アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -44 //沙羅。だから/その唐突な/あなたの目覚めに/ふれていたのだ//10





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





謂く、

   謎めいた男は

   うつくしく笑む

   謎めく隙なく

   無防備に、彼は


   謎めいた男は

   容赦なく笑う

   いきつく暇なく

   無慚に、彼は

謂く、

   謎めいた男は

      飢えたことなど

    なぜ、いつも

     眉が、好き

   うつくしく、容赦なく

      ないくせに。須臾も

    渇望を?

     ややぎざつき、あらい

   無防備に、彼は

      渇いたことなど

    なぜ、きみは

     好き。眉が

   無慚に、彼は沙羅の舌のうごきに、レ・ハンのそれを思った。沙羅がそこに生えた体毛をそっと歯に咬んだから。沙羅が笑った、そう思った。笑った声などなかった。息も。肌に、そのみだれなど。レ・ハンはけっしてそれそのものをは口にしない。それを。彼の倫理規定だったのか。たしなみか。レ・ハンは破廉恥をエレガントに変えてみせる魔法をだれよりも知っていたというのに。鮮烈に、しかもはげしく、なんら迷いなく。たぶん、かれとしてはあくまでも理論的な拒否。乾いた方法論の行使。ただ、わたしたちがその方程式に気づかないだけだ。だから、モーツァルトの音楽そのもののように不穏なだけで、擬態された心地よさの横溢の優雅。繁りを、くちびるでは咬まない。レ・ハンは。慎重にくちびるを剝いた歯でだけ。くちびるに茂みの尖端がふれそうになる。笑みの唐突な消滅。上目遣いに、ときにはふいのつめ先が繁茂をはじいた。手入れの行き届いたさくらいろの爪。ややあって、レ・ハンは

   大日本ヲ

      肉体トハ

笑った。あざけるように。

   神ノ国ト知レ

      自壊スル力ノ

レ・ハンに、わたしだけだったとは

   日本国人ヲ

      横溢デコソ在レ

想えない。そもそもうつくしいレ・ハンにいちいち誘惑する必要はなかった。周囲に焦がれた眼差しは散乱していた。女たちは一様にレ・ハンに苛まれた。絶望的と、絶望的な失望。絶望的な屈辱と、絶望的な嫌悪。悔恨と、そして絶望的に断ちきれない憧憬。雨の日に、…いつの?だから、パンデミックの前?…もっと、ふれあいはじめて一年くらい?…かれがまだ肌をよごした白濁の臭気を嗅ぎ、そしてあざける瞬間をわたしと持っていたころ、「ベトナム人じゃないんだよ。実は」

「ハンが?」

ささやき返すわたしに、だから「…ぼくが」雨。雨の音。ふりはじめればふりやむまでふりそそぐしかないから。ふりそそぎつづければそこに、ふれるなにかがひびきたつしかないから。だから「…でも、いま」

「不法滞在。あくまで」

   雨の日は

      シカリ

ひびき。そして「名前は?レ・ハンって」

「偽名…というか」

   雨。その

      死ヘノ希求コソ

臭気。レ・ハンの「じゃ、ハンは」

「そう呼ばれてるだけ」

   雨の日は

      報恩ノ

その拠点をなした家屋「なに人?」

「必要?それ、」

   ささやき

      唯一的

ダナンの海ぞいの「…なに?」

「雅雪は、」

   ささやきあうしか

      現実的形象デアル

再開発を待つ「国籍は?」

「なに人?…国籍なんて」

   すべがないから

      シカリ

更地。荒れた「どこで?」

「生まれたとこ?」

   雨の日は

      死ヘノ憧憬コソ

草。繁茂「どこ?」

「日本」

   雨。その

      尊皇ノ

まばらな「日本人じゃない?」

「入管だよ。隔離された」

   雨の日は

      唯一的

家屋。開かれっぱなしのドアは「入管?」

「難民。カンボジアかどっかじゃない?」

   だきしめて

      現実的具現デアル

窓も「日本で育ったの?」

「まさか。知らない?日本の入管の惡名」

   だきしめあうしか

      スベテ

無造作に、だから「逃げた?」

「追い出された。…んじゃない?母親が」

   すべがないから

      真ナル真心ハ

臭気。雨の「何歳の時?」

「だから、一歳とかじゃない?」

   雨の日は

      野垂レ死ニヲ求メ

ふりやむまで「じゃ、」

「強制退去。笑う」

   雨。その

      無駄死ニヲ愛シ

ふりつづけるしかないそれら「笑えないじゃない」

「いや。だって、難民だよ?」

   雨の日は

      シカ在ラントスル

雨の、或る「帰れない?」

「帰ったらやばいわけでしょ」

   しかも、赦し

      真ナル忠義ハ

みもふたもないほどに薄汚れた「拘束されたの?」

「しらない」

   赦しあうしか

      ソノ究極ニ

陰湿な、しかも「なんで?…自分の話じゃ」

「捨てられたから。だから」

   すべがないから

      スベラギノ御姿ヲモ

どこかに清冽の「カンボジア?」

「プノンペンの空港。トイレに、」

   雨の日は

      見失ウ。シカリ

きざしていた匂い。「まじ?」

「噓かも。ぜんぶ」そして、レ・ハンは

   雨。その

      自死ヘノ愛ノ

笑った。声を立てて。わたしの

   雨の日は

      白熱ノミガ

胸の上で。あえてベッドはつかわなかった。レ・ハンが購入していた古い家屋の床は、ここにありふれた様式をそのまま踏襲し、冷酷な御影石に白濁と翳りを流す。六月だったのか。雨がふりそそいでも猶、大気は熱気を孕んでいた。水分は熱気をやや醒ませかけただけ。スコールのサイゴンのように。御影石の、背中にふれた最初の冷酷が、もはやあたためられてしまっていたのがなぜか悲しかった。レ・ハンのゆびさきが、二の腕をなぞった。左のそれを「…本当のことだけ、云ってよ」

「なにも確証が与えられていないときも?つまり、噓とほんとの、証明がなにも、」

   きみに、ほら

      スベテノ異邦分子ヲ

「近いことを、限りなく本当に近いことだけを、言ってよ」

   きみに降る、雪

      屠殺セヨ

「どこに?近さなんて、どこに?本当の事があくまですがたをさらさないとき、どこに?」

   その雪は

      スベテノ下等分子ヲ

「本当だって、いまおまえが思うことだけ、言って」

   きれいでしょうね?

      排除セヨ

「カンボジアとベトナムって、サイゴンのさきでつながってるから。…知ってる?国境沿いちかくの大通りのわきで育った。育ての親みたいのが、いま云ったような話をしてた。それが本当なら、母親が、だから本当にカンボジア人なのかどうかもわからない。経由してただけなのかも。強制送還に経由ってあるの?…わからないな…知らない。だから施設みたいなのに収容されたみたいだよ。そこから、ある人物が引き取った、と。で、そいつから、その育ての親に渡された、と。こういう身のうえの子だからっていわれて」

「まず、お母さんはどうなったの?…もう子供連れって解ってるわけでしょ?で、子供いなくなってるんでしょ?そんなにいい加減なもの?」

「知らないよ。だから。いい加減だったのかもしれない。それとも空港で逃げちゃったとか?自殺しちゃったとか?殺されたとか?知らない。施設から引き取っただれかっていうのが、それがでたらめ云ったのかもしれない。育ての親がでたらめを言ったのかもしれない。全部でたらめかもしれない」

「育っての親って、なに?」

「カンボジアのマフィア。武器の密輸。…薬物。人身売買。その他」

「そいつが実の親じゃないの?」

「見れば分かるよ。親じゃないって。顔があまりにちがうもん。…わからないどね。DNA鑑定なんてさ、…で、逃げた」

「彼等から?」

「早いよ。十歳の時。虐待、ひどかったから。生きるため。戦うため。いつか彼らをぶち殺すため…もう、どうでも良くなったけど…」

「赦した?」

「赦さない。いまなら血まみれにしてやれる。百回の百倍回半殺しにして、生まれてきたこと後悔させてやれる。…でも、そんなことのために今更いま生きてるかどうか、どこにいるのかもわからないやつ探し出すの?…人生は短くて、もっと素晴らしいものだよ」

「…そんなふうに思ってないでしょ?」

「盗み。十歳の餓鬼なのに。とにかく盗んで、忍び込んで、盗んで、逃げて、逃げまくって、盗んで。十三歳くらいまで自分がいったいどこの国でいま生きてるのかよくわからなかった…って、それは、噓だけど。文字見ればわかる…ただ、あれ?ここどこだっけ?ベトナムだっけ?カンボジアだっけ?ミャンマーだっけ?…って。でも、知らずになんかその国のことば話してるのね?笑えるでしょ?十五くらいのときはラオスにいたな。そこから、山づたいにこっちに来たんだから。ダナンとかに」

「じゃ、ハンは、」

「ね?」…なに?と。ふとそうつぶやいたわたしの声に、レ・ハンは沈黙で返した。唐突なその数秒、わたしはレ・ハンの息づかいだけを鳩尾の肌に感じた。…知らないよね?

「なに?」

レ・ハンは息にだけ、やさしいかれの笑いをほのめかす。「言って」

「ラオスの雨が、好き」

「ラオ?」

「山の中の…」

「いい匂い?」

「くさい。…めちゃくちゃ陰湿。きたない。きたならしい。」

「じゃ、」

「いきいきした、繁殖。土の中の細菌たちがあふれ出る匂い」謂く、

   愛した。なにを?

   雨。雨を

   散る飛沫を

   愛さずにいられず


   偽りのようにしか

   ささやき得ない

   侮辱のようにしか

   ふれあえない

謂く、

   愛した。なにを?

      なんか、燃えそう

    耳に傷いよね…

     嫌いなの?

   雨。雨を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   散る飛沫を

      燃えそうじゃない?

    傷み、嫌い?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず


   愛した。なにを?

   花。花を

   切る残酷を

   愛さずにいられず


   偽善のようにしか

   いたわり得ない

   嘲弄のようにしか

   告白できない

謂く、

   愛した。なにを?

      破裂そう

    自傷って感じ…

     嫌いなの?

   花。花を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   切る残酷を

      吹っ飛びそうじゃない?

    おれ、花じゃない?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず


   愛した。なにを?

   海。海を

   見切れない色を

   愛さずにいられず


   夢のようにしか

   あらわれ得ない

   羞恥のうちにしか

   肌をさらせない

謂く、

   愛した。なにを?

      完全、とまっちゃえばさ

    だまらせたいよね…

     嫌いなの?

   海。海を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   見切れない色を

      歩けそうじゃない?

    動きすぎじゃない?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず

・・・

   愛した。なにを?

   潮。波を

   赤裸々な臭気を

   愛さずにいられず


   鷄と鴨しか

   口にできない

   小走りにしか

   歩けない

謂く、

   愛した。なにを?

      火、つけたら燃えそう

    なつかしいよね…

     嫌いなの?

   潮。波を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   赤裸々な臭気を

      発火力ありそうじゃない?

    くさいの、嫌い?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず


   愛した。なにを?

   金。金を

   投げ捨てるいたずらを

   愛さずにいられず


   煮た真水しか

   飲み込めない

   軽蔑を添えてだけ

   寄り添えあえる

謂く、

   愛した。なにを?

      基本、無能でしょ?

    すげぇ、燃えねぇの…

     嫌いなの?

   金。金を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   投げ捨てるいたずらを

      使うしか意味ない

    知ってた?嫌い?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず


   愛した。なにを?

   男。男を

   しなやかの美を

   愛さずにいられず


   男はじょうずに

   見事にわらった

   エレガントにすぎ

   莫迦ばかしかった

謂く、

   愛した。なにを?

      なんか、とけそう

    じょうずだよね…

     嫌いなの?

   男。男を

      なに?

    なぜ?

     嫌い?

   しなやかの美を

      入りそうじゃない?

    咬まれるの、嫌い?

     嫌いなの?

   愛さずにいられず







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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