蚊頭囉岐王——小説74
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
雪舞散
かく聞きゝ爾時比登らすでに滅びき且つは獸らことごとくに滅びき且つは鳥らことごくに滅びき且つは樹木らことごくに滅びき滅び且つは海だにただ鹽の水の湛えてとよみき爾にことごくのイノチは畢てき但し迦豆囉岐ノ斗璃麻紗は除く故レ斗璃麻紗爾にその死に懸け死に懸け続ける儘ひとり幾度目かにも須臾の失神から目覺めたれば厥レ已に膿みて吹き出す瀛みに且つは膿みて埀れ流す瀛みに且つは膿みてしたたり落る瀛みにつぶれたる目のひとつにその周圍を見れば娑娑彌氣囉玖
とよむ
滅びた
風は
樹木も
もはやただ風だにも
草も
そのとよむ音さえ聞かす耳も無く
花も
とよむ
だから蝶さえ
海は
あるいは蜂さえ
もはや海だにも
蛾さえもすでに
そのとよむ音さえ聞かす耳も無く
すでに
かくて斗璃伎與
滅びた
爾に
ことごとくの殲滅
都儛耶氣良玖
見晴るかす視野のすべてを掩う鉱物
沙と磐
磐と雨
燃え滾雨
海は今瑪瑙の色に波を打ち
打つ波の雫
それのみが白い飛沫と散った
干上がった
生き物の垂らした血の色さえも
朽ちはてた
刈れたその樹の
枝の欠片
そのいろさえも
かたちもすべて
もはや消え失せ
風が鳴った
瑪瑙の色の空の下に
流れる雲が靑みて淀む
海が荒れた
そのうちに
魚の腐った肉さえもすでに
漂う微生物
その死んだ細胞のむれさえすでに
消え失せさせて
すべてのイノチの束の間の生息の絶えたあとに
海は砂と磐にだけふれ
波はざわめく
かくて斗璃麻紗さらに幾度めかにも失神しさらに幾度目かにもその失神を失ひて目覺めたるうちに娑娑彌氣囉玖
いつだろう?
死に懸ける
死に絶えたのは
イノチのつきかけの
すべてのイノチが
斷末魔の中に
そのざわめきが
わたしはひとりで息遣う
あるいは元のかたちを取り戻した
死に懸けた
無機物の海は
最後のいくつかの
無機物の空は
吐く息の内に
無機物の陸
吸う息の内に
その鉱物はだから
わたしは最後の數秒をかさね
ただその裸形をだけをさらした
死に失せるまえの
かくて斗璃伎與
その須臾を
爾に都儛耶氣良玖
滅びた總ての生き物はもはやその名殘をさえ殘さない
滅びた總ての營みはもはや風化されるかけらさえ殘さず
もとから存在などしなかったように
はじめからなにもはじまりなどしなかったように
かくて斗璃摩娑死に懸けて死に近づきながらも未だ死に至り切りもせぬ最後の時の中に娑娑彌氣囉玖
與えよ
雨が降る
聲を
燃えあがるが如き溫度に噎せた
故に喉を
その雨が
唇を
雨が降る
齒囓みする爲にのみ齒を
鑛物の群れに湯氣する雨が
顎を
瑪瑙の海を
口蓋を
騒がせる雨が
與えよ
誰の爲でも
泣き叫ぶ爲に
何の爲でもなかった
わたしがひとり
雨が
泣き叫ぶ爲に
見晴るかす
わたしひとりが
眼差しの見た
猶も泣き叫ぶ爲に
風景の中に
かくて斗璃麻紗爾に
そのことごとくにも
躬づからが膿みのうちに都儛耶氣良玖
それでもなおも?
生きて在るのは事實だった。
生まれたときから死に懸けながら
つねに
生まれたときから滅び懸けながら
つねに
それでもなおも?
なぜ?
なぜ生まれて仕舞ったのか?
なぜ?
なぜ生まれて在って仕舞ったのか?
なぜ?
問う叓自躰の狂氣さえもがすでに滅びて
故レひとり雨に湯気する肉の腫瘍爾にひとり娑娑彌氣囉玖
目さえあれば
綺羅らと
せめて
雨は
ひとつの眼さえ
沙羅らと
目さえあれば淚するものを
雨は
その滂沱の涙を
騰乎をと
口さえあれば
海は
せめて
許乎をと
ひとつの口さえ
海は
喉さえあれば叫ぶものを
意意意意斗燃え立つ
喉さえあれば叫くものを
大氣は
喉さえあれば喚き散らすものを
荒れて在る
その哀しみの聲を
すべては
その最期の聲を
美しいと?
瞋りの聲を
それでも猶も
忿怒の叫びを
これをも敢えてまさに
ただ慟哭を
美しいと?
その慟哭を
音取蚊頭囉岐王舞樂第六
啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ
以上は宇治拾遺瘤取翁語を典拠とし萬葉
卷十六葛城王宴謌及蘰兒謌を主題とする
2021.01.14.黎マ
前半了
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