流波 rūpa ……詩と小説086・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



額から投げ捨てるられたように、前のめりに床に——だれが?その手を!くずおれたユエンは、そのまま——だれが?その手を!四肢をなげだして背筋だけ——だれが?その手を放し、反り返らせた。いびつな硬直。背骨だけの。いまだ…びびっ。四肢は…びっ。脱力したままに…びひっ。

すでに失神から醒めていたユエンは

   どぉうっ…と

      貪るのだった

必死に、そして

   どぉっ…

      ぼくたちは

一度だけ喉に奇妙なノイズを立てたのだが

   人間なの?

      見あげられた

知っている。わたしは

   ぶぉうっ…と

      その空の下

そのユエンが

   ぶぉうっ…

      どこまでも青い

いま必死に

   喉の音響

      その色彩を

身をもたげようと

   づぉうっ…と

      貪るのだった

いまだ、完全な

   づぉうっ…

      そそぐ光に、むしろ

脱力の無力のままに

   まだ人間?

      喰いつくされながら

その苦闘。だから

   どぅおうっ…と

      貪るのだった

それはユエンの

   どぅおうっ…

      ぼくたちは

あまりにも切実な、まさに苦闘。まったく言うことを聞かない四肢にユエンは苦闘し、ただ背骨だけをふたたび跳ね上げ、跳ね上げ、のけぞらし、へし折れそうに見えたほどにも「しんしゃあよ」

   死んじゃう?

      死ね!きみ、まさに

ささやく。

   死んじゃう?

      永遠のイノチ得るため!

ほほ笑みながら、軈て、ユエンはようやく四肢の自由をとりもどした時に、

「もう、(しんじゃ、しゃ、)死ん(しんしゃ、じゃ、)ちゃうよ」

生きてるんじゃない?——そう、耳元にささやいたわたしに、ユエンは、床の上、——聞こえなかった、よ。抱きしめられた——聞こえ、わたしの(…幸せ?それとも)腕の——聞こえなかった、よ。中に(あなたは)甘えてみせながら(しあわせだった?)顎をつきだして(その時)見上げたわたしに(腕の中、その体温の中では?)

「死んじゃう、かと。…思ったよ」

「どうしたの?」

   あったかいね

      それは不快

「心配、した?」

「失神したの?」

   あったかだね

      あさい、決して

「心配、だった、…ね」

「ちょっと…」

   あなたのほっぺも

      深くはない

「眞砂さん、ひとりで」

「病院いく?もう」

   その翳りさえ

      でも

「心配、だった、…ね」

「大丈夫?いま」

   ななめにながい

      鮮烈な

「失神、じゃあ、ない、…よ?」

「意識ある?」

   影さえも

      うざったいから

「たちくらみ。…だよ?」

「いつも?」

   あったかだったよ

      その女の媚びも

「気が、うすく、なったよ」

「俺、」

   あったかだったね

      かよわさも

「ぼうっと」

「はじめて見た、いつも?」

   あなたのまぶたも

      その事実も

「だから」

「失神するの?」

   その翳りさえ

      その裝いも

「死んじゃう、かと、思った。…よ」

「貧血?」

   ななめにうすい

      うざったいから

「でも」

「もう」

   影さえも

      消えろよ

「心配、ないから、…ね?」

「ピンク色」

   ぼくは触手を

      それとも

「死なない、ななな、ない、からね?」

「もう」

   ふるわせていた

      おれが?

「いつも、だから。…ね」

「ほっぺた。だから」

   歯茎の触手を

      笑いそうだった

「ときどき、ね?」

「もう」

   あったかいね

      でも、せめてまともな

「いつも、なる、だから」と、ユエンはいまだに痙攣をやめない右の瞼にさえ、ほほ笑みを兆して「俺は許し続けるよ」ささやく。かろうじて。だから、かろじてようやく、その聲を聞いた。あの、気の狂った男の聲を、「俺を。いつでも、俺は」あのあたたかな「赦しつづけるよ」その

   轟音。それは

六月の雨の音を聞きながら

「俺は無理」

   それらは轟音

呼び出した神社の茂みの翳りにまばたいて、そのまばたいた後、一瞬の右眼の瞳孔がひらきっぱなしなのに気付き、…ユエン。思う、まだ、右眼だけ醒めてない?

その、今日はすこししつこい立ち眩みから?…と。ユエンの唇がわたしになにか巻き舌でささやきつづけていることは知ってた。その響きも聞きとりながらそれでもわたしはユエンの瞳孔、その片方だけの…見える?失神の持続に「俺はあんたを殺したい。百回でも千回でも」

彼は一瞬、表情をなくした。その時に——本当に?

見てなどいなかった。

本当は、彼の顔など、もう

「一万回でも?」

わたしにとって彼は

「永遠にでも」

視野におさめることさえ厭わしい

「知ってるか?」

まして正面に見つめるなど。すでに視野を埋め尽くしていたのは降る雨の量るべくもない水滴。それら、それら、それら無数の際限ない散乱、轟音。だから葉をならし、轟音。土をならし、轟音。鐵をならし、轟音。コンクリートならし、轟音。敷き石をも鳴らしふりつづける白いきらめきらそれら轟音のユエンの失神の虹彩の上の。

ゆらぐ。

なぜ?

ユエンの唇の、頬の、口蓋その骨格のうごきに、——もう、と。

なにも云わなくてもいいよ、と、いまは。あなたのその眼はまだふいの失神から醒め切った眼差しに、わたしは見ている、と。そう思っていた。彼を。

醒め切り、感情も無く、突き放した、冷酷な眼で。

視野をただ降る雨の白濁(——の気配。ただ、そ——の気配。気配だけを、そしてそ——の気配。それらあざやかな色。むしろ薰り薰りたつようにも…四方に!あざやかな、…四方に!晴れた日の…四方に!及ぶところではないもうだから沁み込むようなすべての色彩。あまりにも濃い葉の)それにだけうずめて(樹木。ら、樹木らの無数…枝の)だから(雨つぶ厖大ななそれらのそのものの)死んでいった少女達への(鐵、手摺の)謝罪の心さえもう(石、石段の)纔かにさえ「知ってるか?」

なに?

「お前、」心配ないよ、と。

ユエンはそう云ったのだ、と思った。

その、ふと返り見た目に見止められた唇のかたちに(——耳にも?)だから(ひそかにあますところなく耳、ひそかにあますところなく聞き取っていた)思わず(耳にも?)ささやく、…なに?

「本当の犠牲者が誰か。…だれ、」

大丈夫、もう

「なに言ってるの?」

ちゃんと、生きてるよ

「知ってるか?だれが」

もう、ちゃんと

「おかしいの?頭」

ありがとう。眞砂さん

「本当の犠牲者か」

手伝ってくれたね、と、云って笑う、笑うわたしに、——助けてくれた。…と、その日本語の訂正をわたしは自分の喉の奧にだけ…ひそっ。した。いつも…ぼそっ。間違える。ユエンも、だれも、此の…ぼそっ。国の人たちは。手伝うも助けるも、たぶん彼等の文法では同じ単語を使うべきだから。「…糞だね」

「俺。あの綺麗な、かわいい、いやらしい、発情した、誘うしか脳のない」

死んで。もう

「糞だね」

死んで。もう

「だから、やった」

死んで。もう

「あんたが、糞」

いますぐ死んで、と、わたしは「あんただけが、糞」つぶやく。なぜ?雨の中にやさしく語りつづけるその男の聲を、もはや耳に入れたくなかったから?

ぬりつぶして?

「あんただけが、世界中でひとり、ただひとつだけ、あんただけがもうかけがえないほど永遠に糞で、永遠にクズで、永遠に汚れてて、永遠に」

塗りつぶしてしまいたかった?

「死んで。…だから」

埋め尽くして?

「おれの見てるいま、だからいま死んで」

埋め尽くして仕舞いたかった?

「お願い。いま此の時いますぐ死んで」

かれを糾弾するわたしの言葉の群れで「…知ってる?」と、「…すべて分かる。たぶん。」香り。あるいは「わかれば、…その」臭気?髮の毛の「言葉さえ分かれば」長い、伸ばされた「聞き取ることさえ」病んだ生き物。たぶん「聞き取ることさえできれば」母、と、わたしがそう呼ばなければならない「あなたが、」女の「言葉」その耳元の近く?「言葉らしいかたちもない、」そうじゃない。むしろ「それらの言葉」壁のこちら側に「すべての、」聴き取られた「すべて、たとえば地表の、」突き当りの「地中の、」正面の「イノチの群れ」窓の近くの「すべて、」聞こえていて、「この地のはるかな上」しかし耳元に「わずかな上」そのごく至近に「飛ぶイノチたち」響いていた音聲としてのみ「たとえば」もはや「それらのすべて」虛僞の記憶をうえつけられ「わかれば」いつかその「言葉さえ」耳元でささやかれたとこそ「…知ってる?」知っていた、その、「わかる?」それら言葉。…それは「聞き取れれば」気の狂った「蚊の」母の「太古からの」香り。あるいは「蚊の遠い微細な言葉さえ」臭気?「あなたの遺伝子が未だ立って歩くプロセスさえ記入していなかったころの太古からのすべてが」口臭。その「見ていたから」匂いそれぞれの明確な記憶さえも無く、「蚊の群れ」なら「すぐに死んでいく」なにを記憶していたのだろう?なにを「蚊たちの」感じていたのだろう?なにを「ゆらぐように飛ぶ」知っていたのだろう?「見ていたから」死ねばいいと「太古の昔から」思っていた。だれも「知っていたから」かれも、みんな死んで仕舞えば、と「その言葉」むしろ「言葉さえ」すべてのイノチなど本当に「語るべき言葉さえなく」生きているのだろうか、と「見つめることさえも無く」だれか「ゆらぐように」その正確な定義——イノチ、とは?定義など、「飛ぶ、」だから「いつも」生きていることの「ゆらぐように飛びながら」その正確な定義など、「殺しながら」記憶。…母の「その意図もなく」その母の「無数の、その」言葉の「さしこまれた針に」ささやき。ただあざやかな「ヴィルスの群れで」狂気の?…だれ?「殺す意図も無く」だれが狂ったの?「破壊の意図もなく」だれが狂っているの?「無数の殺戮」見る。ただ「殺しつづけながら」冴えきった「見ていた」まなざしで「滅ぼされる群れ」見る。だれが?「人の群れをさえ」わたしが「滅ぼしながら」誰か?「見て來たから」それ、「知っていた、」…光り。それら「明日の朝にも、」逆光の「いまにも、」中に「息絶えながら」みずからのかたちを「わずかなイノチ」隱したに等しい「ほんの一瞬の」あきらかに「ひたすらな儚さ」赤裸々な形姿として「…知ってる?」さらす。母は「その蚊たち」もう隱され得るなにもなく母は、「ゆらぐように飛ぶ」彼女の形姿自体を「その」と、日を閉じた。

長い(…とは、必ずしも)睫毛を、わたしの(かならずしも長いとは言えない、むしろ)まなざしがはっきりと捉えかけたその(なんの色気も無く)一瞬には(なんの表情も)ユエンのまぶたはすでにひらかれ(なんの兆しも無い)腕のなかで(ただ黑い)そして(黑い毛の橫一列の密集。それは)もはや失神の気配は消えた。右の瞳孔にさえも。トイレの、不意の失神——淺い、たぶん完全に意識の消えることはなかった失神

「怖かった。ちょっと」

   だいじょうぶ?

      匂うのは

「ちょっと、…だけ」

   びっくりした?

      なに?

「白く、なった。…よ?いつも」

   死んだと思った?

      その

「いつも、白くなる」

   わたし

      不穏に甘い

「叩いたよ」

   死んだと思った?

      無防備な

「壁」

   生きてるよ

      臭み

「ドア?」

   大丈夫だったよ

      匂うのは

「なんか、叩いたよ」

   怖かった?

      なに?

「眞砂さん、」

   びっくりした?

      だれかの殘した

「…気付かなかった?」

   大丈夫だった?

      体臭に似た?

「気付か、なかった、から…ね?」

   びっくりしたね

      匂うのは

「聞こえなかった、…よね?」

   もう

      なに?

「だから」

   大丈夫だったよ

      妙に、なつかしく

「叩かなかったんだよ」

   もう

      妙に

「たぶん」

   ぜんぶ、おわったよ







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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