流波 rūpa ……詩と小説089・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



聞いた。

それ。

温度のある息。

その響き。

背後にようやくしまったドアの、その響きを遠くに。

事実、遠く感じていた。その夢の中にも。醒めながら見る、見開いた眼の見た、もう崩壊していく砂達の群れ。すさまじいまでの、果てのはてまでもうめつくした極微小の砂たちはいま、眼の前でさらにいま、崩壊しつづけて崩壊。

その、それらひとつぶひとつぶ、さらにこまかなその、それらひとつぶひとつぶに、さらに極めてこまかなその、それらひとつぶひとつぶ、さらにあまりにもこまかなその、それらひとつぶひとつぶに、もはや無窮の量るべくもない崩壊を、そしてだから崩壊。ただ轟音。

耳を聾する、それは轟音。

もはや皮膚の感覚をさえ奪うほどのそれは

   鳥たちは

      翼。つばさを

轟音。眼差しを暗ませて、何も見えなくして仕舞うほどのそれは

   今

      へし折って、みずから

轟音。もはやすべての神経をさえ燒き盡くしつめたい無感に墮さしむその、それは

   飛び立つ直前のその

      翼。つばさを

轟音。——なんの?

   鳥たちは

      へし折って、みずから

だから崩壊の。

ごく微弱の崩壊のちいさな響き、それら無数にかさなりあったもはや巨大な塊りにすぎない痛みのみあるそれは

   …あっ

轟音。に、いない、と。確認する。…し、していた。まなざしに、わたしは、——だれが?

あからさまな沙羅の不在を、その——いつ?

廊下に、あるいは

   降る雪は

      塵り

なんどか足を踏み外す

   いま

      それは塵ら

階段に?その

   その花に

      散り、舞い、

照明のシェード

   いま

      塵り

白塗りの壁

   降る雪は

      それは

漆喰の——罅。正面やや斜め、その。——罅。どこにも。

聞いた。なにを?やがて、——どこ?出たロビーに、不在。だれも。フロントの女さえも。だれも。時にソファ・セットで仕事をしていた、だれも。オーナーらしい男さえ。だからだれも。まして沙羅など。

聞くていた。響く足音の——だれの?

わたしの、踏み荒らす足音は、——なにを?

花を。…ひびく。

響いていた。無防備に咲いた花、それら花、花ら、しろい、限りもなくもう海のすべての上のすべてを滿たしたそれら、花ら。

醒めた眼差しの中に、しかも夢見られた——幻の?海、果ても無い、水平線だに見せない無邊の、海。…の、波打つ水面を——波立つ。おおう厖大な——波打つ。花を蹈み、——波立つ。半地下は昏い。閉められたシャッター。そのうすい鉄板の造形をかさねた隙間すき間にもれていた日差しにだけ差されて思う、…気付く、だから知った、鍵を、と。鍵を忘れたことに、…を、…だれ?外に出ようとしていた。だれが?

外に。

その遮断された都市の中に、さ迷い出てしまったのかも知れない沙羅をさがして。

その昏い眼差しを。

褐色の肌を。

薰る黑い髮を。

そのむしろ陰湿な芳香を。

…ただの臭気?

踵を返し、階段をふたたび上がりながら、それでもすでに気付いてはいた。そんな必要など無い、と、内から外にでる時にしかも内側から鍵など。心の、——意識の?どこかでわたしはもはや明晰にそれを理解しながら駈け上がっていた。階段を。最上階、吹き抜けの階段、その一番上の天窓から差し込むのは光り。

   おれは、いま

      なぜ?…そのとき

一筋の。

   無防備。もう

      まぶたに重みを感じていたのは

外は

   あばかれた

      なぜ?…そのとき

晴れていた。確信があった。沙羅が、

   脆弱

      まぶたに熱みを感じ

ひとりで外に出たに違いないと、——どこに?

海にでも?

恐怖。

なんの?

沙羅が——なんに?海に、果ても無い海の波のひとつに…ひとつひとつに?攫われてしまう、と?その

   すみの江の

      戀わびて

波の立てた飛沫。その

   岸による浪

      うちぬるなかに

降下。ふいに降らされた

   よるさへや

      往きかよふ、夢の

雨のように?晴れた青の

   夢のかよひ路

      ただぢは

数秒のにわか雨。その連続のように?

   人目よくらん

      うつつならなむ

見た。わたしはひとりで、真昼に近い室内の暗がりの中を、——なにを?そのそれぞれの部屋を、——なにを捜して?それら、それぞれに清掃され、最後に清掃されてからもう一か月を経過して、だからそれぞれに薄くつもった埃りを…の、匂いまで?感じさせる。眼差しはかならずしも埃りなど捉え見い出していたわけでもないまま。あたりまえのこととしてどこに不在の褐色の息吹きの、殘した体臭さえ不在なのをだけ、確認。花。

造花。

薔薇と、それをとりまく霞草の。

造化?

ベッドの頭のナイトテーブルに置かれた、同じ、それぞれの造花。

誰を?…と、だれを埋葬するの?

した?

出迎えの花。

だれが來るの?

來るというの?

遮断された、だれもが部屋の中に幽閉された都市隔離の、この海辺の部屋、それらそれぞれの孤独なき孤立。

だれを?

どこのだれを弔って?

造花、——一番上、屋上はわたしたちの宿泊する部屋の、ドア。正面の摺りガラスをひらきさえすればいい。ペンハウス。ガラス越しにすでに、うざったいほどの光りの橫溢。眼差しはもう覚悟を決めた。その、中天からの赤裸々な、光の直射に曝されることに。だからこう考えて見ればいい。こんなふうに、と、そうささやく九鬼の橫顔を見る。「思考実験?…みたいな?」光り。

だから、むしろどうしようもない光り。

ガラス戸を開けた瞬間の光り。

むごたらしいほど、不埒な程に、空間中にその温度を散らした光り。

散乱。「おれたちは、——おれは、その幻の音楽の生みだした音楽を聞いたんだよ。お前に、お前との再会、かつてとの差異に、音楽のかたちを聞いたときに、おれは、その幻の音楽の生みだした音楽を聞いたんだよ」と、なぜ?

何故、あなたはわざとそっぽを向いて、そして斜にかまえて、あえて「此の耳に、」聲。ややかすれた光りら、予想だにしなかった強度の橫溢、見ないの?なぜ、あなたは、「書き写した。聞こえたままに。だから」あえてわたしから目を逸らし、「それは、おれの仕事なの?それとも、」俺を見ないの?「お前の?でも、」と、そして笑った。九鬼は「だれの?」步いた。わたしは、屋上のコンクリート。それを素足のままに踏みながら、そこにいまさら沙羅の不在をなどもはや、確認さえもせずに「お前は聞かなかった。はじめて聞いてるだろ?いま、此の音響…でも」と、息遣う。

わたしはひとり、あるいはひとりであることももう意識しないまま、その「おれは、聞いたんだ。おれは、なら、だれの?」眼差しの正面の「だれの曲なの?」手摺りの方に、「考えて見て、…」その鐵の、ブルーの塗装、鈍い反射の最初の≪流沙≫、そのプレイバックを、わたしに聞かせながら、エンジニアには聞こえない耳元のささやきに沙羅。

手摺に身を投げ出すように、——落ちちゃえよ。もうわたしは下を覗き込んだその投身自殺のその気もなくに?——落ちちゃえよ。もうとその一瞬に見い出していた。肌をすべてさらしたまま歩く沙羅の後ろ姿を。

その幻を。

見えない背後の覗き込んだ下方に。

見い出された裏道の路面に、沙羅の姿はなかった。そもそも、人の気配さえ。すでに探すのをやめていた。沙羅をは、——なぜ?確信されていたから。わたしには。

沙羅はいま、ベッドにいたそのままに抜け出して、だから、素肌のまま正午の日差しの下に海に、ひとり、歩いているに違いなかった。

後ろ向きに倒れるように、わたしは踵を返し、自分の部屋に駈けこむ。怪しむ。何の變わりも無いことに。部屋の中。なんの経年變化もないことに。おそらく、たぶん、千年以上の時間がすでに消費されつくしていたはずだった。

もう駈けさえしなかった。足は。だから一歩一步、素足に床を、御影石タイルをふんで、たぶんそれは沙羅。彼女が開けていた儘のガラス窓からベランダに出た。海。

海の色彩。

海。

のぞき込むまでもない。

前面道路を渡りきった、その、もうすこしで足の砂濱にふれる、

   すべては、あなたに

      好き放題に

階段の一番下あたりを

   この町の

      独り占め。もう

沙羅は

   すべては、あなたのために

      だれもいないから

降りていた。なにも

   その海の

      好き放題に

身につけないままに。なにも身をつけないことに、なんの意味を見い出す気配も無くて。「好き?」

「好きだよ」

「噓」と。夢路はそしてかれの不穏な唇に「お前、いま、嘘、謂ってる」笑んだ。

ただ、眼の前のわたしの爲にだけ「お前は、ね?軽蔑してるの。…きっと、たぶん、完璧に、愛する気持ち、そういうのを。たとえ」

「それは」

「俺に溺れる時も」

「ない。それは」

「だったら、いま」聲を

   ちる、ち

      たり、し

かけはしなかった。そこから、その

   ちり、ち

      たりぃし

背後。いまや

   ちった、ち

      た。たり

波うちぎわ、その

   ちる、その

      し、たた

寄せ返す波の

   ひまつ

      り、し

厖大な水の

   ちる、それ

      たたりぉ

儚い一部に

   ひまっ

      つぉつ

足のさ

   ち、るち

      お、つお

濡ら

   ち、るた

      し、たた

   ち、ちる

      りおつ

   る、ちる

      おっ。つ

   ひまつ、その

      おつ、お

   しずく、その

      おぉ、つ

   ちる、まつ

      つし、た

   それ、ちる

      したた

   ずく、し

      りおち

   ふる、ふ

      ちる、る

   ふり、ふ

      るぃ、い

   ふる、ふ

      るし、ぃい

   ふら、ふ

      した、し

   ふり、ふ

      しっ、た

   ふら、ら

      たたっ

   まう、ま

      たりっ

   ちる、ま

      …た、たっ

   まう、ま

      りおっ

   しず、く

      つ、つちっ

   ま、うま

      るぃいっ

   く、ずく

      つ、おちぃ

   う、まう

      ぃるっ、つ

   ず、くう

      ちるぃっ

   ちり、ち

      ぃるぃっ

   るち、し

      つしたっ

   ずく、し

      たった

   ずく、ち

      たたっ

   るく、し

      りぉっつ

   ずく、ち

      つるぃっ

   ひまつ

      いぃるぃっ

   ちる、その

      ちっつるぃ

   しずく、まう

      ぃつっ

   ちる、ち

      つちっ

   まう、ま

      ぃつっち

   し、ずく、し

      ぃるぃっ

   し、しし

      ちぃい

   ず、ひま

      る、ぅるぅ

   っ、ま

      ぃいるぃ

   まつ、ま

      ぃちぃい

   まう、ま

      ちるっ

   しず、ま

      つぃしぃ

   まし、ず

      ぃっつ

   ずし、ま

      たっつ

   まう、ま

      るぃいった

   まい、ま

      りおちるままに聲をかけたりはしなかった。なぜ?ついに追いついた沙羅のうしろすがたに。海、その波打ち際に足の先をぬらし、海を見るでもなく、むしろ空の、一番低い海にふれるすれすれ、そんな向こうに視線をなげて。光りの中に、曝された褐色の素肌をすでに、その大半を白濁に埋め尽くしながら、沙羅が斜めに砂浜を步くのをわたしは見ていた。

放置?

むしろ、もっと、だからもっとも近い接近。

その眼差しはただ、沙羅をだけ見ていたから。

知っていた。

もう、沙羅がすでに

   近くへ!

      ささやきの

背後を並んで

   もっと!

      聲はいつか

やや離れて步く

   もっと近くへ!

      やさしい

…気付いたことには

   その暴流の

      雨の

沙羅が

   もっと!

      花さえ散らさない

わたしの存在に

   もっと近くへ!

      その雨にさえ

気付いたことには。響きを聞いていた。なんの?その波の。潮騒の。騒ぐ波の。揺らめく波の。まなざしのなかに、かくしようもなく見い出されている、実在の、そのかたちをは終に見せない、ただ、揺らぎ騒ぐ波の色彩を。

その響きを聞いていた。なんの?その波の。焰のような、陽炎のような、その実在の煌めきのこちらに、わたしとは沙羅はただふたりだけでいた譯ではなかった。人の気配などどこにもなく、見える人影もどこにもありはしなくとも、…響き。それでもそこは廃墟ではなかった。…息吹き。人の生きてあり、人の息遣う…響き。町だった。沙羅の全裸はまったき違法にほからならない。性に対する規制の激しい、日本以外の東アジア・東南アジアに属する海辺で、人目の無い都市隔離の中でも、砂浜の上にさらされていい肌があるはずもなかった。

背後に、やや離れた距離のそこに、時に通り過ぎるバイクと車の響きがあった。だれの目にもふれていないわけではなかっただろう。だれも口先に咎めないわけも。しかしただ、あたりまえの衆目の沈黙。

通りすぎる彼等の風景の中で、だれがいちいち頭のおかしな女の全裸を、車をとめ、砂浜をその足に、しかもすくわれながら走って、息切れの途切れとぎれに咎めだてするものがいるというのか。

そのまま、捨て置かれるままにまかせた。

わたしたちは、そして風の中に髮が時に、わずかに乱れ、かきまぜられたようにも乱れ、たぶらかしたように乱れ、滅びたの?と、思わず、そう思う。わたしは。だれももういないに違いない、と。行きかう車の響きを耳にし続けながら、人などもう、世界中から。実は、その時々に流れ去る一台づつの車、運送車の中にまでも。

無人都市。

ヴィルスのせいで?

だったら、ヴィルス自体の壮大な自己破壊?

まさか。

たんなる蒸発。

蒸気が大気に消えてなくなるように。

微粒子の群れは溶きほぐされて、解き放たれて、死よりもあざやかに、わたしと沙羅意外のすべてのわたしいたちを消滅させてしまったのに違いない。

遠い太古の昔の夢見た遠い未來の海、遠い未來の記憶した遠い太古の海、いままさに見る、そして片時もそのかたちを曝さない海、だから、焰に等しく陽炎に過ぎない海のゆらぎ。

とめどもない響きだけをのこし、知っていた。もう、遠くの昔にわたしたちはすべて滅びていた。同じくに、知っていた。生まれ落ちた事など一度も無かった、とあなたは、いま、と、なに?

——なにを、見てる?

沙羅。

だからわたしは彼女の、そのたぶん波の光りを正面に受けたまなざしを死者ら語らく、











Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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