流波 rūpa ……詩と小説063・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //…見て/なにを?/見ていた/いつ?
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
すてきだね
「なに?」
「いつ結婚するの?」
耳の奧に吼えたそのラフレシア
かけがえもない
「それが…さ、」繰り返される、たぶん架空の(本当だったかもしれない。わたしはただ)男の話の具体的な(聞き流す程度にしか、)結婚時期にさしかかると吐く。
かゆっ
明日はきっと
なにを?
かゆかゆっ
雪だから
息。その、所謂たらこ唇?…肉厚の。色っぽい?…と。ぼってり?唇だけを見れば、そう——やらしい?やん。見える。すこし眼差しを引いて、唇を中心に顔の半分くらいを見ると、のっぺりした、いかにも薄味な黃土色の瘠せたでこぼこに、ただ豊かな唇がいびつで、そもそも——やらしすぎ?やん。なぜ、その鼻は存在感をなくし、あるかないかもわからない後景に消えてしまうのだろう?だから
見たこともない
かゆかゆっ
記憶にさえ殘らない。もっと
雪だから
かゆっ
引いて兩眼まで入れてしまえば、一転して悲劇的な気配をその顏は呼び込む。なんと謂うでもなくあせった色のある、むしろ…焦燥?飢えた息遣いの、…そうそう。大きすぎる兩眼が、ただ…そうそう。ふしだらで締まりもなく、知性も
肛門は?
ふれないで
自制心もない愚かさだけを
だれの?
さわらないで
描き出す。だかその豊かな唇の肉付きはもはや
その触手だらけの
こわれちゃうじゃん
醜い心の汚れた現れにすぎなくなって、わたしは
肛門のむずがり
莫迦?
笑った。思わず、時に、——なに?その顔をふと返り見た時に、「なんで?」
「見蕩れてたの」
「むかつく。やめて」
子供の話。それは二転三転する。現在の年齢さえさだまらない。足元あぶないんだよね、まだ「…かわいいよぉー」よちよち。なんか「…やっぱ、さ」智慧ついちゃってさ。もうすぐ「やっぱお腹いためて生んだ子?…じゃん」思春期、じゃん?離乳食「…やっぱ、さ」こぼすんだよ。「…じゃん?」來年、小学校「どうしようもないくらい、もうどうしようもないくらい」卒業するから。…ね?「…まじ、さ…」あんた、何歳ではじめて「なんでもできるもん。あの子のためな」オナニー覚えた?絵本「このイノチさえ、もう」読んでやるんだっ毎日。まだ「…って、かんじ?」掛け算も「…じゃん」知らないからね。たぶん、会社では本当の話をしているに違いない。そして、その本当の話はわたしにする話と必ず大きく食い違っているにちがいない。なぜなら、子供の話をするたびに連れは聞こえないふりをして、自分についたホストとそれとなく会話する顔をしながらも、その白目の端は女とわたしとを執拗に笑っていたから。聲もなく…ほそくそ笑んで?——へへ。鮮明に。…ほくそ笑んで?——ほほ。それら、——ふふ。子供の話の詳細は覚えていない。それぞれの、その時々の矛盾のせいで記憶し得るものでありえたことさえ一度もなかったから。女の姿を最後に見たのは(わたしが、すくなとも認識している、最後に…)だから、あの(…どの?)交差点。
好き?
嗅いで。その
夏。
なんで?
灼けた匂いを
いつの?
好き?
なにが?
夏。
戀した?
譬えばいつか見たあの日差しに苛烈に、苛酷に、辛辣に
交差点で、あの、——八月の昼。当時のアマンドで九鬼とお茶をした帰りだったから。それは、それから二年に渡って作られることのなかった新作の爲のうちあわせ、の、ような、要するに雑談?九鬼は地下鉄に降りた。手を振りもせず、見送りもしない。お互いに。
その
さよなら
午前十一時、橫断歩道の
ぼくら、たぶん仲のいい
青山の方へ
ともだちだったね?
渡る向こうに、車椅子を押す白い女がいた。だから当然車椅子にはだれかが座っているはずなのだが、最初に目についたのはむしろそっち、車椅子を押すほう。若い。二十歳そこらにしか見えない。眼を引くほどに、謂わば人肌の色彩を消してしまったかにもただ、白かった。肌が?…服が?…とにかく、白い。彼女の押す車椅子には荷物?人形?なに?…据え置かれたものの存在面積全体には靄がかかっていた。それを覆い隱すように、…と、そんな印象。
あるいは、彼女の押す車椅子には生き物らしきものが、…男女ともさだかではない、年齢も判別できない、すくなくとも、かろうじて家禽らしくはない生き物らしきものが載せられていて、その存在面積全体には靄がかかっていた。それを覆い隱すように、…と、そんな印象。
あるいは、彼女の押す車椅子にはいつの知り合いとも、どんな関係とも、どこで会ったとも想起されない、見覚えのない、しかも知ってることだけが確実な、だからもはや神経にひびくくらいにただ不穏ななにかが、据え置かれたようにそこにいて、その存在面積全体には靄がかかっていた。それを覆い隱すように、…と、そんな印象。——どれ?
これらは後に想起された記憶の中での、しかも類推だらけの風景に過ぎない。車椅子に載せられた生き物らしきものになど、実は一瞥さえくれなかったかもしてない。だから、それへの認識も、印象さえなにも?慥かなのはむしろ、靄のあったことの記憶だけだった。
信号が變わった。わたしは
吸い込んだ!
匂っちゃいました?
橫断歩道を渡る。その
なにを?
体のなかに
白い女も。だからみんな一緒に、一斉に渡りはじる。みんなが
その夏の日差し!
這う寄生虫
それぞれの歩調に。歩幅に。それぞれの骨格で。だから
焦げた空気を、その
いま吐いた、その
接近。その時まではわたしにはかならずしも白い女に興味があったわけではなかった。…たぶん。正面を見る眼差しの中で、不意に車椅子がそっと左折しはじめた。橫断歩道、歩き始めてすぐのところ。なに?…と、思う間もなく、白い女はみんなからよれて、近づく。高架の足、その翳りを厚ぼったく投げ落とす
なに?…いま
淚です
コンクリートの図太い足の一本に近づき、
その耳に
忘れないでね
白い女は、車椅子の上に白く
光ったものは
淚のしずく
靄なした色彩を、ふんづかむようにして奪い
散れ。いまや
取った。…花、と。立ちどまることもなく、わたしは
眼もない花は
思った。花、——と。だから次第に、白い女に
散れ。一斉に
近づき、通り過ぎそうになりながら、
この時にこそ
霞み草、と。それは
散れ。いまや
あした、ぼくらは
靄。それは、車椅子に慥かに停滞していたそれは、あれは慥かに
眼もない花は
消え去るからね
霞み草だった、と。——埋葬?
散れ。一斉に
もう、いま、あなたは
追悼?…だれを?どの
この時にこそ
消え失せたからね
死者を?…と。いつの
散れ。いま
色彩のない雪とともに
死者。すでにわたしは
眼もない花は
ほら
通り過ぎていた。追悼?
散れ。一斉に
消え去ったからね
橫断歩道は、すでに
この時にこ
轟音のなかに
渡り切られた。…だれを?
散れ。い
降りしきる
信号は、わたしの頭の上、眼差しの死角にたぶん
めもな
その雪たちも
變わっていた。不意に立ち止まったわたしは後ろの、男か女かもついに認識されないまま消え失せた存在の、…だれ?舌打ちを、——女?肩の近く、記憶に殘し、…記憶。さだまらない形が無定形の儘に、だから(さだまらない色彩が色彩のない儘に、だから)姿を見せないまま(さだまらない匂いがなにをも想起させない儘に、だから)に、わたしの眼差しのなか(さだまらない温度があたたかみも、つめたさもなにも知らせない儘に、だから)に、ちらつきつづけ、
ふれていた
こわがらないで
振り返った。
あなたたちは、夏の
ここにいたよ
その女たちを。
眞夏の、だから
ぼくはいつでも
いた。そこに、
執拗
ここにい
渡り切れなかった彼女たちは、…手でも合わせていた?。そこで?車線の真ん中あたりの島。コンクリートの足の橫に立って、深い翳りに埋め尽くされる。涼し気に。こっちとむこうにそれぞれに通りすぎる車の列の中に。女たちはふたたび信号が變わるのを待っていた。わたしには背をむけて。だから靄を——霞み草の花束は足元に、コンクリートにずれかかるように投げ置かれ、すでにわたしは確信していた。あの女に違いない、と。車椅子に載せられていた、彼女は。
信号が…会っちゃったね。變わると思わず駆け寄り、…また会っちゃったね。ゆっくり渡りはじめていた…またまた会っちゃったね。女たち、わたしはその…たまたま会っちゃったね。車椅子を引く白い女の肩越しに、ふと、聲をかけた。…なんと?思い出しかけていたその女、…だれ?その時にはまだかろうじて記憶していた名前を…だれだっけ?ささやき、…この人、そうじゃないですか?
と、
聞こえた?
違います?
…ね?
と、
ぼくの
…でしょ?
ぼくのやさしい
と。あくまで白い女のほうにだけ。車椅子の
やさしい聲は
生き物らしきものを指して。そのくせ、
聞こえた?
車椅子の生き物らしきものには、猶も
…ね?
一瞥だにくれず、言った。だから
いま、ぼくらの
その白い女が、
そんな不意の幸福のさざめきのなか
「知り合いの方、…なん?」と。むしろ、車椅子の女に。顎を斜めに傾けて。…その、白い女。口先にこぼれたのがどこの方言なのかは定かではない。すべらすように、下に投げたその眼差し。ほほ笑み?車椅子のそれに。それ、性別もあいまいな、ちいさな肥満した生き物。気付いた。…白い女は、これ見よがしで破廉恥なほどに思春期の少女じみた体臭を、いまだに放ちつづけている女だった。三十近いのではないか。肌には劣化の翳りが兆す。至近に、白い女は、汗の臭気にこなれない香水をぶちまけたような、思春期の少女の惡臭をだけまるで唐突な記憶のように擦り付ける。わたしに、つづけてなにを話すというあてなどなかった。その時、わたしにはもう完全に言葉を見失しなっていた。…なぜ?
茫然。その
なくしちゃったのかな?
ま近に見る、——見たの?車椅子の
花らは、失神
あの、
生き物は、——本当に、その時。見たの?あまりにも
茫然。だから
どこ行っちゃったのかな?
記憶にない、あまりにも
花らも、失神
あの、
見たことのない、見ず知らすの——見たっけ?本当に、その時。完全無比な他人だった。顏のみならず、露出した肌のほとんどすべてに吹きでものを散らし、もう瑞々しいくらいにはりつやのよい肌を、無意味にはちきれそうにふくらまして、しかも、肥満という印象などなにもない。思いのほかちいさく見えて、健康的なのか、——見たの?荒んでいるのか——本当に、その時。見たの?判別できない。丸い——見たっけ?本当に、そ鼻の頭におおきな擦り傷のかさぶたがあった。女たちは(——白い女は)歩みをとめない。…なぜ?二度も、同じ橫断歩道で信号に捉まるわけには…なぜ?いかない。だからわたしも附き添うようにその…なぜ?すぐ背後を歩き、やがて、…知らないひとです。芋洗いを…このひと知らないひとなんです。降りようとする。女たちはこのひと知らななにも云わない。だから
なに?
ふりそそぎます
わたしも。そして女たちは(——白い女は)
行かないで!
光りたちは、いま
くるっと、器用に半回転して(…慣れてる?もう)うしろ向きにその
なに?
まだあたたかに
短いとはいえない(…慣れちゃった?)芋洗いの傾斜をなんとか降りようとする。重い荷物の、いまにも走り転げだしそうになるブレーキ操作に苦労しながら。ただ、あやうい。ふと、…あやっ。言った。
「手伝いましょうか?…俺、」
あっ、と、…「やさしい…でも、大丈夫です」
上手に…あやっ。作った、申し訳なさそうな顏を…あっ。素直にさらし、そして、——ありがとうございます。
「ブレーキ、ついてますから。…」と。
白い女はハンドルのブレーキを小刻みに掴み、放し、放しかけて握り、握りかけて放そうとし、そんな無様と言えば無様な、とは言えだれでもそうなるしかない操作をしながら、がくがく、かつかつ、その度にぶつぶる、びくびく、車椅子本体と自分自身をさえがりがり、びりびり、ふるわせた。ゆっくりと、それでも芋洗いを女たちは下る。わたしはすでに立ち止まっていた。拒絶されたから?敢えて、やさしく。しかし明確な拒絶はなかった。受け入れられていないことも確実だった。だから曖昧な、…なに?一歩一歩痙攣に似てがたつき、かすかな騒音につつまれて坂を下る女。そしてわたしを見ているらしい生き物(らしき、もの)。わたしは女たちを(——白い女を?…生き物を?)見送るともなく、…なぜ?見ていた。だから、茫然と?
花咲く季節に
ちらちらと
…むしろ、ひとり
見た夢は。そっと
ほら
そこに冴え切って。わずかの感傷もなく、そのくせ、
花の匂いを
ちらちらと
なにも考えられない儘に。彼女たちを(——白い
しみこませ
何?…蛆?
女を?…生き物を?)見かねたその傍らの会社員が(——五十くらいか)並ぶ橫顔に、ふたたび「…押そうか?」と?…聲をかけた。女たちに、だから、そこ。わたしからもう、それなりに離れたそこ。その言葉は聞き取れない。「…死ねよ」と?男のややイラついた聲は、その「どしゃぶりじゃんボケ」と?言葉にならない響きをだけ(やさしい会社員の)鮮明にしながら、——此の人、と。(咎めるような、その)会社員にはまるで(軽蔑したような、その)気付かなかったかのように、…此の人、と、白い女は、「此の人、交差点で事故して、…」
わたしはまばたいた。その時
夏の海辺に
くらくらと
「知り合いですか?…でも」
そっと
見た夢は。そっと
ほら
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