ?タオがすこしはおとなしくなるにちがいないと思ったから?なぜ?意図はなかったとは言え、拒絶されたかたちになったタオが騒ぎを起こしたわけでもなかったから?なぜ?わたしはソファに座った。そしてパソコンを開いた。謂く、

   もろいですか?

      絶望の?

    うつくしい

     顔。過剰なまでに

   いいえ。もろいだけです

      顔。それ

    たしかに。その

     血なまぐさいほど

   じゃ、ぶっ壊しますか?

      絶望の?

    顔さえも

     うつくしい

   はい。ぶっ壊れましたから

謂く、

   莫迦にしてる?

   女。ある女

   云った、…ね

   勝手に憐れまないでくれる?


   やめてくれる?

   女。ある女

   云った、…ね

   勝手に同情しないでくれる?

謂く、

   莫迦にしてる?

      まなざしの

    いつ?

     そこ

   勝手に憐れまないでくれる?

      かたむいた

    それら、ささやき

     ななめに

   やめてくれる?

      そこ

    いつ?

     直視

   勝手に同情しないでくれる?

大通りに、しかも陽光。ぶあついひかりのした、ひとびと。外国人含め、しかし込んでいるとは言えなかったひとびと。息づかいと体温と体臭を無数に散らしたそこ。全裸をさらす沙羅はあきらかに異形だった。ただでさえ沙羅は異形だった。顔の半分のケロイドによる変形のみならず、反対の顔の容赦ない美貌によっても。沙羅はひと目に、だから伺い知れるその運命がというのみならず、造形そのものが残酷だった。狂暴だった。同情、憐憫は、うつも沙羅をあやうく迂回した。ひとびとは沙羅のふいの異形を、だからさまざまなに警戒するしかなかった。虹彩の色違いが不穏を散らし「なんで?」

「なに?おれ?」なんで、…と、レ・ハン。かれが、「なんで雅雪はいつも、かなしげなの?」

   叫び、いま

      失墜。いっ、落ち

いつ?

   叫びながら

      落ち。ちっ、失墜

かれがそうささやいたのは。沙羅とわたしのためのホテルに何度目かにおとずれ、そして何度目かにも沙羅の目の、その目の前で愛し合った、そんな何度目かの、いつか。目。沙羅。壁のちかくに「おれ?」

「まるで、さ」

   悲しみなど

      はじく

「なに?」

軽蔑。沙羅は日射しのした、目にふれるもののすべてを、…本当に?あるいは「ひとりぼっちでいるみたい。いま」

「おれ?」

   感じなかった

      爪に

「ここに、」

その不均衡。美と破損の共存と相互破壊の両立。嘲笑?ようするに「まさか」

「なんで?…この」

   一瞬さえも

      はじく

「さびしい?」

どうしようもない矛盾が見せた、かたち上だけの「部屋で、いつも」

「焼いた?」

   苦悩など

      しずく

「雅雪は」

思い込み?「ちがう…おれは」

「かなしいの?…いま」

   あり得なかった

      爪が

「考えてる。いつも」

あるいは。たしかに軽蔑の沙羅が、実はそれが救いをもとめた懇願の切迫だったとあかされたとして、わたしはたぶんおどろかない。「雅雪は、」

「あなたのことだけ」

   須臾さえも

      はじく

「噓。…しかも勝手に絶望してる顔してる」レ・ハン。あざけるようなその顔がふいにわたしに接近を見せ、だから須臾のためらいもなくくちびるをうばう。そこに、くちびる。ゆがんだ…あざけり?おなじような。そっくりそのままレ・ハンの典雅な嘲笑を模倣して見せたかに、わらった。わたしは。その外光のなかに。おなじように、ひとびと。それら、無数のとおまきのむらがり。沙羅に、ひとだかり。辺境のそこに、彼らの一部とおなじように。

   なぜ?

      ぬったげる

笑った。

   あなたは、いつも

      顔に

聞いた。

   無防備ですか?

      汚物

背後にも、

   なぜ?

      ぬったげる

声。ささやきあっていた。ささやき?あるいはふつうに喉を鳴らしたにすぎない赤裸々な

   ぬったげる

      体毛が

声。

   肛門の

      うしろむきに

声。

   孔

      のけぞって

声。

   ぬったげ

      体毛が

ひとびと。彼らはいまや沙羅の周囲を取り囲み、散漫に、まるでそのとりまきででもあったかのように。下僕のように。家畜のように。沙羅。だから、褐色の、異形の沙羅は彼らを赦す。ざわめきを。彼ら、わたしたち。赦す。沙羅の稀有な異相に見蕩れていることを。褐色の肌は白濁の帯びを纏った。消滅する無数の綺羅。翳りに、とりのこされた褐色の赤裸々。残酷な反面の般若面の畸形を。狂気の沙羅。知性になど追放された沙羅。さらす。沙羅はそこに、くちびるが咬みついたままの熱気を、ラン。病んだラン。もとめるいちばんのものが手に入らなくて、もとめはしないいちばんの事象だけがその身を喰いあらしていた。ラン。発熱。だからわたしたちの失敗。ラン。寝室に、ベッドのうえに、添い寝されたわたしのかたわらに、ラン。あやしむのだった。わたしは。そこに、たしかにわたしを見つめつづけている明晰なランが時に、わたしのしらない須臾に自分勝手な恍惚に、——陶酔?おちいってしまう事実。だから、願い。見て、

   きみがひとりで

      ふと、と、

と。

   情熱を咬むから

      急激に

願い。

   ぼくはひとりで

      立ちどまった

いま、わたしをだけしっかり、

   冴えた目をして

      蝶

…と?懇願。

   鼻をかむ

      空間に

見て。不安?

   鼻が咬む

      とろけてしまった

ランのその

   ぼくを

      透明な

まなざしの不穏が、——不穏。不穏でさえなかった。なら、なに?だからやめて、と。おねがい。いま、わたしをここに、…と?ひとりにしないで、と?見ていた。そこに、発熱のラン。懊悩のラン。苦悩のラン。やつれを隠せない肉体。自分勝手に発熱にうずもれる。懊悩にうまり、苦悩に埋葬され、おぼれていた。まるで衆目に、その他人の目と目に気づかないまま自慰しつづけているかの、だから孤立。ランの。ランだけの。わたしも。わたしこそ。ランも。ランこそは?孤立。だから、「ダディは、」

「だれ?」

沈黙したままのくちびるが

「やさしい。ダディは、」

   聞いてる

      だ。いじょぶ

「…ね?」

傷む。かすかに

「かわいい。ダディは、」

   あなたの

      し。んぱいしないで

「それは、どっちの?」

ひらかれたままに

「いいひと。ダディは、」

   声を

      あ。んしんだよ

「そのダディは」

乾いてゆくその

「とおくに、ダディは、」

   聞いてる

      だ。いじょぶ

「だれ?」

しずかなだけのくちびるはやがて燃えあがってしまうのだろう。その身勝手な沈黙のせいで。極度に無慚な乾燥のはてに。謂く、

   手紙は、ほら

   あなたが書いた

   おさない手紙は

   いつ?いつ?


   燃え上がるだろう?

   わたしたちの滅び

   滅びのあとに

   焦土のどこに?


   日射しのなかで

   その直射に

   その苛烈に

   日射しのなかで

謂く、

   日射しのなかで

      いきものたちは

    赤い空に

     雨はいつか

   その直射に

      元気です

    褐色の雲

     むらさきいろから

   その苛烈に

      心配しないでくだ

    赤い空に

     すぐれた茜に

   日射しのなかで

謂く、

   日射しのなかで

   その直射に

   その苛烈に

   日射しのなかで


   焦土のどこに?

   滅びのあとに

   わたしたちの滅び

   燃え上がるだろう?


   いつ?いつ?

   おさない手紙は

   あなたが書いた

   手紙は、ほら









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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