アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -46 //沙羅。だから/その唐突な/あなたの目覚めに/ふれていたのだ//12
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
謂く、
見蕩れた目は
見失う。つねに
見つめた目は
盲目に落ち
孔ぐらのそこに
見つめた目は
見失う。つねに
見蕩れた目は
謂く、
見蕩れた目は
タイ・サーラ
きれい?
おなじ色かな?
盲目に落ち
きみの目に
きみが見た
沙羅。わたしと
見つめた目は
好き?
ブーゲンビリア
おなじ色かな?
見失う。つねに胸元に押しつけた顔が息ぐるしさにただ、あいまいな苦しみを知ると、ふと聞きとりはじめる。発熱する他人の肌に、耳。ひびき。聞いていた。体内にひびいていた、ひびき。とおい、とおくに感じる至近の、とおい、いくえの肉と肌のむこう、間接的な、しかも明確なひびき。おもわず声を立てて笑ったわたしに、…なに?と。それはささやき。ない。なにも、ささやきの音声など。ない。なにも、喉に。ない。なにも、その奧にも。ない。なにも、鼻孔にも。ない。ただ、わたしの耳をつねってみせた…つめたい。指さきだけがそう、…つめたい。やや。ささやく。…つめ、なぜ?ラン。いとおしいひと。ラン。もはややつれはじめていた
とおい海の
翳りは、そして褐色の
ラン。瘠せ?…
海のむこうで
肌の色彩を
あるいは。ランはすでに
きみたちは
染めて
知っていた。自分のうえに
下等な蛮人
いや濃く
乗り、かけた体重の強いた負担さえ思い至らなくなった男。かれが腹部に、押しつけられたかれが、耳が体内のひびきをかれが、聞いていたことを。知らない。ラン自身は知らない。聞いたことのなかった、そのじぶんの知らない。いぶきを。かれ。その鼻に、わらったかすかな息。唐突に。いちどだけのひびき。すなおに羞恥した。ランは。なにを?しかもそれをかくそうとした羞恥が、羞恥に邪魔されてかくしきれない。だから、さらに赤裸々に羞恥し、まどう。わたしは手首をつかんだ。ふたつとも。床に押しつけられて自由を奪われたラン。ただ、わたしに体内のいのちのひびきを聞かせる以外にすべがない。まなざしはななめに、床の上に点在する日射しの撥ねた綺羅。あやうくかさなることのない、やがて至近にながれた翳りの帯びの、奇妙な繊細を見出しながらしかもラン。まなざしはそこになにも
まるで、おもわず
まばたき
見ない。その
失語したように
まばたきかけた
心には、ただ
わたしたちは
睫毛に
羞恥のみが。
ささやく。なぜなら
翳り
恥じらいが
わたしたちは
まばたき
ゆらいで、
無防備だか
まばたきかけた
知っていた。わたしは。その顎を庭のほうにたおしたランは、かならずしも意識のないまなざしに庭を?なに?ブーゲンビリアを?なに?もしくはすこしはなれたなに?それは、タイ・サーラの樹木?なに?翳り。それらのどれかがなげていた翳り。土。すこやかな、臭気のあるそれに。あくまでもその表面に。翳り。綺羅めき。その散乱を覆う、翳り。または、翳り。その散乱を、破壊した綺羅。だから、
まるで、おもわず
いつ?
ラン。その
なりひびいていた
わたしたちが
まなざしは、
轟音に、耳を
幸せだった、その
そこに。わたしと
ふさいだかのように
時は
おなじように。
そっと、ひそかに
いつ?
そこに。わたしたちは、
耳を、澄ま
わたしたちが
沙羅の白い樹木をは見なかった。あまりの高みに繁茂した葉の隙、不穏な黴がしろく寄生したに似たしろい翳り。ちいさな花々。まばらな、厖大な、隙だらけの横溢。わたしのまなざしのなかにはタイ・サーラ。うす桃色。地の底から燃え上がる野蛮なかたち。激しい対立の繊細。その凶暴。野卑。わたしはときにまばたきながら見、見つめるとまでは言えない淡い失語の中に見、耳を、ランの体内にあくまでも耳を澄ましお母さん、と。あの花を喰い散らす飢えた女。花に飢え、飢えるしかなく想えた女。花粉に彩られた肌。そこに見捨てるように立ち去りながら、ラン。その離れ。もと、牛を飼っていた場所?通風孔からのみ光を投げた土間。ずさんな仕切りの部屋から立ち去り、ふと、思い出したように
狂人には、花
あげるよ。きみに
ささやいた
花だけが似合うから
きみだけに
ラン。ほんとうに?聞こえた気がした。振り向きざまには、笑顔のなんともなさ。ラン。その苛烈な痛みを、わたしは咬んだ。ランのためだけの笑みのこちらに。ランのかなしみ。傷みにすぎなくなったかなしみ、…悔恨?咬んだ。わたしを。咬み、咬みつく息づかうものを噛む。咬みちぎる。わたしは、はじめてあったとき、ランにあるいは或る決定的なちかさを感じた気がしたのは、…噓。あるいはふたりの母なるひとの、その噓。苛烈な翳りが存在するという共通性のせい?ふたりの、噓。母なるひとの翳りの色に、なんら噓。まじわるところなどないままに噓。なにも、ラン。はじめてあったランはそこに、彼女に翳りがふれたことなど、まったく感じさせはしなかった。すこやかにつややかだった、ラン。赤裸々な
噓。なにも
見ていた。そこ
女性美。わたしの依頼主が
感じなかった。わたしは
うわ目づかいに
サイゴンの教会近くの
したしみなど
あなたは、…なぜ?
百貨店に出店した
あなたに、それ。なにも
その自虐的な
日本料理店。その
したしみなど
恥じらいは
事務所に、なぜか
自分勝手に色めいた
なぜ?…そこ
まともな挨拶をわたしにだけは
他人の、それ。なにも
サイゴンの、もはや
しないまま、…恋?と
したしみなど
容赦ない光り
その冷淡と羞恥。それらが
清楚ぶった
窓の向こうに
まじりあわない温度の
妖艶。それ。なにも
サイゴンの光りは
相姦。ふと
わたしは
赤裸々な
そらされた眼に
感じなかった
灼熱を
知った。わたしは。ランのわたしへの思いを。周囲に横溢するまなざし。現地人。代り映えもしない。老いさらばえはじめながら、わたしは恋されるには充分うつくしかった。サイゴンに、そこの男たちとは雰囲気のちがううつくしい、そして華奢な男。その孤立。きわだち。東京でのそれに変わらない羨望。群れ。警戒。群れ。降伏と自虐。群れ。まなざしに匂わせた女たちは、それぞれに発情した色に染まり、わたしは倦んだ。わたしを
見ないでください
燃えるんだ
ほほ笑ませた。たいしてなにも変わらない、ありふれたランの
恥じらっています
ふいに
まなざし。
ふれないでください
爪が
気配。決して
せつながっています
責めるんだ
わたしを直視しない
吹きかけないでください
ふいに
双渺。着衣にかくされ、ほのめかされた肉体。そのかたちそのものの
苦悩しています
第二間接が
奔放。失笑にもちかく、頬はゆるみ、しかも
忘れないでください
まがるんだ
不用意なゆるみの意味を、わたしは
かなしがっています
ふいに
知らない。海外新規出店のコンサルを依頼した顧客はもと、ホストだったときの客だった。その男。歌舞伎町に、キャバクラの女たちをはべらして喜ぶ。そのくせ成功率はかぎりなくゼロに近い。店に遇いに来た。連れた女たち。その男自身に対するよりもあけすけなしたしみをかくさない女たち。しょせん知った顔。わたしのほうにこそ接近する肌。まなざし。それらの距離に、気づかないふりをふところの大きさと誇って男は、ひとりじぶんの矜持とたわむれた。稀薄な付きあいは、稀薄をこそその根拠として長くなった。ホストをやめ、カフェの経営に専念しはじめてからも男は店に、頻繁に通った。待遇は良かった。社長の知人だから。男は満足した。開店のたびに、歌舞伎町流儀の花をくれた。代々木上原にも。表参道の北青山にも。南青山の三丁目にも。笑うしかなかった。ことさらに、上原で歌舞伎町はいびつだった。ハオ・ランは十数個もの胡蝶蘭の鉢をくれた。かならずならぶ祝いの厖大な蘭。はかなく黄ばんだしろい基調の花びらのうるみに、男はいつだったかささやいた。…これ、自虐のある笑みをうかべ、女だろ?お前の。無記名だったから。その花は、いつでも。…みたいな、もんかな?男がまばたく。やめとけ、と。やばいのに、手、だすなよ。声を立てて「毟られるぞ。おまえも」笑った。「おれみたいに。ケツの毛まで」ハオ・ラン。およそ、彼…彼女?が、勝手に見出したうつくしさを持つ男たちのうつくしさに、奉仕するに似てたわむれる以外、なんら興味をしめさない存在。無駄な永遠をひとり、無駄に生きるしかない少女。…少年?ベトナムがそのドイ・モイ政策の結果、これから伸びるべきあたらしい商業地ないし産業拠点として注目されはじめたときに、…親日国だよ。親日?親日。…って、ん?中国と韓国とインドで、さ。ほら。失敗したから、さ。…から、つぎは、云った。男は、ホー・チ・ミンの百貨店に店を出す、と。ヴィンコムという名の、ベトナム資本の、現地におけるフラッグ・シップ的な百貨店。現地の、伊勢丹的な、さ。…ちがうか。丸井?ちがうか。イオン?なんだ?男のくちぶりに後進国。発展途上国。東南アジア。下位の生き物たち。かれらに、かれら羨望の日本という恩寵をあたえ、飼いならしてふんだくる、と?そんな、当時の、いまふう殖民地主義とでもいうべき気配が匂った。わたしは笑んだ。すくなくともそのヴィンコムのトップは、その男を百人あわせてもかなわない富を、大陸の南の社会主義国家で築き上げているに違いない。食い物にされているのはどちらのほうだったのか。当時はまだかの実習生制度が機能しはじめる、ないし機能不全に陥るまえで、日本国内でベトナム人を見ることは稀れだった。すくなくとも、わたしは日本で彼等を見かけた記憶はない。もっとも、額に国籍をぶらさげて歩く人などいない。ものの見事に、わたしがベトナムに渡ってから、日本で彼等は急激に溢れ返りはじめた。2016年。清雪のいない日本に、未練はあるべくもなかった。その不在こそが、日本に在った必然が清雪だったと、後付けの理由をくれていた。一年の契約だった。数か月は、真面目に店に
我々が、須臾にも
大日本ハ
顔を出した。現地人の
殖民地地主義者でなかったことなど
タダ純粋日本人ノ
管理者たちに
ない。我々が
純粋日本人ノタメノ
文句をいうためだけに。熱を出して
須臾にも文化搾取者でな
国土デコソアッタ
ホテルに引きこもったときがあった。大したものではなかった。稀れにとは言え、習慣的に発生する扁桃腺の発熱にすぎなかったから。たしか、ソンという名の、…つづり。ベトナム語のつづりは忘れた。かれ。男性管理者にだけはメッセージを送っていた。現地で濫用されるZaloというアプリケーション。それで。居住していたのは、庭園つきの外人用低層ホテル…リゾートホテルのできそこない?とにかく、建物のすべてがしろい。午前の浅い時間、まどりみのなかに、血相を変えて見舞いに来たのはランだった。だから、その、およそ愛想のなかった女、まともに会話をかわしたことさえもないランは、御大層にアルバイトの女をひとりつれていた。通訳だった。ふたりの両手いっぱいに
洪水です
ほら
水。くだもの。どこかで買った
もうすぐ空が
見つめ合うしか
おかゆ。それらを
洪水です
ないのだから、ね?
無理やりかかえて。アルバイトの女は、大学生だった。たしか、イェン?。だからYen。日本語は、私塾で勉強した程度。ランは英語が上手だった。他の現地管理者と同様に。わたしの外、日本人側はだれも英語がはなせなかった。わたしさえ、片言だった。だから、イェンはいつでも重宝され、バイトには隠されるべき情報も、イェンはすべて知り尽くしていた。その事実がいつか、彼女に自分が特別である自覚をあたえた。いつか管理者たちの間諜じみた、管理者たちにさえ不快な女に仕上がった。ランがホテルのドアを叩きならしたのは、ソンが見舞いに行くと、…We go to hotel、と?だから、莫迦の日本人にも理解できようできる限りクォリティをおとした英語で。連絡をくれたほとんど直後の数分のちだった。ホテルのわたしの部屋のドアなら、いればいつでもあいている。ソンなら知っている。それをあえて叩きつける、まるでスムースなクリミナルに追い詰められたエニーのノックに騒がしたソンに舌打ちした。もう、マイケルは死んだ。いやいや身を起こした。あけてやった木製のドアの重量のむこう、わたしはひとり血相を変えたランを
がおっ
食べちゃうぞ
見た。大丈夫?と、
がおっ
舐めちゃうぞ
ささやいたマイケルが狼男だったとして、たぶんエニーはこんな切迫をさらさない。わたしをおしのけるように、わめき声に散らばるランを、…どうして歩きますか?イェンがあわてて通訳した。もっと大量のことばを、ランはすでに叫び散らしていたはずだった。要約すれば、それだけのことだというのか、こ慣れた間諜イェンの手抜きだったのか。イェンは、わたしより発熱して見えたランのいきどおりのかたわら、そっとしずかに笑んだ。眼とくちびるに。ふと、ふしだらに思った。
「ノックするからだよ」
わたしは云った。暴力的に、だからなげつけるようにわたしをベッドに寝かせた。ランが。そしてたぶん、ホテルの文句をいいながら掃除をはじめたのだった。そんなランの、気のすむようにまかせた。イェンはやる気なく付き合しかなかった。
「熱がありますか?」
「あります」
「いくつ…いくら…どのくら」
「わかりません」と、熱のせいで、いい加減に笑ったわたしの額を、イェンはもの思わし気にふれた。大声をたてた。果物をあらっているキッチンのランに。
やばいよ!
ごごごごごって
ドラゴン・フルーツ。
空に
ほら
そして、たしか
大噴火だよ!
がががががって
キョムキョムとかいう名の、やわらかな棘にまもられた赤い皮。しろい透明な身を隠した、——ライチの一種?それから、もうひとつ、まあ、ライチ。たぶん、似ているがライチではないライチ。ヨークシャーテリアとプードルくらいは違うのではないか。日本語でなんですか?いつかイェンに聞かれ、ライチと言った。違います、と真顔でイェンが
言語はすべて
むいて。む
答えた。憤慨と
対応関係になければならない
やさしく。いとおしく
軽蔑。笑うしかなかった。また、
人間はすべて
むいて。む
青りんごのちいさいもの。さらに、赤い、たしかマンとかいう名前だったはず。水分と繊維質の大量な、いかにも渇きと熱とをいやしそうなもの。マンゴー。そしてそれがイェンのチョイスだったことが知れた。部屋の中で、もはやなんでも自分でやらなければ気が済まなくなっていたランは、マンゴーだけタオの剝くまま放置していた。監視のかたわら、嘲笑交じりの文句を言いつづけながら。しかも、すべての須臾にわたしにだけ、かたくなに視線をなげないままに。ランの剝いた、キョムキョム?…やわらかな棘のライチ。それが半分だけ皮を外されて並んだ皿を、眼の前にあえてイェンがさしだす。食べろ、と。イェンは慣れた、しかしかすかな情熱の温度をかくしきりはしないでいるまなざしに、至近に、そして唐突に
放熱。ふと
かたむく。くまのみ
笑んだ。
いそぎんちゃくさえ
ふと、性転換。ふと
ベッドの
放熱。ふと
かたむく。くまのみ
真ん中。寝ころんだままの、そしてランに厳重に毛布をおおいかぶされたままの、そんなわたしのせいでイェンも、ランも、ベッドのそれぞれ両端に腰かけ、身を乗り出しているしかない。ランは横を向いた。ただ窓の方を見やった。ふと、そのままの頸に、そっと横目がわたしを注視した。わたしはイェンに、頸をふった。
「たべ…」と。
タオは言いかけて、「たべ…」ふたたび、そして、ふいのあきらかな焦燥に、自分勝手に瞳孔を狂わせ、「たべ…」
「ろ?」
「られ、ません」と、そして、たぶんその疑問形であるべき音声の最後がひびきはじめないまま、振り返りざまのランの指先が差し出す。うばい取った棘つきのライチを、くちもとに。
ほら
じゅくじゅくです
くちびる。
ほら
完熟です
わたしの。その、
ほら
ずくずくです
ためらいのない
ほら
完木菟です
至近。ランは、ひとり思い詰めた眼に、わたしを見つめていた。もはや悲劇的なくちびるが、通訳者イェンに話しつづけているのは知っている。急激な早口。さらに知っている。片腕をついたランが前のめりに、そしてそこに孤立した彼女の匂いをばらまいていたことも。その髪。または肌。あるいはうすいしろいブラウスの
発情するんだ
みみずくが
生地さえ。あいまいな
ぼくたちは
咥えた
間諜イェンは、手にあまる
だから。哺乳類たちが
みみずを、新鮮に
通訳業務を完全に
発情し
みみずくが
放棄した。ランに、ベトナム語で口答えした。ランは猶も口走り、口走りつづけ、イェンを、しかしまなざしは捨て置く。わたしに請求する。双渺は。訴える色。余裕のない色彩。うるおい。虹彩。瞳孔。まなざしは、いそがしい。くわえた。わたしは。ラン。差し出されたやわらかな棘つきライチを。剝き実のうるおい、透けるしろをくちびるに舐め、すこし吸えば、ランのもはや敏感なゆびが押し出す。なんの抵抗もない。口蓋に飲み込まれてしまう。ひたすらなうるおい。舌ざわり。容赦ない繊細。なにより微細な甘やかさを散らした果肉の、…なに?快感?舌が?歯と舌。それらが、ややてこずって、果肉と種とにわけた。まよいもないランの二本の指。なぜか中指と親指が、鼻先のすぐ至近に、不穏。あまったゆび。まげられた二本よりむしろ、ふれあう近さにとまり、ふるえもせずに。匂った。果汁。あわい、かすかな、そしてそのあわさかすかさに、急激に褪せてしまった冷えた指先の
発熱する
耳に
匂い。染めたのは
哺乳類たちが
ぼくは、あえて
果汁。さがす。
唐突に
静寂を、むしろ
さがし、ふたたび
発熱する
探り当てていて
嗅ぎ取ろうとした。そこに、ランの指だけが匂わすべき、彼女の匂いを。わたしの右手が手首をつかんだときに、ランは須臾、なんの反応も見せなかった。もう、そうなるべき事を事実として知っていたかに想えた。そんな、ただ一瞬だけの留保ない確信が、わたしに迷う自由を奪った。ランを押し倒した。押しつぶした。骨格の下に。須臾の確信はもう、赤裸々なとまどいと剝き出された怯えすぎなかった。悲鳴。ちいさく、なぜか周囲を気遣いながら
なに?…それ
傷みが
立つ。イェン。
なに?いま
舌に。ふと
それは
ふきこぼれそうに
付け根。なぜ?
ランではない。あたまのうしろ、ななめうえ。その、しかもななめ横に、イェン。彼女の。気付いた。手に持っていた皿がひっくりかえされたのだった。ラン。叫び声。その切れ端さえ、たてられなかった。恐怖?わたしに、たとえば、ランが絶叫してしまうにちがいないという?恐れ?ひび割れたひびきへの?まさか。ランの
なに?…それ
泣きそうなくらい
くちびるは、もう
なに?いま
もうなにもかも
わたしに
ふきこぼれそうに
放棄したいくら、なぜ?
ふさがれていたから。だから、赦しのないくちびるに。歯頚のかたちさえ暗示された、押しつけられたくちびる。なにが起るのか、なにを見ているのか、イェンはいまだ分かり切らない。空白のイェン。その空白の、鮮烈なままたちあがってイェンは、ひらかれたリビングのドアに飛びのいた。須臾の返り見。あわてて走り戻る。耳打ちした。わたしに。となりに部屋は、います、と。文法上の過ちはそのまま、逃げ込んだ。云ったそのとおりに。髪の毛と口臭を一瞬だけのこして。暴力?それは。そのときに、わたしの腕が、だから露骨な発熱に汗をにじませながらランのブラウスを剝ぎ取ったことは。ひきちぎるように。ひきさくように。ランのくちびる。のど。わずかな言葉も、せめてもの制止のささやきも、なにも知らない。匂うほどにつややかな、うつくしい女性。そのうつくしい肌をそこに、すべてさらしたときにようやく、ランのみぎ腕だけがじぶんの腹部をそっと、ふれた。羞恥とためらい。抵抗。それら、やる気のないきざし。わたしはランを
なぜ?
滅びますよ。あした
奪った。
わたしたちは
大気が
混乱と、…歓喜?
飽きもせず
蒸発するので
歓喜に似た、よろこびなど入り込む隙きのない純粋な混乱に、ランのまなざしはたぶんただ赤裸々に白濁した。白濁してあるしかなかった。ランの燃える惑い。それにはかまわず、彼女がはじめて知ったあたたかな白濁は、しかも発熱の温度をさえうつして、彼女のやわらかな粘膜に滲んでいったのだろうか。謂く、
知らない。わたしは
おなじ時間に
きみが見ていた
その風景は
知らない。わたしは
おなじ場所に
きみが見ていた
その風景は
かさねあう肌
かさなりあうまま
ふれあったまま
ふれあう肌
謂く、
かさねあう肌
傷みなら
おぼえてる?
肌を、ゆびが
かさなりあうまま
なぜか、傷かった
ふと笑った。君は
ゆび。這うまま、ゆび
ふれあったまま
知っている
ななめに飛ぶ蠅に
這ったままに
ふれあう肌
知らない。わたしは
おなじ時間に
きみが聞いていた
そのひびきをは
知らない。わたしは
おなじ場所に
きみが聞いていた
そのひびきをは
感じあう肌
感じつづけた
あせりつづけた
あせりある肌
謂く、
感じあう肌
こわさなら
おぼえてる?
顎を、爪が
感じつづけた
なぜか、こわかっ
あらがい。君は
爪。撫ぜたまま、爪
あせりつづけた
知っている
肱にふんだ髪
撫ぜたままに
あせりある肌
知らない。わたしは
おなじ時間に
きみがふれていた
その肌ざわりは
知らない。わたしは
おなじ場所に
きみがふれていた
その肌ざわりは
盗みあう肌
盗まれたまま
なすりつけたまま
なすりあう肌
謂く、
盗みあう肌
怒りなら
おぼえてる?
眉を、くちびるが
盗まれたまま
なぜか、怒りが
喉がなった。君は
くちびる。歎く。くちびる
なすりつけたまま
知っている
ためらいの須臾に
歎いたままに
なすりあう肌
知らない。なにも
おなじ場所に
おなじ時間に
知らない。きみも
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