流波 rūpa ……詩と小説034・流波 rūpa 癡多 citta ver.1.01 //なぜ?/だれ?/なぜ?/いま、あなたは


以下、一部に暴力的あるいは露骨な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「お前、いつか俺まで殺して仕舞うぞ」と、——気合入れていけ。ささやき、ふとにやついた兄をは返り見なかった。お前などそこに最初から存在してさえいなかった、と、むしろ

   いますよ

      天使たち?

そう思う。父親が

   いますよ

      ほほ笑みをうかべた

顏の右よこで、振り向きざまの聲を

   ずっといますよ

      死の天使?

         救われたんだ!

立てた、…次ぞ、と。あくまでも

「次の一発で遣って仕舞え。次ぞ。じゃないと、お前」…と、

   いますよ

      天使たち?

         いま、まさに

ささやき聲。鼓膜、やぶれて仕舞うぞ。その

   いますよ

      ほほ笑みをうかべた

         救われたんだ!

聲が耳に入った時に思わず

   ずっといますよ

      死の天使?

         いま、まさに此の時に

笑ってしまった弟はしくじる。のけぞった男の膝に発砲してしまったのだった。…なにをどうやったらそんな方向に銃口がひっくり返るのか知らないが、実際、膝にも犠牲者が傷を負っていたのは事実である。

笑い、笑いころげ、なおも笑い、笑いこらえようとして身もだえし、笑い、やがて兄にも笑いは傳番する。ひとり、父親だけがいきり立っていた。耳を押さえて罵った。罵倒の聲も、言葉も、その言葉の意味ももはや、弟には聞き取れはしない。だからすべては音響だった。ひびく。震動する。肉体もひびき、血管もひびき、神経もひびき、髮の毛もひびき、うぶ毛もひびき、視野もひびき、息遣いもひびき、内臓さえもがひびき、だから震動し、響きの無数の響きの中に、弟は

   ふるえた

      雨の中の

男の額を掴み、そして

   ふるえた

      優しい雨の中の

銃口を側頭部にあてると、その(——だれの?)ふるえと

   やさしくそっと

      その、ささやかな

ふるえの(——だれの?)谷間の(…百合の花?しろく)あやうい一瞬に

   そっとふるえた

      紫陽花の花は

もう一度発砲した。これがかれの、あるいは、かれ等の?…だれの?二人目の殺人だった。

男の亡骸は(——生体反応がなかったので、そう見なされたのだ)兄の発案によって前回と同じくに谷底に、今度は兄と父親とのふたりでつき落とされた。前回の犠牲者は未だにその死骸さえも発見されて居なかったのだ。だから、兄は此処に投げ込めば自然、だれにも

   喰うんだよ

      きれいだね?ゆれる

見つけられないものと、そう

   なに?

      足元の草の

学んでいた。なんの

   歯のないバケモノ

      その花

明確な根拠があるわけでもなく。

これらをわたしに語った女が此の時期歌舞伎町の風俗嬢だったことは既に書いたが、それはホストだったわたしの、…慥か、現場から足を洗う年の?…たぶん、その、最後の何か月くらいの間だったように記憶する。いちいちメモを取っていたわけではないので一年二年のずれがあるかもしれない。女は、(——少女は、…?)キャッチに出た新人が連れてきた女の、二回目か何回目かの來店時に連れてきた、所謂枝客だった。もっとも此れも違うかもしれない。あっていなくてもいなくてもその新人は軈てわたしの住んでいたマンションの非常階段から飛び降りた。原宿の、明治通りの

   墜ちる

      遠ざかるのだ

それ。公務員宿舎の前の、

   墜ちる

      輝きの青から

古い、四角張った太古の

   足の下の空に

      みるみる

デザイナーズ・マンションである。ビラ・シリーズと名のある一連のマンション群の中のひとつ。女は(——少女は?)肩にもかからない程度のごく短い髮の毛で、その

   わたし、かみのけ

ボブの毛先はなぜか

   くさくない?

極端に痛んでいた。彼女の髮の毛の独特の癖が、自在に跳ね返り合ってそう見せて仕舞うだけなのか。…これも、はっきり言うが、だれか他の女の顏と混同している可能性がある。慥かに言えるのは無口だったこと。金で買ったホストに、ひとことも満足に話せないほどに。だから風俗を選んだのか。そのくせ出逢って最初の数秒もたたないうちにはわたしにすでに、ひそかに咬みついたような、だから

   夢のようなあなた

奥歯をゆるく咬みしめた、要するに

   わたしを、こわした、そんな

苛立った発情をかくさない、無自覚な

   あなた

眼差しを執拗に

   美しいものはいつも

      ゆれるの

さらした。見蕩れていた?

   見つめられるのだ。そっと

      心。しずかに、ちいさく

あるいは。いずれにせよ

   息をひそめて

      だから、ゆれてたの

女は(——少女は?その)わたしの目の前でだれもの眼差しに(ほとんど私生活では男を)さらされ得る、だれにも返り見られない孤独の中で(少なくとも、まともには)彼女の妄想のなかにだけ(知らないままだった少女、その)ひとりで浸りつづけ、その、妄想のひとりよがりな相手に他ならないわたしは、——実はね、と。

   したたるよ

      やりたいの?

不意にささやかれた

   したたるよ

      なに、したいの?

女の(——少女の?)

   なに?

      なに、ほしがってんの?

聲に、一度時間を見失って、

   涎れ

      ばか?

ややあって、「え?」

   隙き間に

      あやういね

と。…なに?

   ふれあいの

      こころはいつも

我に返ったわたしが

   隙き間に

      あやういね

ようやくささやき、彼女の爲にだけそっと笑んでみせた時に、ついに女はひとりで笑った。聲をひそめ、息遣いさえ殺し、のけぞって、高慢ちきな女王様めかして。

「知ってる?…静岡の殺人事件」

「静岡の?いつの?最近?」

「二年前?…かな?…じゃない?たぶん、そうです」…と、その唐突な≪そうです≫の≪そ≫は≪し≫にあやういほど近かった。まるで、日本語の非常に「覚えてるよ。眞沙夜さんも、…だって、あれ」上手な外国人の稀なしくじりのように、そして「有名だよ、すっごい、テレビの」普通以上に早口に「…ぜったい、知ってるから。普通に、あれ」彼女は「静岡蘇生事件…」ひとりで「殺人マシーン、とか」話した。

「田舎のおばちゃんの詐欺かなんかでしょ?」

ちがうから、と女は叫んで、そしてひとりでわらった。文法的に?なのか、語彙選択が?なのか、なんなのか、それとも、すこし頭がおかしくなりかけていたからなのか、なんなのか。女は(——少女は)その頃すこし變な話し方をしていた。違和感の詳細までは覚えていない。結局、それがいよいよ彼女を外国人じみて感じさせていた。もっとも、純血の、たいして可愛くはない日本人。どこでも人口の大半は必ずブスか大したもんじゃない、しょうもないものでなければならないところの、…美しい、綺麗な造形など稀有な例外に過ぎないところの、…なぜ長い長い淘汰のなかでこんなものが生き殘ってきてしまうのか、にもかかわらず勝ち組DNAたちに他ならないはずの、凡庸で不細工でどうしようもないガラクタの群生であるところの、そんな、ありふれた一般的日本国産ホモ・サピエンス。

女は(——少女は?)口の中を、たぶん、歯茎を?なにか、損傷していたのかもしれなかった。おそらくはいちどひどく男に殴られた後遺症なのか、たび重なる暴力の結果なのか、ないし、薬物の?正確にはわからない。外傷はとくに見られない。だが、あきらかに口の中に女は不自由をかかえていて、やまない鈍い痛みから?自分の神経を無意識的に護る、と?そんなしゃべり方をしつづけるのだった。そんなに遠いむかしの損傷ではないはずだ。口の動かし方がなにかこう、まだこなれていないから。まさか服役中の弟の拳ではないだろう。つまりは、かれの外に男がいるのたのだ。そしていま、彼女は眼の前の男にしつこく赤裸々に欲情していながら。

女は(——少女は)言った。グラスのふちを派手に口紅で穢しながら、三度目の殺人はその翌月だった、と。

こんどは

   どんな聲で?

      ください。耳元に

         くさい、なまあたたかいの

地元はパチンコ屋の

   どんな?

      その

         出してください。もう

オーナーだった。息子と娘は

   どんな聲で?

      あたたかなささやき

         さっさと、口に

東京と名古屋で働いていて、実家にはいない。だから、そのオーナーの自宅には妻とかれと犬とが一匹しかいなかった。これも母親の色仕掛けか、ないしは、無垢な母親にオーナーの方から手を出したのか。

一度肉体関係関係を持った時に、夫と元夫による懲罰が始まった。今度は夫婦ごとかれ等の懲罰の対象になった。男二人オーナーの家に押しかけて、色ごとの次第を妻の眼の前で白状させ、そしいて土下座させつづけたのだった。その陰惨さは想像してくれというしかない。

その告白に於てオーナーに自由な弁明の自由はない。告白内容の自由な発言の自由さえない。事態の自由な解釈の自由も。男たちの既定路線に違えばすぐさまに拳が飛んでくる、だから他人に承認されたことだけが事実なのだから。オーナーはかれ等に否定されつづけ、ののしられつづけ、終にかれ等の描いたとおりの物語をまるごと、かれ等の口に變わって言表してやるしかないのだった。

金銭の度々の上納はもちろん、醜聞を心に治めておいていただいていることへの此の上ない恩義、また感じつづけるべき慈悲と寛容へのありがたみ、さらに自分たち夫婦の犯した罪への贖罪の気持ちをわすれないための日常的懺悔の実践として、オーナー夫婦はかれ等にひたすらつくす家畜になりさがらなければならなかった。

思うに心理学的には興味深い素材には違いない。

強制された妻に、夫は淨罪のための折檻としてライターで肌を燒かれ、殴打され、肛門に包丁の柄を差し込まれ、歯茎に針を指され、あるいは自称タトゥー・アーティストだった弟から(…十七歳の殺人者から)入れ墨という名の折檻を受け(——光栄だぜ、お前)、濡れ手と

   壊れる?

      どう?

プラグで(…そのうち、体ごと、さ、おまえ

   壊れてく?

      どんな感じ?

ビッグ・マネーになるんだぜ、おまえ)何度も

   もう

      どう?

感電させられ、その他、

   壊れちゃった?

      どんな気持ち?

…にも拘らずオーナー夫婦は最後までかれ等に逆らいも歯向かいもしなかったし、逃げ出しも隱れもしなかったし、まして通報や告訴などその気配さえなかった。監禁されていたわけではない(…此れは報道でも言っていたことである。此の事実が)。かれ等の家に(この事件をその当時)自分たちから(不可解で)訪問し、時には(難解かつ、猟奇的かつ、)肛門を破いて還り、自分たちの(苛酷で、あるいは)家に食事付きで招き、(…やや滑稽にも?)食い散らされた後で(…していた。ただ、このような柔順はこのような苛烈な事件に頻繁に見られる現象のようだ。…知らないけどね)肛門をふたたび破った。追い詰められた夫婦の、その女の方は一度自殺を謀ったらしい。兄が弟に笑いながら伝え、それを女を(——少女を?)通して、わたしはそう聞いた。事実かどうかは知らない。報道はされていなかったように思う。もっとも、本気の決意で計画的に死に近づいた自殺未遂ではなかったようだ。夫の舌にぶった切ってコンセントにさしたプラグのコードを押し当てながら、終に錯乱した彼女は過呼吸に

   死よ。わたしの

陥りながら、水洗便器に顏を

   固有の死よ。やがて

突っ込んで、水を何度も

   わたしを最期に

流し、溺死しようとしたというだけだった。…阿呆よ、と。

   満たすわたしの

弟は云った。…と、そう女は(——少女は)云い、「そんなんで、死ねねえよ。…な?」…んっ「人間は。人間ってのは」…んはっ「さ、殺そうにも」…さ、んっ「なかなか」…あぁっ「死なないもんだからな」と?二度も人を殺すことに手を燒いた経験のある弟はもはや賢者じみてそう言ったのだろうか。…あるいは

   死よ

      ふれはしなかった

         自分の死には

我に返って悔恨の淚を流しながら、とでも?

   赦して。…死よ

      だれもが。その

         死者たちさえ

あるいは(——ありえなくなくはい。いつでも、)いまさらにも

   容赦なき

      自分の死には

         遂に

せせら笑いながら?(可能性としては。時には)結局は、その時には(…稀れには)だれも(サハラ沙漠にさえ)死ななかった。(雪さえも)茫然とした(降るに違いないのだから。…たぶん)感電死すれすれの(この、)男の恍惚と(この地球が砕ける最後の近くのいつかは)溺死しようもない溺死を(…降ってよ。ね)試みる女の(…降ってよ。ね、月。その)無謀な試みの愚劣と、明るい(その砂の海の上にさえも、ほら)家族たちの(せめて)笑い聲の(…だから、純白の)響きの中には。

テレビで見た。被害者の写真として。肉付きの良い

   降れ。舞え

      雪はもう、このうえなくも白く

五十女、それがその

   舞え。散れ、せめて

      白く、その

オーナー夫婦の女のほうだった。だから、まるい

   砂の孤独を

      月の海に、もう

尻の肥大をゆらしながら、必死に

   忘れさせるために

      その

便器を流れる水をすするとき、死の可能性のあまりにも遠く在り続け、むしろ

   遠く…

遠のきつづけこそするような感じに

   はるかに

戸惑い、眩み、あるいは

   遠く…

死への距離そのものさえも

   近くへ!

消失させられつづけている感覚、彼女は、まさに

   もっと!

いま、もっとも近く死に

   もっと近くへ!

すれすれに接近していたにちがいない。しかも、あくまでじかにふれていたのはただ、精神的な

   壊して!

      好きっ…

死?

   もう、ぼくのこと、ぜんぶ

      死にたい。もう、いま、きみのため

彼女は、だからすでに

   せんぶ壊して!

      好きっ…

その心は、ただ自分の肉体のすべてに死体としてのみ、かろうじてふれていたにちがいない。だから精神的事実としての死にふれらたとめどもなく強烈な叫び、叫び、叫び、言葉のない叫び、叫び、叫び、響きのない叫び、叫び、叫び、音のしない叫び、叫び、叫び、かつて自分のものだったにちがいない肉体の叫んだ、もはや言葉にならない叫びらの無数の叫びの中に。

最初にまともな生存を放棄した(…させられた、…してしまった)のは女のほうだった。女の見せる精神的な荒廃はすさまじい。一応は相變わらずパチンコ屋二店舗の会社事務所に顏を出しつづけていた夫と違って、女のほうは近所づきあいも完全に途絶えた。電話にも出なくなった。ただし自分からかけた場合の息子と娘とをは除く。電話の向こうで、会社がかたづいたらお父さんと一緒に東京に(…あるいは名古屋に)行きたいと女はいつも、思い出したように突然

   ふれていた

      あたたかな







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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