流波 rūpa ……詩と小説064・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「すみません。もう、記憶なんか、ない…」

通り過ぎる疎らな人々。それぞれの匂いを嗅ぎわけつつ

   潮の匂いに

      くらくらと

「たぶん、まともな意識も、…ん、で、」

「ウソでしょ?」とは、わたしは云わなかった。言ったに等しかった。自分自身にとっては。その聲は、周囲の音響、話し声、白い女の聲をも覆い隠すほど、はっきりとわたしの耳にだけ響いていたから。何度も、何度も、見送りながらなぜかそれらの言葉を反芻していた。ついさっき、わたしが思わず立ち止まる前にささやかれた、白い女のその聲。いやに肌理のこまかすぎる、やわらかな、実体のない気さえした、しかしシャープな高音の聲のひびき。だからそれら響きごと、なんども。白い女は慥かに、わたしの問いかけにそう答えていたのだった。

車椅子の生き物はあきらかに、白い女を呼び止めた瞬間にふとわたしを見上げてからずっと、もうずっと、もはやその眼を(——眼?それ、)須臾さえ(…眼?)逸らさないで(…せ、ないで?)いた。

懐かしがっているとも、…なに?愛おしがっているとも、…なに?憎んでいるとも、…なに?恥じらったとも、…なに?厭うたとも、…なに?なんとも判別できない、なんとなく人間とは違うなんとなくいびつな骨格の顏に、たしかに人間のそれらしくはない色合いのどうしようもなく他の人間とは違う表情を、だからそれらのかすかな移ろい。その眼の(——眼?それ、)表面に(…眼?)さまざまな移ろい。もう、見取れないほどの微細。どんどん遠ざかる、だから微細。しかも

   秋の落葉に

      ゆらゆらと

たぶん、片時もやすむことなく

   見た夢は。そっと

      ほら

話しかけてさえいたのだった。それは、生き物は、彼女は?たぶん、…だれに?わたしに?発話機能というものを失ったのか、舌というもの自体をも失しなっているのか、そもそもそれが事故に直接依るものだったのか、ひょっとして生得的な障碍ではなかったのか。そんなこんなのどうかもなにかもなにもわからないまま、生き物らしきものはほんの五センチ程度、光のさしこまない口をうすく開閉し(…ていた、ように見え)、うごかし(…ていた、ように見え)、ふるわせ(…ていた、ように見え)、そのたびに片方だけ五ミリも無く細められた眼を含め、顏に表情らしき気配の、その色合いら、變化。(…ていた、ように見え)、——わかる?

   冬の

      ひら

と。

   見

      ほ

わたしはつぶやきつづける。心の、——わかってるよね、お前、おれが、と、どこかで。こころの、…どこ?どこか、だからこころの、…なに?あさい、ちかい?、どこ?きはくな、かすむ?なに?…そんな…どんな?…どこ?

確信していた。わたしは、生き物らしきそれははっきり認識しているに違いないのだった。半身をもはやケロイドに覆い、変貌させ、変貌の限りをつくし、變わり果てててしまっていながらも、殘った半身の面影にわたしをかろうじて、しかし鮮明に、あざやかに、…あなた?見紛いようもなく…あなた?思い出して、…あなた?と、そう

   さよなら、それら

思った。そもそも

   輝いた日々

どうしてなんの

   さよなら、それら

知性もないと

   殘酷な日々

判断できるのか。会話さえできずに。所詮会話だけが、知性の有無を認定する根拠なのではないか。なら、対象が会話の埒外にあるとき知性の有無をなど認定できるはずもないではないか、と。わたしは、そして——どこに?

   どこ、いった?

      たぶんね、後ろで

芋洗いの下の、どこに

   どこ、いった?

      笑ったよ。女

あなたたちは、と。わたしは

   あの日の朝に

      ふたりの、そして

すでに、意図的に

   舞っていた

      その男。せき立てられて

わたしからは眼を逸らしている橫向きの(…前方背後確認?)白い女から自分の

   片翅の蛾

      早口に

目を、そして、いまだ執拗に眼差しにわたしを捉え、彼女だけに固有の表情をさまざまにつくりながら、あるいは無言で話しかけてやまない生き物らしきそれからも眼を逸らし、不意に見あげれば色彩。

振りあげるななめに急速な、あざやかな色。

色。

色ら。

線なし白?褐色、黃色?ピンク?灰色。不意にブルー?なに?色ら。

さまざまな、それら…散乱。そして首都高の、…攪乱。逆光に、そのいかめしい暗い灰色、だから黑。

色彩たち。

切れ、翳り断ち切れ、ぶち切れ、だから不意の暗転を通り過ぎた須臾にあきらかに、向こう、向こうにもう、もうどうしようもなく圧倒的な

   きれーじゃん。…まっ

空。

   まじやべぇーじゃん。…まっ

あざやかに。すさまじく、だから青、——

   きれーじ

言った、…いつ?

   ま

「むかし、さ」

いつか。いつかの夜、…いつ?金曜日の。

「…ね。忘れられないっていう、」

いつも、彼女たちが來るのは月初めその第一週の金曜日だったから、そんな夜、…夜?

「…ね。そういうんじゃないんだけど」と、女は…いつ?不意にささやいた、その雑音ににじむ音色を途切れさせ、そして刹那の茫然に、——やがて、彼女はその眼を見開いた。

噓。

もとから、見開いたように大きな眼だった。だから、いつものまま、ふと、動かくなった、とでも?…なに?まるで…なになに?眼球だけ時間の経過から…なに?おいてけぼりを喰らったかのように?だから

「なに?」

と。まばたいた。わたしは、

「なにって?」

「なんの話?」

女はささやく。ことさらにやさしい、むしろわたしにいじらしく気遣うせつないばかりのだからうっとうしいだけのその気配の中で、

「自由研究って、知ってる?」

「夏休みの?」

   花咲く季節に

      あー…そ

「あったんだ、眞沙夜のころも」

   見た夢は。あたたかな

      そそそ、そー

「そんな、歳離れてないでしょ」

「かな?…いまもあんの?あれ」

   下品な野糞の匂いつき

      そ?…そ?

「知らねぇよ。お母さんなら、お前のほうが」

「…だよね。それ」

   夏の海邊に

      あー…ね

「詳しいんじゃないの?」

「正解。わたし、さ」

   見た夢は。ひからびた

      ん?…そ?

「何歳?」

「十二歳の時、六年」

   轢かれ蛙の死骸つき

      そそっ。そーそー

「お前のこどもだって」

「あの時に、ね?」

   秋の落葉に

      そー。そっ

「おまえの」

「ネタ詰まり。もう」

   見た夢は。腐った土の

      そ?…あ?

「何歳?その子」

「やること、思い附かなくて、しかも、さ。」

   臭気にむせび

      は?…そ?

「おとこなん?」

「なんか、考えないようにしてたの。で」

   冬の霜に

      そー?そ?そ

「おんな?」

「放っといて、もう」

   知った夢は。凍った

      ま、ん、そ?

「どっち?」

「ひとり」

   草の立ち枯れつき

      そー…そー…そ

「…ね。ほんとに」

「そんなの、もう、なかったことにして」

   どしゃぶりの雨に

      んそー?

「それ存在するの?…その」

「でもさ」

   見た夢は。流される汚物の

      ん?

「本当のところ」

「時間はたつじゃん。で」

   澱む色

      んー…あっ

「…ね?」

「存在するものって、やっぱり、どうしても存在して仕舞うものでしょう?」

   台風の風に

      あっ…はっ…そ

「お前の子供ってさ」

「だからその、八月三十一日。」

   見た夢は。巨大な雲の

      そっ。…そそそ

「まじめな話、…さ」

「泣いた」

   どよめきの狂態

      そっ

「なんで?」

「思わず、」

   明るむ朝に

      そー。ま、…そ

「なんで泣くの?なんで、」

「なんか、悲しくて、夏休みの」

   見た夢は。毒殺鼠と繁殖の

      そー…んー…

「ひとりで?」

「宿題さえまともにできないわたし」

   蛆虫たちつき

      ん。んー…

「莫迦?」

「親父が、さ。そしたら」

   澄んだ月夜に

      そ?…ん、そっ?

「おまえ」と、わたしは不意に言い淀む。

なぜ?

その女がいきなり、聲を立てて笑ったから。かたわら、わたしの眼差しの至近に(内気な、…そして)まるで、いま(どこか、気難しい)笑う以外になすべきことなど何も(そんな印象の)なにも、(女。ややめんどくさいタイプの)ありはしないと?(女。男慣れしない…まさか)もの静かな(毎月、歌舞伎町の)女だった。いつもは(ホストクラブに通いながら?)なぜか、彼女は(まるで男になど)口に手を(いちども、)あてて、聲を(ふれたことさえ、)立てないようにしながら、しかも必死に、そしてひそかに、ひとり、笑った。息遣いでだけで笑いを表現しようとしたかの、おしとやかすぎてもはや、おしとやかでさえない聲。聲、不穏な、聲を失しなった人の無音に、無理につくった笑いをふざけて物まねした、そんな錯覚に陥らせた差別的な聲。聲、だからそんな、——どんな?彼女の笑いは、——のけぞる。

   あ、見て

      時には春に

女はその時、身をのけぞらせて、——どうした?と、わたしは

   ほら、あ、見て

      春にも雪は

聲に出すのも忘れ、喉の

   思わず、あ、見て

      雪は春さえ

奥の方にだけ、…どうした?と、ただ、

   あ、絶句…見

      時には春の

彼女の爲だけに。

女は云った、

「かれ、見かねて」

「お前って、なんか」

   泣きそうな顏で

「どうしたのって?」

「笑えるのな。なんか、さ」

   明るく、もう

「なんで泣いてる?」

「意外。てか、さ」

   泣きたいくらい明るく

「なんで、…って」

「なんか、おまえ」

   泣きそうな顏で

「言ったから、そう云ったから、…わたし」

「意外。もうぜんぶ、さ」

   笑うのだ。いつも

「理由、言ったん、だ。…ったら」

「なんか、意外。なんで?」

   彼女は。その

「夏休みの自由研究、まだ、何にも…って、」

「お前、なんで?」

   やや傾いた

「ね?…ったら」

「たぶん、いま本当は」

   ふるえを知る

「なにもやってない。だから、もう」

「本当は、ね?自分がいちども見もしなかった風景を」

   眉。…ね?

「絶対、間に合わない。絶対…」

「語る。たぶん」

   笑っていい?

「って、そう云って」

「一度も」

   その、あまりにも

「…ったら、そしたら、あの人」

「かすかにさえ」

   ぎこちない笑顏

「云った、父。あいつ」

「見た事のない風景を」

   笑っていい?そっと

「あいつったら蝶の標本」

「標本?」

   お前にだけは

「蝶の、…」

「なに、それ…」

   気付かれないように

「昆虫の…?」

「蝶?」

   泣きそうな顏で

「なんか、そんな」








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000