蚊頭囉岐王——小説69


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 花の匂いと男の馨りのなかに。

 聞く。——誰なの?

 ——忘れた。

 云ってわたしは笑った。

かクて夜麻陀ノ多香牟良爾にひとり斗璃摩娑と俱なりて娑娑彌氣囉玖

 何をしに?

  いる?

 何を?

  俺の…

 逢いに?

  俺。

 誰に?

  いる?

 なぜ?

  もうひとりの俺。

 どうしてこゝに?

  彼、まだ

 ひとりで?

  生きてる?

 この雪の中に?

  いるでしょ?

 降りしきる

  ここに

 人のすでに滅びたあとの

  俺を呼んだの。

 いきものさえ

  俺が

 失せたこの誰のものでもない世界の中に

  俺の夢の中で

 降る雪の中に

  だから

 この

  彼、…

かくて斗璃摩娑

 降る雪の白の中にも

爾に都儛耶氣良玖

 気付く。

 慥かに。

 今更に気付く。

 已に雪は降り続けていた。

 とめどもなく。

 盡きるすべなどなくも想えて。

 その雪は。

 花の上にも。

 花の下にも。

 見つめ合った。

 四維を満たした雪の降る中。

 わたしは女と。

 女が見つめたそのままにわたしは。

 彼女を見つめる以外になかった。

雪舞ひ舞う雪舞う花のなかに舞う雪の舞ひて舞う花は舞ひ舞うまマに雪舞ひ故レ斗璃摩娑ひとり雪ふルうちに息を吐き吐く息ノ白らむを見て覩畢るとモなくに雪の眞白をたダその目に見たりき故レ何の氣配を感じルともなくに何ノ聲を聞くとモなくに返り見れば花ノ向カう西の棟の硝子戸のひビ割れが下に這う斗璃伎與が異形を見タりき爾に斗璃伎與すデに死にかけたりき所以者何すでに呼吸器破損しすデに輸血のすべなくすデに人工心臓用を足さずテそれ強靭なる腫瘍の肥大を彌肥えさセ彌大きくさセて脉打ラす儘にひとり斗璃伎與が肉そノ血にまみれき故レひとり斗璃伎與が肉そノ膿にまみれき故レひとり斗璃伎與が肉そノ体液にまみれき故レひとり斗璃伎與が肉そノ分泌液にまみれき故レ斗璃摩娑爾に多香牟良ト俱なりて娑娑彌氣囉玖

 生きてた

  あれ?

 慥かに

  あなた?

 死に懸けながら

  あれが?

 生きてた

  あなた?

 いまだに

  生きてるの?

 死に絶えもせずに

  まだ?

 雪の中にも

  死なゝいの?

 その

  あそこまでひどく

 零度に凍る

  傷みながらも?

 大気の内に

  崩れながらも?

 散る花の中

  壞れながらも?

 蹈む花の上にも

  腐りかけながら

かくて斗璃摩娑

  それでもなおも?

爾に都儛耶氣良玖

 叫びそうだった。

 喉さえあれば。

 わめきそうだった。

 口さえあれば。

 死に懸けていた。

 こうまでもひたすらに生きているイノチが。

 訴える。

 その思いがわなゝく。

 だれに?

 彼を救えと。

 わなゝく、

 我を生かせと。

 わなゝく。

 生きろと。

 せめても生きろ。

 生き延びろと。

 だから叫びそうだった。

 喉さえあれば。

 わめきそうだった。

 口さえあれば。

故レ爾に斗璃摩娑正気を已になクしタりき目の前に登唎伎與死に懸けそレたダ無慚なりキそれたダ無慈悲なりキ厥レたダ殘酷をのミさらシたりき故レ斗璃摩娑爾に泣き叫びたりキ喚き散らしたりキ罵聲もて怒號もテ聲もなク歎き聲もなク悲しミ聲もなくモだえつツにその開きキりたる口蓋ノ奧に娑娑彌氣囉玖

 助けて

  いままさに

 だれか

  まさにこの時に

 その罪もなく

  朽ちていこうとする

 死に懸けていくイノチの

  酉淨はひとり

 その赤裸々に

  崩壞し

 生きてある命を

  朽ちていこうとする

 理由もなく

  ぼろぼろに

 必然もなく

  ずたずたに

 たゞ無慈悲に

  むごたらしくも溢れ返る

 たゞ絶望的にも

  瀛みのうちに

 死に懸けてあるこのイノチを

  腐臭のうちに

 助けて

  みずからの

 誰か

  穢いその體液に塗れ

かくて斗璃摩娑

  分泌液に塗れて

爾に都儛耶氣良玖

 黄泉歸る。

 蔦蘰子は甦る。

 あざやかに蘇る。

 返り見ればその女の口の中にさらした。

 彼女の息を。

 蘰子の息を。

 その心臓を。

 その腸を。

 その毛髪を。

 その比布さえも。

 女の微笑む口蓋の内に。

かくて斗璃摩娑爾に知りタりきまサに屠璃伎與今死なんトするを且つハ知りたりキ蚊豆囉兒爾に與美哿敝璃弖そノ女多香牟良にかサなりて斗璃摩娑ヲ見つめタるを故レ爾に哿豆囉許ひトり布斯美と俱なりテ娑娑彌氣囉玖

 愛おしい

  狂った男は








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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