流波 rūpa ……詩と小説048・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //なぜ?/だれ?/なぜ?/いま、あなたは
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
…ぃぃい?
壊れてたんだよ。ある日
眞っ白な翅の
右の眼球
俺は聞いた。それが母親の遺品の
蜂になるから
…はぃへ?
古いDX‐7を引き始めるのを。指先が、ひとつの音、その
それは、なんですか?
見ないで
ロングトーンをその
鰹でしょう?鰹
…ふぃい?
音がやがて消滅するまで響かせ続け、
頭の吸盤から
左の
またふたたび、同じ音を、同じように、そして
吹き出す卵の波に乘って
…はばっ?
それは…なぜだろう?
飛んで行った。それは
吹き飛んだ
今まで聞いたことのない響きだった、…そう
見事に歌う、それは
…ぃんぺ?
どこか懐かしくて、…そう
鰹。かつてだれも
眼球の殘した
でも、まだ聞いたことなど一度もない響きで、だから…そう
夢見さえもしなかった
…てぇぃっ?
あれ、何なの?
せつない鰹。その
飛沫の痕跡
その時、おれはそう思った。才能…って?
抜けたうぶ毛が
…ろぅろぅ?
いや。
そそげば、地に
それさえも
ちがうんだ、だから、むしろだからかれの存在理由?
ふれれば、地は
…きぃっ?
いや。
だから雪の中に眠るのだった
ひびくのだった
ちがうんだ、だから、むしろだからそれはそれのそこにあることそれ自体
もう、永遠に
…ばぃん?
あらゆる苦痛
眠ることのない
わたしたちの殘した
あらゆる悲しみ
目のない蛸を
…ととぅ?
あらゆる絶望
くらげと共に抱きしめながら
最後のささやき
あらゆる断滅
ほほ笑みを
…ろぃん?
あらゆる持続
永遠に
その、とめどもない
永遠の苦悶
だから盡きることない
…えぃいぃ?
永遠の沈黙
ほほ笑みを
共鳴
永遠の赦し
永遠に
…どった?
永遠の…なに?せめてわずかな
だからすでに
見ないで
そしてかすかで、もはや存在しない、あざやかな
金色に染まった
…たびぃ?
幸福の記憶?…おれは
蛸の爪です。その顎
見ないで。もう
思わずA氏に言って、かれの爲に地下室、改良して
それは、なんですか?
…ぃりぃい?
機材、買い集めてさ。そこに小さなスタジオを作って
鳶の尻でしょう。かかと
わたしたちの
それに自由に音楽活動、やらせて見たんだよ。そして
ひび割れたかかとに
…がばっは?
一年近く経った時に、たまたま資生堂の…
根を張った秋刀魚が
爪痕も
コンセプト聞きながらふと、思った、——それの作った
孵化させた綺麗な
…びっぱ?
あの曲…って。でも——と、そして軈て、週刊誌に≪檄白!明日香氏、わたしはゴーストライターを使った!≫架空の告白を≪憔悴した表情で≫語ったあとに、九鬼は幾許かの報道陣をあつめて開いた記者会見に、「おれに…ぼく。…自分にとっては、」語った。「あの曲しか、…って、しか、考えられなかったんですが、でも、ん。…や。…っや。やっぱり、」
「それで、自分の名前を騙ったんですか?」
「騙りは、…そは、騙りはしなっ、ぃなっ、かったん、ぃいんです。…いや、事実、」
「騙ったのは事実ですよね?」
「騙ったんです。実際。ん。けど、ん。違って、うっ…それ、だから、僕は、あっ…あの子を…いま、…ん。やっと、っや、…ん。静かで、ひとり静かで、あっ、平和に、純粋に、音楽に…ぃっ、よって生きてる…ん、あっ。…ん。あの子を、ぃい、その平穏をどうしても、みなさんの…一般の方、他人の眼。他の…に、さらすのは…なんか、ん、ぁあっ、さっ、ざ。殘酷で…」
「ギャランティ配分とかどうなってるんですか?」
「いや、それ、ぁわぁっ、あ、手も付けないです。実際、俺は。自分、ただ、わたしは」
「曲だけ公表したかったの?」
「責務っていうか、…じゃないくて、…なんでしょう。なんか、ん。こんな、んっ。素晴らしい音楽…天使の、すばっ。でも。…いや、あの子ね、でも、あの子、いま静かに、すっごく今、いまやっと、やっと。だから…ん。俺がわるんです。ぇんぶ俺、自分が、究極、でもね、でも。あっ、あいつの、あいつだけの静かな…あの子。…の。平和を護って、俺なりに、なんとか、護って、護ってやって、…そういうの、やらせてもらって、…つつも、でも、…あれ、やっぱり、こう、生きた証明?…あかし、というか、そういう、こんな魂?…ていうか、そういうのがあって、で、ここに、で、そういうのが、こう、で、あって、で、それが、だからあって、そういう、それが、だから、そういう、深い絶望の、で、苦しみ——いや、ん…。要するにもう、あっ。あいつ、…から。壊れてる。こわっ…くるっ…狂って?狂ってるんです、もう壊れて、(——と、九鬼は此処で泣き崩れ、数秒、言葉にならない数語をえづきながら語った。だれの耳にも聞き取られ得ないままに)きれいなんだよって、…でもね、こんなに、こんなに、人間の心って、ほんと。きれっ…綺麗なんだよって。その、んはっ。綺麗さ、んー…それしか、それだけしかかれの音楽にはもうなんにも、もう、…むんっ、それし。しか。か、かないから、…」と、此の日に幻の作曲家≪流沙≫は人々のそれぞれの脳裏に、それぞれの形姿で、そのそれぞれの息吹きをそれぞれに
目醒めだよ
発情?
顯らわした。もはや
ほら、いま
だれ?
スキャンダルではなくて、謎めいた
なに?
いま、それ
現在進行形の
例えば蛇の春の?
だれが?
神話として。さまざまな伝聞と、憶測と、フェイクと神話を生んで行った。SNSの存在する今ならもっと放埓に拡散されただろうか?それとも、少数の紋切り型の、それぞれのバグを孕む大量生産に終わっただけだろうか。掲示板しかない時代には、掲示板の中でより多様で過剰なフェイク、意図的な、しかもかならずしも意図もない創作、事実誤認、論理矛盾、…などに依る収拾のつかない≪流沙≫が派生し、記憶されるともされないともなくに、コピーは粗惡なコピーでさえない異質の姿を更に生産しつづけ、ともかく、拡散の厖大をさらした。
ほんの半年後には≪流沙≫という名が、本來あくまで曲名に過ぎなかったことさえ忘れられ、それこそが≪無限の孤独と、無限の苦痛と、無限の恐怖の中に今日も猶、生きつづけながら、その謎めいた音楽の響く一瞬にだけかろうじて假りの救済を得る悲劇と奇蹟の音楽家≫の神秘的な名前になった。言った、だれもが、未だだれも聞いたことのない響きだ、と。
実際には、ブライアン・イーノの環境音楽シリーズと、モートンフェルドマンと、ジュチャント・シェルシをかけ合わせ、スティーブ・ライヒ程度にメロディアスにした、そんな、どこかしらで聞いたことのあるような響きにすぎない。それが
シェルシはわたし
新鮮で神秘的に感じられたのは、いつか
あなたはシェルシ
自分のついた噓に飲み込まれ、自分自身その
シェルシはあなた
神話を信じ始めてしまっていた九鬼の≪檄白≫の功績だった。記者会見の最後に、自分で告白し、しかも記者会見まで開きながら「どうか、これ以上の取材、詮索はだけはやめてください」と、終には、いきなり土下座までして訴えた。「その子の魂を、絶対に。絶対に…」あとは、嗚咽の雑音に消え、消えた、だれにも、だから
噓はなかった
わたしの日々よ
本人にさえ聞き取られなかった言葉は、むしろ
いささかも噓は
生涯よ。この
さまざまな人々にそこに
だってすべては
顏もないわたしの
聞き取られるべきだった言葉の群れを
本当でさえなかった
輝かしき
生産させた。
…なに?
栄光の日々よ
考えて見れば、もっとも勝れたゴーストライター隱しの手法だったのかも知れない。九鬼も、わたしも(——わたしも?)実際にはそれを意図したわけではなくとも。ゴーストライターであるべき(…わたし?)男がまず(…は?)実作者として(…だれ?)登場し、次の瞬間にそれを否定し、わたしにはゴーストライターが存在したと告白するのだった。この、どうしようもなく倒錯した関係。
ともかく≪流沙≫シリーズは数年おきに制作された。わたしが口頭かメールで九鬼の所謂設計図を、…それは詩とも散文とも言えない思い附きの短い文章にすぎない。渡し、九鬼がそれをもとに(…もとに?)ひとりで制作し、そして≪流沙≫の名義で発売されるのだった。アルバムは一枚も出したことがない。編集盤さえ。どれも一曲六分から最長で九分少しの、当時の所謂マキシ・シングルのかたち。九鬼曰く、だからオーディエンスは恒常的な飢餓状態に放置される、と。それも二千十一年が最後だった。例の地震のせいだった。主にネットでアップされる個人編集の、所詮どこかからのコピー画像の、津波の感傷的な記録映像その夥しい群れの多くの背後に、まるで申し合わせたように静かで、どこか不安で、どこか明るく、要するにひとことで謂えば奇妙なほど無邪気に綺麗なだけの(…三言?)≪流沙≫の音が使われ続けていたせいだった。
もはや濫用。
九鬼がわたしか、どちらかが始めようと云わない限り始りはしないので、だから、どちらともなく、どちらも始めなくなれば、≪流沙≫は始まり得ない。だから沈黙。中断。途中やめ。放棄。放置…なぜ?
あるいは罪の意識?…たとえば、でたらめな噓いつわりのフィクションにすぎないものが、凄惨な地震の、津波の、倒壊家屋の群れの、廃墟化したビルの、それら窓のすべて破られたガラスの不在の、原発事故の、立ち入り禁止区域の、述懐する人々の音聲の顏の、それら現実を(——パソコン上の、画像を?)、そしてそこに鳴っているべき音響を、ブルドーザーの轟音を、解体の騒音を、ささやかれ、つぶやかれ、叫ばれ、吐き捨てられた音聲を、途方もない数の発話を、すべて覆ってしまっている事実に対して?
死にました
ぃいー…んっ
まさか。
それ、悲劇?
るぃいー…んっ
九鬼にとっては、すでにだれよりもそれがフィクションにすぎないことは自覚されたままでありながら、≪流沙≫の存在はもうひとつの全き現実になっていて、だから
壊れました
いぃいー…ぃんっ
≪流沙≫は体温さえともなってそこに
それ、悲劇?
ぃいー…ぅんっ
孤独にかれ固有の息吹きをさらし、息遣いをやめない一個の謂わば実存(…この)だったのであって(すでに滅びた、もはや遠い、なつかしい)あるいは(言葉。つまり)もはや噓でも僞りでもなかったのかもしれない。(…その言葉。)わたしにとっては(イノチなどなく)虚構の祭典。それら編集動画の(かたちもない)さまざまな追悼は(言葉さえ)単なる不穏で不快な(それ固有の)虛構がつぶやく(ほろ)虚構に過ぎなかった。あくまでも(滅びを)他人の事件を(まさに固有に滅びを体験するのというのに、)必ずしも自分の身には受けない遠くにあるままにかつ、まるで自分そのものの体験であるかに錯覚し、しかも、それがまさにここある無距離なものとしての切実さをは、意図も自覚さえなくいつか拒否してしまっていて、しかもあくまで切実に、心切り刻まれるほど切実に、だから所詮は他人の悲劇。垣間見られた通りすがのだれかの悲しみ。かわいそうな他人への倫理的な共感として、…要するに埀れながされるだけ埀れながされた無数の架空の実体験たち。
なにも本当とは思えなかった。だれかが撮った画像に、だれかが作った音楽をかさねた、それら、まるでミュージックビデオのようなネット画像の群れのみならず、公共電波の特集も、活字媒体の記事も、例えばその日大坂にいたタレントの切ない思いの吐露も、その日九州にいた文化人の切実な希望と絆のメッセージも。
それを語り得るのは、例えば東京で、迫る津波の撒く臭気など知らずに、一晩明けた液晶画面のこちらに災害を見ていた大多数の人間ではなかった。にも拘らず(…だれ?)だれもが(だったら、)語り、まるで(だれが語るべき?)強制されているかに語り、それが(だれ?)いま、果たすべき自分の(だれが、だれの見た)責任であるかに語り、意志を(風景を語るべき?)表明し、新たに(だれ?)見い出されたらしい個人的な世界観を披露し、——知ってる?
と。わたしは
なぜ?
見蕩れたの?
ささやく。もはや
沈黙を、いま
まばたきも忘れ
だれの爲にでもなくて。いま
あなたは、不意に
あなたは、そこで
僕らの言葉は無防備な、容赦もない
なぜ?
まばたきも忘れ
無記名の
意味もない
見蕩れたの?
フィクションになっている、と。
沈黙を?
その
あざやかなほどに。すさまじい
きっと
眼の前にいま、ひろがった
未曾有の完成度で。だから、わたしも九鬼も、≪流沙≫を嫌になったわけではなかった。
そのばかばかしさに気付いたのでも、醒めたのでも。そんなもの、あるいは、最初からそうだったのだ。たぶん九鬼にとってさえも。…九鬼は手がけ始めた新人発掘とプロデュース業に夢中だったということなのだろうか?
ただ四枚のディスク、連続再生してかろうじて三十分程度の再生時間しかないそれらを生産して、すでに十年近く立っていた。とはいえ飽きたという実感も無く、だからいつの間にか過去のものになってしまったものだと、そう自然に思われた。なつかしがる須臾もない。思い出しさえしないから。時に、例えばテレビで、…ちょっとしたカフェで、耳にしてしまった時以外には。感じるのはただ、最初耳にしたときから感じつづけていた相變わらずの違和感と、対象のない羞恥と、わずかの嫌悪と、執拗な懐疑だけ。そしてまるで、いつか意図して無意味な、無邪気な邪魔をしてみせたように
なにを?
知ってる?
沙羅は
あなたは
鳥たちは
なにも身に纏わない儘にその
なにを?
その色彩のない
褐色の肌を逆光に
見てたの?…なにを?
鳥葬の朝に
昏ませた。彼女は
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