流波 rūpa ……詩と小説036・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //なぜ?/だれ?/なぜ?/いま、あなたは
以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
「むしろ浣腸だった?」
「それまたすっげぇよくてさ、じゃなくてさ、そもそも十四の時にさ、…ね?やられた系」
「なに?」
「強姦されたの」
「マゾ?ドMか、おまえ」
「かるくぐるんぐるん廻されたかんじ」
「で、感じちゃったりしたわけ?」
「それ最低の反応だからね。男の屑?」
「知ってる」
「なんで?…まじ、わざと?なんか、好きな子傷つけちゃう思春期の」
「何人?」
「四人…じゃない?たぶん」
「じゃ、そいつが一番よかったんだ?」
「じゃくて、さ」と。女はささやき、そして笑い、わたしを見て、もう一度、あるいは自分の爲にだけ、やがて、そっと笑った。そんなふうにわたしには見えた。女はなぜか、幸福そうだった。強姦がなどと言っているのでも、女は股ひらきさえすれば云々、そんな意味不明のことを言いたいのではない。なにがどうしてそうなのか全く見当もつかないが、事実、不意に陥穽にはまったに似て、女の眼差しはたしかに満ち足りていた。
女の謂うには、十四の時に強姦され、その時は殺してやろうかと思った、と。ただ結局ところ、本質的には惡いことのできない、薄っぺらに見えるほどのいい人に過ぎないことに気付いていたから、だからあいつのやさしさのようなものの存在は知っていたから、など、など、など。女は(——少女は)云って、そして、いつか、咎めることは違うと思い始めた。「だって、実際、違うわけじゃん?」もともとまともな面識はなかった。強姦されたあと、二歳上のかれの「糞やんちゃな」さまざまな噂を伝え聞きはしても、実際、心に恐怖もあり、痛みもあり、例えば「…あいつだけ、だよ」妊娠の可能性に対する「…やったあとの、わたし」不安、他のひとに「…穢がりもしないで、さ」バレてしまうかもしれない「…服着るの、待っててくれたの」
「チクられないか監視してたんじゃん?」怯え、おののき、その他、途方もなく厖大な昏い感情が束になって脈打ちつづけていても猶、それ以降、なぜか交流が途絶えることはなかった。半年近くすぎれば「…だから、さ」もう「後戻り、さ、できないじゃん」
「なにそれ」
「自然に、さ。自然体なかんじで?さ。そういうところに、さ。押し出されて、さ。もう、さ。これ、そういうことなん?って、さ。そういう…」と、結局、女は
愛とは?…ぼくらの
せせらぎ
かれに惚れているとはいちども謂わなかった。また
愛とは?
小川は、どこ?
惚れていないとも。憎んでいるとも、愛しているとも、愛さないでもないとも、愛していないわけでもないとも。愛していないわけでもなくもないかも知れないともあれ、女は
しあわせとは?
どこに?鳥ら
すでに家族公認の、だれもが手を燒く
しあわせ?
聲のみ響き
町の問題児の彼女になっていた。「秘密だから」
女は言った。
「なに?」
「わたしには、さ、…かたくなに?…さ、ひとことも、さ」
「事件?」
「拉致ったとか?…じゃないか。お母さんとかに気を使ったんかな?」
「全然?」
「事件?」
「昨日、おれ殺しちゃったよ、とか?」
「そう、…」でもねでもねでもね、と、あわたふうをして女は(——少女は?)わたしの胸元に甘えながら(むしろ)せつないほど口早に(その爲だけの口実?)言った、——あいつ、だれかに云ってほしかったんだよ。だめだよって。心では、さ。これ以上、自分、傷つけたら、…心では、さ。駄目だよって。
「死刑になるからって?」わたしは茶化し、女は(少女は?)邪気もなくただ、目元でだけ笑んでいた。わたしにだけ見蕩れているように。パチンコ店オーナーの妻の惨劇の時、生みの親はその時に、そこにいなかった。本職は
愛の定義が未だないから
とけた?…もう
長距離の貨物ドライバーだった。母親は
愛することができた
あとかたもなく、いつか
そこにいた。彼女のパートタイムはいつでも夜間だった。時給が最も高い時間でしか
しあわせの定義が未だないから
凍りついていた
働かなかった。損だから。例え
求めることが
あの朝の雪
昼間が8時間900円で、夜間が6時間1000円だったとしても。育ての父親はひとり、床の絨毯に寝転がって携帯をいじっていた。母親はオーナーを罵りつづけていた。…いざとなると、と、弟は言った。女に(——少女に?)「うちのママ、めちゃくちゃ惡いからな」と、一つの矜持として。
兄は弟の後ろで、だれにともなくことの次第を自慢してるにすぎない。…だれに?聞く耳を持たない母親?弟にも?その弟はなぜというでもなく茫然とし、家族たち、…家畜のオーナーをふくめてさえも、かれには不思議に醒め切って見えた人々のそれぞれの冴えた反応の中で、ただひとり恍惚をさらす自分を愚鈍な、あまりにも愚劣な、生き物の慣れはての肉塊にも感じる。
そのオーナーについて、弟は(——だから、十七歳の殺人者は)「あいつは、糞よ。…あいつこそホンマの、」…糞よって云うんだよね。…あいつ。
なんで?
「あいつ、ひとりで、ずう…っと、本当ですか?それ、本当ですか?あいつ、終に死んでしまいましたか…本当ですか…って。なんの感情も、せめて連れ添った、…じゃん?何年か知らんけど、連れ添った、…じゃん?なんか愛しい感情とか、なんかそういう、なんか感情もないんかと、こいつ。おまえ人間か、と。お前の血つめたいんか、と、俺らへの憎しみでもいいよ、せめて、なんかあるじゃん、滾るもんが。なんか、さ、だからあいつ」
だから?
しずく
色彩のない
…ん?
それは
それは
だから、くそだって?
色彩のない
淚
なんか、そのとき、あいつも、あいつなりに傷ついたんじゃん?——女はそう言って、そしてやさしく、やわらかな眼差しをわたしにくれた。投げるように、
好き。いまも
こころは
警察が踏み込んだのはその時だった。あるいは
好き。でも
そっと
踏み込んだというよりは、或る
でもね
咬むんだ
情報により、たまたま
それでも、ね
やさしい、やさしい
事情聴取に訪れた、と。
あなたが。いまも
その、やさしい痛みを
呼び鈴を鳴らした警官に、ドアをそのまま開けたのは育ての親の方だった。玄関から居間は開け放たれた引き戸のせいで、すべてまるで見通せてしまう。だから、警官二人は部屋の隅、ソファの前に突っ立っている包丁を手にした少年をも見る。もっとも、そ
の時にかれ等が血なまぐさいものを感じたのかどうかは知らない。兄は笑って、相變わらずの昂揚のまま陽気だったはずだ。オーナーは茫然とソファに座っていたはずだ。母親はなにをしていたのだろう?わたしは知らない。
その雰囲気が、結局、全体としてはどうだったのかも、わたしは知らない。あるいは女だって(——少女だって?)知るはずもなく、弟も、兄も、その他のものたちも結局は自分の眼差しの風景をしか知らない。それぞれの感情の波に動揺した、その。だから…
空間に
咲いた?
そう、…ならば、そうと、そう思ってすますべきなのか。
花は。いつでも
なにが?
育ての父が、思わず
空間に
咲いた?
警官に云った、——違いますよ。
あわて、我を忘れ、舌を噛みながら早口に、「ぼくら、ぜんぜん、そんな、やばいもんじゃないから、な、…」と。育ての父は
壊れるよ
ぼくたちは
ただ、冷淡な程に茫然とするオーナーを見、妻を
もう、いま
こわれそうな
見、息子たち、その弟の方を、そして
赤裸々な光りが
そんなこころを抱きしめて
容赦ない焦燥のうちに、他人の目をせめて逸らそうと
あばきたて
ぼくたちは
自分の目を逸らす。
壊れるよ
それでも未來を
そんな生き物などそこに
ばか?
信じていたよ
存在していなかったかのように、そして不意に警官と目の合った兄の方が云った。咄嗟のことに、結局は「…風呂場に、います」もっとも言ってはいけないことだと視野の中の一番前にまでもはっきりと自覚している、その言葉自体を。
そして、言葉が口にふれた瞬間に、(——そして、言葉が口にふれたことを認識した瞬間に、——そして、実は言葉がいまだ喉の奧にもふれていなかった頃にもすでに、)そのまぎれもなく取り返しのつかない状況に、顏の色をなくしながら。
おれ?
こうして警官たちは
おれなの?
風呂場に入り込み(——その突入には
おれ?
最早、だれも抵抗しなかった。刃物を)そこで、無慚に(未だ手に掴んでいた)顏を損壊した女の、(だれよりも狂暴な、その)死体か(弟さえも。いざとなったら)生体かもわからない肉躰を(「…やばい」その母親さえも)見る。
やばっ…なんで
踏んじゃダメ。その
その痙攣を。
やばっ…なんでおれいま
カーペットのそこ
生きてるんじゃない?これ、
笑いそうなの?
匂うよ。まだ
まだ、と、のんきに警官のひとりと
やばっ…
昨日の失禁
話し込んでいたと弟は言った。本当かどうかは知らない。あるいはかれにとっては真実だったのか。単に自覚的なフェイク、または無自覚な想起の虛構、のちに解釈された記憶、あるいは思い付きで言った一度だけのでまかせなのかも知れず、結局わたしにはわからない。
当然、家族はしょっ引かれることになり、発見から三十分以上経過して、ようやく救急車が到着した。とどのつまり何がどうなってこんなことになってしまったのか、当時、弟にはまったく理解できないことだったに違いない。所謂、青天の霹靂、と?
ことの次第はこうだ、最初の犠牲者…谷底に突き落とされた男。かれはそもそも死んではいなかった。瀕死躰の発見は早かった。谷底に突き落とされ、その落下地点からどうやってそこにまでたどり着いたのか、自力か、だれかの助力があったのか、いずれにせよかれはそれなりに下流の川原の眞ん中、朝日の下に血にまみれていた。無数のひっかき傷と、切り傷と、それら、もはや、その正確な理由の想像しようのない、さまざまなむごたらしい傷にはもう痛みさえ
こんなにも?…さわやかな
ふるえる。なぜ?
麻痺させて。
光り。まだ?
さむいから。ぜんぜん
発見したのは
いまも?…さわやかな
さむくないのに
早朝の、ひとりの
朝の。まだ?
ほら、がくぶるがく
釣り客だった。かれは
なぜ、猶?…さわやかな
いま、びくぶるびく
見るなり聲をかけ…「あなた、大丈夫ですか?」警察に通報した。時刻としては、八時前。
犠牲者にとって生き殘ったのが幸福だったのかどうかは知らない。すくなくとも、その兩親は息子にふりそそいだ運命を呪い、かつ、せめてもの生存に鮮明な歓喜を、容赦なくあざやかな絶望にも似たそれとして、抱いた。…とでも、謂うべきなのか。
なんと言ったところ、その表現は愚劣にしかならないだろう。思うに、ほぼ刹那の単位でさまざまな感情が無数に炸裂しつづけていたに違いないのだから。
犠牲者は結婚していた。だから二歳年上の妻がいた。娘と息子も(このふたりの年齢は忘れた…中学生くらい?…小学生くらい・…もっと幼い?…わたしは知るすべもない)。
先の兩親の心情についても勿論、報道を聞いた記憶、そして読んだ書籍の記憶からもて遊んだ文字通り、他人の思いつきのフィクションにすぎない。
数か月、犠牲者は生死の境界をさ迷った。あるいは、何度かそのまま安樂死をという選択に、だれかしらの(——だれもの?)心は(…あるいは、ひとりで)揺れつづけていたかもしれない。だれもがただ、そのままの悲痛な状態でよい、とにかく生きてありつづけとくれと祈りつづけたのかもしれない。
一年が過ぎた。状態はやや落ちついた。身体の唐突な痙攣発作の(…なぜ?)頻度も、だからすこし緩慢にはなる。意識自体は醒めながらも、ほとんど知的反応を(…なら、)示さなかった(意識とは?)。
二番目の男は、谷底から自分で携帯電話を鳴らした。救急車に。だから、まちがいなくその時には意識があったに違いない。あるいは壊れかけの、もはや意識ともいえない意識の(…なら、)いわば(意識とは?)無意識的な?(意識とはなに?)反射的な?(なにを?)ともかく(…なにを以て意識と名づけた?)救急ですか火事ですか?
イノチ。それら
生きてるよ
いますぐ、來て
途方もない
あざやかすぎて、もう
救急?火事?
イノチ。それら
いやになるくらいに
〇〇河(…忘れた。その名前)。…上。すごい、(…たぶん、)上、…と(上流のほう。たぶん、)おそらくは、そんな。
やや遅れて(…昼前?慥か、)捜査隊が組まれて、それは二隊。最上流ほど近くから一隊は敢えて更に上へ、一隊は下へ下った。すぐに下った一隊が見つけた。ほんの十分以内に。せりあがる大磐に座り込んで、顏の半分を兩手に掩う、文字どおり血まみれの男が発見されたのだった。顏が飛んだ。顏が
羽搏きとともに
なになに?
飛んだ、と、男はそればかりを
鳥たちは、その
はるかに下の、稀れなる
口にした。事実、顏面の損傷は、
頭の上、はるかな
喧噪。なに?
すさまじかった。隊員は
上を
なになに?
かれが生きていること自体を疑った。かつ、まがりなりにも自分の名前と、まがりなりにも死の危機に瀕している自分の現状をまがりなりにも理解している事実に。呂律の回らない極度にあやしい発音に落ちながらも、それでもまがりなりにも冷静に。
「手遅れ?大丈夫?まだ?」
生きてるよ
イノチ。それら
それを、男は
あざやかすぎて、もう
むしろ強靭な
繰り返したという。もっとも
いやになるくらいに
イノチ。それら
病院で救命手術をした、その麻酔からは男はなかなか意識を蘇らせなかった。当初、かれが自分が言葉を話せたという事実自体、だれにも忘却されるほどに、深い昏睡。数週間後、正確な言葉は戻らないものの、二歳兒程度の反応は示すようになった。ああ、ううの会話に依って。
今回に関しては四発の銃弾が打ち込まれていた。自分で崖を落ちて銃創がつくはずが無いのだから、警察は犯人捜しに走るしかない。携帯電話の着信履歴からはめぼしい情報は得られなかった。メールから、ある女との姦通が察された。此の時に、警官は十七歳の殺人者の、その母親とだけはコンタクトを持っている。そのある女というのは、彼女のことだったから。だから、十七歳の殺人者は知らなくとも、少なくとも母親だけは銃弾の男が奇蹟的に生き延びたことを知ってはいた事になる(…兄や父親たちがどうだったかは知らない)。
裁判での母親の証言としては、家族みんなに喜んで伝えたと、そう言ったらしいい。安心したんです、やっぱり、生みの子が、自分のせいで人殺しにならなくて済んだ。…もうひとりの方は、もう、亡くなられたんでしょうが、それでも、もう一人の方に関してはなんとか、人殺しにならないですんだ、と。しかも、涙ながらに、と。——事実は、どうだったのだろう?
ともかく、彼女にとってはあるいは、とてつもなく感動的な、母たる母の愚かしいまでに盲目で無償の愛を、そこに華麗に表現してみせたのだろう。裁判官、および傍聴人たちの心証を損ねはしても、向上させはしなかった。
警察がかれ等一家に決定的に注目した瞬間は、一人目の犠牲者の不審な反応だった。一人目は明らかに崖よりの転落ないし投身によるだけの打撲でないのは察せられたが、転落ないし投身の事実があるのも事実なので…当初、同じ事件の犠牲者とは見なされていなかった。事件性さえ疑われていた。希薄な捜査がつづけられてはいたものの、なんの成果があるでもなく、見込まれるでもない稀薄なだけの耳に、いまや寝たきりで、首から下の不随の体を横たえた谷底の男はしかし、ある日、唐突にささやいた。「〇〇さんに、すみません」と。
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