流波 rūpa ……詩と小説081・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



      ふれない頃に

哄笑され、もてあます

   ふるえていたよ

      だれ、いま

時間の厖大の幾許をせめて

   知られないまま

      思い出したように

埋める爲には夢路は、かならず

   引き攣っ

      息を飲んで

わたしを呼んだのだった。可能な限り、わたしが飽きはてるまで、まるで女の本当の目当てがわたしで、それを自分だけが知っているかにも擬態してと。とはいえ結局のところ、その女と夢路の関係の詳細をわたしは知らない。店で垣間見たにすぎず、あるいは実際には夢路自身、ほとんど実情など知らないにひとしかったにちがいない。夢路の謂うことはいつでも後付けにすぎなかった。わたしと同じように。いずれにせよ、だから、わたしにとってその日の夢路の暴力は、時に制御不能になる夢路の衝動の、いつものありふれた突発的発生のひとつに過ぎなく思われ、そして、すでにかかわりようもない他人ごととして見捨てられていた。「…前に、こいつ來た時、——いつ?三日前?…だっけ、店に…だっけ?…あの時、いたよね?お前も、呼んだよね?…あれ。…おれ、…ありがとな。…あれ。わかるでしょ?あの時、…くそだから、こいつ、くそ。まじ、…だから、さ、…ぼろぼろ。…でしょ?酔っぱらっちゃってたんじゃん。てたじゃん。てから來たじゃん。こいつ。…ありがとな。あれ。カス。むしろ、こいつカス。だから、クズ。言ったの…いつ?…あれ、いつ?お前が一回、席ぬけて、…いつ?…あれ。あれ…いつ?覚えてない?バースデーだったの。あの日、だからこいつ糞。ぼろぼろでしょ?こいつ糞。つぶれてたでしょ?行ったんだよ、此の…こいつカス。まじカス。糞、此の糞——あの變なの…って、それ。あの、變なの、遣りまくってるって、…って、それ。お前。…わかる?おまえのこと。あれ…いつ?覚えてない?お前、抜けたでしょ?席、…吐きそうな顔して。此の糞、糞。カス。吐きそうな顔して、クズ。笑ってるから。カス。ひとり、糞。…連れと。ひとり、笑ってるから。糞。まじカス。ひとり。連れも、笑ってるからねもはや。糞じゃん。やつら。許せないわけ。おれ、…わかる?あの時、わかる?惡くなかった?機嫌、俺、…じゃない?おれの、——でしょ、最惡じゃなかった?俺の、——じゃん。許せないわけ。こいつカス。許せないでしょクズ。こいつら糞。ウジ虫。踏みつけるでしょ?…違う?そういう惡口、さ。…こいつの店の〇〇だっけ?あの。太いの。ふっといの。あれ——入れ込んでるじゃん。お前に、いまも、あいつとお前が、——何がわかるの?…じゃね?違う?なにが、こいつら。違う?こいつらに、もはや何がわかるの?…じゃね?俺らのこと、だからなにがわかってるの?こいつらに、こいつ、糞まみれの便器。…だろ?やりまくってるってよ。あの豚。豚と白豚。糞豚とやりまくってるってよ。わかる?…じゃね?…じゃないの?なにがわかるの?…こいつ。だから、」

「制裁したの?」

と、振り向き見たえわたしに夢路は「気にしなくていいよ」と、そして、ややって額にキスをくれた。無表情な須臾、そしてなぜか詫びるようにくずした笑みの、そのうつくしく思われた殘像を名殘らせて。と、突然鼻に笑って目を逸らすと、夢路は

   あやういのだった

      夙夜。それは

いまさら女の

   もうすぐ崩れ

      危険な時間

路上に傾いたままの

   壊れそうな

      夜の死の

後頭部を

   漆黑の空

      唐突さに怯えた

踏みつけ、顏面に

   あやういのだった

      夙夜。それは

深く、硬いコンクリートの

   まえぶれもない、その

      危険な時間

キスをくれてやった。未だ

   崩壊が

      完璧な夜の

日の差さないうちに、わたしたちはその場を離れた。逃げたという実感も、またもとからそんな気もなく。だれか追いかけて來る可能性がまったく見い出されていない完全無欠の無罪に、立ち去ることは一切逃亡の意味をもたない。

返り見られた一瞥さえなく取り殘された女は、いわば壊れた青虫だった。

その必然は知らない。

完全に脱力しきった捥——力が、もう入らないとでも?

ただ生き殘った顎と頸を、だから無理やり苛酷にそりかえらせて、そして路上、そのコンクリに撫でつける太ももでひたすら前進していた。

なぜ?

青虫。

どこへ?

無数にはびこる青虫たちのなかで、それだけ特異なほどに洗練を知らない、下等な、愚鈍な、もっとも無様な劣等個体。

それ、なに?

だれ?

その他、希薄な周囲の、——だから通行者たち。

かれら。

それらの散在。

その三十分近い…以上?容赦のない人体破壊の時間の中に、すれ違って行った想えば多くの通行者たち。

誰も仲裁に入らなかった。

逃げまどいも。

特に大きく迂回するさえ。

いきなり踏みはじめる早足さえ。

その、それら、男たち。

女たち。

わかいやつ。

くそガキ。

老いぼれ。

ただの糞。

事実としての野犬の?…糞。

くさいの。

くさそうなの。

もうおわってる奴。

おわってるっぽいやつ。

おわりすぎて、もうおわりの意味さえないやつ。

猫背のやつ。

落ち着かないやつ。

莫迦そうなやつ。

どうでもいいやつ。

それら。

その誰もが止めには入らず、かと言ってこんばんはの挨拶も無くて、当然警察が呼ばれて來ることもなかった。公然と女ひとりが壊されていく現場の、ひたすらひらけた空の大きなそこに。思った。なぜ?…と、みんなつめたい人間だから?みんなこわれたヒトもどきだったから?だれもが実は冷酷だから?我を忘れて?目にした突然の暴力に。不意の——あれ?

これ、なんですか?

なに?暴力、予想だにしたはずのなかった、想定外の、辛辣な——あれ?

これ、なんですか?

なに?破壊。——茫然自失?しかもみんな例外もなく?みんなやっぱり、怖かった?むしろただただ痛ましかった?痛かった?まるで自分が嬲られていたように?むしろ——あ。

やばっいたっ。

あっ怒りのあまりに言葉を忘れ?なすべき最善の行動の選択をすべきあたりまえの必然さえ忘れ?自分の名前は?年齢は?住所は?透明な瞋恚にふとなぜか意味不明の沈黙に——あ。

やばぁぁぁぁぁぁぁ…

やばっ落ちて?どうして?むしろひたすらかなしかった?あの女が?此の俺たちが?あるいは此の世界が?このあまりにも殘酷で冷酷で無慚な世界が?見捨てただけ?自己保身?見切っちゃったから?もう——無理じゃね?

も。

まじ無理じゃね?壊れてるよって?手遅れだよって?もう駄目なんだ。ぜんぶ壊れて、壊れきっちゃって、だからだからもうぜんぶ完璧人はみんな、…ね?壊れものだから。…ね?ひとりじゃない、ぜ。さびしくない、ぜ。見えなかった?見えむしろ見え夜の、街燈に照らされたあまりにもあかるい都市の所詮淡くやさしい夜のうす闇のなかに?…どんな闇?それ。病んでいた?おれ。助けを呼ぶことさえできないほどに、人を呼ぶさえできないほどに、逃げだすことさえできないほどに、病んでいた?だれ?なぜ?

   なぜ?

      疑いようもなく

もはや背後の

   なぜ?

      ぼくらは

もはや遠くに

   その薔薇

      留保なく

海抜、頭のはるか上にせりあがった

   紅の

      犠牲者だった

地表の上に

   なぜ?

      疑いようもなく

這う女のことなど

   なぜ?

      ぼくらは

忘れ、すでに

   その雨の中に

      解き難い疑問に苛まれつづけた

その存在さえ

   あざやかな色彩

      犠牲者だった

忘れもはや、疑問の散在

   まるで、失神。…その雨の

      ふりそそぐのは

痛みこそ

   なぜ?

      だから

痛みさえある

   なぜ?

      轟音

疑問の散在

   その

      石の雨の暴力的な飛沫。…そんな

なぜ?…と、心の中に問うわたしはまるではじめて二本足で立つことを知った猨以下の知能のヒトの幼児のように「NHKじゃない?」

表参道のガードレールに腰を下ろし、明治通りの信号を待ちながら夢路は云った。もう「あそこ、NHKあるじゃない?」すでにただ沈黙をもて遊びながらすれすれにすれ違うお互いの肌の、その感じ取られるあたたかみにひそめたいじらしさを知り戯れていた、そんな——何時?

六時半?…とか?

「ごめん」と、だからわたしは「なんの話?」

「なんか、撮影だと思ったんじゃん?…公園通り。なにも、邪魔するやつ、いなかったじゃん。…あれ、ロケ?…みたいな?」笑った。ひとり、わたしが。…それはない、と、

「NHKにあるまじき、強烈な暴力的描写。…あたらしき波?」そして「…みたいな?」夢路はわたしの髮をかき上げ、電子音のしらべを變えた不意の青信号をは返り見もせず、…したいの?

と。ささやくわたしの耳元に、だから、「したくないよ」

爪先立って、背伸びしたまま「…ぜんぜん?」

いいよ。しても、…

「だめだよ」

「なんで?」

「あの子、いるよ」とユエンは

   解き放て!

      投げ

   解き

      投げつけようと

   解きは

      空に

   その只中に

      なぜ?…晴れた

   あのくれ

      空。…花

   紅の

      花?

ね、…と

   色彩。その

      薔薇

なに?

   痕跡だけでも

      ハイビスカス

…ね、…と

   解きは

      空に、花

したいの?と

   解き

      投げつけようと

ささやき、

   解き放て!

      薔薇。投げ

わたしの耳元に、不意に「したくないよ」爪先立って、背伸びしたまま「…全然?」

いいよ。しても、…

「だめだよ」

ユエンは

「なんで?」

眼をことさらに見開いてみせ

「あの子、いるよ」つぶやいた。諭すように、沙羅の眠る、——死んだ、失望を音もなく自分ひとりで咬み殺したかのように——消え失せた、わたしをむしろ慰めそそいでいた同情をせめて知らせてやろうとしたかのように——存在しないふりをする、そのただしずかに滲んだ悲しみの純度を確認しているかのように、むしろ孤独をだけ際立たせた沙羅のベッドを背にして。

だからわたしは思わず、聲を立てて笑った。

軽蔑?…を、は、あやうく悟られないまま回避して——本当に?

あるいは、あやういどころか危険そのものに飲み込まれ、しかもなにも気付かないまま?その、ワクチンの申し込みをした日、部屋を出る寸前の数秒に、「気にしないじゃない」と、…一分に?いつも、…ぎりぎり未満?気にしないよね?「…違う?」ささやいたわたしに、ユエンはなにか言いかけた。と、すぐさま言いあぐねた。と、まばたく。だからわたしは「したいんでしょ?」

「いじめる、は、よくない、よ?」

   わたしたちは

      敎えて

「いじめてほしい?」

「我慢、して…ね?」

   きずつけあって

      その睫毛

「いつも」

「ね?でも、…ね?わかる…」

   やさしく、いつか

      複雑に

「欲しがってるじゃない?」

「眞砂さん、」

   なるのでしょう

      しかも

「いつも」

「したい、よね?」

   わたしたちは

      難解に

「あの子の前で」

「すごく、ほしいよね」

   かなしみのはてに

      引き攣っていた意味を

「あの」

「わたしが、すごく」

   いとしさを、いつか

      敎えて

「眼の前で」

「好き、だから、…ね」

   しるのでしょう

      その瞼

「妬けるから?」

「だから、…わかるよ。だから、」

   わたしたちは

      ひと息もおかず

「気持ち、確認?試す?」

「わたし、は、わかってるよ」

   にくしみあって

      もう、筋肉も

「わたしのほうが」

「でも、」

   ゆるしを、いつか








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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