アラン・ダグラス・D、裸婦 ...for Allan Douglas Davidson;流波 rūpa -25 //まだ知らない/あなたも、まだ/沙羅。だからその/空。あの色を//04
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ作品を構成する文章として暴力的・破壊的な表現があったとしても、そのような行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしそうした一部表現によってわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでもそうした行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
謂く、
昏いくちびる
かすかに、もう
さわぎ、さわぎかける
沙羅。もう
冷えた耳たぶ
さわがしい、もう
いぶき、知りかける
沙羅。もう
舐めて。たっぷり、蜜を舐めたあと。舐めて。謂く、
さわぎ、さわぎかけ
あの破片たちは
永遠に、もう
散り失せたのだろう
沙羅。すでに
どこに消えて
眠っていれば?
どこに散って
いぶき、知りかけ
消え失せるのだろう
永遠に、もう
あの残骸たちは
沙羅。すでにけだものじみた音声。…と。わたしはいつでもそう思い、沙羅。その、ときに沙羅が発する声。ひびき。知っていた。もう。けだものはたてない。決して。声。こんな聞き苦しい声など。気づいていた。最初に耳にしたときから。レ・ハン。わたしたちにふいうちの一瞬。おどろき。すくなくとも、わたしの耳孔の底には。とまどい。懐疑。そしてすぐあとに明晰な、…なに?あえて言えば、不穏?不穏すぎ、もはや不穏をさえも感じ取らせない、不穏…とか?
返り見た。思った。哄笑する、と。いま、沙羅は。しかも、だからもう知っていたのだった。その声が、たとえ哄笑をだけあざやかにさらしていたとして、それがそうであるべき必然など、なにもないと。そこに、あるいは沙羅はおはよう、と?たとえば
騒音のなかに
かなしまないで
やばっ…と?
すさまじい
ほんの
起きてるなら、…さ
騒音のなかに
ほんのささないな
やばっ
生きてきた
一秒にさえ
起こしてよ、と?
だから、もう
なげかないで
やばっ
ぼくたちは
ほんの
なんで?…な、
きっと耳さえ聞こえないのだろう
ほんのさ
なんでなんで?
饒舌のなかに
一秒にさえ
さ。ね?なんでね
めざましい
ためらわないで
寝顔、…と?…ね?
饒舌のなかに
ほんの
見てた?み
存在してきた
ほん
…ね?ん。ん。ん。
だから、もう
一秒にさえ
ね?見てたよね?
ぼくたちは
おびえないで
ね?なんで?「…いいよ、」と。そう云った。その男。父親。わたしの。雅文。ふと、——壬生雅文。「おまえの、好きにして、…」まなざし。まっすぐに、しかもとまどいがちに「いいよ、もう」さらにもたげ、もたげかけ、ようやく「…な?」わたしを「い、」見つめ、その見上げた「いっ」ふるえる瞼が…なぜ?
「なに?」わたしを「なんで隠してたの?」ささやき。そこ。「おれに」わたしの。「なんで?」声。ふるえて?声。ふるえ?みじめなくらいに。媚びるように。情けないくらいに。ためらいがちに、しかも憐れさそのものをたしかに押し売りしていながらも憐れみをふと注がれたなら迷いなく拒絶したはずの、そんな、ち…なに?
黙れ
それは
沈黙が、すでに。
動くな
なに?
そこに、わたしたちに。
逃げるな
さっきまで
ふたりに。
止まるな
そこに
だからその
生きるな
なに?
父。そのくちびるにだけに。その
死ぬな
それは
息子。その
走れ。もはや
なに?
くちびるにだけに。その
ひかりよりも
さっきから
母。…には、だれ?彼女。女。母親ではありえない女。そのくちびるにはむしろ、…なぜ?葉子。饒舌。清楚な葉子。わからなかった。彼女が可憐な葉子。なにを言っているのか、もはや。わかる存在などもう年齢不詳ねなんか可愛らしくってさ葉子。いない。彼女以外には。夫なる男の腕にだかれていた。息子らしき十四歳の少年の、拳が葉子をなぐりたおしてしまったから。傷み。頬に?拳にも。まだやわらかだった。にぎられた拳は。まだ
なぜ?あなたは
そっと、ね
おさなかったはずだ。もう
笑ってられたの?
ふと
にぎられもしていなかった拳も。まだ
あまりにも
気づかないくらい
繊細だったはだから
素直に
そっ
白魚のような?そのときまでは。殴ったことがなかったから。だれも。
見ていた。わたしは、女。母親らしき女、しかも
叫び声は
まるで、おどけて
無関係な女。犯罪的な
どこですか?いま
おどけてみせて
女。事実、犯罪者にすぎない
きみの、その
おどけつづけていたかのように
女。葉子。わたしの、——眞砂
喉に聞くべきだった
あなたは
葉子。なに?わたしの、
叫び声は
笑んで。しかも
なに?実家。その
どこに鳴りますか?
ほほ笑ましいくらいに
居間。ひざまづき、壁際に背をもたれ、かろうじて立つ。男の腕にときにもがく。痙攣するに似、女。汗まみれの、…なぜ?女。こまかな身じろぎを、…なぜ?やめない。…なぜ?不可解だった。その…なぜ?挙動。あばれはしない。じぶんで、じぶんにだけたわむれているに見えた四肢の、…なに?それは、なに?ゆらぎ。もう、限界など突破していたはずだった。与えられた、刺戟の強烈は。そこに。知っていた。彼女以外のくちびるにだけ、ことばは一気にうしなわれていた。しかもだれにも聞かれはしない饒舌など沈黙にすぎない。だから、赤裸々な
聞かない
あどけなかった
沈黙。そしてあまりにも
わたしは、きみの
笑顔。その
饒舌だった。彼。雅文。その
きみだけの
ほほ笑み
虹彩。わたしの、だから
声を。なぜ?
もう
この虹彩。彼の
あしたはかならず
泣き伏し
そのしろ目。わたしの
月があがるから
もう泣き伏したいほどにあどけなく
だからこの
きのうはきっと
笑んでいた。そこに
しろ目。彼の、その
月の裂けめに
あなたは。ぼくたちの
睫毛。わたしの、だからこの
けもの。けものが吼え立て
苛酷の須臾に
睫毛。彼の、その
聞かない
苛烈の須臾に
まぶた。わたしの、だからこの
わたしは、きみの
まるで別の時空に
まぶた。彼の、その
きみだけの
ひとり
頬。わたしの、だから
声を。なぜ?
息づかっていたかに
この頬。彼の、
あしたはかならず
しあわせそうに
その鼻。わたしの、だからこの
雪がふりそそぎ
やや、不安げに
鼻。彼の、その
きのうはきっと
でも、基本、しあわ
鼻孔。わたしの、
雪の震動にうぞもれ、血を
かしげていた
だからこの鼻孔。彼の、その
吐いた。ぼくだけが
頸を。すこし
息。わたしの、だから
聞かない
すこしだけ
この息。彼の、その
わたしは、きみの
思わず、だから
うわくちびる。わたしの、だからこの
きみだけの
笑みかけそうに
うわくちびる。彼の、
声を。なぜ?
ぼくは、だから
その半開きの
あしたはかならず
あわてて目を
口蓋。わたしの、だからこのなにか
蛇が死屍を
そらしながら
云いかけたままの
きのうはきっと
しあわせですか?
口蓋。彼の、その
自死した蛇殻を
この苛酷にも
顎。わたしの、だから
咬む。ぼくの歯が咬み
この苛烈にも
この顎。彼の、その
聞かない
しあわせですか?
かすかな
わたしは、きみの
たぶん、ね?
発汗とわたしの、だから
きみだけの
たとえば、ぼくが
この皮膚のしたにだけ
声を。なぜ?
いま爆発死しても
感じられていた
きのうはかならず
基本しあわせに
発汗と、それら、
舌を咬みちぎった腸。自生した腸が
やや不安げに
饒舌。轟音。もはや
あしたはきっと
たとえば、ぼくが
赤裸々にひびき、なにをもひびかせず、ひびき、撒き散らし、ひびき、飛び散り、ひびき、充溢し、猶もただ空虚なままに。とまれ、沈黙。雅文のくちびるが、「なにも、…」
「なに?」
その
ね?
いたっ
くちびるを阻害しようと?わたしが、
話そうよ
いま、さ
そこに。雅文は
いっぱい
いたっ
ふたたびわたしを
ぶくらの未来の可能性について
まじ、さ
見あげていた。それまで彼がどこに視線を投げ捨ていたのか、記憶にない。たぶん、その時にさえ認識してなど、少年。その見ひらかれた双渺。焦燥。ただ自分たちの轟音にのみ聞き耳をたてていた。静寂のな…静寂?葉子。そのあかるいささやき声のひびきのなかに。ふと、雅文が、ややあってくちびるに、笑う気配を、…見た。吐く。しずかな息を、吐く。見ていた。記憶。見た。そのとき、耐えきれずにわたしは彼を蹴り上げた。記憶。傷み。足のゆび。その先。爪。根本。傷み。鮮明な。記憶。まさか。そんな事実など。見ていた。意識。すでに、そこに雅文は鼻血を、だから容赦なく散らさせた。わたしが、傷み。顎。致命的に傷み、「…なんだよ」答えかけた。わたしの問いかけに、彼が。もてあまし、救いをもとめかにわたしは、見た。見る。くちびるを。それ。ささやくように。つぶやくように。笑みかけるように。しかも歯。その。顎。その。舌。そこ。うごめき、かすかに、うごめかせかけ、なにもひびかせ得ず喉。葉子の喉に、息をのみこむしめったひびきが
よろこびが、ぼくを
高揚。目
たちつづけていた。
咬んだから
目舞うような。きみは
声も。
しかも明確に
のけぞるような
知っている。
咬みついたから
発熱。きみは
返り見ずとも。
咬みちぎってやった
ささやかないで
訴え。雅文の
ぼくの爪を
耳が痛
まなざしにはもう、おしつけがましいまでの訴えだけがわななき、目の逸らしようもなく、しかもふれない。わたしには。如何にしても。こころには。感情には。神経には。拒絶?では、なくて。もうここにいないから。わたしは。もうここに存在しないから。わたしは。だからいまさら拒絶しようもなかっ「…莫迦なの?」ささやいた。わたしは。吐き捨てるように?そして踵をかえせばひかり。朝。ひかり。朝の。ガラス。綺羅めき。カーテンを引き開けられたサッシュのガラスすべてをぶあつい光源として、ひかり。朝のひかり。あまりに新鮮。あまりにもすがすがしく、もはやただひとつの巨大な綺羅としか見出せずにひかり。朝のひかり。しかもガラス。向こうは外。あらゆる色彩をこれ見よがしに誇示してひかり。朝のひかり。それは朝。ただあざやかな朝だったから。わたしはそのまま出て行った。ふたりを残し、玄関をあけ、…なぜ?時間だった。もう、いつもの、学校に行く、それだけ。だからそこらじゅうにあふれていたひかり。朝のひかり。雅文。もう死んだ。死を投げつけられた。だから殺された。口づけた。沙羅に。声を、間歇的なひびきをふさごうとして。けだもののひびき。けだものには有り得ない、けだものの、
気配が、…
さけべよ
ひびき。
ね?
いいよ
波の、たぶん、もう
あふれてたんだ
もう
いつでも、そこ
ぼくがいちども
あられもなく
そこに、そこらじゅうに
ふれはしなかった
はじらいもなく
ひびき。
いきものたちの
わめけよ
波の。…窓。その
名前さえ
いいよ
向こう、その
ささげなかった
もう
綺羅。海の、
いきものたちの
つつしみもな
そこに
いぶきが、…
きづかいもなく
ひびき。
ね?
のたうちまわれよ
なんの綺羅めき?
みちていたんだ
いいよ
綺羅をそこに、
ぼくがいちども
もう
ガラスになすりつけ
返り見なかった
のうみそさえ
好き放題に
まなざしさえ
…さ?
撒きちらし
向けはしなかっ
とろけるくらい
ひびき。
いきものたちの
ぶちまけちゃえよ
波。綺羅めき。その
声さえ、…
いいよ
生滅。もう
ね?
もう
とめどもなく
こだまし
常識もなく
ひびき。狂気。とてもしたしいもの。歌舞伎町でも飽きるほどに見た。ただ、狂気。そうとでも、しかも屈辱とともに名づけるしかないもの。たとえばその花のいろに赤と名づけて屈辱を感じ、朝焼けに赤と名づけて屈辱にまみれ、くちびるに、ときには吹きこぼれた血に赤と名づけて屈辱を感じた。それらさまざまな須臾にありふれていた屈辱。だから屈辱。そんな、なに?みずからの手でみずからを凌辱したにん?…似る。狂気。その名。精神疾患とは、あるいはそれを名づけ、分類して安堵してみるだけのそれ自体狂気の振る舞いなのではないか。狂気。かるくふれただけのくちびるに、沙羅のやわらかにつぶれたくちびるは、ひびき。あくまでもやさしいだけの、ひびき。まるで愛のある口づけのような?…ラン。ひびき。喉。未生のままにいのちを、しかも体内にうしなった時にランはひびかせなかった。なにも。その口蓋には、ひびき。不可能だった。ひびき。そこには、沙羅のひびき。喉。やめない。ひびき。それをたてつづけるのを。ふさがれて猶も。もがくには似ず、あらがうには似ず、たわむれているだけのようにくちびる。ひびく。もう、すでにいつかほんとうくちづけの愛撫に似はじめて、沙羅。沙羅のそれだけ。そのくちびるだけが、愛撫。ひびき。官能。けだものの
裂けた
見ないでください
けだものの喉には
口が
やらしい眼で
あり得ない
くばっ
さわんないでください
それら
ちぎれた
発情の鼻で
沙羅のひびき。ベトナムに流れ着いてまでも、あるいはようやくやさしいかなしいいとしいランを腕に抱きしめ得てさえもひびき。狂気。そのひびき。ランの母親、たしか、ハン?しらない、それがHạnhなのか、Hằngなのか、Hânなのか、それともまだわたしの知らないハンなのか。とまれ、片仮名にすればただのハン。そのハンは、あるいはあの女、葉子。そう壬生雅文が名づけたらしい女、…彼女より悲惨だったかもしれない。ハンはまだしも、あるいは人間だったから。ここで人間という語の精密な定義はしないでおく。できもしないから。言葉は、ただ葉子への侮辱の用をはたせばいい。意味など、たとえば
きみを
鳥たちが
神の子どもたちとでも?神々の
きみを思うよ
ほら
落とし子たちとでも?精神の
きみを
はばたいて
王たちとでも?自然の
どんなときにも
もう
限界のその先を
きみを
消えちゃったよ
見たものたちとでも?仏を猶も
きみを思うよ
もう
生み出しつづけるものたちとでも?破壊するしか能のない
きみを
気配もな
ぶざまな
豪雨のなかでも
ほら
邪菌の如きとでも?大地にはびこる
きみを
はばたいて
もっとも不穏な穢れものとでも?ハンは
きみを思うよ
隠さ
ランに、いまだ少女だったその手に果物ナイフで突き刺されつづけた、傷痕。その、無数に、傷痕。皮膚を、傷痕。筋肉をねじまげながら、傷痕。猶も人間だった。ラン。Lan、蘭。花の蘭。あるいは蘭陵王の蘭。ラン。Lan、わたしのラン。その、ラン。かなしいほどにただうつくしい、ラン。その顔のしたには、ラン。どんな顔?ラン。母親殺し、…の、
いたましく
くらい
未遂。それは
月が
西の空に
レ・ハンに聞いた。わたしには
月がかたむき
しろい
秘密にされていた、かつての
その朝に
開孔
事実。レ・ハン。その魅力的すぎるくちびるのたてる、声。邪気もあくあざけるような。だれをも魅了するレ・ハン。だれをもついに愛することものないレ・ハン。嘲弄を愛と勘違いしているにちがいない残酷なレ・ハン。絶望的なまでに美しい
いま、きみは
いいんだ。もう
男。レ・ハンに、すでに
またばきかけて
忘れてよ。ぼくを
こころを赦しかけていたランは、いつか
でも、そっと
二度と、そして
ふと、思い出したように云ったのだ、と。惨劇の朝。すでに仏間に、そこ。ひろびろとしたそこ。家屋の中央。そこ。豪奢な仏壇。そこにランは菊を活けた。亡き家族を集合させた巨大な、なに?祭壇。きらびやかな荘厳。それをさらに殊更に荘厳するために。花瓶のすべてに花、花、花。早朝、ひらいたばかりの市場へ行った。勝手に借りた花、花、花。いとこのバイク。もちろん花、花、花。違法。まだ、十六歳にもなっていなかった。ランは花、花、花。慎重に選んだ菊を、そっと、こわさないように花、花、花。時間をかけて活け、…なぜ?
「菜食日だったんじゃない?」
そして弟のあとにシャワーを浴びに行った。肌。十数時間のあいだにすこしづつ膜をはった——うるおう。汗。べたつきを、
霑う
やめて
あらいながせば
きみの
睫毛。もう
ひびき。髪も
きみの眸に
あやうい
あらった。ほぼ
ぼくたちは
やめて
一週間ぶりに、ひびき。こぼれおちる水滴。まだ、タオルに拭う暇もなく、ひびき。髪を扇風機にひびき。かわかす暇もなくひびき。だからそのひびき。かすかな、ひそやかな、しかもひそめられた気配もない、無造作な、…なに?ひびき。そのひびき。ひびくほうに、花、花、花。知っていた。もう花、花、花。ひびきつづける仏間の方に、もう花。そして
ひびかせろ
いま空が
花。しかも
鳴りひび
轟音を
花。花。行った。仏間に、自分のまなざしが、もう、なにを見出すのかは、ひびき。角をまがって仏間に。ななめに射し込み、ひかり。群れ。そのひかり。群れ。昏む。須臾だけ。逆光。昏む。目だけが、ひびき。その須臾にもひびき。そのひびき。たしかにそうにちがいない。ハンが新鮮な花の群れをそのまま放っておけるはずがない。ハンは、だからひざまづいてひびかせていた。その口に、ひびき。手づから毟り取った菊を、芳香。花の、花。香り。花と花々。香り立つ水。花のための、匂い。きれいな、水。それ。水。水道。だからすこしの砂粒と雑菌をいぶかせていたはずの水。すでに知った。茎のにじませた汁の味をは。水。臭気。ひかり。ちいさな、綺羅。ちいさな。肉体。女。あぐらをかいたハン。その周囲、叩き落とされて割れ、飛び散っていた花瓶。色つきガラス。その複雑な破片たち。色彩。それら、綺羅。ひびき。ハンは菊を貪り喰っていた。いつでもそうだった。庭に咲く
はっ。吐く
おびえないで
ブーゲンビリアも。おなじく
吐く。空が
こわがらないで
庭の、希少な
青空が
咬みつきませんから
タイの沙羅の
はっ。吐く
ふれないで
うす紅の花も。さらに希少な
吐く。空が
近づかないで
インドの、ほんとうの
のけぞり
咬みませんから
沙羅。その
はっ。吐く
そらさないで
しろい花さえ土に散れば、手当たり次第にハン。喰う。貪る。喰う。咀嚼。喰う。すする。喰う。しゃぶる。やがて嘔吐。そして容赦ない下痢にさいなまれるとしても。とおりすぎた。ランは
泣いちゃえ
青春だろ
いちど、そのまま
泣きたきゃ
青春なん
台所に。…なぜ?棚の中。籠に入ったマンゴー。見た。それを。見れば、なぜ?指先は果物ナイフに正確にふれた。なぜ?ひとりさきに朝食を喰いに行った弟。やがて彼がじぶんの分も持ち帰ってくるはずなのに、なぜ?しかも、たぶんその弟の差し出すブンかミー・クアンさえも断わるに違いないのに、…菜食日だら。弟は、…ハイは気にしない。菜食日でもなんでも。巨体。そもそも彼が巨大。今日がそうだと知っているはずがない。六歳下。すでに大柄なハイ。贅肉を大量に咥えこんだハイ。巨大化してゆくハイ。まともにバトミントンすらできないハイ。すでにふとい頸。すでにふとい腕。すでにふとい
けもののように
ふるえるのだ
手首。すでに
けもののように
だから
ふとい手。すでに
咆哮しようぜ
微風にさえ
ふとい手の甲。すでに
けも
カトレア
ふとい指。ゆび先にランがマンゴーをも取れば、…なぜ?なんら空腹ではなかったのに?不可能、と。華奢すぎたラン。少女のかぼそい手のひらに余るマンゴー。熟れた重量。できない、と。ランはつきさした。ナイフ。抉った。やがて、すでに、しかもなにげなくに仏間を通りかかったときに、…殺意?「なかったんじゃない?」レ・ハンは云った。振りむきざまに。こともなげに。だから、…莫迦。「そんなわけないでしょ?」
「なんで?」
ほんとのことなんか
チキンが、好き
「違う?…殺意もなく、」
「殺すなんて、…って?」笑み。
いわなくても、いいよ
…かな?半生の
「殺したの?」
そこに、レ・ハン。うつくしい、「…じゃない」笑み。その、レ・ハンに固有の。モーツァルト、…モザルトォ、と。ランは「…は、しない。しなく、て、」ささやく、そのモザッ。こうよ。ベトナム語では、こうよ。「奧さん。彼女、」意味もなかったわたしの胎教「殺してない。まだ、」その選曲。…モザルトォ「生きてるよ…ね」嘲弄するやさしさ。かぐわしい「でしょ?」邪悪。レ・ハンの「…じゃない?」笑み。
くさっ
雨のなかに
「いなかったの?結婚のとき」そこに
あんたの耳孔
群青色した花だけが
「刺しただけ」レ・ハンの
くさっ
あざやかだってね?
「体中、」ほほ笑み。
あんたの体毛
八月の
「ぼろぼろに」…って、と、「ね?」ふいにレ・ハンは短く笑った。声をたてて。…なに?
「なんで?」
なにが?
「なんで、雅雪、そんな」と、もういちど「泣きそうな顔してんの?」笑った。あかるく、ただ、けなげなほどに邪気もなく、ちょい、ぉおーい…いつでも無難なところにしかいない弟…ハイ。彼は
まじかよ
やばっ
ちょい、ぉおーい…シャッターの
やばくね?
くそやばっ
わきで見ていた。ただ
まじかよ
くっそや
立って、目を剝き、くちびるを引き結んで、眉を吊り上げ、しかも喉からしたは極端な脱力。ちょい、ぉおーい…無意識に確保した他人の
大変ですね
んー
距離。そこ、他人の凶行にあくまでも
とても
もう、さ
他人のハイはおののきさえして
大変ですね
終わってね?
ちょい、…trời、…ぉおー、ơi、…
あれ?
くばっ
おいおい、と。ランには聞こえた。いちどだけハイが頭の上でつぶやいたのが。背後、はるかな背後。ふいに
まじ?
げばっ
知った。ランは、じぶんの不安定を。あおむけになぎ倒されたハン。やわらかな肉のうえにのっていた。馬乗り。大柄なほうのハンは、華奢すぎる少女が馬乗りになぶるには大きすぎた。脱力しきった、おおきくずぼらな肉体。頭部のてっぺんから四肢の指先にまでに至る過剰なショックに痙攣し、だから視野はゆらぎ、わななくばかりだったにちがいない。ランは他人のいのちのいぶきを嗅いだ。生きていた。あざやかすぎた。穢くさえ思えた。おしつけがましかった。うつむいた。まなざし。ランの、そして色彩。飛び散った血。その色彩。吹き散らされたそれ。それら。察知した。じぶんが見ているのが、なにか。はっきりと。知り尽くしていた。わからなかった。しかも、じぶんが見ているものが、なに?そこに、その
なんですか?
宅急便です
ランは。「気付いたら、血まみれだったって…なんか、もう、奧さん、…ラン。ランさん、たおれそうな、さ。貧血起こしそうな、さ、…ってそんな感じじゃないけど。なんか妙に醒めちゃってて、さ。…なんで?でも、たおれそうな感じじゃない?そういうの、するから、言って、言っと、彼女に。言っといた…ん。そんな、記憶も飛んじゃってるなら、それ、確証ないじゃんって。それ、ひょっとしてあなたじゃないんじゃない?きっと、お化けが…魔物?マーがさ、やったんだよって、」レ・ハンは故意に「ね?」流し目をくれて「雅雪、やった?」
「なんで?」
「雅雪、いつも奧さんにマーでしょ?ちがう?」そのあまりにもみごとな「いっつもマーマー言ってる」ほほ笑み。嘲弄のレ・ハン。その舌。そっと、かさなりかけ、ふれる寸前に、しかもあそぶ。あそび。くちびるに、ついにふれかけた時わたしはくちびるを放した。見た。沙羅。そこにもう目を覚ましていた、…たぶん。沙羅。その、見ていた。わたしは。右。ひらきっぱなしの、ん?
見て。もう
びしょびしょ。しょ
虹彩。ブルー。澄んだ海。海にむらさきとしろの花を、しかも金粉をも撒き散らした、そんな不可解なブルー。うごきのない目。左の。琥珀いろ。暗い、ありふれたふかい虹彩。瞳孔の開閉。それを無意味にくりかえしつづけ、やすみない、ん?
燃えちゃいそうに
びちゃびちゃ。ちゃ
虹彩。横から、ななめから、ときには投げつけられたような、なに?綺羅。綺羅は、…なんの?綺羅めきは、…なに?なんの反映?散乱。謂く、
昏く、昏い
昏いまま
空。そこに
窓のむこうに
明けてゆく
沙羅。その高み
空。そこに
朝日のふれない
蟻喰いを。捕まえろ。拘束しろ。縛りあげろ。あの有明のしろい月を咬みちぎる蟻喰いを。謂く、
明けてゆく
うつくしい
見殺しに、するね
滅びていたよ
沙羅。その高み
明けにあざやかな
わたしはわたしを
夜は、もう
空。そこに
破滅。紅蓮
わたしたちは、過失
根絶やしにさ
朝日のふれない
黒く、黒い
黒いまま
空。そこに
白濁のむこうに
青んでゆく
沙羅。その高み
空。そこに
頸をねじれば
後ろ手にしばり、蟻喰いを、かつ悲鳴をするどいしかしささやきの音量でそっと立てさせてやれば、ん?謂く、
青んでゆく
うつくしい
根絶やしに、するね
崩壊したよ
沙羅。その高み
明けに赤裸々な
わたしはわたしを
夜は、もう
空。そこに
殲滅。紅蓮
わたしたちは、汚濁
みごっ。見殺しにさ
頸をねじれば
沙羅。わたしの
目。沙羅を
見た。わたしの
目。破滅した
沙羅。あなたの
目。ふたつの
虹彩。わたしを
見、破滅した
明けのいろは
沙羅。あなたの
目。ずれ
ずれたななめの
はるかとおく
沙羅。空の
はるか向こう
沙羅。空の
高みは明けに
黒。青翳り
見なかった
その夜明けには
だれも。沙羅を
その眼も
この目も
わたしをも。だれも
鼻水すする蟻喰いの口蓋を引き裂け。ふたつに。謂く、
空。明けに
あなたの高慢な
死のうとしない
足元に、いつか
黒。青翳り
破滅を耳に
壊れ、壊れ
乾いてく砂
見なかった
なじろうか?沙羅
壊れきっても
砂を見
その夜明けには
だれも。沙羅を
あの焰にも
在ろうとさえしない
砂浜に、いつか
その眼も
焼こうか?あなたを
滅び、滅び
忘れられたことばを
この目も
消し去るため、沙羅
滅びきったいま
単語を、さが
わたしをも。だれも
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