流波 rūpa ……詩と小説067・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「背中にはえたまるで夢のような白いつばさで」

「どんな気分?」

   その、朝露

      なにもなく

「飛ぶ?」

「どんな気がした?」

   ゆらぎ

      もう、なにも

「好き?」

「俺のこと、好きな別の女の背中ごしの俺の事だけ見つめてるの」

   ゆらっと

      つぶやかれるべきことも

「…ね」

「それ」

   ふらっ

      なにもなく

「好き?」

「お前のことが、ってこと?」

   息をしないで

      だから

「好き?」

「好きだよ」

   耳元で

      わたしたちは

「噓」

おそらく、次の來店の時だったに違いない。数回しか來なかった。ひとりでは。とにかく、その、またひとりで來た三十女はふと口ごもりながら、…いいにくい?言った、…いいにく

「あの子…」

「どの子?」

   これ。これが

      屍。あんたの

「〇〇子…(と、あの不在の女の名前を、でも、わたしはそれを忘れてしまった。その響きの、なんとなくの雰囲気さえも)」

「生きてるの?」

   それ。あれ

      どれ?…その

「樂しんでるよ。自分で志願したんだもん」

「海外出張?」

   どれ?…その

      屍。あれ

「パリで、」

「イタリアじゃなかった?」

   屍。あんたの

      これ。これが

「パリからイタリア、…」

「有閑マダムの旅行かよ」

笑う。だから、わたしは、ひとりで、…何故?

三十女は、わたしの希薄な笑い聲を(——耳のやや近く、額の十センチくらい右上方に吐かれたそれ)聞き取りながら、まるで(——ね、)そんなもの纔かにさえ(——ねね、)聞こえなかったかに、(——ね?と。女は)不意に背筋を伸ばし、顎を(ね、ねぇー…と、)突き出すように、そして(知ってる?…ね、)橫目にわたしを、ややあって(知ってた?)崩れるように、だから、かろうじて笑んだ。

「あいつ、子持ちじゃん?」

   感じてたんだ

      くさっ

「本当かよ」

「知ってる?」

   なにを?

      やばっ

「それ、噓じゃないの?そもそも」

「その父親。だれか」

   あなたの

      まじくさっ

「その話さえ…ね」

「知ってる?…あれ。お兄さん」

   息吹き

      やばっ

「まるで、いま、」

「お兄さんなの」

   感じてたんだ

      まじやばっ

「お前」

「知ってる?」

   吐息も

      くさっ

「もう死んでしまった過去の人間みたいに語るね。あいつのことを」

「…つって、さ。あいつ…って。さ」

   あたたかな

      くっ

「あいつのこと」

「父親だれか、絶対言わないじゃん。だから」

   なにを?

      やばっ

「あいつのことだけを」

「考えたら、そんな」

   その肌の

      まじやっ

「まるで」

「秘密の恋人?」

   気配

      くっ

「いまもまだお前だけはひとり生きてるかのように」

「お兄さんしか」

   感じてたんだ

      まじくっ

「親父さんは?」

「だって、母子家庭でしょ?」

   うるおい

      さくっ

「そうなの?」

「面接の時、十歳の時にお父さんは」

   やわら

      くくっ

「そうだっけ」

「だから、十歳で銚子かどっかに引っ越して、だって」

   なにを?

      ばっ

「知らないけどな。俺」

「お母さんの実家、それから」

   あなたの

      じばっ

「そんな話、」

「毎月、電話入れてた、あれ」

   あたたかみ

      さっ

「噓なの?いま」

「お兄さんに、彼女の」

   鮮明な

      くさっ

「お前」

「お金、送ってもらってたよね、その」

   生きてた事実

      くくっ

「噓言ってる?」

「お兄さん、どこで何やってるのか」

   いまだに

      さくっ

「本当?」

「養育費じゃない?」

   なに?

      腐ってね?

「噓なの?」

「時々、会社にいる時も」

   感じ

      まじくっ

「お前の話、…さ」

「噓じゃない」

   すべてが、も

      腐れてね?

「どうでもいい。というか」

「あわてて、席、外してさ、てか着信」

   あとかたもな

      じまっ

「なに?」

「着メロ、サザンだよ」

   消え去っ

      汁埀れてんじゃん

「やばくない?その、」

「自分で打ち込んだしょぼいの」

   感じ

      くさっ

「一緒じゃん。それ」

「なんであんなの…」

   なにを?

      やばっ

「お前と」

「喫煙所…裏口の」

   あな

      まじやばっ

「共通の趣味だったり?」

「そこで、もしもし」

   髮の毛

      くさっ

「関係ないじゃん」

「…おにいちゃん、って、だから」

   その記憶され

      まじくさっ

「他人の、…どうでもいい」

「そういうの、何回もだから」

   匂いを、ま

      くさっ

「どっかの誰かの」

「…じゃない?」

   感じて

      さっ

「所詮、どうでもいい他人の近親相姦」

「違う?」と、女がそう云うので、わたしは想わずに——興味ないよ、と。不意に答え、わたしはその時すでに笑んでいた。あざやかな赦しのある…なにを?笑み。…なに?

「わたしも」と、ささやく女の聲を聞きながら、「…わたしも、もう、興味ない」女。

   綺麗だね

その三十女。

   だから

いつも、丸い赤いディオールの香水を振りかけた、彼女の

   あやういね

至近にだけ籠る匂い。甘く

   だから

陰湿で、どこかどうしようもなく

   いたずらで

場違いな。東京タワーを見に行ったことがある。その、どこかへ消え失せてしまった女のほうと。

   消えた!

      行かないで。いま

…なぜ?

   すべて消え

      やさしい雨さえ

デートらしいデートが、——なんで?…一度、してみたいと、「…じゃない?」

「ひとりでしろよ」

「付き合えよ」云って、そして女は突然笑った。ほくそ笑むように?吹き出すように。自嘲したように?笑うしかないことを見たように。意図的に無邪気に、意図的に心の底から、意図的にその心になんの翳りもなく、僅かの曇りさえもなく、明るく、あかるく、晴れわたり綺羅ら…ちがう。

もともと、

「子育てでさ」

そんな笑い方しかできなかった。だから泣きそうな、その「暇なかったから、デート?」やや神経質な?精神的な要因?「そんな、…さ」骨格のせい?「浮ついた、しかも」筋肉のせ?「…ま、年相応の」知らない。

「わたし、意外に人妻だからさ」

「そうだっけ?」

   耳を澄ますように

      つややかな貝殻

「意外?」

「意外ってなに?」

   難聴?…なぜ?

      わたしは、たとえば

「いままで、眞沙夜とも好きにデートできなかったし」

「いいよ、別に。そんなのべつに」

   あやうく聞き洩らしてしまいそうなだけどたいせつなもの。必死に

      波打ち際の

「これからは、たぶん」

「べつに求めてない」

   耳を澄ますように

      あざやかな貝殻

「暇になると思う。だから、」

「むしろ、」

   難聴?…なぜ?

      わたしは、いつか

「でも、」

午前、アマンドで待ち合わせた。

タクシーはつかわない。歩いて行きたいと言ったからだ。交差点から東京タワーまで、眼にははっきりと見える朱のそれが、実にはどれほど遠いのか女には認識がなかった。歩きながら、だから沈黙。

…ともなく、雑談。たいしておもしろくもない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。たいして興味もない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。かならずしも脈略のない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。あるいは、もういつか相手が話しおわっていたことに気付かないふりをした、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。聞き取るさきからその内容など忘れてしまう、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。たいしておもしろくもない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。たいして興味もない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。かならずしも脈略のない、…ともなく、沈黙。…ともなく、雑談。あるいは、もういつか自分が話しおわっていたことに気付かないふりをした、…ともなく、沈黙。…ともなくついに途中でタクシーを止め、辿り着いた東京タワーの、その展望台で女は

   ちいさいね。ぜんぶ

言った。「あっち」…わたし、

   いとしいね。ぜんぶ

生まれたのは、——ね?その指を差して、二時間後にその雨が降り始める、白い、いまだ暗くはない一面の曇り空。…東を?

   きれいだね。いま

西を?

   見えないからね

わからない。

   きたないリアル

だから、指の示すのがどこか、わたしはなにも知らない。「…そ」

「そ。」

「そ、…か」

「…ん。」ほんの三十分もいない滞在、お土産さえ買わない。

帰りも歩くと言ってきかなかった。途中で、どうせタクシーを止めるのに。

女は、交差点近くの花屋の先でようやく言った。ふたたび、「タクシー、」…はぁー…は。「…止めよ」わたしが…はぁー…は。止めようとすると、…はぁー…は。——待って。

   舞って







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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