流波 rūpa ……詩と小説041・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //なぜ?/だれ?/なぜ?/いま、あなたは


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



   死者ら、それら

      色彩の無い

ないとでも?無様な

   翳りの

      死者ら。それら

笑顏で。——あら?

蚊?わたし、…「あら?」忘れて來たんです。「ごめんなさいまし、あら?」…知性なんて。生まれる時に、お腹の「ごめんぱそばぜ、あば?」中に。流れ出した「だばんばぼばぼ、ぼぶ?」羊水と一緒に。それとも

「服くらい、着たら?」

   生まれたまんまの

      ピュアなの。もう

羊水で窒息したほうがいいですか?でも

「朝ごはん…食べに行こう」

   わたしのこと

      すっげぇプア?

どうして胎児は窒息しないの?

「…行くよ」と。

   好き?…だったら、

      ぼくの心は

言って立ちあがったわたしに、沙羅は

   ね?死ねくそ

      すっべぁブハー

なにも言わない。

反応さえ…え?——蚊?

なに?…と、——蚊?その、——蚊?無言の——蚊?目の——蚊?一瞬のみで。彼女は日本語が分からないから。わたしはすでに背を向けていた。部屋から

   多くの場合

      ふるえるよ

出ようとした。沙羅は

   聲はむしろ

      大気も、気配も

事態を悟った。あわて、服をさがし

   赤裸々なひびき

      そっと、そこに

身を纏うのが聞こえた。ドアを出、軈て背後にドアが閇まる。鍵は駈けない。やがて追いかける沙羅が閉めて、走って來ることをは夢路のそのふるえる虹彩に知ってる。もう、彼がもうすぐ、そのすべてをうしなってしまうというわたしたちふたりの、だから現実。知っている。その体中に痛みを、噎せ返るようにひとり感じはじめていた夢路の、だから知っている九月。

その二十一日。

ダナン市には昨日まで(…たぶん、昨日まで?)鞏固な外出禁止令が(結局、その解除の正確な日付けは、すくなくとも異邦人に過ぎないわたしにとっては曖昧さを殘したまま)出ていた。コヴィッド19、所謂、新型コロナ・ヴィルスのロック・ダウン。狹い範囲で町中に区域が切られた。金網と、テープと、本來何の用途があったのか察知できない鐵パイプの造形物で張り巡らされたバリケード。大通りの要所にポリス・ステーションが作られた。ただし、夜間、警官の目にふれないところでは稀にバリケードをすり抜ける、必ずしも惡意のとは言えないちょっとした越境者が生じる。例えば、年配の善良なおばちゃん…って、さ。

仕方ないじゃない、さ。

なんたって、さ。

あの子だって、さ、家族も知り合いも恋愛も怨恨も何も(——人間以外の厖大な無数の生物たちは限られた例外として)不意に引かれた地図上の線分で分断される。何にしても、バリケードの向こうに何も用がない人間などいないに違いない。とは言えこの時のデルタ株の蔓延は

   引き裂かないで

      雲たちはいま

かならずしも深刻とは云えない。だから

   もう。すでに

      見上げられた空

一日にほんの百人以下。もっとも

   ずたずたなんだ

      引き裂かれたように

ここの人口はおどろくほど少ない。所詮観光都市から観光客を引けば皿しか殘らない、と。だから、考えようによっては深刻だったのかもしれない。いずれにせよ少なくとも一日五千六千を数えたサイゴンほどではない。

もっとも日本人はサイゴンのその数字に、その後進国の都市の東京より勝れている証明を見るべきだったかもしれない。東京に、一日に五千人も探し出すPCR検査能力があったのだろうか?有事に身ぐるみ剥がれた、当時の愚鈍な無防備政府の君臨する無防備都市には?

いつもは、ホテルのすぐ裏の、いまは休業している飲食店が——海鮮飲み屋だ。本來は。オープンテラス、あるいは、雨だけは凌げるようにした、吹きっ曝しの。一、二、三、よー。そこの太ったおかみさんが、わたしたちに食事を(だから、沙羅。そして)用意した(わたしに)。店の敷地の奥の家屋、その一家はユエンの親族だったから。あるいは知ってるのだった、彼女と、そしてその瘠せた亭主と、高校生?…の、娘とは、あの外国人は姪の思い人なのだ、と。

不穏な、あやうい、いかがわしい、その日本人は。半身を火傷痕に埋め尽くした、その。普通には姪の恋に普通の決着のつきそうな普通の気配は普通にない、その。しかも女連れの老いさらばえた、醜い、異形の、その。

あるいは、わたしは未だに美しいのだった。

もうすぐ五十に手が届きそうになって、しかも顏の半分をケロイドが覆いながらも。故にこれみよがしに年齢不詳の、半分だけ殘った顏は。真っ赤に、あるいは褐色に、あるいは黝ずみさえして、そして歪み、引き攣った殘りの顏にふれあいながら。

隱すことなく曝し続けた。わたしは、あるいは仮面のような(——素顏のような?)その(…どっちの?)顏を。

どこでも。

空港でも。

その人の国籍によって、彼等の対応はそれぞれに違った。あるいは、それが楽しみの一つだった。眼を逸らす。逸らしもせずに息を飲む。気付かれないように?気付かれることにさえ気付かずに?覗き込む。しげしげと見る。不作法に。ぶしつけに。あからさまな不審。とまらないまばたき。不意につくる、ことさらにやさしい目の表情。憐れみをだけ勝手にくれて?まるで共感しているかの、とまれ、いずれにせよ、その、眼差しの前に息吹き息遣いほほ笑むひとつのあまりにも凄惨な

   見ないで

      いいよ

造形。もう十年以上は

   そんな目で。そんな

      さわる?ほら

その造形を、わたしは

   花さえ恥らう、そんな

      いま

纏っていることになる。ホテルの

   だから、もう

      さわりたい?その

エレベーターにひとりで乘って、ロビー階ににつくと開いたドアの前に息を切らした沙羅がいた。たぶん、階段を駆け降りた、そしてわたしを一目見て、須臾もなくいきなり、その大口を開けた。

なにも発さない。その大口に、音声をなどは。その口慣れたベトナム語でさえも。——あら?

蚊?だからやがて一瞬の、一種、時間さえ止まったかの沈黙の後に、泣き崩れるようにして沙羅は、いきなり大聲をたてて笑った。

響く。その聲はひとり、さまざまな反響を、それら響き。共鳴。うすい何かの震動?…ひびき、罅われるように、それら響き。音響。ホテルに、わたしたち以外に客はひとりもいなかった。

ロビーは無人だった。

近隣に住むらしいオーナー一家の息子らしき男が(…違うかもしれない。)時に訪れる。

夕方に。

稀に。

無人の、だから、沙羅の容赦のない笑い聲は天井の極端に高い空間の中に、いびつなまでに響く。響き、響き、鳴り響き、聲。ひびく聲そのものがすべてに対する異物でこそあるかのように。また、そうでなければ

   だれ?あなた

ならないかのように。正面口は

   だれ?

閉まっている。だから、半地下の駐車場のシャッターを明けて、そこから外に出るしかない。内部関係者か、窃盗犯かのなに似せて。外に出れば、ここ数日の、赤裸々なまでの晴天が頭の上に

   夏?もう…

      抱きしめたいって

綺羅めく。沙羅の

   まだ?…夏。ほら

      そんな、感じ

腰を抱いてやった。こみよがしに

   蝶たちも

      いま、この

沙羅は

   蝶?

      かがきの季節、ぼくらは

媚びた。沙羅にとって、彼女はわたしの手のついた女だった。だからわたしの女としてこそ彼女は

   夢を。その

そのすべての風景を

   コンクリートに

見た。すくなくとも、わたしのことを

   擬態した、その

忘れていない限りにおいては。…忘却とは

   蜥蜴さえ、夢を

何なのか。記憶とは何なのか。例えば、沙羅はわたしを愛しているのだが、そしてそれは継続し断滅することなくて在ると謂えるのだが、結局、ケーキを食べる時の彼女はケーキを食べている知覚そのものに過ぎなく、わたしはそこに存在しない。同じく、猫を撫でる時の彼女は(——ないし、貪り喰うときの?)その(——ないし、鼻で息をし、喰うときの?)知覚以外でないのであって、だから(——ないし、吹き出しながら喰うときの?)わたしはそこにも(——ないし、噎せ返り白目を剝きながら喰うときの?)存在しない。彼女はわたしを此の二年にもわたって愛し続け、それが事実でこそありながら、その

   本当に?あなたは

      目舞いしそ

少なくはない時間のしかし、ほんの

   ぼくを。本当に?

      きみが

片時にしかわたしを

   あなたは

      素敵すぎるから

存在させていなかったことになる。永遠の恋人さえ、ほんの数パーセントの以外の大半には、無自覚な、だから

   鳴りひびいた

      発見しました

         響くサイレン

単なる不在にすぎない。もちろん

   近く?

      熱、出してます

         近くはないところに

いまさら謂うまでもない

   遠くはないところに

      せき込んでます

         遠く?

当たり前のことなのだが、此れはもっと

   響くサイレン

      いまから行きます

         なり響いた

震撼すべき事態だったのではないか?暑いという程ではない。それでも三十度にややとどかないほど、なのか。

亜熱帯の温度には馴れた。サイゴンにいたときも一週間で熱帯になれた。このまま地球が熱帯化し、氷という氷が溶けてすべての山頂以外のすべてが水没して仕舞ったところで、ほんの一週間で慣れるに違いない。いずれにせよ人類たちの期間はすでに終わりかけている。ほとんど(——まじ?)すべての(いきなり終末論ですか?)既存生態系を道連れにして。尤もいままでにも充分、手当たり次第に絶滅に絶滅を強い続け、かさねさせ続けてここまで來た。せめて

   遠く、遠く

その殲滅種族の殲滅は

   あまりにも隔たり、ぼくらは

だから考えられないほどに

   遠く、遠く

悲惨であるべきなのかも知れない。ホテルは個人経営の小さな、…とは言え、十四階建てのビルだった。シャッターを閉め、鍵をかけずに大通りを渡った。通りの名前は忘れた。封鎖は今日までだったはずだ。ユエンが昨日、そう云った、日本人相手にしか使用しない韓国製アプリの無料通話で、だが、無人都市。相變わらず封鎖されたままの——封鎖都市。大通りに走る車は、いつものように、時に、——空虛なる都市。稀に通過する貨物以外には——不在都市。ない。いまはそれさえなく、だからなにも、道路に人影などなにもなく、人の気配はかろうじて、…あるいはヒトのまだ存在している証拠はかろうじて?その独占状態の大通りを通り過ぎた飛ばし放題の

   見えはしない

      まるで

救急車。一台。それさえ

   その…なに?

      はじめて

通り過ぎれば車も人もだれも

   散乱は…見て

      言葉をかわす

そこには存在しなかった。アスファルト、そして

   色彩…なに?

      そんな、まるで

椰子の木。街路樹。あるいは

   色と。そして色の

      ぼくたちは、いま、他人のように

その先の砂濱。…だから砂。無数の、それら

   破綻…どの?

      なぜ?

色彩。臭い…何の?

   光り。その

      まるで

何が?…だれが、匂うの?

   きらめき

      はじめて

いま、響き。波の。そして

   見えはしない

      まなざしを

海。そこにひろがる、もしくは

   その…どれ?

      ひそめてかわす

空、——

   散乱は

      他人のように、ぼくたちは

あふれかえり

   とめどもなく

      いま

   だから…なに?

      もはや、…だれ?

   知れ…今

      ぼくたちは

   ひそかに

      ささやきあう

   かつて海をなど

      ひと言さえ

   だれも見たことなどなかったと

      それさえなくて、だから

   知れ…なに?

      吐息さえ

   ひとりも

      一瞬の

   見えはしなかった

      投げ捨てられた

   音響さえも…なに?

      吐息さえ、ぼくたちは

   聞こはしなかった

      それさえなくて

   とめどもなく

      息吹さえ

   生滅していく

      すでに、…なに?滅びた

   その…いま

      青空は、ただ

   だからすでに痕跡の群れ

      他人のように

大通りを

   あまりにも

      そこに、まるで

ふらふらと?







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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