紀行文;「羣書類從」より『髙倉院嚴島御幸記』


底本;羣書類從卷第拾壹輯

奥付云、明治二十七年三月十日飜刻印刷

明治三十二年十月十日再飜刻印刷/同月二十日發行

發行者;合名會社經濟雜誌社



群書類從卷第三百廿九

 撿挍保己一

  紀行部四

髙倉院嚴島御幸記〔舊本行書躰〕

  土御門内大臣[通親公]

はかなくて。

年もかへりて。

治承四年にもなりぬ。

春のはじめにめづらしき事共。

かきつくしかたし。

くらゐおりさせ給ひて。

いつくしまの御幸あるべしなど。

さゞめきあひたるも。

夢のうき橋をわたる心地するに。

きさらぎの廿日あまりにや。

春宮〔安德〕に位ゆづり奉り給ひて。

内侍所神璽寶劍わたし奉られし夜こそ。

日ごろ思召とりしことなれど。

心ぼそき御けしき見えしか。

宮人も限りなくあはれつきせざりしが。

空のけしきもかき曇り。

殘りの雪。

庭もまだらにうちそゝぎて。

くれかたになりしほど。

かんたちべぢむに集りて。

あるべきことゞも。

古きあとに任せて行はれしに。

宣旨うけ給りて。

ちんにいでゞゝ。

御位ゆづりのこと。

左大臣仰せしをきゝて。

心ある人袖をうるほして。

なにとなく思ひつゞくる事色にいでたる。

その中に。

とりわき心ざしふかき人にや。

かくぞ思ひつゞけゝる。

 かきくらし降はる雨や白雲の

    おるゝ名殘を

       空に惜める

時よくなりぬとて。

何となくひしめきあひたり。

辨内侍御はかしとりて步みいづ。

せいりやう殿の西おもてに。

やすみちの中將うけとる。

備中の内侍しるしのはことりいづ。

隆房中將とりて。

近きまもりの司たちそひていづ。

年ごろちかく候ひて。

もち扱ひし御はかし。

しるしのはこ。

今宵ばかりこそ手をもふれめと思ひ續けゝん内侍の心のうち。

思ひやられてあはれなり。

まうけの君に位ゆづり奉りて。

はこやの山のうちもしづかになど。

おぼしめすまゝなるべきだに哀もおほかるに。

まして心ならずあはれなるらんさきゞゝのありさま。

思ひやらる。

内裏のことどもはてゝ。

夜もあけがたになりしほどに。

人々歸まいりて。

なにとなく。

火のかげもかすかに。

人めまれなるさまになりて。

淚とゞまらぬ心地するに。

院號おほせられて。

殿上はじめ。

なにくれさだめらる。

鷄人のこゑもとゞまり。

瀧口のもむじやくゞゝも絕えて。

もんちかくくるまのおりのりせしも。

ひがごとのやうにぞおぼえける。

そのころ。

閑院の池のほとりの櫻はじめて咲きたるを見て。

 九重の匂ひ也せば櫻花

    春しりそむる

       かひやあらまし

かくて。

いつくしまの御幸あるべしとて。

やよひの三日。

神ほうはじめらるべき日次のさたあり。

位おりさせ給ては。

賀茂八はたなどへこそいつしか御幸あるに。

思ひもかけぬ海のはてへ。

浪をしのぎていかなるべき御幸ぞと。

なげきおもへども。

あらき波の氣色。

風もやまねば。

口より外に出す人もなし。

四日。

よき日とて。

御幸はじめあるべしとて定めらる。

そのあしたより雨ふりて。

夕べにぞはれたる。

そむかうなどせさせ給て。

實國大納言使にてまいる。

夜に入て。

土御門髙倉邦つなの大納言の家に御幸あり。

殿より。

からの御車。

うつしの馬。

なにくれと殿へまいらせさせ給。

御車奉るよそひもいとめづらし。

御隨身ども。

さまゞゝふるまひて。

御前まいる。

上達部殿上人のこりなくつかうまつる。

ひきさがりて中宮〔建禮〕行けい有。

今宵ぞいつくしまの神ほうはじめらる。

御供の人さだめらる。

わづらひなく無下にしのびたるやうにとぞさたある。

宮の鶯こゑしづかにさへづりて。

よもの山邊もかすみこめ。

春ふかきけしきにも。

たひの空。

なにとなく世の中さまゞゝあやなく。

別れを惜しむ輩多くきこゆ。

永き春日もはかなく暮て。

十七日に都を出させ給べきにてありしに。

山の大しゆなにくれと申ときこえて。

靜かならざりしかば。

けふは八條殿へ御門出あるべしとて。

八條大宮二位殿の許へ御幸あり。

なにとなく波のうきすにゆられありきて。

夢か夢にあらざるかとのみ。

公私おもひあひたるなごりも。

いかにとあらぬわかれもなど。

あながちげに申たりける人のわりなさに

内裏へいとま申さんとて參りしたよりにたち入りて。

定めなき世のをくれさきだつためしも。

旅の空のあはれさなど申あはせつゝ。

おぼろなる月影ほのかにさし入て。

窓の梅のちりすきたる。

こずゑにとまるなごりばかりに。

風のたよりにほのめかしたる。

いひつくしがたし。

程もなく夜もやゝふけぬるよし。

いさむるこゑにもよほされて。

たちいづるとてかきつけける。

 めの前に止らぬものは今はとて

    たちいづる程の

       泪也けり

 思ひやれ都の空を詠めても

    八への潮じの(※じ字儘恐當作ぢ)

       たびの哀さ

八條殿へ御幸いそがるべしときこゆる御使まいりなどしつゝ。

ならはせ給はぬ旅の空。

おぼつかなきなど申させ給ひける。

隆季大納言まいりて。

御幸もよほしかくして候などすゝめ申。

あはれに御供すべき人みな舟にまいるべしとて。

草津といふ處にひらはりうちてまいらせたり

隋帝の錦のともづなにてつなぎたりけん舟にはかはりたれども。

心ことにひきつくろひたり。

御舟ども。

峯のあらしに色々のこのは汀に散しきたるやうに。

打ちゝらしたり。

おほかたこゑどもは。

木ずゑのせみの夏ふかき心ちして。

御供の女房たち御舟にまいる。

立よりてさたしのせても。

いかなるべき旅の御あそびぞと。

こといみもせずなげきあはれたるを。

御かど出になど勇むる心地の中にも。

たゞならず。

日さしいづるほどに御幸なる。

殿上人十よ人。

上達部七八人ばかりにて。

御なをしにてぞおはします。

御車さしよせて御舟に奉る。

閑院の池の舟などこそ奉りならひしか。

いつかはかゝる道にも御らんぜんとぞおぼゆる。

御舟にたちさるましきよしおほせごとありしかば。

御まへには御送りの人もきしになみゐたり。

公卿には帥大納言隆季。

藤大納言實國。

五條大納言邦綱。

土御門宰相中將通親。

殿上人には中將隆房。

辨益光。

御幸の事承給りをこなふ。

むくのかみ宗のり。

この外は前右大將宗盛。

頭亮重衡。

さぬきの中將時實などは。

女房四五人ばかりさりがたき人々ぞまゐる。

人おほからずとおぼしめせと。

さすがに船數おびたゞしく。

程なくみつの濱につかせ給。

八はたの御へいたてまつらせ給ふ。

御舟ながら。

濱のうへ錦のあくをば。

こもを敷てそ御へいよせたつる。

御あがもの。

隆房中將とりて御船にまいらす。

宗敎役送はつかうまつる。

かもんのかみすゑひろ。

こけいにまいる。

かくて御舟いだして。

こち風をおいてくだらせ給。

さるの時に。

川しりのてら江といふ所につかせ給ふ。

邦綱の大納言御所つくりて。

御まうけ心をつくして。

御舟ながらにさしいれて。

つりどのよりおりさせ給。

御障子どもゝ。

からの大和の畫どもかきちらしたり。

廏にあしげのむまども二疋たてゝ。

めづらしき鞍どもかけたり。

御よそひの物ども數しらず。

上達部殿上人の居所とも。

みなその用意あり。

福原より。

けふよき日とて舟にめしそむべしとて。

唐の舟まいらせたり。

まことにおどろゝゝしく。

畫にかきたるに違はず。

たうじんぞつきて參りたる。

こまうどにはあだには見えさせ給はじとかや。

なにがしの御時にさたありけんに。

むげに近く候はんまでぞかはゆくおぼゆる。

御舟にめしそめて。

江のうちをさしめぐりてのぼらせ給ぬ。

夕べの雨靜かにそぼちて。

旅のとまり。

いつしか都戀しく。

心ぼそきありさまなり。

雨かくふらば。

あすはこれにや泊らせたまふべき。

またかちよりや福原までつかせ給べき。

御舟にてやあるべきなど。

右大將におほせあはせらる。

あくるあした。

雨なほ晴やらで。

日ついで限あれば。

とまらせたまふべきにあらずとて。

いでさせたまふ。

雨の空は風さだまらずとて。

徒(かち)より御幸なる。

西の宮のへいたてまつらせ給。

にはにて御拜あり。

むねのり御使にてまいりぬ。

御輿にていでさせ給。

人々むまにてみなつかうまつる

をとにきゝつるなるおの松。

きゝもならはぬ波の音。

いそべちかくいつしかなれぬる心地しつゝ。

いづくともわかず山川をうちすぎ。

はるゞゝとゆきける。

西の宮のまへにて。

ほつせ奉りて。

たひらかに都へ歸るべきよしぞいのり申さるゝ。

ひつじのときはとがの山さかにつかせ給。

よものうみを池に見なして。

なにかは三千世界ものこらんと見えたり。

これにてひるのくごまいりて。

やがて出させたまひぬ。

いくたの森などうち過て。

さるのくだりに福原につかせ給。

入道大きおほいまうち君心をつくして。

御まうけども。

心ことばもをよばず。

天のしたを心にまかせたるよそほひのほど。

いとなまれたるあり。

ありさま思ひやるべし。

まことに三十六のほらに入たらん心地す。

こだち庭のありさま。

畫にかきとめたし。

をとにきゝしにもやゝすぎて。

めづらかに見ゆ。

つかせ給ひてのち。

いつしかいつく島の内侍どもまいりて。

あそびあひたり。

御所の南おもてに。

錦のきぬやうちて。

こまぼこのさほたてわたしたり。

内侍八人ぞある。

皆からの女の粧ひぞしたる。

はなかつらの色より始て。

天人のおりくだりたらんも。

かくやとぞ見ゆる。

萬歳樂などさまゞゝまひたり。

左右にめぐりて勞るゝことをしらず。

朝夕しつきたるまひ人には勝りてぞ見ゆる。

利曾のがくの聲も限りあれば。

これにはいかでかとぞ覺ゆる。

まひはてぬれば。

うへにめしあげて。

御まへにて神樂をぞうたはせらるゝ。

近く候ふかんたちべ殿上人もてなしあひたり。

山かげくらう日も暮しかば。

庭にかゞりを燈して。

もろこしの魯陽入日を返しけん程もかくやとぞ覺ゆる。

夜もふけしかば入らせ給ぬ。

なにの名殘もなくぞ。

うちゝゝはおぼしける。

世のありさまにだにもてなしまいらせば。

堯舜のひじりの御代には劣らせたまはじとぞみゆる。

かの天ほうのすゑに。

とき變らんとて。

時の人この舞をまなびけり。

大眞といふ者。

ほかにはあんろく山といふもの。

うちにはおもふ所ありけん。

その心には似たまはざりけん。

君の御心にかはりたれど。

いかにと申す人もなし。

げにぞおもふにかひなき。

(改行)

廿一日。

夜をこめて出でさせ給。

都をいでさせ給ふより。

かんたちべ殿上人みなじやうえをぞきたる。

をとに聞きし和田のみさき。

須磨の浦などいふ所ゝゝ。

うらづたひはるゞゝ荒き磯べをこぎゆく舟は。

帆うちひきて波のうへに走りあひたり。

福原の入道は。

からの舟にてぞうみよりまいらるゝ。

播磨の國までこえけるにや。

いなみのなどきこゆるにぞ。

哀れにおぼゆる。

御こし近く候ひて。

ところゝゝとはせたまふ。

八瀨とうしをぞさすのめして。

御こしつかうまつる。

播磨の國山田といふところにひるの御まうけあり。

心ことにつくりたり。

庭には黑き白きいしにて。

あられのかたいしたゝみにし。

松をふき。

樣々のかざりどもをぞしわたしたる。

御まうけ。

海のいろくづをつくし。

山の木の實をひろひていとなめる。

とばかりありてぞいでさせ給。

風すこしあらたちて。

波の音もけあしくきこゆる。

うかべる舟どもすこし騷ぎあひたり。

明石の浦などすぐるにも。

なにがしの昔しほたれけんもおもひいでらる。

さるのときに髙砂のとまりにつかせたまふ。

よもの舟ども碇おろしつゝ。

浦々につきたり。

御舟のあし深くて湊へかゝりしかば。

はしぶね三そうをあみて。

御輿かきすへて。

上達部ばかりにて御舟に奉りし。

聞きもならはぬ波のをと。

いつしかおどろゝゝしく。

うら人の聲も耳にとまりたり。

これよりぞ。

國々へめされたる使など返つかはさるゝ。

便りにけて。(※にけて儘恐當作につけて)

都なる人にをとづれける。

 思ひやれ心もすまに寢覺して

    明しかねたる

       よゝの恨を

何(いづ)れの里にか。

にはとりのほのかにきこえて。

いともの哀れなり。

よもの浦々かすみわたりて。

たゞならぬ春のあけぼのに。

旅のそてのうへそのことゝなくぞしほたれける。

しほみちぬ。

いでさせたまふべしとて。

我もゝゝと舟どもいとなみたり。

近く候へなどたのもしくおぼしたる。

いとかたじけなし。

からの御舟よりつゝみを三たびうつ。

もろゝゝの舟どもはじめてこのこゑに湊をいづ。

いではてゝぞ一の御舟はいださるゝ。

舟子かんどりなど心ことにさうぞきたり。

はじこかしの藍ずりに。

きなるきぬども重ねて。

廿人きたり。

なぎたる朝の海に。

舟人のゑいやごゑめづらしくぞきこゆる。

むろのとまりにつき給。

山まはりて。

そのなかに池などのやうにぞ見ゆる。

舟どもおほくつきたる。

そのむかひに。

いゑしまといふとまりあり。

筑紫へときこゆる舟どもは。

風にしたがひてあれにつくよし申。

むろのとまりに御所つくりたり。

御舟よせておりさせ給。

御ゆなどめして。

このとまりのあそびものども。

古きつかの狐の。

夕暮にばけたらんやうに。

我もわれもと御所ちかくさしよす。

もてなす人もなければまかり出でぬ。

この山のうへにかもぞいはひ奉りける。

御へいまいらせたまふ。

またわたくしにもまいりてへい奉る。

としおいたる神との守あり。

この社は。

かものみくりやに。

このとまりのまかりなりしそのかみ。

ふりわけまいらせて。

御しるしあらたなり。

社五六。

大やかにてならびつくりたる。

つゞみうちて。

ひまなく神なぎども集りて遊びあひたり。

これは。

御道のほど雨風のわづらひなどの御祈申とぞきこゆる。

雲わけむの御ちかひも。

思ひがけぬうらのほとりに。

たのもしくぞおぼゆる。

(改行)

廿三日に。

空もはれ風もしづまりて。

有あけの月あはぢ島におちかゝりて。

またなくおもしろければ。

 あはぢ島傾く月を詠ても

    よに有明の

       思ひでにせむ

備前の國こじまのとまりにつかせたまふ。

御所つくりたり。

御物具ども新しくとゝのへをきたり。

上達部殿上人どもの宿所ども造りならべたり。

しほすこしひて、。

御舟つき給ふ。

みぎは遠ければ。

御輿にてぞのぼらせ給。

御所の東の御つぼに樂屋をつくりて。

入道内侍どもぐしてまいる。

さまゞゝのひたゝれども。

錦をたちいれ花をつけたる。

八人集りてでんがくをす。

女のあそびともみえず。

たゞあらんだにあるべきに。

海のほとりに眼おどろかす物やあらんとおぼゆ。

田樂はてにしかば。

國のずしとて。

をかしげなる者共まいりて。

ずしはしりつかうまつる。

日くれにしかば。

皆まかでぬ。

浦々御覽じやりて。

いる日の空にくれなゐをあらひて。

向ひなる島がくれなる山のこだちども。

畫にかきたる心地するに。

御眼にかゝる所々尋ねさせ給ふ。

この向ひなる山のあなたに。

入道おとゞはおはすると申に。

きこしめして。

御氣色うちかはりにしかば。

人々までも哀れに思心の中ともみえたり。

あからさまと思ふとまりだにも物あはれなるに。

ましてゑびすがたちにいりぬらん氣色。

いかばかりと覺ゆ。

くにつなの大納言御をとづれありしなど申しける

なにのはへもおぼしめしわかず。

この國に八幡のわか宮おはしますときこしめして。

へい奉らせ給。

(改行)

廿四日のとらの時に。

つゞみをうちて。

び中の國せみとゝいふ所につかせ給。

國々ふかくなるまゝに。

山の木だちいしのたちやうもきびしくみゆ。

(改行)

廿五日のさるの時に。

安藝國むま島といふところにつく。

これにて。

皆うしほにて髮をあらひ。

身をきよむ。

宮じまちかくなりにけりと。

きよき心をおこす。

(改行)

廿六日。

空の景色うらゝかにて。

神の心もうけよろこばせ給ふにやと。

めぐみもかねてしるし。

日さしいづる程に。

いでさせ給ふ。

むまの時に宮島につかせ給。

神ほうの舟たづねらる。

かねてまいりまうけたるよし申。

をんやうしの舟しばらくまたるゝ。

空のけしき。

所のありさま。

眼も心もおよばず。

だいたうの湖心寺かくやとぞ見え。

神がみ山のほらなどにいでたらん心ちす。

宮じまのありのうらに。

神ほうとゝのへたてゝ御拜あり。

社づかさ狩衣などきたるもの。

神ほうもちてまいる。

おほぬさにはらへ淸め申てまいらする。

ときさねの中將とりつぎてまいらす。

しほひくほどにて。

御所へ御舟いらねば。

はし舟にてぞおりさせ給。

上達部御舟にさふらひて。

宮島の南の方。

三間四面の御所つくりて。

障子の畫ども海のかたをぞかきたる。

うみのうへなぎさまで廊をつくりつゞけて。

しほみたば御舟をさしよせんしたくをぞしたる。

御湯殿などありて。

きぬの御じやうえめしていでさせ給ふ。

御所のひんがしの庭に白木の机をたてゝ。

こもをしきて。

しろたへのへいをよせたつ。

其の東に唐櫃のふたをあけて。

こがねのへいをゝく。

其西にわらざをしきて陰陽師の座とす。

神馬一疋たつ。

左衞門の尉のぶさだ時むねこれをひく。

北面などもいまだはじめをかれねば。

御供には上達部の侍ひをぞめされける。

たかふさの中將御前にさふらふ。

宮内少輔むねのり役送をつとむ。

御けいはてぬれば。

めしつかひ御沓をもちてさきにまいる。

くわいらうの北のはまをめぐりてまいる。

廊をとをりてまいらせ給。

位の御ときは。

一二町をだにもえんだうをこそまいらせしに。

めしならはぬ御沓もいかゞとぞおぼゆる。

上達部殿上人御供に候す。

まらうどの宮にまづまいらせ給。

ごむくのへいは二ささげ。

白たへのへい。

神くわんとりてほう前に供へならべたつ。

拜殿のうちのほど。

かうらいの半でう一疊。

御拜の座とす。

ごんくのへいは。

かねみつの辨つたへとりて。

たかすゑの大納言。

たう大納言。

つたへ取りてまいらす。

御拜をはりて歸らせ給。

のとの〔祝〕し〔師〕たまはる。

御琴一。

御琵琶一。

御ひやうし横笛うけとりて。

ほう前にならべをく。

内侍ども色々さまゞゝにしやうぞきて。

錦をたちきたり。

ぬひ物せし眼も心も及ばず。

御神樂をはりて大宮へまいらせ給。

御ほうへいはてて。

御きやう供養あり。

金でいの法花經一部。

壽量品壽命經。

御てづからかゝせたまひける。

御導師こうけん僧正參りて。

此のよしを申あげらる。

こゝのへのなかをいでゝ。

やへのしほ路をわけまいらせたまふ御心ざしなど。

きく人も袖をしぼりあへず申上ける。

かづけもの一重一包をぞ給はりける。

けんしやうおほせらる。

法げん一人なし給ふ。

神ぬしかげひろ位あげさせ給。

宮しまの座主阿闍梨になしたぶ。

安藝の守ありつね加階一しなあげさせ給。

院の殿上ゆるさる。

隆季大納言ぞかねみつにおほせける。

御神樂のやをとめ八人きぬ。

一々綿などたばせける。

日くれて歸らせ給。

上達部殿上人のとのゐ所。

心をつくしてまうけたり。

内侍ども。

かやかたをしつらひてぞ。

各々すごしける。

月のころならましかば。

いかにおもしろからまし。

月なき空をぞ口おしく思ひあひたる。

(改行)

廿七日に。

空の氣色うらゝかにはれわたりて。

のこりの鶯おもはぬみやまの木かげにかたらふこゑす。

夜をこめて。

しほみつとて御所のまへまでさしいりたる。

まことにこの世の有さまとも見えず。

供御などはてにしかば。

御宮めぐりあるべしとて。

みやへまいらせたまふ。

今日はぬのゝ御淨衣をぞめしたる。

國々のかみどもまいらせたる。

宮のまへにはこびおく。

廊のまへに樂やをつくりて。

拜殿をたてたり。

内侍ども。

老たるわかきさまゞゝあゆみつらなりて。

神供まいらす。

とりつゞきてがくどもして。

御戶ひらきてまいらす。

それはてしかば。

宮司神人まで物をたまはる。

ちやうくはんなどぞわかち給。

内侍ども。

かねをのべ錦をたちて。

さまゞゝの花をつけて。

大口をきて。

田樂つかうまつる。

八人ならびは。

天人のおり遊ぶらんもかくやとぞおぼゆる。

其後そがうこまぼこなどまふ。

さほどなる姿眼も心もおよばず。

日もくれにしかば。

たきのみやへまいらせ給。

こうけむ僧正うたよみて書つけゝる。

 雲ゐより落くる瀧の白糸に

    契りを結ぶ

       ことぞ嬉しき

よに入にしかば。

こ‘とひ御つやあるべしとてまいらせ給ふ。(と字儘恐當作よ)

内侍ども集りて。

夜もすがら御神樂あり。

ふくるほどに。

七になるこ内侍あるに。

神つかせ給て。

はじめはたふれふして。

時中ばかりたへいりにし。

おとなしき内侍どもかゝへて。

ほどへていきいづ。

御神樂つかうまつるべきよし仰られて。

神主めしいでゝ。

さまゞゝの事ども申さる。

めもあやに。

いかにと疑ひをなす人もありぬべきに。

さしもいふかひなき者の。

さまゞゝ法文などときて。

御神のはじめてこの島にあとをたれ給ひしことばとて申す。

きく人泪をのごはずといふことなし。

入道めしいでゝ。

仰らるゝことゞもあり。

これを人きかず。

法華經のじゆりやうぼんをたびゝゝ誦しける。

かうべをかたぶけずといふことなし。

或ひはけだかき女房うしろの障子にうつりて。

寶殿に向ひたまへる姿を見たるなど申人もあり。

常にありとおぼえぬにほひ。

神殿のうちよりかうばしくにほひこし。

あまたおどろき騷ぎあひき。

まことに髙唐の神女は。

かのやうだいにおりて。

みかどの夢にいりて。

あしたに雲となり夕には雨とならんと契り奉りけんあともかくやとぞおぼゆる。

明方になりしかば。

社のには鳥こゑゞゝあけぬととなふ。

浪の音もたかくみづ垣をあらふは。

潮みつるにや。

はくらく天の。

うしほのこゑは來て耳にいるとつくりけるも。

きゝてはふぜいもたくみなりけるにやと。

かたゞゝとりあつめたる折からのあり樣いひ盡しがたし。

かくてあけにしかば。

御所へかへらせ給ふ。

(改行)

廿八日。

このわたりの浦々を御覽ずべしとて。

あまどもかづきせさせ給。

からのはなだのかりの御なをし。

からあやのしろき御ぞ二。

御大口たてまつらせ給。

御姿いみじうなまめかしう美しうみえさせ給ふ。

浦づたひて。

さしまはして御覽ず。

まことにせんのほらもかくやと。

りうぐうともこれをいふにやとおぼゆる所々のみおほかり。

みるめなどもてまいる。

とばかり御覽じまはりてかへらせたまふ。

あくるたつの時に又御宮めぐりありて。

やがて御舟にたてまつる。

しまのうちにもおどろゝゝしく騷ぎあひたり。

内侍どもみぎはにいでゝ。

なにとなくひごろのなごりしのびおもひたる氣色なり。

なごりおほきよしの歌つかうまつれとありしかば。

 立ち返り名殘もありの浦なれば

    神も哀を

       かくる白波

風もしづかに。

物の哀れも春ふかくなりにけるけしき。

おもひがけぬ島のうへに。

櫻のちりがたになりたる見ゆ。

いみじくをかしくおぼえしに。

三月盡になりにけり。

けふ〔廿九日〕はいかで旅のとまりとても春をおしまざらんとて。

人々ふみ作る。

もてなしけうせさせ給べきにもあらず。

なにのはへもおぼしめされず。

ことはりとぞみたてまつる。

四月一日になりぬれば。

けふは衣がへなどいふことぞかしとおもひやらる。

また曇たれど。

雨やみにたれば。

舟どもみなとをいだしたりしかば。

浦々とまりゝゝうちすぎつゝ。

やうゝゝ都ちかくなる心地して。

旅のなごりもおぼえず。

とくゝゝとすぎさせ給。

むかへのきしに。

色ふかきふぢ。

松の綠にさきかゝりたるを御覽じて。

あれとりにつかはせとおほせられしかば。

ちやう官やすさだはし舟にてとをりしを。

めしとゝめてつかはす。

をかのうへにのぼりて。

松の枝にかけてもてまいる。

心ばせありとおほせられて。

そのよしの歌つかうまつれとおほせありしかば。

 千歳へむ君かかざしの藤浪は

    松の枝にも

       かゝる也けり

空はれて日さしあがるほどに。

我もゝゝと船とも帆うちあげて。

雲の波けぶりの波をわけて走りあひたり。

備前の國うちうみとをらせ給。

日いりかたにこじまにつかせたまふ。

四日の曉。

御舟いださる。

夜舟こぐこゑまことにうら悲しげにきこゆ。

五日。

雨ふりしかば。

たかさごのとまりにつかせ給。

都人のくだるにこそ。

なにごとかと上下たづねける。

さるの時に福原につかせ給。

いま一日も都へとくと。

上下心のうちには思ひける。

福原の中御覽ぜんとて。

御輿にてこゝかしこ御幸あり。

所のさまつくりたる所々。

こまうどの拜しけるもことわりとぞみゆる。

あしたといふよりもりの家にて。

かさかけやぶさめなどつかうまつらせて御覽ぜさす。

日くれてかへらせ給。

八日。

家のしやう行はる。

かくいともたまはせけり。

かねみつの辨承はりておほせける。

左少將すけもり。

丹波のかみきよくにぞ加階しける。

都ちかくなるまゝに八幡山の見えしも。

たのもしくうれしくぞおぼゆる。

ひえの山みゆるなど申しかば。

女房達もたちさはぎ見あひたまふ。

さるの時に御車にめして。

八條どのへいらせ給ふ。

二ゐどのゝもとへかへらせ給。

都のうちもめづらしくぞおぼしめさるゝ。

かくて御やせもたゞならずなどきこえて。

くすしども申しすゝめて。

御きう治などぞきこえし。

  右髙倉院嚴島御幸記以扶桑拾葉集校合了







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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