流波 rūpa ……詩と小説045・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //なぜ?/だれ?/なぜ?/いま、あなたは


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「生き生きしすぎ」

   唇は

      始まり、だから

「いいじゃん。だったら、」

「そして自己規制かかりすぎ。売れる爲に、…共感を得る爲。その爲の。だってあれ、ネット、反応が直だからね。コメント、アクセス数、ダウンロード数、リツイート、いいね、…じゃない?…つまり」

   どれ?

      そして不意の断絶

「なに?」

「つつましい、他人の顏ばっか見てるゾンビが生き生き飛び跳ね羽根伸ばしてスキップしてるけどどっかで聞いたことあるようなもんばっか、みたいな…ゾンビ映画の大量のゾンビの顏、いちいち覚えてないじゃん?だいたい、ゾンビはゾンビに見えりゃいいの」言って、蘭は笑った。

その時に、わたしは

   流沙

「でも、なんで今更?」

聞く、ドアが開く音。不意に

   流れる沙は

「…≪流沙≫?」

気付いた。すでに

   響きあい、一度も

「もう、あれ」

響きつづけていた飛沫の音が

   あなたの、一度も聞かなかったそれら

「封印したんじゃないの?…一応は」

已んでしまっていたことに。だから

   聞かなかった?

「…発覚する前に?」

わたしは返り見

   聞こえなかった

「お前、バラす気?」

見る。素肌をさらす沙羅の

   聞こえなかった?

「薔薇好きかって?…なに?」

褐色の肌。水滴を垂らしながら

   聞こうとしなかった

「お前さえバラさなきゃ」

クローゼットを開き

   聞こうと?

「だって、無意味じゃない」

そこに白の、彼女の

   響き

「…そ」

バスタオルを探した。昨日

   流沙

「あれ、おれの作品ですって云ったところで」

屋上で彼女が

   流れる沙

「ただ、だれの興味も惹かない、」

洗濯したもの。沙羅は

   知らなかったから

「化けの皮がはがれるだけ。だれもが、いまさら」

わたしを見てそっと笑んだ。

   砂の群れ。厖大な、しかも

「損するだけ」九鬼は高校の同級生だった。もっとも、わたしは一年の時に中退した。だから、ほんの数か月程度の。高校の時にもまとも交流はなかったから高校を

   響きあうことを

「自己満足だから。真実を」

やめて仕舞えばわたしたちは

「告白?そんなの…若い、でも、なんか」

赤の他人だった。わたしは

「多いの。そういう…」

家を出て、新宿に身をかくし

「デビュー準備してます的な若い奴で、そういう…」

そして、父親を

「うぶな?純な?…あいつら、だいたい」

殺した。すくなくとも

「勘違いしてるけど、ね?」

間接的には…あるいはすくなくとも

「青いんだよ結局。やつら、」

わたしにとってだけは。ホストになって

「リリースってのは、さ、つまりは」

そしてわたしは瑠璃と

「プロジェクトなんですよ。だから」

彼女に乞われた関東連合の一派に

「アーティスト・ネームって、もはやひとつの」

体の半分を燒かれた。ガソリンを

「プロジェクト・ネームであって」

あびせられ、ぶちまかれ、まだ

「だから顏つきがね、もう…」

旧防衛庁跡地のあった、その

「御輿なんだよ。アーティストって。…古い」

夜の翳りの中に。悲鳴さえ

「かなり年代物の謂い方だけど、さ、」

あげる余地も無く。そして

「そいつのひとつの自己滿でさ…」

いまだケロイドの固定していない

「責任ってやつ。御輿の。重要なのは」

包帯だらけの入院先で…あれ?

「何人も関わってるプロジェクトが一発」

再会した。≪あす・ゆめ≫の…あれ?だれ?二年たらずの

「ひとつ、ぶっ壊れちゃうんでね」

ミリオンの栄光が…あれ?まじ?相棒という名の

「ビジネスよ。やっぱ」

赤の他人に…あれ?やばっ。ふっ飛ばされて

「それ、…よくないでしょ。ぶっ壊したら」

自殺未遂をはかったその

「ビジネスよ。嫌な意味じゃなくてね」

九鬼蘭に。投身自殺の失敗で

「アーティストってそういうもの」

かれは、兩足を骨折し

「それいやなら、」

車椅子を付き添いの女に…だれ?

「…モンキービジネスなんて言ってんなよ。だったら」

引かれていた。…あれ?と

「ホントに一人で」

お前、真砂くんじゃない?と

「むしろ山奥か」

ささやく…あれ?まじ?車椅子の男に

「アラスカの果てで?」

違う?…いや、違ったら、

「自分の爲だけに作りなよって」

ごめんなさい、違ったら、…いや、包帯で

「すっげー正々堂々と」

良く…いや、見えないんだけど、

「だから」

なんか…いや、

「高校の同級生に似てて」と、その再会の九鬼は言った。その頃、わたしのかろうじて燒かれなかった半面の視力も一時極端に、——その医学的な理由は知らない。惡化していたので、そこの、かがみこんで手を伸ばせばとどくくらいの九鬼さえ、その性別程度しか

   だれ?…それ

      人体ですか?

把握できないのだった。…俺、

   顏?…なに?

      うす汚れた色した花ですか?それともただの

ちょっといま、

   だれ?…顏?

      置き物でしょうか?

事故で…と、

「事故?」

それで、今

「真砂くん、それ、事故なの?」

ちょっと眼が…ごめん、名前

「大丈夫?…事故って」

なに?…なまえ…

「火事?…大丈夫なの?」

九鬼が「九鬼…おれ、」自分の「ほら、高校ん時、」名前を「蘭。九鬼蘭、…ほら、」名乘っても「…眞砂眞沙雪くんでしょ?」わたしの記憶にはなかった。事実としては、だからかれが本当にわたしの同級生かも、わたしのほうでは分からないのだった。わたしが改めて眞砂の名を名乘ると九鬼は慥かに、…あの眞砂くんが、と。不意の「…まじかぁ…」感慨に「…やばいわ。それ」浸った。だから、九鬼は「…まじかぁ…」わたしの同級生だったに違いない。

それから希薄な、疎遠なとは決して云えない付き合いがつづいた半年後に、九鬼にコマーシャル・フィルムのBGM案件が入ってきた。それにわたしも協力することになったのだった。もっとも協力というほどでもない。九鬼のマンションに行った時に、たまたま抱え込んだ乘り気のしない仕事の話になって、かならずしも器用な作曲家ではなかったかれの愚痴を聞いていたというだけにすぎない。

化粧品の案件だった。話をするうち、適当に、ふと、わたしは言った。ミニマルミュージック系で、ヒーリング系で、テンポなんて存在しないくらいのスローな、拍なんて存在しないくらい間延びした拍で、針の落ちて跳ねるみたいな微弱音の同音反復…四聲部あって、四聲部とも拍子がちがう、とかは?…モートン・フェルドマンみたいな、と。

「つまり、どんなの?」

こう考えて。耳が聞こえない。生得的に耳がなかった。そんな畸形児がいた。眼が見えない。生得的に眼がなかった、そんな畸形児がいた。神経がない。生得的に神経がない、そんな畸形児がいた。脳もない、生得的に脳がなかった、そんな畸形児がいた。…いや、半分くらいしかなかったってことにしとこうか。

不意に、そんなかれが知性に目覚めたとする。

知性?…そう呼ぶべきかどうかは分からない。意識?…そう呼ぶべきかどうかも分からない。ともかく、かれはだれも聞いたこともない音楽というものを作り出そうとして、…

   綺羅きら

      なに?

どんな?

   あざやか

      その色の名は

たとえば、海。

   なに?

      なに?

波、きらめき。

   なに?

      なに?

その煌めきの明滅のような

   その色の名は

      昏らんだ

響き。

   なに?

      翳り

時間さえもう、まともには流れなくなりはじめた空間での、眼差しさえも奪われた魂が見い出す、だからそれはただ、波のきらめき。その

   ぃいぃぃ…

      ん、ぃいぃいぃ…

         だ、ぃいぃ…

            るぅ…ぃぃ…

聞こえるはずのない音響。おれたちには

   ぃいぃっ…

      ん、ぃんぃぃ…

         だ、んぃいぃ…

            る、ぅんぃぃ…

聞こえはしなかった、そんな…

   ぃいぃぃん…

      い、ぃいぃ…

         だ、ぅいぃ…

            るぅい、ぃぃ…

「なにそれ?」と。その日の九鬼はそう云って笑っただけだった。

数か月後、あるコマーシャル・フィルムに流れる音楽が新しい≪癒し系≫の音楽としてもてはやされはじめているのを知った。ブラン管画面に流された数秒のそれは、軈て長尺盤のCDが発売されると謂う話になって、煽る宣伝メディアの周辺で不意の静かなブームを生んでいた。タイトルは≪流沙≫、流れる砂、りゅうさではなく、ルーシャ、と。そう読ますらしかった。「なんか未知の外国語っぽいでしょ?」その八月「チベットの山奥かなんかの、」九鬼から「…ブータンとか、さ」連絡があった。ミーティングをしようと言う。…なに?

暇でしょ?ちょっと、

なんだよ。

時間、…ちょっと、くれない?

…なんで?≪流沙≫、あれ、おれの曲なんだよね、と。

   だれ?

      どなたですか?

そうなの?

   だれ?

      お会いしましたっけ?

それで、ちょっと、作戦会議…と。

   お前

      どこででしたっけ?

曰く、≪流沙≫はあの日、わたしが帰った後に、思い付きで数時間のうちに作った曲だった。眞砂の言ったとおりに作った、と、かれはそう云った。あらためて聞かされたそれは、あまりに耳慣れない音響だった。聞いたことも、予想したことなかった、違和感しかない他人の音楽。九鬼は、かれの部屋のスピーカーの前に立って、なんの感想も云わないわたしの背後に、そして「…ね?」寄り添うように、やがて「…これ、ふたりの」わたしの背に「…共同作業」ふれた。鼻に親しい笑い聲をみじかく立てた。その手ざわりに、かれもわたしと同じように男をも愛せるのだという錯覚に、唐突に、なぜが捉われた。ただ一瞬だけ。かれにその氣がないことはその、——どの?眼差しの色にも——いつの?顯らかだった。なぜ、——どの?そんな気配を此の時のかれが、あるいはその指先だけが漂わさなければならないのか、もしくはそれこそが音楽家と音楽の、(——自分がつくった音楽との?)関係というものなか。もっともこれは音楽家ではない人間の、音楽への過剰な神秘化にすぎまい。

わたしの唇には、だから疑問をつぶやく言葉が…自分がなにを問いただそうとしているのかさえ定かではない、謂わば無定形の、限りなく無責任で、曖昧なままに、しかもひたすらに鮮明な、どうしようもなく執拗な言葉?…にさえならない、…息吹き?…の、あふれかけ、さまざまにこぼれかけ、あふれだそうとし、さまざまにこぼれだそうとし、——何で?

と、

「何で笑うの?」不意に笑い出したわたしに表情のない静かな聲で、九鬼はそうささやく。

「笑ってない」

「それ、すっげぇ、噓」

九鬼を返り見た時、わたしは

   どうして?

      好きだよ

かすかに驚く。棒読みの聲の、あまりの

   噓つくの?

      好き。まだ好き

無表情に、そこに棒読みの顏の無表情を

   なんで?

      好き

想像していたから。九鬼は(…あるいは、)ただ、わたしを(とがめだてする?)慰めるような、深い(拗ねた顏?)何も笑っていない冴えた笑顏を(それとも)わたしにだけ(激怒した?)くれていた。

「いいじゃない」

「想像どおり?」

   猫?

      …え?…あ

「想像?」

「お前が」

   どこ?…そこ

      …あぁ…、あ

「想像って…」

「ほら、おまえの頭の中に、あの時」

   ここ?…そこ

      …ま、…んー…

「いま、お前」

「…さ」

   猫?…いつ?

      って、…ま、んっ

「なに、想像しながら」

「鳴ってた響きのとおり、…かな?」

   いつ?…死んだ?

      …んんー…







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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