流波 rūpa ……詩と小説068・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



      すこし強めの

         舞い散るままに

「ちょっと、待って」

   舞って。舞い

      あたたかな風

         舞って。舞い

「寄る…」花を見てから、帰る、と。

   舞い散るままに

      その髮の毛さえ

         舞って

そうささやく。叱られることを恐れる、なぜか怯えた、そして怯えを隠し通そうとする、上目。

あわただしいデートだった。わたしの都合ではない。此の日は、女に、食事時前後二時間くらいしか時間がなかった。彼女はそう云った。理由は知らない。日を變えれば?…と、わたしはごく普通に言った。女はかたくなに拒否した。まるでその日でなければならないかの(…あした、)ように(青空が罅われるとでも?)。

女は花屋で、時間を忘れて花の物色に没頭した。不穏なほどひとり、なにもかも忘れて。わたしの存在さえも?確実に、慥かに。

だから花の匂いと、花の茎の樹液のにじんだ水の臭気とに、わたしはすぐに倦んだ。

外に出た。

外気にさえふれれば自然と、不意に、わたしは女を見捨てて交差点の方に歩きだした。

忘れた意識はない。とり殘す意識も。惡意も、怒りも、苛立ちも。そして、後ろを返り見もせず(…決然としてというのではなくて。憤然としてというのでもなくて。だから、返り見るという行爲の有り得る可能性さえも知らず、に?…女の、だからその存在さえ忘れて?)やがて交差点を渡った。

そのまま東に進もうとしたときに、背後、

   ひびく

      だれ?そこで

聲を聞く。さまざまな、四維の

   ひびくささやき

      黙り込んでる

音響の中で、その聲。女は

   ひびきあい

      口もない獸

あかるい聲でただ、わたしの名を

   ひびく

      だれ?そこで

呼んでいたのだった。待たせ過ぎて、機嫌をそこねてしまったのかもしれない若干わがままで、時に移り気で、つまりちょっとせっかちな恋人を呼び止める爲?…だれ?そんなふうに。…だれ、それ?だから、わたしは振り返った。違った。向こうに見い出した彼女は未だ、わたしを探していた。右往左往する頸と、顎と、眼差しに。交差点の向こう、その頭部が髪を撒き散らしながらくるくる回転し、見渡し、返り見、見返す。そのたび、胸元の霞み草だけの花束はざわつく。つつんだビニールと小さな花の群れとのこすれ合う、聞こえるはずもなかった音を耳に、わたしはたしかに聞きつづけていた。と、女の瞳孔が(…見えるはずが)開いた(そんなもの、見えるはずが)。知った。わたしは、彼女が終に、ようやくわたしの姿を見つめ出したことを、——なぜ?

どうしてわたしはその時、そこに立ちつづけていたのだろう。あえて返り見の不自由な姿勢そのままで。なぜ、彼女をかならずしも待っている譯でもなく、待ってやる気などさらさらなく、聲をかけてやりも、手を振ってやりも、わずかの表情さえつくってやりもしないで。あけすけな歓喜だけ、散らしていた。女の眼差しは。もはや、うざったらしいほどの鮮度で。

唇を、わたしの名前を呼びつつづけた途中の、≪さ≫の消えかけの≪あ≫のかたちに開きわすれたまま。

駈けた。その一瞬の不意に、女は飛ぶ。

飛んだ。

橫殴りに、野球のライナーのように?鈍重な、巨大な、或る人体が、眼の前、小さな硬球のように?飛び、打ち付けられて跳ね、跳ね飛び、飛ぶ。…首都高の足、その図太いすすけたコンクリートに叩きつけられ、跳ねられていた。女は。その時、もう、その、…車。ポルシェ。型は古い。愛着が?

まばたいた?

わたしは?

瞬間に、わたしは交通事故の急ブレーキと衝突と歓声じみた周囲の悲鳴の音響を、耳にしていた。

轢かれたのは女だった。車道に、車は信号を無視して二台とまり、三台目は車道にねじれて止まったポルシェを迂回して過ぎた。轢いた運転手はすでに社外に出ていた。通り過ぎる交差点の車を避けながら、近づく。きれいにあお向けた女。ややわたしの側の歩道に寄った、その車道のど眞ん中。微動だにせず転がっていたもの。女に、運転手は歩みよりはじめていた。一歩一歩。茫然とした足取りに、たしかに醒めた目。昂揚の涌き立ちはたぶん、その骨と神経の内部に。女の、高架の翳りの下に翳る髪のあざやかな黑。それ以外の色の凡庸な鈍重。眼差しの片隅に見ていた。わたしは、それを。…なぜ?直視しなかったのだろう?目も当てられない悲惨は、そこに目立っていなかった。未だ。そしてその時に直視していたなにかの、そのかたちも色彩も記憶もなにも殘っていないかった。未だ、だれも歩行者は

   ひびく沈黙

      開いたままに、その

駆け寄っていなかった。信号が

   沈黙とささやき

      唇。静止

未だ、赤のままだったから?…須臾も無く

   ささやきとみじかい罵声

      開かれたままに

青になった。多くの

   罵声と音響

      ふるえずに。静止

人間たちは仰向けの、大股を開いて倒れた女を見ながら過ぎた。立ち止まれば…あれ?あっ。危険が…あれ?あっ。我が身にも及ぶとでも?あるいは、…あれ?あっ。携帯を…あれ?あっ。あわてる指先に取り出そうとしながら、…あれ?あっ。希薄な、…あれ?あっ。ただ感情のさだまらない希薄さだけが、なぜか…あれ?あっ。わたしたちの視野をうすく白濁させたのだった。

それでも何人かが、刹那のたぶん、ためらい?…の、のち?女の方に…あれ?あっ。歩み寄る。

運転手はすでに、その鮮明な黑と鈍重の足元に立っていた。

かれは同情されていた。飛び出したのは女の方だった。橫断歩道の至近の車道。いきなりだった。ふせぎようがなかった。いったい、なんでこんな、と。わたしは、その女がわたしの知り合いだったことに気付いた。そんなことは、すでに、とっくに知っていた。そしてだれも知らなかった。わたし以外には。その女がわたしの名を呼んだという事実さえ、なにも知らないのだった。わたし以外には。わたしの名前さえ、…女が呼んでいたはずの名前さえ、知らなかった。わたし以外には。わたしは自分の存在がまったく無意味に感じた。

それとなく、だからその意識もなく近寄って、ふたりの、会社員らしい女二人の脇に身をいれて、そうやって、わたしは女を見ていた。

高架のコンクリートに頭部を強打したのだった。たぶん。頭蓋がくだけていた。おそらく。あり得ない楕円に近い変形を見せているように見えたから。コンクリートにも、アスファルトにも血は…なぜ?ついていない。一切、なにも、きれいに、無傷に、まるで架空の上質な噓のように。あるいは手抜きのドラマ撮影のように?…なら、笑ってやるべき?ただ下半身のスパッツだけが、その

   ひびく沈黙

      なぜ、沈黙を?

股の周囲をだけなによりも黑く

   沈黙とささやき

      目さえなかった

濡らしている。失禁なのか、それとも

   ささやきと短い罵声

      獸たち。いま

出血なのか(…内臓からの?)それは(…なにからの?)眼差しの中に

   罵声と

      なぜ、沈黙を?

はっきりしない。そして、腰から下だけがまさに未だ生きているかに激しく痙攣し、生き生き引き攣り、これ以上ない活力を以て病的にわななく。

死んではいない気がしたのだった。すくなくとも、その頸から上だけは。顎を突き出し、頭部をアスファルトに、ごまかしきれない自分自身の力を以てこすりつけていた。擦りつける?頭頂の一部が、だからあるいは、不意にやわらかなアスファルトにめり込んでいるように見えた。もう死んだに違いないと、同時にはっきりと確信していた。周囲に霞み草が散っていた。あまりに無造作な散乱だった。みじかい一本だけが、彼女のふるえもない顎の上に茎を載せ、上手に、あやうく水平に、そしてふらふらとだけようやくゆれていた。奇蹟的なバランスだったに違いない。

わたしはすでに、聲を立てて笑いそうだった。…なぜ?

あまりにぶざまな死の、そのあきらかな死の姿が(…と、わたしは)滑稽だったから(そう思っていた。その時には、彼女はもう)。かたわらに(死んでしまった、と)いまさら(聲にならない悲痛な絶叫として)息を飲んだ、会社員らしい女の喉の立てた

   薰る、香り

      眼差しの

その音響を

   なにが?

      見い出していた淡い

聞きながら。ひとりで

   薫るのは

      陽炎

他人のように、まるで

   いつ?

      淡い

見ず知らずの

   それは髮の毛の

      あざやかな

他人のように立ち去る間際に

   香り。…だれ?その

      かたち

   夥しい、そして

      如何なるかたちにも

   長い髮の毛の

      …かたち?留まりはしない

   誰の?

      片時も

   どうして、と

      かたち…それら

   思う。…いつ?髮の毛の

      …かたち?その

   沙羅の、その髮の…なぜ?

      見てなど

   匂いは、どうして

      眼差しは…なに?——もう

   惨めな程に…だれ?淫靡で

      見てなどいなかった。だれ?もう

   なまなましく

      陽炎など

   なまめいて、かつ

      色彩の…なに?ない

   無機質なのだろう

      あざやかな

   と、その…なに?

      匂うような…どこ?

   鼻を衝く

      どれ?陽炎など

   異臭と

      見てなど

   そうとさえ呼ぶべき

      見てなどいなかった

   謂わば…だれ?

      なにを?

   誰にとっても無縁な他人の

      陽炎に、あくまで

吐く。息を

   無関係な

      眼を…なにを?奪われながら

吐き、不意に

   その…なぜ?臭気

      なにを…だれ?わたしは

せき込みそうになったあとで

   あざやかな

      なにを?

まばたく。わたしは九鬼の電話を切った後ベッドに仰向けたまま、なすがままに任せた。ななめに覆いかぶさりかけたその沙羅が、わたしの体をもてあそぶままに。すでに、わたしの衣服を好き放題に乱して、それでも脱がしきることはなくて、だから、——なぜ?

羞恥?

彼女の。あるいは、それともある種潜在的なつつましやかさ?…そもそも

   ひらくのは

      咬みつき

協力しなかったから。わたしが

   なに?

      咬み

なにも、彼女に、だから、沙羅は

   花。…なぜ?

      噛みちぎろうと

ショートパンツとTシャツを、出鱈目に

   蕾もなかった

      咬み

乱し、そしてようやく

   花。ひらくのは

      咬みつき

吐く。その

   なぜ?

      咬み

息を。やがて、かすかな湿度。すぐさまに。眼差しの、やや下の方に。頸筋に。胸元に。鳩尾。腹部。肌の表面。うぶ毛…そこ。それ。まだやわらかなもの。やわらかくそして堅いもの。太もも。その脇。その内側。…性交?

   陽炎の

沙羅と。

   色は、なに?

あるいは。

   ななめにゆら

沙羅は軈て、——想えば九鬼のとの音声通話の未だ途中からさえ、わたしの上にまたがって、わたしのそれをその胎内にもてあそんでいた。不審なまでに空虛で、空っぽの空間に放り出されたようにさえ感じられる、そんな胎内。どの女でもそうであるような、そんな。

それなりに聲をたてることを、沙羅はなぜか覚えた。だれに聞いた?なにに?だから沙羅はそっと、聞き取れないほどの聲で、ただ自分の耳の爲にだけ聲を立てた。自分がその行爲をしていることを、よりはっきりと耳にさえも自覚させようと、そうひとり、その時にも目を閉じない虹彩のうちに、そこで目論んでいたかにも。いかにもいじきたない利己的な…ぅう?戯れじみて。あるいは、…ぅう?そんな気さえもなく、…ぅう?ただ

   翳ろう海の

自然に?

   色は、なに?

定義が必要だった。わたしには、その

   その

性交というものの。受け入れられる状態の性器が、侵入し得る状態の性器を受け入れ…終に侵入し(…され…させ)おおせたことを性交と言うなら、それは性交だった。妊娠する可能性があって、それが果たされたかどうかはともかく、いずれにせよ射精に終わるべきものがそうだと謂うなら、それは性交ではなかった。わたしはすでに射精する機能を失っていたから。たぶん…ぅう?まともな…ぅう?性欲さえ。

だから不可解なもののようにそれの、血の温度のある反応を見た。いつも。沙羅の手のひらの中で、あるいは押し付けられた肌の(…胸?例えば、)触感とあたたかさの(…腋?例えば)中で、硬さを(…腹部?例えば)やがて持ち始めたもの。沙羅の、温度の気配だけはあった空虛な胎内で、それでも硬さを維持しつづけていたもの。軈て、

   綺羅らぐ海の

飽きたように唐突にそれを

   色は、なに?

うしなうにはしても。いきなりの

   その

硬さの喪失に到っても、時に沙羅はやめず、時に沙羅は気付きもせず、時に沙羅は素直にやめて仕舞う。最初からそれに大した興味も、まして快感など何もなかったかのように。そして事実、彼女は快感など、いかなる意味でもいちども感じたことなどなかった。

いずれにせよ硬さ。血の流入。身体の、その有り得べき可能性の枠の中での、あくまで可能性の範囲内に、あくまで可能性の範囲の事象を繰り返すにすぎない、あたりまえの反応。

不可解な気がする。そもそもの、それさらしたあたりまえ自体が。なぜ、機能を失っているのか、その身体的な理由をは知らない。あるいは精神的なものかも知れない。すくなくとも意識されたトラウマはない。もっとも、意識さえたトラウマなどトラウマでさえないに違いない。ともかくわたしは射精の能力をはすでに失しなっていて、それは多分、瑠璃がわたしの体半分を燒いたせいなのかも知れなかった。わたしの

   火を。その

      目をあけて

無能力を知った女は大抵

   火を放て。いま

      ほら、…ね?







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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