流波 rūpa ……詩と小説073・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
夢のように?
見い出した
だれにも、迷惑かけないからさ
幻のように?
蝶。窓の外に…なぜ?
泣いていい?
翳りのように?
ふるえていた
泣いていいかな?
響きのように?
翅。…なぜ?
なぜ?…もう
蜃気楼のように?
だから、その
淚のこぼれる
水に映る月の
色彩。それら、いま
目もないから、いま
その、あざやかすぎた色彩のように?時には誰かの、…水面に移った誰かの——わたしの?…その顔、——あなたの、…だれ?
その、片目にだけあやうくこぼれた淚のように?
ふれなさい
ふれたから。
ふれて、そして
髮。それに、意図もなく
傷つけないよう
沙羅の。だから
やさしくふれて、そして
知る。
ふれなさい。ちぎり
わたしは、すでに。
咬みちぎり
…と、知っていた、いまさらに、
ほら、ふれ
いま此の時まさに、知った。すでにわたしがそこ、返り見ていた沙羅の痴呆の眼差しを(…笑う、もう)ずっと(邪気もなく、もう)見つめていたことを、(なんの、)そして(なんのためらもなく)むしろ(もう、あざやかに笑ったその、)彼女の(笑顏の)爲にだけに(眞ん中にひらいていたそれは孔。
孔。
孔の群れ)ほほ笑んでいた、わたしの事実「すごい!…」
と、
「來られたね!…すごいだね!」と、——瞬きもせずに。
ふいに開かれたドア、…正面からの、——云った。光り。その直射。綺羅。その…だから綺羅。…ら。綺羅。綺羅ら。昏む白濁、そのユエンは。わたしは聲を立てて、すでに笑っていた。ひとりで。
「いるね。ここに、」と、ユエンに、…あなたは、いますね。ささやく。あなたは。いま、
かなしいよ
愛しいなら
時間にして、いますね。たぶん
かなしんだ、もう
いま、抱きしめて
ほんのあなたは、十分程度?あるいは、
きえたいくらい
愛しいなら
すくなとも
かな
いま、口づ
三十分未満ではあるはずの間、…通話を切ってからの。そして呼び出しベルを鳴らしたユエンの爲に部屋のドアを開けた時に、すぐさま彼女は
あなたは、いますね
…ね?
嬉しい?
そう云った。——いるね。來られたね。すごい。わたしの
あなたは。いま
…さびしいね。ぼくらは
なぜ?…嬉しい?
背後、少し離れた向こうに
いますね
みんな、…ね?
好きっ
見えていたはずの、ふたたびベッドにうつぶせた沙羅には気付いて、しかも気付こうとはせずに、そして
まるでさっきまで
温度、…を
唐突に見開いた眼差し
なにか、まるで
光りの
彼女の、…ユエン
さっきまで
温度、…を
彼女の黒眼は
なにか、ふたりで
その
差し込んだ光りに
ふたりだけで?
温度、…を
反射光。もはや
ひみつのうちに
ふれていた。ふれ
綺羅。溢れ返るほどの
ふたりだけで
温度、…を
白濁、煌めきの
そんな、まるで
光りの
粒ら。それらの散乱
そんなふうに
温度、…を
その中に
まるで。あなたは
その
…向こうに?
いますね。つかれはてたように
掠め取るように
見つめていた。わたしを
まるで。あな
奪い去るように
体の半分を
いますね。みちたりたように?
蹂躙されたように
ドアの投げた翳りに
まるで。あ
虐待されたように
淡く、そっと
いますね。なんのうそをつくでもなく
嬲られたように
やさしく、あわっ
まるで。あ
獲得したように
涼しく?
そうだったかのように
略奪したように
翳りに浸して
うちすてられたように
燒き捨てられたように
瞬きもせずに
たつことさえ
ふれていた。ふ
あ、のかたち
みをおこすことさえ、もう
温度、…を
あ、の、開きかけの
できないかの
光りの
あ、のかたちに
そんなふうに、あなたは
温度、…を
唇を一度開きかけて、「信じられないよ」
ユエンは「もう、」叫ぶように「しんじ、」言うと、——ソプラノ。それは。だから彼女は聲を立てて笑った。あはっ。その、あはっ。甲高すぎるあはっ。ソプラノ。北のどこかの方言に訛らせた瑠璃のような?
「なに?」と、…聞いた。
ユエンは、その「來れないと思ってたの?」わたしの聲を。
「來れると、思った」
「じゃ、」
りんりん
「でも、むずかしいよ」
「都市封鎖?」
りりり
「もう、終わった。それは、」
「じゃ、」
りんりん
「でも、全部じゃないよ」
「…だね。みたいね。まだ」
りり
「知ってるの?」
「なに?」
りっ、り
「なんで、知ってるの?」
「見た。朝…」
りり
「なんで?」
「バリケード、裏道にまだ、」
りんりん
「ご飯食べた?」
「朝?」
んんりんりん
「だから來れないと、思ったよ。でも」
「でも、來るって言ったじゃない。さっき」
りりっ
「明日は、大丈夫。たぶん…だから、今日、」
「なに?」
りり
「來なけらなきゃならないだから」
「來れたの?」
りりぃりっ
「だから、ここに、いるよ」
「大変だった?」と、わたしが云った時にユエンはふたたび聲を立てて笑った。明るく、…たのしんだっ。腹立たしいほど…たのっ。明るく、あまりにも…たのしんだっ。無邪気に、そして…たのっ。あけすけで破廉恥すぎるほどに。
「ちょっと、違法した。」
「違法?」
舌に言葉を
ふるえ。空気は
「違法の、脱法」
「なにしたの?」
舐めるように、その
波立ち、それら
「ごめん。時間ない」
「大丈夫?」
ぐぢゅっ
ふるえ。ほら
「あるけど。バイクが」
「どうしたの?」
舐めるようなぐっ
もう、あどけないほど
「でも、大変だからね」ユエンはそのまま、そこに沙羅が存在していないかのようにベッドに(——擬態。ふり)近づき、わたしの(——ふり。擬態)スマートホンを(——ふり)取った。
「見ていい?」
迷いもなく、あまりにも自然に。いつでも此の空間の中にいつまででも最初から存在し続けていたかに、つまりは、ロック・ダウン中の三週間以上の不在をさえ覆い隠して。沙羅はその時にはもう、反対を向き、身を丸めていた。つまり、窓のほうを向いて。光り。綺麗な、これ見よがしの橫向きの猫背に。眠る猫のような、威嚇する猫のような、あるいは、指にふれられたナメクジの縮みあがる体躯のように。肩が無造作にわななく。たぶん、あざけりの笑みを、一応は隱そうと?
わたしのスマートホンの文字メッセージをチェックする。ベトナムの電話番号なので、勿論ベトナム語のメッセージしか入って來ない。Bo y Te、直訳すれば医療部、厚生省、とでも?そこからのメッセージ、Simの会社からの料金の通知、ないし期間限定サービスの告知、その他、なんらかの企業の営業メッセージ、など。一ヶ月半程度に及んだロックダウンが始まった、その一週間後だったかに、ユエンはわたしに連絡して、そしてめずらしく沙羅に變わらせ、わたしのスマートホンから何かの公共サイトにアクセスさせた。ワクチンの登録をする、と。実際にはそれから一か月以上たったのだった。わたしは、そんな事があったことさえすでに忘れていた。ゆっくりと、最初は職種別の接種が始まった。さまざまな国からのワクチン援助があった。先進国と後進国の、そのつもりもない留保ない線引き。ヨーロッパとアメリカで荒れ狂っていた初年度の後半には、その構図がひっくり返る錯覚があった。アジア最大の蔓延地帯だった日本を含む、古い先進国の没落と、新しい先進国家群との交替。あるいは、パンデミックの発端でありながらいつのまにかひとり抜け出して仕舞った中国をその盟主とする?インドの新株による蔓延拡大化とともに、その見えかけた構図が崩壊し、日本人と選手以外には興味さえなかったかもしれないオリンピックをはさんで、結局は、いまだ大量のブレイク・スルー感染者をかかえながら、旧態然とした元先進国たちは後進国に援助する。結局のところ、日本はつきつめて言えば先進、後進、そのどちらにも属しきれていないのだった。施される側でもなく、施すにしても過剰在庫分の橫流しに過ぎず、そのくせにワクチン不足の爲に接種計画は破綻ないし停滞する。ある意味で、もはやコロナ以後を繞る世界観の中にその日本という国は存在してさえいない。
わたし、と、…ほんの一週間たらず前にユエンは言った、その不意に懸かってきた音声通話で、明日、ワクチン、うつ、ね。
どこ?
アストラ・ゼネカ、と、——大丈夫?
「…ね」と。
会話を打ち切るように、ユエンは言った、その時、「これ、なんて言う?」
「なに?」
「ワクチン、注射した、熱、でた。腕、いたくなった…」
「副作用…」と、わたしは言って「反応…副反応…」と、
「どっち?」
「どっちでもいいよ」
「どっちが一番?」
「いまは、副反応」言いながら、わたしは思わず笑った。そのうち、接種も例えば注入に變わるにちがいない。注射も差し入れに變わるに違いない。疾患は、…なに?異變、とか?感染、うつり、とか?発熱、あたたまり、とか?結局、感性的な嫌惡感か過去事象の隠蔽以外、言葉の字義としては一体何の禁忌がそこにあったのか大多数に不可解なまま、そして、本質的には何ら解決を齎さないままの改名、——何人もの、当たり前の、想定内の、それなりの数の副反応死者をただ当たり前に日々生産しながら。明日打つといった、その明日の、午後五時になってもユエンは連絡を寄越さなかった。
慥かに、彼女は終わったら電話する、と言った。
あるいは、ユエンを案じたに違いなかった。わたしは午後の、すでに昏くなった七時に、メッセージを入れた。
Lineに、——大丈夫?
——大丈夫
——副作用は?
——副反応…だよ
——ない?ある?
——まだ、副反応しない。でも、ちょっと、だるい
——寝た方がいいよ、…と、そして、その二日後の朝に知った。それからすぐに熱が出て、次の日一日中眠りつづけていたということを。注射の直後はまったくなんの影響もなかったので、副反応を逃れた例外のひとりだったと思ったユエンは、ウリ科の野菜をつかった漬物づくりをはじめたのだった。近所の、年上の女の指導のもとに、だから暇つぶしに、ようするに噂話に笑い転げながら。
ユエンは、いま(——いつ?)窓越しの光りにその(——どの?)半身を(——なに?)綺羅めかせ、だから白濁。綺羅ら。息づき、やがてわたしの眼差しのなかにその色彩を(…しろい、肌)濃くし、そして(黃色の生地。…Tシャツ)ふれた唐突な(…デニム。その)翳りに色を(色彩。それら)なじませる。だから眼差しの見い出すのは、やさしく沁みこむような、昏い、…淡い?はっきりとした翳りに、だから色彩。指先に、わたしのスマートホン画面をいじりつづけ、つぶやく、——もう、と、
「ワクチンね、もう…」
痛いんだよ、あれ
息をひそめて?
「おくってくれた。外国」
あれ、すごく
擬態
「日本とか。いろんな」
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