流波 rūpa ……詩と小説082・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



      もう、神経も

「綺麗って?」

「でも、ね?」

   とうとぶのでしょう

      壊れ切った

「愛されてるって?」

「いまは」

   わたしたちは

      そんなふうに

「確認したい?」

「我慢して。…ね?いま」

   ころしあって

      痙攣しつづけた

「いじめてほしい?」

「ほんとは、ここ」

   ほろびたあとに

      その意味を

「聲、おもいきり立てたい?」

「來ちゃ、」

   すくわれるのでしょう

      敎えて

「日本人みたいに」

「ね?」

   わたしたちは

      その顏

「日本の」

「ほんとは來ちゃ、駄目、だから」

   だれものこらない

      もう、腐りかけた

「女の人みたいに」

「…ね?」

   かんぺきなせんめつ

      殘骸にすぎない

「上手なユエンさんの日本語で?」

「だから」

   そのむじんのあれのに

      その顏に

「いじめられたい?」

「ね?」

   えいちを、いつか

      そのほら孔の

「いたぶられたい?いつもみたいに」

「我慢、して、」

   きずくのでしょう

      眼窩の跡に

「今日も」

「…ね?」

   わたしたちは

      やすまず流す

「あいつの目の前で」

「したい、よね?」

   けがれきった

      淚の理由を

「あいつにおもいきりシカトされながら」

「我慢、できない。…だよね?」

   だいちのこうはいの

      その意味を

「あの子のとなりで」

「好き、だから」

   がれきのちりになったあと

      敎えて

「寝たふりの」

「したい、だから。でも」

   しじょうのらくえんを

      もう、だれも

「背中のこっちで」

「我慢して」云って、「…ね?」ユエンはようやくわたしの頸にしがみつき、——なぜ?自分の二の腕とわたしの頬に、——なぜ?額をなするように、そして思い切って顔をうずめた。額を、わたしの骨格の硬さに傷めつけながら。痛みに気付きもせず?愚弄?

わたしは。

ユエンを、愚弄?——なぜ?結局は、滑稽なくらいに思い込みの激しいはははっ莫迦?ユエンのせいで、そもそもそのはははっ莫迦?耳に直に届く可能性の殆どないはははっ莫迦?嘲弄だったとしても、せっかくはははっ莫迦?

ははっ警官に追い返され、あるいは追い掛け回される危険さえ犯したユエンをしかも、自分の口にもて遊ぼうとしたのか。

なぜ?

みづからのこころに素直な苦痛をだけ感じていながら?わたしはむしろ、それら矛盾におもわれた難解さが、ただ、疑問だった。

口を突いて出る儘に、そしてもう容赦なく無慚に聞こえていたユエンのわたしへの同情を、自虐として?だから辛辣に心にあざ笑いながらも断ち切って仕舞え。

もう。

その、だから、もう、その耳。

——かつて、何の物音も聞き取り得はしなかったその耳の存在する実感を頬に感じながら、あるいは愛おしいと?…ユエン?

その莫迦な女。

愚かしいほどに純情な?

無能なほどに一本気な?

痴呆的なまでに一途な?

笑うしかないほどに疑うことを知らない?

返り見る価値も無いほどやさしい?

不埒なまでに単純な数個の感情だけのゆたかな?

もはやいまさら敢えて汚される価値さえ無いほど心の純粋な、そして綺麗な、きれいな、ただ綺麗な、想えば、あまりにも清純、可憐、天使のような、いつもわたしの体の上で豊満すぎる肉を搖らす淫売。肛門好きの肉の塊りの自分勝手な発情。性交さえ自慰。他人まかせの手淫。淫靡すぎる体のほんとうはたいして感じもしない鈍感なユエン。若いおとこたちの不特定多数がその後ろ姿を盗み見たあたたかな思い出にひとり、自分で貪り耽りはじめるに違いない、そんな。

ただただ過剰な肉体。

もて余すほどの器用さもなく、過剰すぎたまますでにばかばかしくて、ばかばかしすぎてだから、連れてあるくのさえ恥ずかしい女。ユエン。その形姿。むしろ、さかりのついた若い猿の爲のささげもの。まともに人間扱いしてやるべき尊厳など彼女の存在価値にあるとは思えない。まなざしに、あたたかな息を吹きかけられたにも似てなめらかな、なめらかな、なめらかになめらかなひたすらな白肌。そのつや。手ざわりのすべるすべりと潤いの犯罪性。

鎖骨の痛ましいほどの突起の下に、平坦なあばらが浮かびそうなその不意をついた胸が突き上がり、すべてを裏切り、もうできすぎた噓としてのカーブを描く。それは虛構であるべきだったもの。そして突然の陥没の下、ながれ流れ去る腹部の微妙は、なにを訴える表情などありはしないくせに眼差しと唇と指先の執着をだけ強いた。

後ろ向きのユエンにはその背中、絶望的なまでにゆるやかな流線型の、なにも喜ぶべきもののない筈の平凡の、平坦の、平静でしかなかったはずの表面に兆す、信じがたい微細な表情が曖昧にさまざまな感情を喚起し、臀部は無慈悲。やがて現れる鹿の太ももに陰湿な謎を吹き込む、と。そんな。自慰の空想物。空想上の架空。人間的価値の欠落。原始人のみにくれてやるべき性の供物。湿気た価値しか感じさせる可能性のない肉体。まるでアルビノのようにさえ見えた。ほんとうに、抜けるように白くて。そして一般的な白人よりはやや黃味のある、あくまでアジア肌の煽情の白雪。中東や、インド方面との混血を感じさせる深い、際立った顔だちのユエンを、東南アジアに一応は位置しても、それ以上に東アジアの細長い南端にすぎなかったここで見れば、一目で記憶に殘らざるを得ない。もっとも、たぶん、その肌の色以外には、例えばシッダールタ王子にとってはありふれた後宮のその多大勢のひとり程度だったかもしれない。単に、美醜価値の意味に於て。はじめてあったの時、そのもう四年以上前、彼女はまだ日本語敎師だった。通訳の仕事を始めたのはあくまでも二千十九年の暮れ方、だから、実質的に彼女が通訳として稼働したのはほんの数か月に過ぎない。あとはオン・ラインの通訳か、メールを介した文書の翻訳ばかりだった。

出逢った頃のユエンは日本から帰ってきた直後で、むしろ、いま語られている此の時よりもはるかに日本人慣れしていた印象があった。わたしを見ても慣れ親しんだ(——譬え冷酷な)住み慣れた(容赦ない)国の(差別主義者たちの)見慣れた人の(陰湿な)一人と(犯罪者予備軍の野放しを見下す眼差しに、であったに過ぎなくとも)とりたてて何を身がまえるでも無かった。

もっとも、隱しようの(…す、気さえ)なくさらされた、そのあからさまな警戒は、どう見たところで——あれ?

だれ?

どこから?異質なヒトに他ならない、半身を燒いた稀なる異形への——なに?その

   怯え?…たとえば

      ささやかれたのは

眼差し。甘い夢と惡夢をかぶらせて

   懐疑?…たとえば

      ふれあうことを

見せられたに等しい(…と、)見つめるしかなく、

   不審?…たとえば

      擬態しようとした

しかも(九鬼はかつて)見つめることさえ

   同情?…たとえば

      やさしい、

憚られる(そう表現した。久しぶりに)異形?——あれ?

だれ?

どこから?二言三言だけ(その)交わされた(再会したわたしの容姿を)会話のあと(≪流沙≫生誕の)そして慣れはじめてしまえば彼女は流れるような(その)自慢の日本語で(直前の六月に)なんの障壁も無くわたしとコミュニケーションを——どうですか?

   好きですか?

この国。

   まあまあですか?

どう?取った。二十歳から——どうですか?

   好きになれそうですか?

このわたし。

   もう好きですか?

どう?二十六歳まで日本に留学した。アルバイトに明け暮れた。それなりの貯金をした。本国にそれなりの仕送りをし、それなりに満足して帰国し、母国での…帰りの、ね?再出発のプランを…飛行機、ね?練っている頃の…乘った時、ね?ユエンは。

はじめて、好きになった。…よ?

   清潔で、ね?

      …って、だれでも、云う。…よね?

日本?

   やさしくて、ね?

      …って、みんな、云う。…よね?

日本が。

   綺麗で、ね?

      …って、日本人、云う。…よね?

特に、新型コロナのパンデミック以後、二十年の年末あたりからもはや、たまにわたしが引き合わせた日本人にも、接した彼女の対応は、…眼差し、言葉遣い、わずかな挙動の気配さえ、慣れない異文化の人間に対して、身をかたくした冷ややかなそれになっていた。…咬みつかないでくださいね、と、他人にやさしく気をつかいながら、それとなく身を引いてそう明言するような、そんな、こ慣れた。

ユエンをわたしに引き合わせたのは、現地のベトナム人の友人だった。チャン、という名前。ユエンよりはふたつくらい年下の女。当時住んでいたホテルのフロントだった。日本に行った経験はない。日本語の、癖のはっきりした発音と、同じく癖のつよい文法とで、それでもなんとか会話をこころみつづけた。臆することなく。ユエンとどこで

   やめて。だめ

どういうつながりを持っていた女なのか、わたしは

   好きに、ならないで

知らない。性格は別にして、澄んだ

   もう、恋人、います

ミネラルウォーターを

   だから

飲んでいてさえけばけばしい色つきに見える

   やめて。だめ

ユエンが糜爛した食虫花なら、フロントの女は

   好きに、ならないで

人知れず咲いた地味な

   もう、

草の花だった。その名前にさえ興味が持てない類いの。あるいは、ユエンに並べればだれでもそう見えてしまうのかもしれない。「日本の、どこに、いたんですか?」と、まるで人の値付けをするかにそれとなく聞いて來たのはユエンだった。その初対面に、だからわたしは顏の、筋肉の固着していない半分の自在だけでことさらにやわらかく笑って(——あるいは)東京…と、(ユエンの眼には)と、謂うか、…ぼく、(憤り、そして)ほとんど出たこと無いんですよ(憤慨した色を)東京から。…あなたは(無理やり押さえ込んだ、)…すみません。名前(赤らんだ顔?)ユエン?…あなたは?(あるいは)と、そして「静岡。もう(かわいらしく)何年も(清楚なユエンに思わず見蕩れてしまった、)…だから(上気した?)何年?…六年?(あるいはその、固有の)ずっと…。じゃ、(稀有な美しさに、やむにやまれず)留学生?…実習生、じゃ、ないよね?(言葉さえなくしてしまった?)会社勤め?

「留学生。…弟も」ユエンはそして、自分の口走った言葉にやや遅れ、笑んだ。

完全にもう、わたしに心を赦して、「まだ、いる、…んです。弟、は」

「弟も?じゃ、彼は何年目?」

   蹂躙された。それは

      凝視する目は

「四年…」

「そっか…どこ?」

   かれ。≪流沙≫

      その虹彩は

「弟は、」

「静岡?」

   生みの母による苛烈な暴力。それは

      絞られた瞳孔

「東京。…です。でも、東京の、ほう、が、物価、安くないですか?」

「そうかな?」

   かれ。≪流沙≫

      凝視する目は

「探したら、東京の、ほう、が、安かった。…です。普通の、スーパー?…だったら」

「意外にそうかもね」

   感じ取られた慥かな痛みをも猶も傷みとして認識できなかったそれは

      その虹彩は

「静岡、來ましたか?」

「俺?…いや、一度も」

   かれ。≪流沙≫

      ひらかれた瞳孔

「もったいない」

「機会が無くて、」

   包丁の背の叩きつけられた衝撃に骨折した指。それは

      凝視する目は

「静岡、いい所。みんな、やさしい。…し、きれい、…し、おいしい。…し。食べ物」

「蕎麦だっけ?…違うか」

   かれ。≪流沙≫

      その虹彩は

「みそかつ。めっちゃ、おいしい」

「それ名古屋じゃない?」

   化膿した傷に匂い止めのレモン搾り汁入りの酢を——消臭効果。そそがれたそれは

      死者の目の静寂

「トイレ行くね」とユエンは云った。

その、ワクチンの在住外国人登録を済ませた直後、いきなり

   かれ。≪流沙≫

      凝視する目は

ベッド、背後のほうに——だから、沙羅の。わたしのスマートホンを——沙羅のほうに?投げ捨てながら、「もれちゃうよ」

我慢してた?…と。わたしは

   壊死の兆候をさらすに錯覚された舌を無理やり引き抜かれようとしていたそれは

      その虹彩は

ユエンのあかるい聲の爲にほほ笑みなおし、その最初の≪が≫の音を、唇が用意しはじめる暇もなく、すでに、ユエンはバスルームに消えていた。わたしのひらきかけの唇の傍らをすりぬけて。

ドアがしまった音を背後に聞いたときに、わたしはようやく気付く。ユエンの不在にも、ユエンの投げ捨てたスマートホンの、沙羅を通り過ぎてその淵に跳ね飛び、もう、硬い床にも跳ねたどうしようもない音を立てていたことに。

慥かに、その音はすでに聞いていた。床に鳴った音。スマホになんの愛着があるわけでなくとも、情けないくらいどうしようもない自分の失敗を、悔いさせないでおかない響き。

わたしはベッドに近づいた。乘り、乘ればスプリングは軋み、ベッドと壁の隙間に手を突っ込んで、そのスマートホンを拾おうとするのだが、だから、沙羅。

わたしは橫たわった沙羅に覆いかぶさるように、そして嗅いでいたのだった。その肌の陰湿な悪臭に。たとえばパルメザン・チーズに火をつけて焦がしたような?…知っていた。壁際の隙間に差し込んだ捥の、指先が床にふれ得ずかたちだけまさぐりはじめた時には、もう、あるいは前かがみになりはじめるときにはもう、ベッドに片足を載せた時にはもう、すでに沙羅に気を取られていた。

慥かに。

たとえば、背を向けた微動だにしない沙羅の背中に?

   饒舌すぎた

      眼球、どこ?

…噓。

   わたしたちの目

      ぼくの、あの

微動だにしない、というのは、噓。むしろ沙羅は、あまりに自然に、なににも捉われず、なににも注意を払わず、ただ、なすべきまま、なすべきままのなすべき意識の知覚作用さえなく、吸い、吐き、吐き、吸い、息吹く。そんなふうに、まるで覗き見た錯覚に目舞わせた、それら呼吸のゆれ。ゆれうごき。うごき。ゆれ。どうしようもなくかすかな、…を、その上向きの脇と肩に、だから沙羅。

窓越しの日差しの中に。

本当に?

たとえば、それを目指したわけでもなく、自然、眼差しを占領しはじめた、その褐色と白濁の交雑。それら交雑を息遣うたびにゆらがせ、うつろわさせる沙羅の肢体に?








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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