蚊頭囉岐王——小説70
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
あなたの悲しむ聲を聞いた
掻き毟る
降る雪の
自分の顏を
雪の花
狂気して
花にふれる雪
夢見られた
花にふれ
刹那の幻
溶けて消える雪
狂気した
その色のうちに
わたしの幻
眞白の色の
わたしの見た夢
そのうちにさえ
その男は
愛おしい
いまの目の前で
あなたの肌の馨を嗅いだ
顏を掻き毟る
せつなくて
その皮を
思いはもはや
引き裂きながら
わたしを苛む
その爪と指の間に
そのわたしをだけを
殘す血の色に
かくて哿豆囉古
わたしをこそを
爾に都儛耶氣良玖
落ちる雪
その雪に
落ちる花
その上に
落ちる雪
一千年の夢
戀うる思い
盡きない思いの切なさこそは
雪の色にも添うて綺羅らぐ
花の色にも添うて綺羅らぐ
だからただこの綺羅めく世界に
刹那にも
溶けて果て
果てゝ盡きせぬ永遠の
その色のうちにも
かクて斗璃摩娑その目に淚を感じタる時にすデに凍れる淚網膜を刺しき且つは瞼を刺シき且ツは眼窩を抉りき故レ埀レる血は爾に網膜を刺シき且つは瞼ヲ刺しき且つハ眼窩を抉りテしかスがにもハや痛みダにも感ジ得もせずテひトり娑娑彌氣囉玖
何度も願う
わなゝく皮膚は
何度も
引き攣る皮膚は
救えと
すでに肥大する肉腫に膨らみ
彼を救えと
喰い破られた
たとえ救われた命がむしろ彼に無際限なまでの苦痛をのみ引き延ばすにちがいなくとも
玉散る膿はその血と俱に
せめてそのイノチだけ救え
雪にも散った
魂を救えなどしないのならば
花にも散った
せめてその
私の肌にも
かくて登璃麻裟
散って濡らした
爾に都儛耶氣良玖
うめく獸の聲を聞いた。
どよめく獸の。
その喉の。
うめく聲を。
聲を聴いていた。
かクて夜摩陀ノ多伽牟羅そノ目に見き狂へル斗璃摩娑すデにシて人のかタちなくて口裂けテ裂けタる口に登唎伎與が肉ヲ貪り喰らふヲ雪の内に又ハ花の内に夜摩陀ノ多伽牟羅その目に見き狂へる斗璃摩娑すデにして人のかタちなクて口裂けテ裂けタる口に登唎伎與が肉を貪り喰らふヲ雪の内に又ハ花の内に夜摩陀ノ多伽牟羅その目に見キ狂へル斗璃摩娑すでにシて人のかタちなくて身ふたツみつに裂けて裂けタる肉の切れ目に生ふル齒の群レに登唎伎與が肉ヲ貪り喰らフを雪の内に又は花ノ内に夜摩陀ノ多伽牟羅そノ目に見き狂へる斗璃摩娑スでにシて人のかタちなクて骨裂ケて裂ケたる骨格に生ふル觸手に開ク無數の口蓋に登唎伎與が肉ヲ貪り喰らふヲ雪の内に又ハ花の内に夜摩陀ノ多伽牟羅その目に見キ狂へる斗璃摩娑すデにシて人のかタちなくて腕裂けテふたツみつにモ裂けタる腕に手のヒら裂けてふたツみつにモ裂けたる手のヒらに指孔空キ無數に孔ひラきひらキたる孔に登唎伎與が肉を貪り喰らふヲ雪の内に又は花ノ内に夜摩陀ノ多伽牟羅そノ目に見タりてひとり娑娑彌氣囉玖
知っていた
殘酷な
それが妄想にすぎないことは
あまりにも殘酷な
わたしが見い出した
手のほどこしようもない世界のうちに
狂人の夢
纔かに兆す微笑に
なぜならわたしは已に狂った
それでも生きて在ることに
眼の前で
顯らかな意味を見い出せと?
彼等を殺されたときに狂った
顯らかな樂土を見い出せと?
その明け方に
淚さえもあなたを傷つけ
忍び込む人
あなたの眼球を突き破る
家の中に
凍り付くだけの世界の中で
夙夜の闇に
それでもなおも
わたしに新たな命を与え
生きてあれと?
母を殺した
それでもなおも
父を殺した
イノチをつなげと?
妹を殺した
どのつらさげて?
かくて多哿牟羅
どの面さげて?
爾に都儛耶氣良玖
思い出せた。
記憶があるから。
わたしには。
思いだせた。
記憶があるから。
たか、…と。
わたしの名を最後に呼んだ。
篁、…と。
その男の子じみた名前を。
みじかく縮めて。
その名字じみた名前のひゞきを。
簡単にして。
父は。
たか、と。
たぶん過剩な誰かの思い入れのあるその名前への想いを躬づから台無しにしながら。
自分で付けたその名前を。
ありふれたふたつの音のひゞきに——なに?
と。
返り見たそこに父はさゝやいた。
笑んで?
なにを?
父はさゝやいた。
短く數語。
何を?
無言の唇の動きを思った。
すでになくした記憶は故にわたしにそれを思い出させずに。
だから無言の唇の動きを思った。
出鱈目な開閉。
その唇の、音の記憶を呼び覺まさない出鱈目な動きを。
最期に聞いた父の言葉を。
故レ斗璃摩娑すデに人デさえなく獸でさえなクたダ異形のかタちの貪るかたちのそノうちに聞きゝわなナく聲厥レ多伽牟羅の喉の叫ける笑ヒ聲を聞きテ故レ斗璃摩娑すデに人デさえナく獸でさえなクたゞ異形ノかたチの貪るかタちのそノうちに見きノけぞり引き攣ル厥レ多伽牟羅の體に叫けル笑ヒを故レ斗璃摩娑爾に多哿牟羅と俱なリて娑娑彌氣囉玖
絶望的な聲を聞く
狂った女が夢を見る
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