アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -42 //沙羅。だから/その唐突な/あなたの目覚めに/ふれていたのだ//08





以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。





謂く、

   ブーゲンビリア

   しろい花

   しろい花を

   つつみかくした


   擬態の葉ゞは

   しろい花を

   色褪せさせた

   しろのあざやか

謂く、

   ブーゲンビリア

      ゆらぐまま

    綺羅らぎ綺羅ら

     ふらら

   擬態の葉ゞは

      ゆらゆら

    さわがしい

     散れば

   しろい花らを

      ゆらぐまま

    綺羅らぎ綺羅ら

     ふらら

   つつみかくした沙羅の息づかいが止まなかった。耳の至近にさわぎつづけ、あるいは沙羅が、まるでそこにひとり、なんら遠慮もなく発情しているかにも。その息の至近にだけ、あくまでも独りよがりな発熱を撒き散らして。感じた。肌は。どこのそれというでもなく発熱体の熱量。散乱。知っている。飛散。沙羅に発情の、霧散。事実などないことは。たぶん沙羅は、いちども。人間が咬みしめる、発情というべき情熱の、その明確なかたちなど。沙羅。わたしの鎖骨のかたちを確認するたわむれの舌。だから、熱狂。舌はただ、じぶでじぶんにたわむれる。そんな孤立をさらし、しかも投げつけ、なすりつけ、孤立させる。わたしを、そこに。寝起きに沁み込んだ夜の間の汗の味覚を、沙羅の舌は感じていただろうか。どんなふうに?ふしだらな沙羅。ふしだらでさえあり得ない沙羅。だからふしだらさの事実もない笑い。あざ笑った。レ・ハンは、沙羅を。…ほら、と。見て。「動物みたいでしょ?」股を

   見て

      ややかたむいて、花

ひらいていた。そして

   見て

      ひっくりかえって、花

ふと、そこに残されていたらしいそれを思い出したようなくちびるのひらき、不用意に差し込んだ指に確認して、沙羅。わたしがレ・ハンにつられて来たときの「野放しなの?」

「野放し?」

軽蔑?それどころか憐れみをこそ、素直なこころに素直にさらしていたわたしに、…放し飼い、だね…と、耳打ちしたレ・ハンは、「わんちゃんといっしょ」残酷?「…ここらへん、わんちゃん、ぜんぶ放し飼いでしょ?」辛辣なレ・ハン。いつもにも増して、「道路の真ん中で、寝てるの、見ない?」知った。レ・ハンが、知性の欠損した同一種に対して見せる差別の容赦なさを。彼にとって、沙羅と彼自身とは謂わば階層のまったき差異をさらす、無縁、無関係の断絶そのものに他ならなかった。わたしにはそう想えた。すくなくともそのときには。「でも、あなたは、…」と。そこにささやけたわたしは、躊躇。須臾。しかも「おれに」ささやき。「押し付けるんでしょ?」

「いやなら、」レ・ハンの「来なければいい…それだけ」軽蔑。いつか「…義務なんか、」わたしにむしろ「ないから」向けられていた。笑った。わたしが。おもわず声を立てて、そのひびきはレ・ハンに、あるいは自分への軽蔑の存在をだけ感じさせていたかもしれない。いずれにせよその九月二十一日の朝、沙羅の陰湿なまでになめらかな、極端にキメの細かい褐色の肌はわたしの胸から下の皮膚、そこらじゅうにさまざまにふれ、ふれながらしかも、ふれている事実に沙羅は気づかない。ただ舌のたわむれにだけ没頭していたから。たわむれに孤立。気づかれなかった孤立の存在。だから、不在。自慰めくしかない戯れにもはやわれを忘れていたわたしの後頭部をそっと、なぜた。そのラン。手のひら。ふたつに、つかむように。

   苛酷をだけ

      ふりそそげ

日曜日だった。

   わたしたちは

      香り立つ

いつの?

   愛するのだから

      硫黄の雨が

わからない。たぶんランがまだ、わたしたちにいつか自然に子供がうまれると信じていられた頃、…いつ?Covid19のパンデミックの頃?…、の、あやうい前?昼間。正午にまではいたらないものの、深い

   翳る

      きみの眉尻が

午後。たかい日射しが庭に

   きみの睫毛が

      そこ。ふと

跳ね飛んだ。わたしを照らす。ひと眼を気にしない、だからさらされた肌を。ふとももを。正面の庭が見えていた。木戸のすべては開け放たれていた。仏間。ひろい家屋。その宏大な仏間に、…ラン。仏壇の電飾。ふれあう素肌に、おなじく素肌の汗を味わわせ、その気もなく。羞じるともなく。気づきも、だから、わたしの舌が、汗を知った肌の味覚に夢中になっている事実には、あくまでも。唾液。そして肌。そしてしめる。汗。それら、匂いの匂いたつ好き放題な匂いを、ただただ混洨させた腹部は、やさしく

   いたっ

      まぶたにも

息づく。なぜる

   傷いくらいに

      ね?いま

手のひらが、抱きしめるように

   いたっ

      ひかった

わたしを、その肌に

   抱きしめあえば

      汗が

おしつける。抗わない。わたしは。ふしだらにすぎたかもしれない。あるいは、みだら?昼日中から肌を、すべてさらしたふたりの、しかもたわれるだけの肉体のかさなり。かならずしももう若いとも言えないふたりの、まるでようやく知った異性の肌に、慣れきらない不用意な没頭。そんな。だれかの目があれば、迷わずそむけるだろうか。あるいは、嘲笑をのみ投げる?吹き出してしまう?そうにちがいない。知っている。しかも、そこはわたしたちの、隔離されたしょせんは陸の孤島だった。樹木の浅い茂み。あまりにも巧妙に、翳りのかさなりにふかく隠されたわたしたちは、だから孤島に置き

   ん?

      ふるえた

去られたひと?人付き合いのいいわけではないたしたちに訪問客などあろうはずもない。だからためらいもなくわたしたちは素肌のまま家屋をさまよい、庭を歩く。笑う。ブーゲンビリアの木影で

   ん?

      ゆらいだ

愛し合う。あるいはココナッツ。タイ・サーラ。奧の沙羅樹。楽園?…たぶん。そこは、わたしたちの。だから、愛の?無防備で、赤裸々な。擬態した。ランは。ときに、彼女が興奮をいま、

   ん?

      ふるえかけるよ

咬みしめた、と。わたしもおなじく、そしてやがて、それはほんとうであったかにも飲み込みはじめる。妄想と擬態は、わたしたちを。声も。どんな声を、どんなに立ててみせようが、なんの心配も

   ん?

      ゆらぎか

ない。つつましいランは、そもそも稀れに喉にひっかかった濁音の息を、飲み込むに似せて吐くだけだから。腹部の皮膚越しに、わたしを体内に飲み込んでしまおうと?唐突に、ランのもはや強引さをかくさなくあった両手に、わたしはあくまでさからわない。

むしろあずけた。頸を、そして舌は確認する。くぼみ。やわらかな心もとなさが、ふと落ち込ませた陥没。彼女がどうしようもなく、あの花を喰い散らす女から生まれたのだという事実をあかす、あさい孔。知っている。その下にはランのみだら。翳り。繁茂。手入れされないそれちぢれあって、そこだけが淫乱を描く。喉元に、ふれる。夏の温度が

   風が、ふと

      傷み。不用意に

あったはずだった。事実、

   肌を。ぼくらを

      あなたの茂みが

わたしたちの

   傷めていたね?

      瀟洒なあなたの

肌は、ぬれる。

   風が、ふと

      そこだけの野蛮が

しめる。

   髪を。ぼくらを

      傷み。不用意に

発汗。ひかる

   考えさせたね

      いい?

痕跡。散乱。かさなりあう

   ぼくたちは、だから

      咬んで、い

そこここにもう、あるいは犬。鼻のいい犬なら庭の向こうからでも気づいただろうか?二体雌雄のホモ・サピエンスが、特別な須臾に分泌してゆくさまざまな体液、それらの臭気。笑い声がした。「お花、好き?」

「ぼく?」

ユエン。たぶんブーゲンビリアの色彩のした、ゆれる葉と葉ゞの「ママちゃんは、好きかな?」

「花?」

ざわめいていた翳り。さわがしさのそこ。「好きだと、いいな」

「ぼく?」

木漏れのただなか。すずしげな、静寂。「だって、お花は」

「なんで?」かなしみ。葉子の。ひたいうえの

   叫ぶんだ

      愛してるって

悲しみ。指さきに

   開口。狂った

      ささやいて。いま

鱗粉。つぶされた

   口蓋が

      肛門に

蝶?わたし?葉子?ユエン。樹木のした、ただ、罵り声になにか訴えていたユエン。見たにちがいない。なんども。彼女の恍惚のまなざしは。わたしたちの恍惚を。陶酔を。決してさいごにまでは至らないそれ。忘我。たわむれ。肉の?精神の?とまれ、

   精神とは

      喉に。喉

たわむれ。かならずしも

   肉体を賛美するための

      美。美。びび美が

渇望さえもない。それは

   偽造された

      喉に。喉

いつか

   根拠にすぎない

      美。美。びび美が

擬態のうちに、ほんとうらしく錯覚されてゆくだけだから。耳は聞いていた。そこに性急な訴えを。ユエン。声。いつかランの喉にたったようにも思われ、ののしる。けっしてささやき以上の音量を知らなかったその頃のラン。その舌におよそにつかわしくない罵倒。声。罵声。強引な、おしつけがましい手の力にいつか似合いはじめ、すでにランの、わたしにそれ以上を求める訴えにも感じられ、事実、そうだった?欲しいの、と。あなたが、

   叫ぶんだ

      愛してるって

欲しいのと、耳に

   開口。狂った

      ささやいて。いま

聞かれはしなかったそれは、陰惨な

   口蓋が

      肱に

ひびきをもつ。追い詰められていたそれ。単純に、みだらな発情の陰惨さではなくて、なに?あえて謂えば祈り。もはや焦燥にすぎない祈り。近づいてくる。わたしたちに、可能性。その存在し得る時の限界の接近を知らしめ、やむにやまれずただひたすら訴えるもの。切迫。ない、と。もう、

   ないないないない

      笑っちゃうほど

時間が

   かなしみなんか

      お天気ですから

ないと。できないかもしれないと。もう、

   ないないないない

      あした火山が

わたしたちには。だから、

   くるしみなんか

      噴火しま

恐怖。おびえ。怒り。懐疑。祈り。ただただ傷みにちかづく祈り。欲しいの、と。ハ。あなたが、ハ。欲しいの、と。ハン。清楚な、清純なランが、もしも発狂したらこんなみだらさをまとうのだろうかと、そう思ったのだった。ハンとのただいちどだけの対面。その時に。告げられてはいなかった。あくまでもかたわらに翳ったラン、そのハン、実母だという事実をは。もう、だれにも矯正することを諦められてしまった

   似合う、よ

      口をひら

狂気。

   きれいな

      ひらきます

花々。

   きれいな

      咬みあわせます

なげつけられたかのようにも

   花々こそが

      歯を、はは

散る。四つん這い。ハンの周囲に。散乱。百合の、…と。あえてわたしが記憶を捏造していた百合の——架空?だから、架空?花々に、みだらにも見えた。突き出した顎。口のみに喰らいつくけだもの。けものじみたハン。上半身裸の

   架空?だから

      見て

肌。なぜ?

   架空の花を

      断ち切られた

褐色の

   花を切る

      茎が、いま

うすいパンツには、花粉の

   切り、刺す

      むらさきいろの

夥しい汚れ。

   つき刺す

      涙をながした

汚れるから?

   刺し、

      そして思わず

後に知った。そのパンツがここらの仏教服だということは。だから、作務衣のような?虐待と?そう呼ばれるべきだったのだろうか。そのハン。狂える女。たぶんまだ五十にもならない…劣化など、まだ。豊満な上半身を裸に剝かれたハンは、狂う。花粉の色彩が、あれ狂う。まなざしに、ひと眼を気にしながらとはいえ、ふと、笑わずにはいられなかった。わたしは。すでに気づいていた。ランの母親が、これになのだとは。教えられたわけでもなく、ほのめかされたわけでもなく、明確に意識してではなくとも、こころのどこかしらかでは、すでに。四つん這いの花粉まみれのけものは、たしかにランにそっくりだった。ランからその、ラン自身さえ入り込めないこころのひだの陰影をきれいにとっぱらい、さらされた造形の裸形をそのままに見せてしまえば、ラン。間違いようもなく、四つん這いの、花粉まみれの、花を喰うラン。…お母さんなの、と、ひとことだけ

   Mẹ ơi

云った。その日

   Mẹ ơi

ランは、帰りのバイク。そのうしろにまたがりながら、ようやく。わたしの腰にすがる手。…なに?問いかえしにはもう、あたえない。答えを。…つかれたわ、と。腹部に

   Mệt quá

腕をまわした。そして背中に

   Em mệt quá

身を投げた。ラン。事実、疲れきっていた。単純に日本人がものめずらしくて入口にせいぞろいした親族。四人?五人?そこにいまいるだけの人の顔。ただ純粋な好奇心。はみかみ。恥じらい。気おくれ。むきだしの好奇心。それら。そのころにはまだ、親切で礼儀正しい日本人という、ほぼ日本人の間でだけ流通しているイメージに忠実であることをこころがけていたわたしにはめずらしく、挨拶も愛想笑いもそこそこにバイクを出した。代表者らしい老人が集団を離れ、わたしのそばにさしだそうとした握手の右手をもとりそこねて。日本には握手の習慣がないからな。そうなの?知らない?じゃない?…と?飛ばした。それら困惑する他人たちの気配を考慮に入れる余地はなく。脱力する

   見えないよ

      あの青虫を、なぜ?

ラン。見えない

   なにも

      なぜ、わたしたちは

ラン。背後の

   見えないんだ

      咀嚼したのだろう?

ラン。それだけが不安だった。あるいは、いつ後ろからこぼれ落ちてしまうかと。無防備に過ぎた。こぼれ落ちてしまえば、容赦なく荒れたアスファルトが破壊しつくすに違いなかった。手のほどこしようもなく、華奢と豊満とのあわいにあやうくゆれるランを。かろうじて左のふとももと腰をつかみかけた左腕が、不安?安堵?ひたすらな共存。帰って、腕に抱いた。抱きしめた。庭に、葉。

   しゃくしゃく

      花に、虫

ノイズ。ランは

   しゃくしゃくしゃく

      しゃくやくの

顔をそむけていた。まだ

   しゃくしゃく

      花に、虫

日は高かった。ベッドに

   しゃくしゃくしゃく

      おいしいですか?

寝かせた。もはや

   しゃくしゃく

      しゃくやくは

背すじをよじって、顔を見せない。ラン。自然、うつぶせになりかけた。あまえるように。いやいやをするように。ゆれた。いとおしさが、不安と焦燥のあいだに。いつか、わたしは情熱を咬んでいた。背骨が。血が。喉が。無理やり尻をつかむ。うしろから、同意もなく抱いた。まだ、かろうじてわたしは男だった。すくなくとも、その瞬間には。気づいた。すでに力は失しなわれていた。…でも、さぁあ、あ。

「なんだよ」

   ダメです

      うもれようよ

ラン。…わたし、さぁ、あ。

「言えよ」

   咬みます

      ぼくたちが

その手に。…もぅお、さぁ、あ。

「莫迦?」

   近づいたら

      ぼくたちの夢に

腕に。…わたし、さぁ、あ。

「死ねよ」

   ダメです

      失神しようよ

頸に。…なんか、さぁ、あ。

「なんだよ」

   ラフレシアはね

      ぼくたちが

背筋に。…だめかな?もう

「なにが?」

   繊細なんだ

      ぼくたちの愛に

腰に。…わたし、もう、

「春奈が?」

   ダメです

      発火しようよ

太ももに。…だめになっちゃったかな?

「最初からぜんぶ失敗じゃん。お前なんか」

   咀嚼します

      ぼくたちが

体内さえも。…やぁーん。だよね?

「むしろ死ねよ」

   手、だしたら

      ぼくたちの

おしつぶされるまま、ランは他人の体と重力にしたがった。くちびるがランの頸すじを味わった。髪につぶされた鼻孔が複雑な香りに埋もれた。ふと、身をもたげた。ランを見た。ランの顔。庭の方をむいていた。なんの表情もなかった。意識のあくまで明晰な茫然をだけさらし、精神などもう、完全に壊れてしまっている、と、そんな。「悲惨だよ?」

「なにが?」

「この女…」と。ささやく。ハオ・ランは。繊細すぎるハオ・ラン。永遠にいきつづけるべきはハン・ランではなかった。それはあまりも苛酷すぎた。ふさわしいのはもっと図太い、あるいはレ・ハンのような男の方こそ。無慈悲なまでにエレガントで鮮烈なまでに狂暴なレ・ハン。だから、モーツァルトの音楽に肉と骨を与えて野放しにしたかのような。ハオ・ランには、むしろ十六歳くらいでのはかない夭折こそがふさわしかった。刹那の燃焼にたえるだけの須臾の強靭しか、本来もちあわせてはいない。ハオ・ランの声はふるえていた。

   手遅れだったよ

      やめて

おびえ?

   壊れてゆくよ

      見ないで

おそれ?

   下弦の月が

      やめて

あるいは。

   海に沈んだ

      そんな目で

春奈。我喜屋春奈…壊れてゆく人。その壊れそのもへのおびえ。おそれ。しかもかなしみ。ハオ・ランの部屋だった。千鳥が淵に臨む巨大な部屋とは別に、道玄坂に借りていたちいさなワンルームの中。わたしとハオ・ランのためにだけに借りた。愛しあうため。それだけのために。やがて行き場所のない春奈が住み着き、その最後の場所にもなった。壊れ、崩れてゆくひと。そこで薬物にその肉体と精神とを滅ぼしてゆく春奈。死んだあとの、始末はハオ・ランの取り巻きたちがした。ハオ・ランごのみの、完膚なきまでの美青年たち。白雪革命集団を名乗った、ただの放埓なうつくしい男たちの集合。原理的思考。虚妄の破壊。理論構築。近代超克。国家超克。人間主義超克。嘲笑としての耽美主義。ハオ・ランの耽美には目的などない。鋭敏なハオ・ランの神経が、いじってよろこぶためだけのもの。部屋は十二階。明治公園の緑が、都市風景のただなかに取り残されて孤立した。窓から。だから北向きの部屋。北のひかりに、正午以外の明確な区別はない。ただただやさしい。代り映えもしない日射し。春奈。壁ぎわ。そこになににも身を預けずにじぶんで

   思うんだ

      そそりたつ

立った。平坦な

   あなた。あなたを

      鼻血が。ふと

ひかりが、いよいよ

   雨の日に

      とお吠えを

平坦な春奈の

   思うんだ

      そそりたつ

肉体を、またはこころを

   あなた。あなたを

      鼻水が

平坦にした。そこで、平坦さは、薬に壊されたこころの恍惚、そのあかしだったのだろうか?おもい起こせば、須臾にも明るさと翳りの交錯に陥没をまきちらす清雪とは「…死にたいなら、いますぐ」似ない。ハオ・ランは「勝手に死ねば?」ことば。故意の冷淡。あまりも精巧にかたちづくられた慎重な冷淡。ことば。いよいよしずかで嘲笑的な声。ことば。わたしの背後に、だからその翳りにかくされるように、まぶた。まぶたはふるえていた。かすかに。知っている。なぜ?わたしは、見なくても、ふるえ。ふいに春奈が忘我に落ちこんだ数分前から、間歇的にあらわれつづけていたそれ。

「なんで死ないの?」

「死なせたくないんでしょ?」ささやいた。わたしは。その故意の「…ハオは」残酷。諫める冷静さ。だから冷淡。ハオ・ラン。彼が、…彼女がいきどおりはじめるよりもさきに、わたしがひとり嫌悪にまみれ、…なぜ?

いま?

「なんで、雅雪は、」と、春奈。その「おれにおしつけるの?おまえの」まなざしが「勝手な、しかも」ゆっくりと「無意味な、」

「なに?」

「やさしさを」左にずれた。見た?

   泣いていいんだ

      耳がいたくて

なに?そこに、

「大切に思ってる…」

「おれが?」

   泣きたいなら、ね?

      なぜ?

その双渺に、なに?

「雅雪は、いまさら、いまもまだ」

「…まさか」

   泣けばいいんだ

      轟音が

しかも

「そうだよ。だって」

「そうじゃない。そう」

   泣きたいなら、ね?

      塊りになって

ただ虚ろなまま、その

「やめたら?その」

「じゃ、なくて、ただ」

   眼が燃えるまで

      なぜ?

焦点さえあわされることなく、

「手遅れの、やさしさの、」

「持て余してるだけ。処分に、いまこいつの」

   喉が溶けるまで

      炸裂するから

春奈。もう

「押しつけ。…だって、ハルはもう」

「処分、もてあまして」

   泣いていいんだ

      耳がい

壊れるしかない人。「廃人だよ」ハオ・ランはささやく。声に上手に侮辱の匂いをしのびこませて。匂っていた。もう部屋中に、春奈。その振り向きざまの唐突な失禁。その臭気。かるい、しかもなすりつけるに似た臭気。春奈。茫然と、故意の、いいわけ?ごまかし?ただそこに茫然をだけさらし、…わかんない。ごめん。もう、さだかなことがなにもないかのように、すくなくとも、そのまなざしのうちには…わかんない。ごめん。窓の外。たぶん見れば、泣き出しそうなほどに青い空が、濡れたかかと。翳りも綺羅も、しかも濃い。謂く、

   人気、ある。わたし

   そう。噓?

   いたずらじみた

   春奈。わらう


   残酷だろうか?

   こわれる君を

   見ていた。わたしは

   叫びそうになりながら

謂く、

   いたずらじみた

      偶然だっただろうか?

    笑ってって、わら

     いつから?

   春奈。わらう

      その出会いは

    ら、ら、好き

     きみが

   見ていた。わたしは

      記憶では、夏

    笑ってって、わら

     こわれはじめたの

   叫びそうになりながら


   かわいくない?わたし

   そう。莫迦?

   あどけなさすぎた

   春奈。わらう


   無謀だろうか?

   こわれる君を

   支えようとした。わたしは

   失語しなりながら

謂く、

   あどけなさすぎた

      仕組まれていただろうか?

    笑ってって、わら

     いつから?

   春奈。わらう

      その出会いは

    ら、ら、好き

     きみが

   支えようとした。わたしは

      前のめりの、笑み

    笑ってって、わら

     きたなくなったの

   失語しなりながら


   やばくない?わたし

   普通じゃない?

   かたむいたまま

   春奈。わらう


   悲惨だろうか?

   こわれる君を

   見捨てていた。わたしは

   嗚咽しそうになりながら

謂く、

   かたむいたまま

      偶然だね

    笑ってって、わら

     いつから?

   春奈。わらう

      なに?…懐疑

    ら、ら、好き

     きみが

   見捨てていた。わたしは

      わたしも壬生

    笑ってって、わら

     無理になったの

   嗚咽しそうになりながら


   なんかしあわせ。わたし

   薬、喰った?

   顎を引きながら

   春奈。わらう


   そうだろうか?

   こわれる君を

   壊してしまうべきだったろうか?

   目と口を覆って

謂く、

   顎を引きながら

      破壊の夜に

    えぐろう。目を

     笑ってって、わら

   春奈。わらう

      弑殺の昼に

    ふさごう。口を

     ら、ら、好き

   壊してしまうべきだったろうか?

      崩壊の朝に

    わたしのそれらを

     笑ってって、わら

   目と口を覆って


   耳も鼻も覆って

     笑ってって、わら

    わたしのそれらを

      崩壊の朝に

   破壊しきってやるべきだった?

     ら、ら、好き

    つぶそう。鼻を

      弑殺の昼に

   春奈。わらう

     笑ってって、わら

    ちぎろう。耳を

      破壊の夜に

   ためらいもなく


   わらった。春奈は

   ふいに、唐突に

   朝の日射しは

   ななめに、春奈に

謂く、

   わらった。春奈は

      いじらしさを

    きみの目のかわりに

     背すじに

   ふいに、唐突に

      覚えてる。まだ

    記憶しよう

     ひかりが、うぶ毛と

   朝の日射しは

      はかなさを

    そのあどけなさを

     すべった

   ななめに、春奈に









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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