流波 rūpa ……詩と小説085・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



最後に衰えゆく聴覚の確認検査に——聞こえるのだろうか?

   だって、もう

      二度目の言葉

いま?

   聞こえていたから

      鮮明な兆しの

連れて行ったのは

   もう、すでに

      殘した言葉

いつか。二年前だったとして、なら、もうすぐ耳さえ聞こえなく成るはずだ、と、なら、それはまだ聞こえているのか?と、なら、しかし霞美にはついに確信がいだけないままに、それでもそれの虹彩はゆらいでいた。だから見つめた。高音から順に鳴らしていくその一点で、いつかその音にだけ水平にゆらぎかける(…た?…た、ように思った?…た?)瞬間を、「…それ」と、≪流沙≫の聲。

聞く、——その音。

と、≪流沙≫の。

見た。

もう誰も弾かなくって、調律さえまともでないはずの鍵盤を、無理やりのばした一本になぞる、それは≪流沙≫の指。

なぜ?

くすり指。

なぜ?

海。

海を見ていることにさえもう気付かないくらいに素直に、謂わばただ純粋に?…一途に?一途という意味さえ干からびて仕舞ったほど一途に?見ていた、海。それは、その白いとしか謂いようのない海を見ながらわたしは、気付く、それに。…なに?いま、わたしの視野の下、眼差しのなかには終に不在の沙羅。その存在さえいま、忘れられていた、と。

だれに?

   陽炎に

わたしに。

   きざすかたちは

なぜ?

   それは

と、…思う、なぜ沙羅は、その

   なに?

ユエンの爲にしていた眠りの…死の…不在抹消の擬態を止めないのだろう、もう、しかし未だにベッドの上で。姿のない沙羅、…褐色のあざやかな、見えない沙羅は。眼差しのなかに、すでにとっくに消え去っていたそのままの沙羅は。だから沙羅をは

   陽炎に

      たとえばいつかの

見なかった。わたしは、

   きざすかたちは

      あなたの泣き出す

かならずしも、だから

   それは

      四秒前の

海をも。だから、

   なに?

      その

眼差しがなにを見出しているのか、ついに知りもしないままに思う。ユエンは?トイレに入ってからの時間を思った。

それとも、と、だから思う。そこで蒸発してしまった?ひからびでもするかのように。…と、だから

   あ、いま

      窓を、と

まばたく。

   気付いた?

      あけろ。いま

だから

   いま、ほら

      窓を

知った。その筋肉。そのかすかな温度。わたしの

   きらって、ほら

      饒舌すぎる沈黙がぼくらすべてを窒息させ失神させすぐさまな殲滅をくれる前に

瞬きを。眼球。あまりにも複雑な

   あ、いま

      窓を

機構。しかもさまざまな

   気付いてた?

      あけろ。いま

種類の。それら、厖大な——だから

   いま、ほら

      窓を、と

鳥の。魚の。蛸の。烏賊の。雄性先熟のあざやかな魚の。その、イソギンチャクの触手の向こうに泡立ちを見た。あるいは複眼。トンボの。蝶の。すでに滅びた、瑪瑙の中に留まる古代の蚊らしきそれの。不意に思う、…何度目に?

数えられないほどの何度目かに、視野というもの自体が存在しない世界に、——なぜ?

はじめて眼を見開いたいきものの眼を見開いた必然など、——いつ?

あるのだろうか?そんな必然など。

なぜ?

   見つめたの?

      ここだよ

なぜ開かれたの?

   どうして?

      どこ?

なぜ?

   わたしに、ひみつで

      ここに、わたしは

その眼差しは。

   なぜ?

      どこ?

一番上手につじつまを合わせれば、たぶん

   見つめたの?

      ここだよ

神を召喚すればいい。ちゃんと姿かたちのあり、眼球さえ持っている、…天眼?まさか。あまりにも普通の肉眼。その、眼もて見る眼に見える神を。彼が(——彼女が?)自分に似せて、だから(——彼にして彼女が?)まったき完全な人格神。血も流せば(彼から彼女に転移するものが)淚も流す。そんな(——彼でも彼女でも無いものが?)神を。

神を非合理だと否定するのは、もっとも非合理な論理の結果に過ぎない。假りにその実在の証明がいかにしても不可能だったとしても、神さえ導入すれば総ての事象はたやすく安定を取り戻す。

なんの不安も、なんの軋みも、なんの恐怖もなく。

その在所は、あるいは十一次元にだけ許された論証の証明するかもしれない百十一次元にでも想定すればいい。所詮三次元には存在不能な事象さえ、そこなら存在し得るにちがいない。あるいは、誰にも論証できない、信じる以外にすべもない、あらゆる神という神、魔物というも魔物もすべて存在したに違いない。イエスキリストも。アッラーの神も。アフラマズダ―も。シヴァも。帝釈天、阿修羅、かるら、光をはなつ仏陀も、天照大神も、八岐大蛇も、あるいは大陸に君臨した半蛇半人の幻の王さえも。

それでなければ眼球など眼を見る爲の装置でさえないことを認めればいい。

進化などなかったのだ、と。無数のバグ。バグのバグ。バグの獏のバグさえバグ。あらゆるものの矢継ぎばやの崩壊にひとしい畸形化の産物だったと。假りにその矢継ぎばやの速度が、わたしたちにとってだけ悠久の時間としてこそ捉えられようとも。

いずれにせよそれがあやうく光りと結託し、あやうく脳と結託し、結果的に視野を獲得したとしても、そんなことの爲になど存在しなかった。

単なる畸形に目的などないから。

だからそれ本來の機能も。

そうやって生まれた、そんな無数の畸形たち。

すべての、眼を持つすべての畸形たち。

だから眼差しは偶然だった。奇蹟的な確率の。ガンジス河とメコン河とさらには黃河と揚子江を、その渇き切っていた土が最初の一滴を知った最初の水の流れのひとふれから、この惑星自体の滅びの時、干からびて絶える滅びの最後の一刹那のうるおいまで、そこに流れつづけたすさまじい数の砂粒、…そのすべての砂、それらすべての数に、そのおなじ数乘した厖大な数を、さらにその同じ数乘し、さらにその厖大な数にその同じ数乘しつづけ、繰り返し、繰り返しつづけ、軈てはもはやどれだけ繰り返したかわからない謂わば量るべくも無いさまじい数を分母にしてようやく発生するかけがえのないだから、もう推し量りようもない1、その1こそが視野をひらいた眼球の確率だった、と。

無量の砂つぶの総数の無量乘分の1であっても切り開かれたならそれはたんなる必然として知られるしかない、その眼差しをもつものに取っては。

あるいは存在しているに違いない。曖昧で、でたらめな微粒子の振る舞い、その振る舞いがなされる、なされない、かつてなされた、なされなかった、それ無量に無量を無量乘した分母の、その數そのものに多元そのものとしてすべての物が存在するとすれば、たぶん、無量に無量を無量乘し無量に繰り返しつづけた分母のうちの1としてのその瞬間には、やわらかに液化した櫻の紅に近い紫色の花弁の、金星から月に降り注ぐオーロラのようなある週末の朝の六時半ちょうどの空を、アンコールワットの廃墟の石のその翳りで、しなやかな翼をもつ牙のある蛇は見上げたに違いない。その風景は偏執狂の夢?

まさか。

たんに、ありふれた小学生レベルの簡素な論理学に、と、雫。

したたる雫。

雫、——いつの?

しずく、なんの?

雫、玉散りなぜ沙羅は、そのユエンの爲にだけしていたはずの、だから眠りの擬態。

擬態、…死の擬態。

擬態、…そこに不在の擬態を止めないのだろう、もう、すでに、しかし沙羅だけ未だにベッドの上で。

姿のない沙羅、…眼差しのなかに、すでに

   見えないよ

      ああっ

消え去っていたそのままの

   見えないよ

      あっやば失神

沙羅は。だから沙羅をは

   きみだけが、いま

      ばっ

見なかった。わたしは

   見えないよ

      ああっ   

かならずしも、そして、——なに?

   見えないよ

      あっやば失禁

海をも。だから、眼差しがなにを見い出しているのか、ついに知りもしないままに思った。ユエンは?トイレに入ってからの時間を思った。それともそこで蒸発してしまった?ひからびでもするかのように。たとえば、水たまりの水。

陽光のなかに?…そんな、思い出すように、わたしは、そしてそんなふうに聞いていた。耳は、その

   腐りそうだよ

      ぐじゅぐじゅっ

聲。

   は?

      ちゅー

なんの?

   骨髄も、なにも

      ぐぢゅぐぢゅっ

聲、…ユエンの。

   こんなに空が

      ちゅー

だれの?——助をもとめた?

   は?

      んばっ

…聲。いずれにせよ

   晴れてたからね、

      ぐしゅぐしゅっ

聲。それ、みじかい、あるいは犬の喉を締め付けたらそんな音がなるのかもしれないと、…ぐ、と。

ユエンの、…どこで?その聲を聞いたと意識が、その響きを聞き取ったと知ったときにはわたしはバスルームのドアを叩いた。完全に締め切られてはいない、その。

知っている。もう、いつもユエンはここで、完全には決して締め切らない。鍵などまして。放尿の時も、素肌をさらした入浴の時も。恥を知らないとは云えない。そんなものなら知っている。原始人でも類人猿でも犬でも恥らいくらい。さらした乳首に孔を開けたパプアニューギニアのいつの時代にか撮影された女、その褐色の肌の白人じみたブルーのノーブルな眼差しの奧にも。羞恥の様式の差異にすぎない。心を許した人と同じ空間にいるときに、ドアは閉められる必然を失う、と。かならずしもすべてのベトナム人がそうではなくとも。だから見ていた。わたしは、すでにわたしがこじ開けるように開け、しかももう開いていたドアの正面に、便器に座り込んでユエン。いやらしい体。股を開いて、両腕を投げ捨て、それはユエン。身をのけぞらしてすべて、失神したかにすべて、脱力したのは、その、そんなユエンを、——大丈夫?と

   そよぐ

      聞く

あえてささやく、わたしは

   風、そよぎ

      何度も

なぜ?

   風、その

      聞いた

思った。もう

   そよぐ

      何度も

ユエンが

   風。そのなか

      何度?

もう、死んだと?

   消え失せた

      聞いていた気がした

もう、すでに

   薫りを

      あなたの

ユエンは

   消え去った

      だれの?

ひとりで

   薫りを

      あなたの吐いた

眼、その

   嗅覚を

      吐息の音を

見ひらいた

   未だ殘した

      見ひらいていた

眼、その

   ひからびた

      その眼に

ユエンの

   蛇の殻は

      見る

さらす白目に

   いとおしみ

      彼女に

思った。…大丈夫?

   ゆれて

      おおいかぶさる謂わば

死んだの?

   ゆれるのもひとつの

      無慈悲な強姦者の

もう、あなたは

   追悼の、それは儀式

      目。強姦という

死んでたの?

   いたましいくらいやさしい

      意味さえ知らない

その魂も

   ひとつの儀式

      未熟な眼は

そこで、もう

   姿をけした

      もう

死んだ?壊れたの?

   蛇、その

      聲さえ

消えた?

   渇いた殻

      あげることも

あとかたもなく?

   そよぎ

      干からび始めた

汗ばんだ

   風、そよぐ

      喉の

湿気た

   風、その

      熱を

その生き生きと病んだ肉体をだけ殘し、——大丈夫?と、引きずり出したユエンの頭部が、ぶつかったべニアのドアを揺らした。音を立てて。なにもかも…ぶぼっ。台無しになった気がした…ぶぶっ。無様な…ぶぼふっ。音を。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000