流波 rūpa ……詩と小説163・流波 rūpa;月。ガンダルヴァの城に、月 ver.1.01 //亂聲;偈68
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
また、たとえ一部に作品を構成する文章として差別的な表現があったとしても、そのようなあらゆる差別的行為を容認ましてや称揚する意図など一切ないことを、ここにお断りしておきます。またもしもそのような一部表現によってあるいはわずかにでも傷つけてしまったなら、お詫び申し下げる以外にありません。ただ、ここで試みるのはあくまでも差別的行為、事象のあり得べき可能性自体を破壊しようとするものです。
あるいは、
焰。焰は
ゆらめいて
もう、たわむれるように
ふれ得ないもの
さわれないもの
つかめないもの
しかも慥かに
わたしを燒くもの
焰。焰は
ゆらめいて
もう、たわむれるように
ふれ得ないもの
べたべたさわって
直にいべたべた
明白に擦り、擦るようにもわたしをこわしてゆくにもかかわらず焰。わたしは振り向きざまに、——匂い。すでに鼻孔は麻痺していた。わたしの体を、あたまから被ったガソリンが匂いたち、立ち、匂いたち。馨たちつづける。なぜ?こんな、こんな、こんな、痛ましい匂い。この匂いにはなぜこんないたましさが他人ごとのように、しかも明瞭に猶も感じられていたのだろう?瑠璃はすでに言葉をうしなっていた。そのくせ、眼をみひらいて、櫻。松濤公園。そのごくごくささやかな櫻の夙夜。それらの無数の満開のこちらに。なにを?しかも猶もその瑠璃はわたしを見つめていたのだろうか?もう、自分一人では満足に歩けさえもしない瑠璃。あかるい正午にさえ燦燦。燦燦。燦燦それら日照。その光り、光りら、かがやきをさえももう光りなど。なにも感知することなど不可能な昏い眼。眼玉を自分で抉り取って仕舞っていたから…まさか。噓、それは噓。比喩とでも?ただの噓。その、昏い、とこそ謂えた、しかもただ透き通って感じられたくらいにもしろい、しろい、白。虹彩。そのかろうじての色彩的殘存。視覚をうしなってもう半年近くたった。だからそれは一〇年の春。
わたしは聲を立てて笑った。
そう思った。
たぶん、錯誤。それは。わたしの。だからただの錯誤にすぎない。なぜならもうわたしは予測された放火後の苦痛にすでに、すぐさまに蒸発するしかない失禁さえして…ガソリン?むしろただ、その攻撃的な臭気のせい?わななかせていたから。その四肢、そのすべて。筋肉の、筋の、そのすべて。軟骨の、骨格にふれた体液の、そのすべて。内臓の、たとえばまだ消化作業。その途中だったはずの胃袋をもふくむ、それらすべてのすべて。皮膚の、毛孔の、それらすべて。うぶ毛としかもその細胞分裂の、それらことごくのすべてを焰。わたしは振り向きざまに、——なぜ?と。ふと思うのだった。ここにいるのだろう?こんな風景をなぜ見ていたのだろう?こんな風景に、なぜ辿りついたのだろう?
なにもかもあやしく、不穏に想われた。しかし、あるべきかたちの正当などなにも思いつきさえしないままに。瑠璃はいまや車いすからずり落ちて、いとりだけ先に安らかな眠り、…に?落ちて仕舞ったと謂んばかりのいわば、ひとりで勝手に救われて仕舞った救済。久遠の救済。その擬態。笑う。おもわず笑いかけてそれさえ果たせず、瑠璃は思わず沙羅。
その頸を絞めて仕舞いそうだった。
殺意?
まさか。
そうではなくて、もはやすがりつくしかないいとおしさの氾濫。
その激情と謂べき情熱に死んだ。そう思った。その瑠璃。わたしは。すくなくともかの女がそれを、そこにそれを慥かに擬態するなら顯らかにかの女は死んだのだろうとそれはしかし、もう赤裸々な認識。
夜明け前。
だからもうすぐ空は背後に色彩の紅蓮に根元の一点からひび割れはじめるにちがいなくもいま、——いつ?そんな事実など予想もさせない完璧な夜。その色彩、夜。もしも、まなざしをむけさえすればそこにそれは。もし認識しさえすればそこにそれは、と、焰。わたしは振り向きざまに、——お、お、お、お、と、もうあお向けて櫻の散った花弁。それら。それら。それら。それら散乱の数うべくもない散華の上に。それは瑠璃。気配のない瑠璃。あお向けたままに、お、お、お、お、と、瑠璃。そのわたしの唇にふいに短い一瞬にだけもれらそんな言葉、…ことば?
音聲…聲?
聲?…ひびき?その、耳に聴き取られたするどいひとの喉。その発したお、お、お、おと、もう瑠璃さえ聞き取るはずもなかった。なぜ?その瑠璃のこちらにも降る。それは櫻。むかし六本木の旧防衛庁の櫻の下におなじように夜、楓とわずかに言葉をかわした。…なんと?お、お、お、お、と、それは「ライターは?」と。ポケットの中にしかあるはずのないそれをさがしあぐねかけた一瞬だけの赤裸々なだから骨髄を燒き、燒きつくすにも想えた情熱に、…沙羅。
厭う。
わたしは、沙羅。
その肌を穢いわたしの穢さそのものが穢すにしか想えない沙羅。
そんな破廉恥なだけのこの接触に、…沙羅。
厭う。
わたしは、そこでもはや吐き気にさえ感じられ噎せかるようにも感じられながら嫌惡。動揺。バカげていた。おののく必要などなかった。もう、指先はVicのちいさなライターのそのふちを慥かにそこにふれていたのだから焰。わたしは振り向きざまに、——知ってる。わたしはもっと、もっと、もっと前に、はるかな前に死んでいた気がする。いつ?だから同じように全身に放火させて?まさか、焰。わたしは振り向きざまに、——ライターを摺りかけた、その時にはすでに、焰。もう、焰、焰、焰。なに?
と。
これはなに?
視野などもはや存在しない。にもかかわらずあまりにも、あまりにも、あまりにも、あま明晰に、明らかに、赤裸々に焰。焰。焰。傷みなど。苦痛など。なにも見えない。まさに、留保なきあざやかさのうち、焰をぢかに見い出していながら、まさに焰。見い出したのはまさに焰、と、知ってる。すでに。ひびき。
聞こえていた。
轟音。
きこえつづけていた。
それはいわば、すさまじい獅子吼。
なに?
だれかのひろげられ切った喉。喉がそれ、灼熱のこちらにそれ。碎き散らしていたそれは、それ、それら、それは獅子吼。故に焰。情熱。激情。焰。嫌惡。あるいは、その沙羅。…と、見つめた。わたしがそう名づけた十三歳の少女を。それは、だからコヴィッド19の時期。オミクロン株が世界中にすでに蔓延して日常のものになった一時期に、それは二月。その十八日。わたしは見ている。その前の夜の記憶などなにも殘さない眠りをその朝にむさぼっていたのは沙羅。だからそれは沙羅。
窓際に据えられたベッドの、いつもの白いシーツにあおむけの身をさらした沙羅は、しかし、息遣う。
だから、その息遣いのひびきをわたしはひとり追った。
その耳に。
なぜ?
思う。
まるでふいに錯覚に落ちたかのように、あるいは、ふいに錯覚に落ちている自分の錯覚した現状に、容赦なくいま気づいてしまったかのように?
そもそもここに沙羅とともにわたしが存在していること自体、あり得ない夢、あるはずもない幻、だれかが見たわたしにいっさい関わりのない幻像だったかにも想えて、だから知ってる。すでにもう、わたしがひとりほくそ笑んでいたことをは。
事実、わたしは沙羅の褐色の瘠せた体躯のこちらに、恍惚とも陶酔とも無縁にひとり醒めきっているにすぎない。…本当に?
なぜ?
あたりまえのように、あたりまえの視野としてわたしは、まなざしの捉えたそれらの色彩、逆光に翳り、いよいよ濃くその褐色に昏む沙羅の肢体の向こうの窓に、だからそれはひびきのない海。
海は、光りのふりそそぐままにその色彩を好き放題に飛ばした。つまりは、わななく白濁の綺羅、それら無際限な散在に。
それは朝。
思い出すのだった。
ふと、その夢。
醒めながらにみていた夢。
夢?…妄想するに似た、夢。
妄想?…仮りに妄想だったとしても、むしろ他人のしでかしたぶざまな妄想、そんな。
もしくは、妄想する、のではなくて、その妄想の自然に発生し、だから自生したままの、…なぜ?むしろ、自動詞としての妄想。野生の妄想?保護観察しておくべき?
それは夢、あるいは妄想、そんな、だから違和ばかりにここで、ただ幻とでも?
たとえば、わたしが同じように沙羅と、ほとんど代り映えのしない年齢。そんな錯覚があった。どうしようもない事実の否定し得ない、だからざらついた息吹き?すこしだけ年上程度。…で、だからその沙羅の十三歳の頬を、いつものようにわたしはぶつ。
この十五歳の手のひらが。
やさしく、もう冷淡なくらいにやさしい、笑みのこちらに。
ただ、沙羅のためだけに捧げられた笑み。なぜ?そのわたしは知っていたから。すでに、殘酷で苛烈なものは、殘酷で苛烈なまでにやさしくあるべきだ、と。
だから、殴打。…なぜ?
のけぞりかえる鼻。だから、…なぜ?顏。頸。その白濁。瞳孔の、あざやかに昏い色彩をそこに持ち、しかも目醒めたままのそんな白濁。
失神?
…に、まで、いたらない、それは、一瞬?
…に、も、いたらない、それは刹那の気絶。みじかく、みじかく、みじかく、みじかく、みじかく、みじかく、みじかい、それは「なんで?」と。
それは、その沙羅。
困惑。まさか。
まさか、まさ、さ、さ、さ、さ、沙羅は日本語など話せない。知能のない沙羅。日本語を話すことができるもののみが知性的であることは日本人にとっては周知の事実だ。…じゃね?
「なんで、こんなこと、するの?」と、しかし困惑。
わたしはすでに聲を立ててわらっていた。それは錯覚だったから。事実として、わたしはそのときにもう泣き臥して仕舞いたいほどのやさしを以て沙羅に笑んでいたから。その、白目を向いて痙攣する鼻血まみれの沙羅に。
「なんで?」その、なんどめかの沙羅の問いかけに答えるすべをわたしは持っていない。なぜなら、そんなもの用意していなかったから。
そのときにすでに、わたしのすべては言葉で満たされていた。言葉を言葉とよび抽象化したいたずらなだけのだから言葉という言葉ではなくて、だからそれら無数のあふれあふれ出しあふれあふれ返りあふれ事実あふれまくったそれは言葉。ただ、言い訳の言葉。さまざまな。わたしは誤解されるのが嫌だった。自分自身にさえも。なぜならわたしがその十三歳の沙羅を憎みその殘酷で凄惨な死すなわちかの女の生きてあることの破壊を望んだ、望み、欲望し、欲望した、焦がれ、焦がれ続け求め、求めた、と?そんな事実など。
むしろもっとも親しく、もっとも、いとおしいなどという所詮他人への気持ちなどもう感じられないほどにしたしい、沙羅。その沙羅を。なぜならわずかにしか年の離れない、すぐそばに添うように存在していたかの女はただもう赤裸々に同行者…どこへ?
どこ行くの?
共謀者…なに?
なにするの?
まるでふたつではじめてひとつのものであるかの…まじ?
そんなもん求めたことなくね?
だから、わたしのこころに、その虐待のさなかにさえもわずかにも須臾の嫌惡さえもなに?
てか有り得んくね?
やばっ知ってた。もうすでに、わたしは自分の腕のなかに、だからそれは血にまみれた沙羅。いつもの折り畳みナイフで縦横無尽にその無抵抗を、…なぜ?
切り刻みさし貫いて何か所?と、いうか、何十って、かんじじゃない?血まみれの、それはもう、最初からなにも身に纏っていなかった…変態?沙羅。うつくしい、肌。大変。へ、へん、へ、へん、なに?わたしも同じだった。わたしももう完全な全裸で、なぜ?
分かり切っていたから。その流血の時には血が流れて、血はふれるもののすべての上にその色彩をさらすという事実を。だから、いいんじゃん?汚れても。洗えば、いいのさ。そゆこと。で、日差し。わたしはそれら、夢見られたそゆこと。日差し。窓越しの、だからいまだにその夢じみた妄想を?だからそゆこと。あくまで自動詞の妄想をそゆ。…って、その沙羅の額をなぜるのだった。
なぜ?
不安だったから?
たぶん。
ふれようとすれば、それが殘像にすぎなかった、などと。
その温度を、わたしは自分の指先にだけ感じていたそのときにはすでに、わたしは燃え上がる。なぜ?焰に。なにに?体中を包むだからその焰に、焰、焰にだれが?
燃えた。
なぜ?燃えた。
なにが?
だから、わたしはいつのまにか、すくなくとも須臾のうたた寢にでも落ちて仕舞っていたに違いない。気付いたときには、その眼差しの中に、沙羅は不在だったから。そのベッドのうえには、まさに、すでに、わたしはもう眼差しの中に沙羅のすがたをさがしながら嗅覚。
嗅覚にその沙羅の不在の惡臭をさがしながら、肌。
肌に、その沙羅の不在の触感をなめらかな、もう、そのまま肌のとろけそうになめらかな。沙羅。褐色の、瑞々しい沙羅。その不在におののくわたしはすでに、最初から沙羅などこの世界に存在しなかったかにも想い、まさにいまそれを知ったかにも思い、しかも、そんな事実など認めてしまう気もなくてさがす。…だれ?知ってた。すでに、そのときには、もう…なぜ?だから、まなざしが沙羅をさがしはじめたときにはもう、その沙羅。かの女がドアを開け放ったままのバルコニーに出て、そこに海にその素肌をさらしていたのを。
事実、わたしは最初からその沙羅。その黒い髪のながれ落ちる背筋を見蕩れさえしていたのだった。
うつくしい、沙羅。
もうどうしようもなくうつくしい、だから狂暴なまでにうつくしく、野蛮なまでにうつくしいその、褐色の沙羅。
レースのカーテンがはためいて、その先には海の…海?
あれは、海?
なに?
あの綺羅は、なに?
海って、なに?
なに?
だからそれら綺羅。生滅の綺羅ら。
このままずっと、見蕩れていようと、たとえばほんの数秒も無くわたしを返り見、そのくずれた痴呆の笑いに痴呆の笑い聲を立てて笑うにはちがいなくとも、こまま永遠に、無限に、永遠に、無際限に、永遠に、と、見蕩れて?
なにに?見蕩れていようとしかも、わたしはすでに見出していた。
だからそれは回想。
色彩の無い、かたちのない、だから匂いさえもない?
色彩をこそあざやかに知らせ、かたちこそこあきらかに知らせ、だから匂いに噎せ返られせていたそれは昨日の沙羅。だから、——いつ?十七日の。
すでに夜、…と、夜?
それは何時からなのだろう?
もう、完全に昏かった。
だから、六時半くらい?
わたしは海岸を歩いていた。
沙羅は不機嫌なわたしに隨うしかなかった。
それでよかった。
かの女にとっては。
全身をケロイドに覆った無慚をさらし、もはやひとりで步くのにさえ苦労する老人がたとえ不機嫌になったところでなにができるでもない。
じぶんの肌にすがることだけが楽しみの、殘骸。
軽蔑の対象でしかないそれを沙羅は、ひとり追う。
それは、だから、ひとり聞く。
その片方にあいた耳孔に。
背後ななめ右。
ふいにたてられた聲は、たとえば「るぃいばっ」と?
その耳はそうとしか聴き取らない。
それは男の知る言語ではなかったから。
それはすでに振り返った時にはすでにそれは燃え上がる。なぜ?焰に。なにに?体中を包むだからその焰に、焰、焰にだれが?
燃えた。
なぜ?燃えた。
なにが?
笑いさえしなかった。
それは。
いつのまにかそれの背後をはなれていた沙羅。
沙羅は海岸の椰子の樹木に近づく。
それは追いかけもしない。
立ち止まりもせず、しかも、見出したままに、それは月。
おおきな、ことさらにおおきな、——違う。わずかにそれは満月ではない。
わたしは知っていた。それは慥かだった。
太陰暦の併用されるここで、その十五日はすでにすぎた。
しかし、慥かに月はあきらかに色づき、あやうくまん丸で、椰子の樹木の根元の近くに、だからそれは東の海。赤らむ月の巨大はまるで、これからいままさに海に沈み込んでしまうかに似て。
沙羅がふと立ち止まって膝間付いたのは知ってる。
横向きになって、沙羅。なぜ、…と、思った。なぜ、ほくそ笑むの?片肘を意味もなくついて。
ふと、その沙羅は頸をのけぞりかえらせて、海のあやうく波にふれそうなそこに突き出た、あまりにもおおきな月を咥える。大口をひらき、そのふとり、ふとりすぎ、ふとりきった赤らむオレンジ色の月の肥大を。…って、さ。
ケツとかもうやぶれちゃうんじゃね?
ばびゅっ
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