中論 Mūlamadhyamaka-kārikā 觀顚倒品・龍樹 Nāgārjuna の偈を、青目 Piṅgala が釈し、三蔵法師鳩摩羅什 Kumārajīva が訳す・漢訳原文と書き下し(28)


中論卷の第四

  龍樹菩薩造

  梵志靑目釋

  姚秦三藏鳩摩羅什譯す



■中論觀顚倒品第二十三//二十二偈

問曰。

問へらく〔=曰〕、


 從憶想分別  生於貪恚癡

 淨不淨顚倒  皆從衆緣生

經說因淨不淨顚倒。憶想分別生貪恚癡。是故當知有貪恚癡。答曰。

≪憶想分別從り

  貪恚癡を〔=於〕生ず

 淨・不淨、顚倒したり

  皆に衆緣從り生ず≫

「經に說けらく、

 ≪淨・不淨の顚倒に因り、憶想分別に貪恚癡生じたり≫と。

 是の故に當に知るべし、貪恚癡有りと」。

答へらく〔=曰〕、


 若因淨不淨  顚倒生三毒

 三毒即無性  故煩惱無實

若諸煩惱。因淨不淨顚倒。憶想分別生。即無自性。是故諸煩惱無實。復次。

≪若し淨・不淨の

  顚倒に因り三毒生ぜば

 三毒即ちその性無し

  故に煩惱、無實なり≫

「若し諸煩惱、淨・不淨の顚倒に因り憶想分別して生ぜば即ち、その自性無し。

 是の故、諸煩惱にその實、無し。

 復、次に。


 我法有以無  是事終不成

 無我諸煩惱  有無亦不成

我無有因緣若有若無而可成。今無我諸煩惱云何以有無而可成。何以故。

≪我法、無きを以て有り

  是の事終に成ぜず

 無我ならば諸煩惱

  その有無亦に成ぜず≫

 我、因緣有りて若しは有り、若しは無き、而れば成ず可くも無し。

 今、無我なれば諸煩惱、云何んがその有無に〔=以〕(而)成ざる可き。

 何を以ての故に。


 誰有此煩惱  是即爲不成

 若離是而有  煩惱則無屬

煩惱名爲能惱他。惱他者應是衆生。是衆生於一切處推求不可得。若謂離衆生但有煩惱。是煩惱則無所屬。若謂雖無我而煩惱屬心。是事亦不然。何以故。

≪誰にか此の煩惱有る

  是れ即ち成ぜざるなり〔=爲〕

 若し是れを離れ而も有らば

  煩惱則ち無屬なり≫

 煩惱、名づけて能く他を惱ますとす〔=爲〕。

 他を惱まさば〔=者〕應に是れ衆生なり。

 是の衆生、一切處に〔=於〕推求するも不可得なり。

 若しは『衆生を離れ、但に煩惱のみ有り』と謂はば是の煩惱は〔=則〕その所屬無し。

 若しは『無我なれど〔=雖〕而も煩惱、心に屬す』と謂はば是の事も〔=亦〕然らず。

 何を以ての故に。


 如身見五種  求之不可得

 煩惱於垢心  五求亦不得

如身見。五陰中五種求不可得。諸煩惱亦於垢心中。五種求亦不可得。又垢心於煩惱中。五種求亦不可得。復次。

≪身見五種に

  之れを求め不可得なる如く

 煩惱、垢心に〔=於〕

  五の求めても〔=亦〕得ざりき≫

 身見、五陰中に五種に求め不可得なるが如く、諸煩惱も〔=亦〕垢心中に〔=於〕五種に求め亦に不可得なり。

 又、垢心だに煩惱中に〔=於〕、五種に求め亦に不可得なり。

 復、次に、


 淨不淨顚倒  是則無自性

 云何因此二  而生諸煩惱

淨不淨顚倒者。顚倒名虛妄。若虛妄即無性。無性則無顚倒。若無顚倒。云何因顚倒起諸煩惱。問曰。

≪淨・不淨の顚倒

  是れ則ちその自性無し

 云何んが此の二に因り

  (而)諸煩惱、生ず≫

 淨・不淨の顚倒とは〔=者〕、顚倒を虛妄と名づく。

 若し虛妄ならば〔=即〕その性無し。

 性無くば〔=則〕顚倒だに無し。

 (若)顚倒も無きに云何んがその顚倒に因り諸煩惱起こる」と。

問へらく〔=曰〕、


 色聲香味觸  及法爲六種

 如是之六種  是三毒根本

是六入三毒根本。因此六入生淨不淨顚倒。因淨不淨顚倒生貪恚癡。答曰。

≪色・聲・香・味・觸

  及び法を六種とす〔=爲〕

 是の如き〔=之〕六種

  是れら三毒の根本≫

「是の六入、三毒の根本なり。

 此の六入に因り淨・不淨の顚倒生じき。

 淨・不淨の顚倒に因り貪恚癡は生じき」と。

答へらく〔=曰〕、


 色聲香味觸  及法體六種

 皆空如炎夢  如乾闥婆城

 如是六種中  何有淨不淨

 猶如幻化人  亦如鏡中像

色聲香味觸法自體。未與心和合時。空無所有。如炎如夢。如化如鏡中像。但誑惑於心無有定相。如是六入中。何有淨不淨。復次。

≪色・聲・香・味・觸

  及び法、體の六種

 皆に空なり、炎夢の如く

  乾闥婆の城如く

 是の如き六種中に

  何ぞ淨・不淨有らん

 猶し幻化人の如し

  亦に鏡中像の如し≫

「色・聲・香・味・觸・法の自體、未だ心と〔=與〕和合せぬ時は空なり。

 所有無し。

 炎の如く、夢の如く、化の如く、鏡中の像の如くに。

 但に心を〔=於〕誑惑し、その定相有ること無し。

 是の如き六入中に、何ぞ淨・不淨や有らん。

 復、次に、


 不因於淨相  則無有不淨

 因淨有不淨  是故無不淨

若不因於淨。先無有不淨。因何而說不淨。是故無不淨。復次。

≪淨相に〔=於〕因らずば

  則ち不淨有ること無し

 淨に因り不淨有り

  是の故、不淨無し≫

 若し淨に〔=於〕因らざれば、先きに不淨有るこ無し。

 何に因りて〔=而〕ぞ不淨を說く。

 是の故、不淨無し。

 復、次に、


 不因於不淨  則亦無有淨

 因不淨有淨  是故無有淨

若不因不淨。先無有淨。因何而說淨。是故無有淨。復次。

≪不淨に〔=於〕因らずば

  〔=則〕(亦)淨も有ること無し

 不淨に因り淨有り

  是の故、淨有ること無し≫

 若し不淨に因らざれば、先きに淨有ること無し。

 何に因りて〔=而〕ぞ淨を說く。

 是の故、淨有ること無し。

 復、次に、


 若無有淨者  何由而有貪

 若無有不淨  何由而有恚

無淨不淨故則不生貪恚。問曰。經說常等四顚倒。若無常中見常。是名顚倒。若無常中見無常。此非顚倒。餘三顚倒亦如是。有顚倒故。顚倒者亦應有。何故言都無。答曰。

≪若し淨有ること無くば〔=者〕

  何に由りて〔=而〕貪有らん

 若し不淨有ること無くば

  何に由りて〔=而〕恚有らん≫

 淨・不淨無くば〔=故〕則ち貪恚生ぜず」と。

問へらく〔=曰〕、

「經に說けらく、≪常等の四の顚倒≫と。

 若し無常中に常を見れば是れ顚倒と名づく。

 若し無常中に無常を見れば此れ顚倒に非らず。

 餘の三の顚倒も〔=亦〕是の如し。

 顚倒有るが故、顚倒者も〔=亦〕應に有り。

 何故に『都べて無し』と言ふ」と。

答へらく〔=曰〕、


 於無常著常  是則名顚倒

 空中無有常  何處有常倒

若於無常中著常。名爲顚倒。諸法性空中無有常。是中何處有常顚倒。餘三亦如是。復次。

≪無常に於き常に著す

  是れ則ち顚倒と名づく

 空中に常有ること無し

  何處に常の倒有る≫

「若し無常中に〔=於〕常に著せば名づけて顚倒とす〔=爲〕。

 諸法性空中に常有ること無し。

 是の中、何處にか常の顚倒や有らん。

 餘の三も〔=亦〕是の如し。

 復、次に、


 若於無常中  著無常非倒

 空中無無常  何有非顚倒

若著無常言是無常。不名爲顚倒者。諸法性空中無無常。無常無故誰爲非顚倒。餘三亦如是。復次。

≪若し無常中に於き

  無常に著すが倒に非らざれば

 空中に無常は無し

  何ぞ顚倒に非ざる有らん≫

 若し無常に著すを是れ無常と言ひ、名づけて顚倒とせ〔=爲〕ざれば〔=者〕諸法性空中に無常は無し。

 無常無くば〔=故〕誰をか顚倒に非らずとせ〔=爲〕ん。

 餘の三も〔=亦〕是の如し。

 復、次に、


 可著著者著  及所用著法

 是皆寂滅相  云何而有著

可著名物著者名作者。著名業。所用法名所用事。是皆性空寂滅相。如如來品中所說。是故無有著。復次。

≪可著・著者・著

  及び所用の著法

 是れら皆、寂滅相

  云何んが(而)著有らん≫

 可著、物と名づく。

 著者、作者と名づく。

 著、業と名づく。

 所用の法、所用の事と名づく。

 是れら皆、その性空なり。

 寂滅相なり。

 如來品中の所說の如し。

 是の故、著有ること無し。

 復、次に、


 若無有著法  言邪是顚倒

 言正不顚倒  誰有如是事

著名憶想分別此彼有無等。若無此著者。誰爲邪顚倒。誰爲正不顚倒。復次。

≪若し著法有ること無くば

  邪を是れ顚倒と言ひ

 正を不顚倒と言ふ

  誰にか是の如き事有らん≫

 著、憶想し此彼有無等を分別すと名づく。

 若し此の著者無くば誰をか邪なる顚倒とせ〔=爲〕ん。

 誰をか正なる不顚倒とせ〔=爲〕ん。

 復、次に、


 有倒不生倒  無倒不生倒

 倒者不生倒  不倒亦不生

 若於顚倒時  亦不生顚倒

 汝可自觀察  誰生於顚倒

已顚倒者。則更不生顚倒。已顚倒故。不顚倒者亦不顚倒。無有顚倒故。顚倒時亦不顛倒。有二過故。汝今除憍慢心。善自觀察。誰爲顚倒者。復次。

≪倒有るも倒を生ぜず

  倒無きも倒を生ぜず

 倒者も倒を生ぜず

  倒ならずても〔=亦〕、生ぜず

 若しは顚倒時に〔=於〕も

  〔=亦〕顚倒を生ぜず

 汝、自ら觀察す可し

  誰か顚倒を〔=於〕生じたる≫

 已に顚倒したれば〔=者〕(則)更なる顚倒は生ぜず。

 已に顚倒したれば〔=故〕。

 顚倒せざる者も〔=亦〕顚倒せず。

 顚倒有ること無きが故。

 顚倒時も〔=亦〕顚倒せず。

 二過有るが故に。

 汝今、憍慢心を除きて善く自ら觀察せよ。

 誰か顚倒者なる〔=爲〕。

 復、次に、


 諸顚倒不生  云何有此義

 無有顚倒故  何有顚倒者

顚倒種種因緣破故。墮在不生。彼貪著不生。謂不生是顚倒實相。是故偈說。云何名不生爲顚倒。乃至無漏法尚不名爲不生相。何況顚倒是不生相。顚倒無故何有顚倒者。因顚倒有顚倒者。復次。

≪諸顚倒生ぜぬに

  云何んが此の義有る

 顚倒有ること無くば〔=故〕

  何んが顚倒者有る≫

 顚倒、種種の因緣に破せられたれば〔=故〕それ不生に墮在したり。

 彼の不生に貪著し、謂『不生ぞ是れ顚倒の實相』と謂ひたり。

 是の故、偈に說けらく、≪云何んが名づけて不生なるを顚倒と爲ん≫と。

 乃ち無漏法に至るまでだに〔=尚〕名づけて不生相とせ〔=爲〕ぬに、

 何を況んや顚倒を〔=是〕不生相とするをや。

 顚倒無くば〔=故〕何ぞ顚倒者有らん。

 顚倒に因り顚倒者有るに。

 復、次に、


 若常我樂淨  而是實有者

 是常我樂淨  則非是顚倒

若常我樂淨是四實有性者。是常我樂淨則非顚倒。何以故。定有實事故。云何言顚倒。若謂常我樂淨倒是四無者。無常苦無我不淨。是四應實有。不名顚倒。顚倒相違故名不顚倒。是事不然。何以故。

≪若し常我樂淨なり

  (而)是れ實有ならば〔=者〕

 是の常我樂淨

  則ち是れ顚倒に非らず≫

 若し常我樂淨、是の四、その性ぞ實有ならば〔=者〕是の常我樂淨、則ち顚倒に非らず。

 何を以ての故に。

 その實事、定有なるが故に。

 云何んが顚倒と言ふ。

 若し謂『常我樂淨、倒なり、是の四無し』と謂はば〔=者〕無常苦無我不淨、是の四ぞ應に實有なり。

 顚倒と名づけず。

 顚倒と相違すれば〔=故〕不顚倒と名づけん。

 是の事、然らず。

 何を以ての故に。


 若常我樂淨  而實無有者

 無常苦不淨  是則亦應無

若常我樂淨是四實無。無故無常等四事亦不應有。何以故。無相因待故。復次。

≪若し常我樂淨

  (而)實に有ること無くば〔=者〕

 無常苦不淨

  是れも〔=則〕亦應に無し≫

 若し常我樂淨、是の四、實無ならば、無きが故、無常等の四事も亦應に有らず。

 何を以ての故に。

 相ひ因待無きが故に。

 復、次に、


 如是顚倒滅  無明則亦滅

 以無明滅故  諸行等亦滅

如是者如其義。滅諸顚倒故。十二因緣根本無明亦滅。無明滅故三種行業。乃至老死等皆滅。復次。

≪是の如く顚倒、滅せば

  無明も則ち(亦)滅す

 無明の滅を以ての故

  諸行等も〔=亦〕滅せん≫

 是の如くして、とは〔=者〕其の義の如くして、諸顚倒の滅するが故、十二因緣の根本なる無明も〔=亦〕滅したり。

 無明滅するが故、三種の行業、乃ち老死等に至るまでも皆、滅す。

 復、次に、


 若煩惱性實  而有所屬者

 云何當可斷  誰能斷其性

若諸煩惱即是顚倒。而實有性者。云何可斷。誰能斷其性。若謂諸煩惱皆虛妄無性而可斷者。是亦不然。何以故。

≪若し煩惱、その性實なり

  而も所屬有らば〔=者〕

 云何んが當に斷ず可き

  誰か能く其の性を斷ず≫

 若し諸煩惱、即是に顚倒にして〔=而〕その性、實有ならば〔=者〕、云何んが斷ず可き。

 誰ぞ能く其の性を斷ず。

 若しは『諸煩惱皆に虛妄なり、性無し、而らば斷ず可し』と謂ふも〔=者〕、是れも〔=亦〕然らず。

 何を以ての故に。


 若煩惱虛妄  無性無屬者

 云何當可斷  誰能斷無性

若諸煩惱虛妄無性。則無所屬。云何可斷。誰能斷無性法。

≪若し煩惱、虛妄なり

  性無く、屬無くば〔=者〕

 云何んが當に斷ず可き

  誰か能くその性だに無きを斷ず≫

 若し諸煩惱、虛妄にして性だに無くば則ち、所屬無し。

 云何んが斷ず可き。

 誰か能く性無き法を斷ず」と。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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